ドラゴンVSフェニックス序章

2011-06-06

先週の怒涛のドラゴンウイークが過ぎ、6月にはいって急にまた揺れ始めた。

2日の新月(部分日食)は新潟県十日町(11:33)震度5の地震があり、その後毎日のように震度4以上の地震があちこちでおきている。

1日から4日までの間に、日本中で日傘のような日輪が目撃されているが、この日輪は地震雲の一つとも言われている。(日本中の規模、というのがすごい。)

そんな中、先週facebookのやり取りの中で、「ドラゴン」と「灰(ASH)」についてのキーワードが行きかった時、奇しくもドラゴン・アッシュの降谷氏が入院したというニュース。「もしかしてまた灰がふる?火山?それともまた原発?」と思いが浮かんだ。

すると、今日チリで半世紀ぶりに火山噴火、というニュース。チリは、昨年大地震があり、また落盤事故の奇跡の救出劇は記憶に新しいところ。 エスペランサ(希望)計画に沿って、フェニックスというカプセルによる救出は、ドラマ以上のドラマだった。

しかし今回は、ドラゴンというキーワードと、日本では地震に津波、海外では竜巻、という現象がたて続いており、前回のブログにもあるとおりドラゴン人も動き回っている(私もだけど)。

アーリオーン・メッセージは、この災害のあとにやってくるのは 世紀の戦い「ドラゴンVSフェニックス」を示唆していた。ドラゴンは文字通り、龍の勢いの強い国だが、龍をあがめる国はこのドラゴングループに入る。フェニックスはチリではなく、チリの位置する西洋を意味する国々。 

日本は小龍のような造りだが、今は病気の真っ最中でまったく勢いがないどころか、危篤のような感じだ。たとえ元気であっても、敗戦国ゆえアジアの中には入れない不都合さがある。

そしてドラゴンがあちこちに出現し、今度はどうやらフェニックスが現れてきそうだ。世界の情勢はあちこちできな臭く、気をつけないといけないのは いつの間にか繰られる、ということを今まで散々経験してきている。

フェニックスは火の鳥。フランスも中国も、劇的な水不足で作物が絶滅状態だとか。ドラゴンは龍神で日本は地盤沈下が収まらず、今年は暴雨の梅雨という水TOO MUCH.中国はドラゴン圏だけれど、フェニックスの勢いにのっている(経済や国の方向性など)からかもしれない。

ドラゴンはアジアの象徴。 西洋 VS 東洋 に代表されるような。今までは容姿をふくむ圧倒的に違う感覚や価値観、だったはずだ。それが、生活の中で「洋式」なものがどんどんはいってきて、衣食住が欧米化になり日本人は容姿や思考がかわり、アイデンティティがなくなった。(愛国心さえない) 

これから、世界に何がおきるかわからないが、天災だけでなく人災もいろいろおきてくるだろう。

アリオンは決して戦争を奨励しているわけではなく、永遠に理解できない二つの極がいつまでも対立しているのではなく、互いの個性を尊重して融合することを願っている。そういった精神基盤ができるように、私たちに今与えられている多くの試練があり、一人一人がしっかりと自律して生きていくことが大切、と解いている。

それでも時間が迫っているので、自然や出来事のあらゆることを使ってメッセージを送り続けているように思えてならない。

今日は6の重なる日、オーメンの生まれた日?(映画のみ)。世界の情勢に気をつけながら、いつもより今月は真剣に過ごしてみて欲しいと願います。

[夢」の加速

2011-06-01

今日から6月。って、もう半年たつのか・・。この前半の深刻さもあり、幾分重さのある日々。

yumepicture.jpg  黒澤監督の最後の作品「夢」

この20年前の作品が「原発」のことを描いており、今回の福島原発の事件を彷彿とさせる為、話題になっている。上映当時は余り評判がよくなかったが、20年前の浮かれた時代だったからリアルに感じられなかったからだと思う。

これは全て黒澤監督が実際に見た「夢」を描いているそうだが、スピルバーグやフランシス・コッポラらが協力し、出来上がった作品。

その中の「赤富士」「鬼哭」「水車のある村」というのが原発関連だ。なんというか、言葉がでない。

そういえば、私は今年の元旦「紅富士」を偶然みせてもらったけれど、吉祥の印と浮かれていたが、もしかしてこの「赤富士」に通じるメッセージだったのかもしれない、とふと思った。さらに、魔女のお気に入りでとりあげた達郎の「rainin' through my sunshine(天気雨)」という曲があるが、この「夢」には「sunshine through raining(日照り雨)」という作品があり、天気雨は狐の嫁入りの印という伝説をとりあげていた。

そして、先週は本当に「龍神」のついている人たちが次々にいらっしゃり、トリートメント後のビジョンがストーリーのような展開になっていた。しかも、星、月、太陽の名前の方がそろってしまった。

私は先日「魔女のお気に入り」でサラスヴァティのことを書いたが、龍神ウイークの最後にオーストラリアで海から竜巻がおきている。しかも、最後のお客様は厳島神社の前に住んでいる方だった。

 http://rocketnews24.com/?p=100209

二月にシローダーラー後に額から白龍がでてきた、とおっしゃったお客様がいたが、まさに「アジナチャクラ」が開き龍が飛び出し、玉まででてきてしまった。また、ゴルファーの方もいらっしゃったので、まさにその玉を遠くに投げる(犀を投げる)ことになったのだと思う。

そして、竜巻が起き海神の目覚めを感じさせられた。(弁財天も龍の頭に乗っています)

さらに、こんな現象もある。

http://mihoh.seesaa.net/upload/detail/image/Florida_jellyfish-thumbnail2.jpg.html

くらげは 海月 ともかかれる。 6月は水月ともいう。 明日は部分日食。 16日は皆既月食。

水も海もブルー。蒼月の主の発動・・。皆既月食は丑寅の時間。

海神はネプチューン<ポセイドン> その子の一人はアーリオーンという名前。

今月は、特別な月になりそうだ。気を引き締めて・・。

神奈備(かんなび)

2011-05-29

その方とは、18年ぶりくらいの再会だった。

偶然に行った場所でバッタリ会い、そしてまた交流が始まった。2007年のこと。

先日久しぶりにまたサロンを訪ねて下さり、いろいろ話をしていくうちに共振がはじまった。

トリートメントが終わり、その方が手に取られた本の中に、そして私が「これ!」と思って手に取り開いたページの中に同じキーワードが書かれ、今日テレビをつけたら今度私を連れて行ってくださるという山がいきなり紹介されていた(ものすごいマイナーな山でほとんどの人は知らないと思う)。

そういえば、以前「共振の月」を撮ったときも、この方主宰の集いだった。

そういうことが今後もっと増えていくだろう。

あちこちで、シンクロが多くなってきている(外国の人とも)。 神奈備は神のナビゲート。 

修行のあとだもの。もう迷わない。 ようやく行動にうつせる態勢がととのった。

あとは、体力をつけるのみ。 LAST STEP 頑張るぞ 手(グー)  

2012年アセンションはあるか?

2011-05-25

先日行われた、参議院<脱原発への道>への映像

http://www.ustream.tv/recorded/14906087
参加された方は、京都大学小出教授、ソフトバンク孫社長はじめ、嘘のない本物の人たちばかりの委員会。(なぜか、龍馬伝のときの新撰組や藩士の人たちを思い出してしまう)

ここで、私たちはテレビでは決して報道されない今現在起きていることの「本当のこと」を知る。

思いは人それぞれ違うけれど、でも突きつけられた現実に対してどこへ逃げても逃れられないリアリティを知ると、思考の変換をしないかぎり、とてつもない壁にぶつかってしまうのは確か。

 

そして、世界はさらに混沌たる領域にむかっているようだ。

アメリカで立て続けに起きている竜巻のあとは、まるで津波と同じ。リビアの戦場跡もしかりで、世界のあちこちで「全てが一瞬にして消える」という状況がフラクタルに起きている。

奇しくも今月は惑星の直列があり、一定のサイクルで一巡してスタートラインにたったというような感覚。これは、星の大小や回転する速度が違うからものすごい年月をかけてのポジショニングになっている。

そこへきて、ここのところ「えっ!」という情報までなだれ込んできた。

 

以前「桜開花とタイムラグ」という記事を書いたけれど、某大手企業では数年前から時間軸をみていて、本当に1日の長さが50年前と今ではかなり違うというデータをつけているというのを知った。なんでも数時間単位で一日の時間が違っているという。(早いわけだね)

つまりあらゆることが、「早く」訪れる、ということだ。日付を固定してしまうと、そのズレが反映されないから、少しずつ日にちと違ってくる。さらに地震や火山の噴火など深部が揺れる状況があると、地球の回転数はさらに早まるので、ここでも加速する。

 

10年位前から、主にマヤ歴信奉者のなかでしきりに2012年12月23日にカレンダーがなくなり地球滅亡説とか、フォトンベルトに突入するというアセンション説があり、近づくそれらの日にちに怯える人たちも実際にいる。

マヤ歴を正式にカウントするとどうもその日付ではないらしく、早まった日数を提示している人もいる。また、アセンションとは実際何かというと、これもまたはっきりした回答はできにくい。

ただ、世界のどこかで天変地異は預言でなくてもおきているし、おおきなアクシデントもそれ相当にある。

一ついえることは、宇宙の動きは私たちの思念活動も反映されているので、ネガティブ・ポジティブ(この二極の答えはあまり好きではないが)によって、エネルギーの動きも変わってくるので、地球や宇宙に影響を与えることになる。

アセンション説を唱えた人たちが共通に言っているのは、「思考の変換」と「進化」。アセンションを終えた後地球がどうなっていくのかははっきりわからないが、アセンションでなくてもこの二つは今とても必要な意識と思う。多くは、この思考の変換ができた人たちが魂の進化=周波数の変化 がおこり、次元上昇すると言われているが・・。

そして前述の参議院の委員会では、日本における将来の地震像もリアルに語られ、第二、第三の福島が出てくることもやぶさかではない。

 

そうした中、来月は日食(6月2日部分日食)と月食(6月16日)が重なる月。なんとなくざわめく。(特に月食は、6.16 3:22〜4:22 って並びが美しすぎる)

一ヶ月の間に日食と月食が重なるのは非常に珍しい。(でも昨年も一月にあった・・ハイチ大地震がおきたっけ。翌月はチリ・・)

大切なのは、そういった災害から逃れる術を知るのではなく、最後まで「生ききる」という感覚だ。たとえそのとき難から逃れられたとしても、そこでずっと安泰というわけにはいかず、いずれも神の手のひらの中。

現代の科学はとうとう宇宙の領域まで到達し、とてつもないもの(たとえば次元など)を作り出すところまでいってしまっているようだ。考えた人は、その弊害などを想定できずどうしても実現してみたくなるだろう。核はその代表のようなものだった。

そんな進歩的なところまでいっているのに、原発を止められない足元の弱さ。現実の重みと複雑さ。私たちはそんなアンバランスなところで、生きている。

そして、アセンションを心配する以前に、私たちはもっと自分の健康や人生について現実的に考えなおさなければならなくなった。

 

今できること。できるだけ、モノを捨てシンプルに暮らす。シンプルとは動きやすくなること。いつでも移動ができること。同時に、知恵をわかし合理的になり身軽になる。

シンプルに暮らすと、掃除もしやすくなり、時間も短縮できる。つまり、この早まった時間の中で一日のルーティンを過ごすための付箋。直観的な生活。 

引越しでだいぶモノを捨て整理したが、まだモノの多い私はまずこれからやってみることに決めた。もう地震でも雷でも火事でもなんでもこいっ!

新しい駅にて・・

2011-05-22

ここの所立て続けに外出していたら、肌がチクチクする。元々肌が弱いほうだったが、刺さるようなこの感じは、陽射しだけでなくやっぱり放射能のせいなのだろう。

今まで日光、虫さされ、毛虫、ダニ、蕁麻疹、湿疹、接触性皮膚炎等々いろいろ経験しているけれど、どれもちょっと違う。

<参考にされると良いと思われる記事>

http://takedanet.com/2011/05/110521_ed3b.html

 

そんな中、今日一つのお別れ会があった。 マダム シルバー。

私にとって、第三の母とも言うべき方。アーユルヴェーダに携わってから、ずっと応援してくださり、どんな時も暖かく包んでくださり、微笑みを与え続けてくださった方。

最後のお別れをしたあと、寂しさや悲しさはなくその大きな人生に敬意を払った。98歳。大往生だもの。それに、最愛のご主人がお迎えに来たのだと思うから、「あちらでもお元気で!VON VOYAGE!」 と手を振るくらいの感覚だった。

そして、私は新しい駅に舞い降りたような感覚になった。

この数年、本当にお別れが多かった。 いや、これからもっと増えていくのだろうと思うけれど、人生に大きな影響を与えてくださった方々とのお別れは、いやおうでも自分の方向性に向けての肩を押されるような感じで、心もとなく、でも神聖な気持ちにもなる。

あっという間の10年、20年。 今は時間軸が早くなっているから、もっと速度が増している。

そこへきて、この震災。 そして原発事故。

多くの人の夢や希望、将来の展望は大きく塗り替えられようとしている。

これは、面を変えるだけなのだけれど、立体と感じられない人はとてつもない恐怖におののく。

あがく人も、もがく人もでてくるだろう。 あせる人も、びびる人もでてくるだろう。

それでも、前へ進もうとする人は 「CHANGE & CHALLENGE」 の切符しかない。

新しい駅に降り立ち、私はトランクを持ち上げようとするととてつもなく軽いことに気付いた。

「もう何もいらない・・」 全ては、私自身の中に。知恵と勇気と信じる心さえあれば、どこにいっても私は私。やれることをやるだけ。そうか・・ 荷物が多かった時期は、全てを外に求めてそれを詰め込んでいた。でも自分の中にしっかり感じ取れれば、この身、この感覚があればいいだけ。

インドの人が、人生の終わりに悟りを得るためにヒマラヤにこもるため家族も財産も捨ててサンニャーシンになったりする風習があるが、それさえも「外」にもとめていることに変わりはない。

新しい駅には何があるのだろう・・。 ただ、淡々と、今までと同じように、でも明らかに変化した感性をもって、静かに歩いていく。 私の後ろの応援団はとてもたくさんだから、背中が泣かないように胸を張って、でも肩の力を抜いて、在るがまま・・ 我がままからちょっと卒業できた、かな?

 

10万年後にミライ、なんてあるのか?

2011-05-11

原発廃棄処理後の廃棄物は、生物にとって無害になるまで10万年かかる、というドキュメンタリー映画を見てきた。

http://www.uplink.co.jp/100000/

今福島原発が大変なことになり、専門家の人が連日出てきて、庶民は原発のことがようやく理解できるようになってきたかな? というくらいだろう。

専門家の人や医師の人、政治家、批評家など、ばらばらのことをいうので、整理しきれなかったことも否めない。でも、原発を止めるのも、廃棄するのも、こんなに時間とコストがかかるなんて国民は誰も知らない。(とめても1年で数億円も維持費がかかり、廃棄処分にするまで10年かかる→それでも放射能は出し続けるのでさらに埋没させなければならない→きれいになるまで10万年→日本だったら青森県の六ヶ所村に廃棄処理場があるがこの映画に出てくる施設ほど完璧な作りや計画にはなっていない)

そして、この映画にでてくるのは 「森の豊かな国」フィンランドなのだ。日本よりずっと自然と共存して成り立っている国に見えるから、よけいに説得力が増す。

EnergyHistoryAndFuture.jpg 

 歴史でみるエネルギーの変遷

(クリックして大きくしてご覧下さい)

放射能を発見したキュリー夫人は被爆していたし、核兵器に対する有効な助言をしたとされるアインシュタインは、実際に広島・長崎で使われるとは知らなかった。

実際に核兵器として使用し、そのエネルギーの大きさを確認し、1960年代に登場したのが原発。それは、先進国の経済成長と共に加速するエネルギー資源だった。でもこの頃はまだ、その廃棄物処理のことはあまりよく研究されなかったのだろう。

 

やがて、破壊力も毒性も強いプルトニウムを発見し、ウランより効率よく(ウランを使うとできるのがプルトニウム)発電できるため、廃棄物再処理というシステムが生まれ、ようやくこの頃になって始末するのに途方もない時間もコストもかかり、発電させていた時より支出が大きく利益を生まない、ということに気付き始めた。

増え続ける人口とともにエネルギー使用の増加(電気製品や製造物の増加)があり、より電力が必要になって増え続けている原発。今回の福島を見て気付いたのは、それでも原発での電力は東京の場合全体の20%しかなかった。あとは、火力や水力など他の部分で作られていた。

なんだ! ということは、原発を作ってもその施設や維持、廃棄までのシステムを全部いれても、莫大な投資を長期にわたってし続ける必要があり、また人体や環境へ危険度が大きいため管理も煩雑で大変になる、ということが今回の事故でようやく理解できた。

 

 私たちは、そんなエネルギーで作られた世界に住んでいた。ねずみがゲージのなかでくるくるまわるおもちゃの中で走り続けるように、生命エネルギーを著しく消費させながら、くるくる電気を作りながら身を削る。でも、明治以前の江戸時代は、電気はなかったんだよね。

それでもみんな、ビビッドに生きていた。

 

今回の震災でいやおうなしに迫られた「節電」や「停電」によって、そんな昔の感性が戻ってきたのかもしれない。便利で豊かそうに見えた社会が、とてももろいこと。電気がなくなると、生活できないくらいに依存していたこと。いざという時に頼りになるのが、過去からの遺産。

井戸や川、だるまストーブや自転車、水を汲んでためられる容器、すぐ乾く手ぬぐい・・。

 

この映画で語る実際の専門家の人たちは、「たいへんなものとつきあっている・・」という疲労感をにじませ、10万年後に全てを埋め尽くし隠して廃棄した核廃棄物であることが人類に伝達されるかどうかを憂い、また10万年その施設自体が機能し続けることへの確証のなさにうなだれ、苦悩の色をかくせなかった。

数百年の間に電気仕掛けのものをたくさん作り出し、もはや私たちはそれなしでは生きていけないくらいになっている。これから、たくさんの人口を抱えるインドや中国の経済発展に伴い、毎日3基くらいの原発が必要になるのだという。

 

しょっちゅう停電し、シャワーが水になり、不便極まりないと思っていたインド生活が、「これが火力発電ね」と、今なら喜んで受け入れられるが、当時は「日本の快適さ」を懐かしんだ。

でも、火力は石炭や石油、原発はウランという資源を利用する。やがてこれらの資源は枯渇し、エネルギー維持のために世界で争奪戦を繰り返すだろう、と予測されている。そうなったら、10万年どころか、地球が破壊されるほどだろう。

それで、人口削減なのか・・。福島の汚染が怖くて海外へ逃げた人もたくさんいるが、いつどこで福島と同じ事故がおきるかわからない。むしろ増え続けている分、リスクも大きくなる。

私はそういう人たちにほど、この映画を観て根本的なことを考えてもらいたいと思っている。子供たちが本当に大切なら、私たちが決断して行動しなければならないことは、別にある。それをふまえて、子供たちが安全に暮らせるような環境を世界中に作って欲しいと願う。

 

 

唐突なアメリカ

2011-05-09

何だってこんなにアメリカのやることは唐突なんだろう、っていつも思う。

ビンラディン 殺害。 9.11およびアルカイダの首謀者。 って、3年くらいは信じていた。

でもこの10年で急激に広まったインターネットやyou-tube などのおかげで、情報が世界の隅々まで届くようになり、中には念入りなものもあるので、「事実」や「真実」を見るヒトの側にゆだねながら公開されている。

この9.11を 信じている人と、 信じていない人と の頭の中は360度違うものになる。信じていない人は、今回のことも、その後の発表されるものも、何もかもが全然違うものに見えている。

もっと遡れば、ベトナム戦争あたりから「?」が多くなり、湾岸戦争における多国籍軍の攻撃も「?」「?」「?」だった。そして、アフガン、イラクへの武力行使。

今回の筋書きも、その目的のおおよその見当はつく。種まきもあったからね。

でも、3月11日を境に、何かが大きく変った。日本はもちろんだけれど、世界が一斉に一つのことに目を向け、動き、決断するうねりが広がっている。そんな中で、20世紀のやり方を押し通してやりとおせるのだろうか? こんなにも地球をおとしめて、まだ突き進むのだろうか。

宇宙はちゃんと見ているよ。

私たちが進化するとしたら、思うつぼにはまらないことだ。 さて、どうするか。

国の経済が大変で、そのたびに戦争を仕掛けなければならないようだったら、経済のシステムをかえればいい。 破綻寸前の国がいくつもでてきて、これはもう「無理」ということなのでしょう。

え?だから人口を大幅に減らすって? ふ~ん。一人一人をチップで管理するって?ふ〜ん。

宇宙はちゃんと知っているよ。

一人一人がしっかり考え、感じることができれば、回避できるかも。仕組みに気付けばいいんだ。あとは、「内なる光」を蓄え、センサーを磨くこと。リセットの勇気をもつこと。

そうだよ、自分自身にかかってる。宇宙にしっかりついていこう!

ただ今惑星直列中

2011-05-05

この数ヶ月、宇宙には大きな異変があった。

「魔女のお気に入り」で見てもらえるとわかるように、2月の満月はとても美しい星型を表して見せてくれたが、2月16日に太陽の黒点運動が活発になり、大きな太陽波が放たれていた。

太陽フレアはさらに活発になっており、3月にも大きな爆発があったようだ。(地震にも影響があると思う)

そして、3月から太陽を中心に土星だけすこしずれているが、特に5月は一直線に惑星が並ぶ配置になっているという。

http://modernsurvivalblog.com/space/planetary-alignment-may-2011/

太陽の活動は、太陽波という電磁波を照射し、地球の電離層にも大きな影響を与える。時に大規模な停電になったり、電気系統に狂いを生じさせたりするという。

人間の精神状態にも影響を与え、頭痛や耳鳴りがしたり、興奮しすぎたり怒ったり、動物も不安定になるという。

この大いなる宇宙の営みの一つとして地球もあるが、こうやって一列に並んだりすると一人だけ不真面目な生徒が全体を乱すように、外から見ると日本からもよもよと放射能の噴煙がたちのぼり、宇宙空間にまで影響を与えているのが5次元くらいのレベルだとよく見えるだろう。

それとも、今一列になっていろいろな調整をしているのかもしれない。

新たな創造に向けて、地球ごと他の星からエールをもらっているような気さえする。

原発代替案をだしてから反対運動へ

2011-05-01

今日から5月。4月はなんと早かったことか。震災から1ケ月半たち、新幹線の東北すべての路線が昨日復活し、復興に向けて営業を始められるくらいのところもでてきた。

仙台空港は、米兵支援のおかげでいち早く空輸としての拠点として驚異的なスピードで開港されたが、黙々と建て直されていく一方で原発の対処がスローモーションのように遅いことが世界中の国を苛立たせている。

その時間的経過の中で、中国や台湾、インド、ドイツ、フランス、アメリカなどで住民による原発反対運動が日に日に大きくなっている。世界の主要な原発推進国は、住民の批判を恐れて早く日本が処理できるように相当のプレッシャーをかけているのだろう。(ついにプーチンさんまで、怒った)

日本でも報道されていないが、1万人規模のデモが頻繁に行われるようになっている。

いろいろな人がいろいろな意見を言う中で、現実的に原発に代替されるものが具体的にみつからなければ、闇雲に反対しても自分たちの首をしめるだけで終わってしまう。

太陽光、風力、火力、水力、地熱 いろいろあるけれど、果たして節電を余り行わないでも今の電化生活を維持し、CO2を出さずに、資源を枯渇させないで、輸入に頼らず、自然を損なわず、健康を損なわず、安全に電気を作り出せるもの ・・ て何?

<天然ガス> 

http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20110423-00931822-mosf-bus_all

日本の国は、海底からも相当の天然ガスがあるらしい。今まで発掘調査を行わなかったのは、原発推進派(どっかの国)からの圧力で原発をやめられては困るので、開発をしてこなかったらしいのだ。

今オバマ大統領も出生証明書を出せ、なんて<あの>トランプ氏(ハートじゃなくてジョーカーのA=コンパスマーク)から突き上げられているが、丁寧にシナリオを読むようにみていくと天使と悪魔のような裏舞台が繰り広げられている。現にデビット・ロックフェラー氏は、「原発をやめてはいけない」と声明をだしたりしているし、福島の鎮圧にアメリカとフランスが協力して・・というのはまったく映画のシナリオみたいじゃない?(私はハープとホルンじゃなくセルンの協奏曲に見えるけど)

今回の日本の震災の壊滅度が、予想した以上にひどかったため計算違いということか。

そこに今度は、国防長官に元CIAの長官がおさまった。 ふ~ん。そういうことか。

私たちができることは、今までの歴史や行動の中で学んできたことを生かして、デモ=人の集合=意見のまとまり=群集の思い=念力 というパワーボードを再考し行っていくことだ。

ただ反対していただけでは今回のようなケースは何も動かないだろう。 こっちのほうを臨む!という転換案、それもできるだけ数値化された具体案がだされなければ、政府や官僚、企業の心を動かせない。

さらに、地震国で今回の体験を生かし、地下資源がもし地震に弱かったら、地上で地震等のリスクの少ないモノを同程度に行うダブルヘッダー式でやると相互の補い合いができるのではないか?と素人でもここまで考えられるのだ。

あとは、コストとマンパワーとマネジメントと実施能力の結集。

私は思う。 反対するのは簡単かもしれない。 でも今自分の家にある電化製品を見回したら、

自分の生まれた頃にはその十分の一もなかった。そして「家電」はおしゃれの一つと同じように無尽蔵に増え続けている。その分電力が必要になっているから、多く作り出すために原発 って電機産業メーカーと電力会社はものすごいパートナーシップで結ばれているのだ。

だから、原発に反対するならまず家にある家電を最低限にして、いらないものを捨てる!そのくらいの気持ちが欲しい。

私は今はやっぱりレンジも使うし、洗濯機も回すし、サウナだってあるくらいだから、多く必要としている生活をしている。

日本人はそういうエコなモノを考えるのが得意といわれているので、国民としてそういうものには協力したいし、国を挙げて応援してくれたらと願う。

そういうことを一生懸命やっている人たちがもう二度と埋もれてしまったり、特許を企業に買われて殺されて(使わせないために)、みたいなことは阻止したいと強く思う。それには、できるだけ表に出てもらい多くの人でサポートをするような体勢が必要になるのだが、今日のツイッターやフェイスブックなどのSNS、U-streamみたいなインターネットの構築は、そのためにできたのだろうとさえ考えている。

60年代の学生運動で萎えてしまった私たちの心を、今度はもう少し成熟させて立体的にして、実現させるためのビジョンを武器に結集できたら、政治家も官僚も反論することもできないだろう。そうできたら、と強く願う。強くカミに祈る。そして強く心に誓い、世界のために行動していく!

 

 

サイババの死 ニューエイジの終焉〜真の精神へ

2011-04-25

キャンディーズのスーちゃんが亡くなったニュースが大きくて、ひっそりとした記事だったがインドのマスター サイババが昨日亡くなった。84歳。

1980年代後半から90年代にかけて、世界中にものすごいブームを巻き起こしたサイババ。一番話題だったのは、くるくると手を回して突然出てくるビブーティーという灰。聖なる灰ということで、駆けつけた人はそれが欲しくて連日おしかけていた。灰だけでなく、ブレスレッドやペンダント、指輪なども物質化し、特別な人に与えるという。

空気の中から、あっという間に金属を物質化してあらわす・・・まあ、インドなのでヴェーダ的に言うと、始めは無であった宇宙空間に、ある意志から音なき音(ス のような無声音、バイブレーション)が放たれ、空間が揺れて男性原理であるプルシャが現れ(この段階では非物質)、その対岸にその具現化である女性原理 プラクリティが出現し、5つの感覚が現れ・・・うんぬん・・ というように、一瞬に具現化して物質にしたもの、だという。

それが「すごい!」ということであっという間に世界に知られ、インドでは先にアーユルヴェーダを広めたマハリシ・マヘーシュヨーギ(2008年逝去)、ヨーガ指導者だった和尚、瞑想家クリシュナムルティ等という精神指導者が続々と海外で知られた後に現れたのがサイババだった。 

日本では、東大卒のインテリ青山圭秀氏が「理性のゆらぎ」でサイババを紹介し、あっという間に広まって芸能人もたくさんサイババに会いにでかけ、後編の自分の運命が書かれた葉「アガスティアの葉」を読みに、これまたたくさんの人がインドを訪れた。

私はほとんど興味をもつことがなかったが、青山先生がサイババからもらったというブレスレッドをみせてもらってちょっと変色していたが気になり、まったく同じデザインのものを他の人がしていたのを見て(サイババからもらった、という)、少し不思議な気になった。ただの輪っかだったら何にも思わないけれど、微妙にデザインがあったので「同じデザインのものが空中から出る?」不思議だなと思っていた。

1980年代後半、米女優シャーリー・マックレーンの霊的体験をつづった「Out on a Limb」を皮切りにあっという間にアメリカで広まったスピリチュアル・ブーム。チャネラー、UFO,神霊、哲学者、霊能者、魔女、占星術師などがごそっとでてきて、とりわけインドの神秘家は欧米でとてももてはやされた。インドというだけで不思議だったから、ヨーガも、コブラ使いも、アーユルヴェーダもみんな一緒の不思議の一グループ。日本にもすぐに上陸し、最初のアーユルヴェーダブームが起こった。が、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教のおかげで、日本のインドブームは撃沈した。

サイババもそれを機に徐々にフェイドアウトしていき、かわりにHUGで癒す世界の母アンマが人気となった。

ただ、80年代は宇宙的に人々の魂の進化を促すエネルギーが送られていたのは確かなようである。だからここまでブームになった。

それらの中に私はどっぷり浸ったかというと、流れてくる川のようなものであり、水に流されるのではなく自ら泳ぎながら、自分に合う水を選んで突き進んだという感覚。年代も、環境も、ちょうどいい時期に遭遇した。その中で自分にぴったりとあい、ずっと泳ぎ続けている川がアリオンだった。そしてとうとう、カミの手のひらの上にのっかった。

あれから20年余り・・ 先月の地震の2日前に、2012年12月で世界の終わりを告げていた「マヤ歴」の復活を唱えたホセ氏が亡くなり、続々とあの時代のリーダーがフェイドアウトしていく。

私は何が真実なのかを知りたくて、たくさんの本を読んだり、会いに出かけたり、セミナーに参加したり、気功やヨーガも習ったりしたけれど、たった一度の体験で全てがひっくり返るほど世界も宇宙観も変わった。 そういうことなんだ・・。

理性はゆらぐかもしれない。でも信念はゆらがない。それがストンと自分の腑におちるまで、人は外側のことにだけ気をとられ、知識を蓄え、頭で理解しようとするだろう。

そういう意味では、サイババはその時代の象徴だったのかもしれない。人々が「こうあってほしい霊能者の姿、見せ方」。そうじゃないと、信じられないもん、という曇った目。真の信者であったら、サイババは、灰やアクセサリーを出す必要もなかったのかもしれない。

その時代が終わろうとしている。人として本当に大切なことは、霊能力とかではなく、人としてまっとうであることだと思う。ではまっとう、とはなんだろう?

それを被災した人たちの行動や思い、言葉が示してくれているように思えてならない。

時に特別な能力を持つ人もいる。でも能力と人格は必ずしも一致するわけではない。その能力に驚いて、カミ扱いしてしまうと大変なことになったりする。(そういう人を何人も知っているが・・)

今は、人として一生懸命生きる、という時代に入った。 ニューエイジ・ブームの終焉。

そういえば私もカミから言われたんだ。「スピリチュアルからの完全脱却」と・・。 また、同時にカミはみんなが思っているような存在ではないと・・。

そして今言う。それは私の精神(SPIRIT)となった、と。外にあるのではなく、自らの内を流れるものでありそれは不思議でも未知でもなく、自分の一部として特別なものではなくただ在るものだった。 (みんなそうなのです)

幕末スパイラル

2011-04-17

今日からまた、「JIN-仁」が始まった。世界80カ国で放映されるという。すごい!

見ていくうちに、ものすごいインスピレーションがびんびんきた。まるで今と同じ。

震災という一つのシフト現象があり、混沌としている中で人々の意識変化がおきている。

政治の統一感のなさは、まさに幕末。そして今日本がおかれている状況も、裏を返せばまさに幕末。

そういうことか。

戦国時代や幕末、明治維新という大きな節目の中で、一番この国を思うリーダーは志半ばで消えている。その心意気や意志をみせたくて、このJIN や昨年の龍馬伝、今年の「江」など、大きな流れを作った時代を見せられているようだ。

日本人が、一番「ヤマトダマシイ」を抱えていた時代。武士の中の「仁徳」を携えた精神。礼儀ある義理人情あふれる時代。こうやってみると、なんと心豊かだったのだろうと思う。

それを80カ国の人が見る。神様やるね。お見事。それも、この被災のあとだからね。

神や天使は、芸術家にインスピレーションをたくさん送り、アートで表現してもらうことをよく行う。

ヴィム・ベンダースの「ベルリン 天使の詩」という映画は、アリオンが思念を送って作られたそうだ。実際の天使たちはこんな感じ、というのを伝えたかったようだ。 宮崎監督の一連の映画は、まさにそのもの。ちなみに、「ハウルの動く城」はルシフェルの肝いり。

そして、女性の生き方にも変化が現れるさきがけとなったのが江戸時代から。「凛」とした精神は本当に美しい。

日本は、明治維新からこのヤマトダマシイが少しずつ消えていき、諸外国の考え方になっていった。でもこの日本の国土では、あちこちからいろいろな民族が入り込む国の考え方や行動は本来なじまない。団体行動とよく言われるが、役割分担しつつ相手をカバーしながら全体をこなしていく という ハタラク(傍を楽にする)基本感覚があるからだ。

それも労働にかわり、お金に換算されるようになって、自分の力を出し切ることもしなくなった。

それじゃだめなんだよ、とダメだしされるように、もう一度振り出しに戻って・・という節目が過去に何回もあったのに、どんどん違った方向になっていき、そして今。

さて、今度はどうなっていくか。幕末スパイラル。

さすがに今は、若者も無関心ではいられなくなっている。こういうところから光はきっとでてくる。

龍馬も、慎太郎も、信長も、天から思い切りエールを送っているに違いない。しっかと、聞こう。

レベル7 の現実 

2011-04-12

とうとう福島原発の危険度が、レベル7のチェルノブイリと同等になった。

多くの人は、チェルノブイリといわれてもぴんと来なかったことも多かっただろう。でも、自分たちの国がそんなふうになるなんて、誰もきっと想像さえしていなかったと思う。安全で安心で、先端技術のある国、日本 と思っていたからだ。

そして、政府や官庁は対応素早く、すぐに解決できるだろうと思っていたからだ。

でもこの一ヶ月、まるで映画のシーンような地震と津波が実際起こり、日々同じくらいに揺れて、停電もあり、ガスも止まるという体験をリアルにしていくうちに、見えない「放射能」にも脅かされ、何を信じたらいいのか、どう生きたらいいのか、と精神状態が不安定な人たちが増えてきた。

信じていた先端技術も、原発に対しては何も準備されておらず、武器も持たずに戦場に出された兵士のような呈を世界にさらけ出してしまった。これから日本も、日本人も、日本製品も「放射能汚染」「無能」というラベリングとともに生きていく。

健康被害は後数年しないとわからないが、ガンや白血病、不妊、障害児などが増えるといわれている。

原発は、実際に稼動するまで10年かかり、閉鎖停止するまでに30年かかるといわれている。

およそ100年間、人が面倒を見ないといけない。そして事故があるたびに、命が脅かされる。

とにかく今は一日も早くこの福島原発が最大の危機を脱して、放射能を放出しないでゆるやかに停止へ向かう準備にいってくれればと思うばかりだが、周辺には高濃度の放射能があるためにこの除去など難題が山積みのようだ。

ある意味、今回のこの問題をださせるために、地震がおきたのかもしれない、と思わされるほどだ。隠されていたさまざまなものが一気に噴出し、肝心の政治力が機能していないということがいやというほどわかってしまった。

確かに、地震も津波も一箇所だったら、原発も一機だけだったら、もう少しまとまっていたかもしれないが、全部一度に勃発したため「何をどうしたらいいのか、どこから手をつけたらいいのか」状態だったかもしれない。

でも一連のつながりは、十分予測できること。この予測が「想定外」ということで、準備されていなかったことの露呈だった。

私たちにできるのは、過去に戻るのではなく、これらのことを現実にふまえてまったく新しい未来や地域を作っていくことだと思う。誰かに頼ったり、任せきったりするのではなく、ちゃんと参加して皆でつくりあげるという工程。

希望的な感覚が日々薄れていく中で、みんなで声を掛け合ったり笑顔を返しあったり、というそんな小さなことがどれだけ励みになるか。今私たちは、そんなところにいる。

レベル7。 このことを胸に刻み、決してあきらめるのではなく、この領域から抜け出せるようなアイデアや仕組み、モノなどを生み出すこと以外に、私たちの再生の道はないだろう。しっかり生きることをせず、あきらめて自堕落になってしまったら、今度こそ本当にカミは日本を沈めるだろう・・。 

桜開花とタイムラグ

2011-04-08

昨日の余震はとても長かった。余震でもマグニチュード7とは東北の人たちは心が休まらない。

なにしろ、プレートが25メートルも動いているだなんて、地上は3メートルっていうことは、相当ずれてしまっているってことだ。

そんななかで、昨日ようやく桜が満開になりだした。でも、昔は桜の開花って3月末だったように思う。私の友人が3月末に生まれていて、「いつも桜が咲くときでよいね」と、桜と共に誕生日を祝っていた。

sakurapark1.JPG  sakurapark2.JPG 桜満開 手(チョキ)

以前常盤ちゃんとキムタクのドラマ「ビューティフル・ライフ」で二人の最初のデート場所は この新小岩公園でした。)

それがいつごろからだろう、4月に入り、それも半ば近くになってようやく開花とは・・。冬が長かった、とか 夏が長かった とか言ったりするが、もっと根本的なものに気がついた。

大地震のたびに地球の回転が速くなる、という話を過去からずっとしていたが、昨年地球の衛星である月が縮小している、というニュースをきき、宇宙になんやら異変があるな、と思っていた。

つまり、こういうことだ。 今までの1時間(60分)が、58分くらいの速さで過ぎていくと、1日に48分早まる。一ヶ月では24時間、1年では288時間 といささか大きい数字だけれど、こんな感じ。

地球を含む太陽系は、みんな秩序をもって意味を持って距離を保ちながら回転しているので、一つの星が急に回転速度をあげてしまっては困るのだ。特に地球のパートナーである月は、一日のリズムや季節などを与える「時・暦」の役割があり、お互いの磁力をもって互いの回転を助けている。ところが、地球が早く回転しすぎてしまっては全体として困るので、月が出力を落とすために縮小をかけている、と考えた。(= こういう宇宙の秩序を統制する役割を「カミ」と呼んだりする) 

太陽の黒点がなくなったり現れたりするのも、その秩序やススミ具合により連携をとっているのだろう。

だから、桜開花が「遅れている」のではなく、今までの数字的な暦と実際の地球の時間があわなくなっているのだ。古代の人たちは、星や太陽をみながら生活をしていたので、地球の回転が速くなっても、さほど困ることはなかっただろう。

でも時を固定化してしまった私たちは、このズレに戸惑い、心迷い、体内時計も狂わせている。

本来のリズムよりも早く回転しなければならない地球のほうが、もっともっとしんどいだろう。

だからバランスが取れなくなってきているのだと感じる。地軸もずれているから、気温や天候の変動も多い。そしておこる山火事や洪水、大雨や大雪、または日照り。

もう元にはもどせないんだろうか? 少なくとも、地上で生きている人間たちが、星や太陽を眺め、呼吸数をおとし、心拍数ももう少しゆっくりできたら、少しは違ってくると思う。本来のパルスや呼吸数は、この地上に適応するために人間たちが決めてきたが、この数は地球という星を感知して培ったもの。古代はしっかり天と地にはさまりそれを感じながら、人は生きていた。

今は、それらをまったく無視しているので、呼吸数も脈拍も上げまくり、私たちはあえいでいる。

そして必要以上に二酸化炭素を出す。

被災によるライフプランをたたれた人たちは、あらためて電気や水のありがたさを感じたと同時に、ろうそくの明かりや湧き水の甘さなど、新しい気付きを感じた人が多いと思う。

便利なこと=最大の幸福 ではないことに気付いた。 便利で快適なことは、人工的なものが多かった。 でも、自然は人の手では作れない。 二度と同じ景観を取り戻すことはできないことの無常。

私たちの頭も心も、先へすすみすぎてしまい 回りのことを見回す余裕がなくなっていた。

ここもタイムラグ。 立ち止まり、深く呼吸を行い、目を閉じて、そしてゆっくりとまぶたを開く。

そのゆっくりな呼吸で、ゆっくり歩く。地面のでこぼこや感覚を感じながら、足元に意識。

上を向くと空があり、雲があり、太陽があり、星があり、そして月は毎日変化をしている。

何万年も変わらない光景。 「人よ、人らしくあれ。」 神のささやきが、こだましている。

(占星術など誕生日や日にちをもちいるものは、このズレを計算して行わないとあたらなくなるだろうなあ、と思ってます。) 

放射能汚染とアーユルヴェーダ

2011-04-03

震災後3週間たち、福島原発は一向に収まる気配が見えない。

いろいろな人が意見を言うが、見えてきてしまったのはこれだけ原発を使っているのに日本には解決する手立てがまったくない、ということだ。フランスやアメリカの精鋭がやってきて、いろいろな装置や技術を駆使しているが、日本がなぜ今まで研究してこなかったのかまったくもって謎だ。

そんな中で、福島県立医科大学と広島大学、長崎大学が連携して研究することになった。

http://www.asahi.com/health/news/TKY201104020305.html

世界で唯一の被爆国である日本が、これまた世界で初めての大きな地震津波災害にあい、原発がやられなすすべもなく放射能を放出しまくる事態になり、それがいつまで続くか、健康への被害がどこまでなのか予見することもできない状態に今いる。

ただ、原爆症に関しての細かいデータを持っている唯一の国でもあるので、早期も含めた治療法などが見つかることが期待されている。

世界には、岩盤や砂などから自然の放射物質が放出されている自然高放射能地域というのがあり、なんとインドのケララ州は日本の30倍もあるという。そのほかには、イランのラムサール、

中国の陽江、ブラジルなどがあるが、そのほか山や高地では平地よりも多くなる。

アーユルヴェーダのオイルマッサージの発祥の地といわれるケララ州は南インドにあり、緑あふれる自然豊かな場所だが、薬草を使ったオイルマッサージはインドの伝統武術カラリパヤットの武士たちに施され、ケガの予防や体を鍛えるために使われていた。

インドのアーユルヴェーダも中国医学と同じように、北のハーブ療法と、南のオイルマッサージ技術が融合して今日に至っている。カラリパヤットは、北のバラモンが南下してケララに定着していったらしいが、バラモンはもともとヴェーダを知る人たちだったので、まとめることも容易だったのだと思う。

アーユルヴェーダの治療法のメインがパンチャカルマと呼ばれる浄化療法だが、この執拗なまでの細部にまでわたる排出技術は、確かに未消化物を取り除くのに役立つが、実際ほぼ全部受けてみて特にヴァマナという催吐法を経験したとき、「ただごとじゃない」と思わされた。

それがもしかして、ケララの高放射能地域で健康を維持するための、定期的な浄化療法として生まれたのかも、と思ったらとても合点がいったのだ。

前処置として行われるオイルマッサージと発汗法。この二つで、かなり体内の重金属も排出できるのだそうだ。さらに、前述の催吐法、寫下法、瀉血法、経鼻法などで徹底的に通路から排出させ、浣腸法では排出もするが、滋養もする、というダブル効果にもなっている。

自然高放射能地域では、長年にわたって人類が共存しているので、それに強い何かしらの免疫機能や遺伝子機能が培われているかもしれない。

そういうことも加味して、今回の放射能の汚染から私たちの健康を護る手立てを、西洋と東洋とあらゆることを客観しながら、あるものは融合し、あるものは順番を経て理想的な形で医療として発展できることを願う。

これこそ、西洋も東洋も近い国 世界の全ての情報がある国 日本 でしかできない東西医学融合の道であり、私が初めて行ったインドから帰ってくる空路で強く感応した感覚だった。

東西融合医学は、恩師幡井勉先生が願ってやまないものだった。

厳しい機会ではあるが世界に役立つ医療として、融合医療が確立されることを祈っている。

明確なビジョン

2011-03-31

地震発生から20日が経過した。

少しずつ落ち着きがでたものの、全体的には規模が大きいだけにばらつきもある。

福島をのぞいて、これから少しずつ復興をはじめていくが、よく比較される戦後や空襲のあととは取り掛かりがまったく違うので、本当に一つ一つ法律も含めて決めていきながら行わないと無理だろうなあ。

そんな中、政治家以外の方の明確なビジョンと、まっすぐ通る声に、曇り空が晴れていくような小気味よさを感じた。

<京都大学 藤井教授の国会意見>

http://www.youtube.com/watch?v=Gk5TNJhcKFg&feature=youtu.be

誰もが納得できるような明確なビジョン、そして綿密な企画 行動予定 を伴って、復興へのシナリオが作られる。何より、避難者の「生きがい=雇用・労働」を充実させることをメインに、器だけ形だけ作ればいいってもんじゃない、ということをはっきり言い切られたことに 拍手!!

違うのは、今までと同じものを作る必要のなさを知ることだ。

現在、避難者の方とフェイスブックなどで知り合ったが、そのリアルな報告と心情が伝えられて本当に必要なもの というのが見えてくる。

ずっと停電でいたのに、急に電気がとおっていきなり24時間営業の店が出現し、違和感を感じたそうだ。スーパーでみんな山のように買い物をするけれど、逆になくても良い生活を知ったらモノを買うことが少なくなったそうだ。

24時間営業すれば、また電気が必要となる。たしかに、経済的な部分もあるかもしれないが、昔の田舎のようにみんな6時ごろ店じまいして11時には就眠という生活をしていれば、夜店を開けておいても行く人がいないだろう。

都心では無理でも、地方ではこんなルーティンがごく自然に行われている。それにあわせた施設や場所があればいいし、最初はみんなで農業や漁業を一緒にやってもいい。とりあえず、自給自足から始めてみると、お金もそんなに要らないし、モノもそれほど欲しいと思わないだろう。(今回の津波を考えたら、もって逃げられないばかりか回収もできない)

それよりも、毎日自分が行く場所があって、体を動かし、みんなと励ましあい、一緒に食事をとり、喜び合える日々 というものが確立されてこそ、個人の充実というところに向かっていくと思う。

それこそ戦後はゼロから無我夢中で毎日過ごし、ひたすら上へ上へと国民全体が一斉に意識を向けていたが、今はそんな心情にはならない。

だからこそ、こんな風に明確にビジョンを示すリーダーの声は、希望となって未来図を想像できる。しかし現実は(特に予算とか)、国会を通せば通すほど、裏の実情などから骨抜きのプランになってしまったりする。そこをいかに打破できるかが、鍵だけれど・・。それには、共感するもの同志が団結するしかない。これが大きくなれば、面白くなる。

今回の地震で、国民は少し目覚めたと思う。自分たちの国がどうなるか、今までアタリマエと思っていた年金や福祉なども、アタリマエではなくなるだろう。一人一人が考え、痛みを分かち合わなければ復興はありえない。

新しい時代、新しい国、新しい価値観、新しい人力・・それにはまず、個人の頭から新しい発想を培って・・。

なぜ福島原発が収束しないのか。。

2011-03-29

福島原発が、日本の政府も東電ももうお手上げ状態になり、世界中に泣きついている。

震災から18日が経過し、1号機から4号機まで放射能を出しまくり、私たちは緩やかな被爆を続けている。(政府は人体には問題ない、といっているけれど、じゃなぜ食品や水の摂取を禁止するのか?プルトニウムまで出てしまっても、問題ないと言い切るのはある意味 It’s too late

を含んでいるのかもしれない。

あまりに放射能濃度が高くて作業が遅れているが、現実を知ると収束できない問題はもっと深いところにあるのに気付く。

 http://bit.ly/eW8y5G

1960年代から80年代にかけて、高度成長期と共に増えた原発のかげには、こんな非道な行為がありそれは今でも続いているのだ。考えたら、まったく原発の知識のない叔父も、柏崎原発で働いていたしなあ。

肝臓がパンパンにふくれあがるほどのガンになっても、とても我慢強い人だったのでたまに「腰が痛い」というだけだったそうだ。

あのテレビに出てくる社長とか副社長とか、作業着着ている人たちは実際に処理作業に携わったことがあるのだろうか? こういうときにこそ、命かけて行けよ!仕事しろよ!

この高度成長期の時代に会社のトップだった人たちは、戦争経験者であり、軍の上部の人たちが多い。つまり、戦場に行かずに指図だけしていた人たち。 自分たちは手を汚さず、命令だけして理不尽な要求を押し付けてきた人たち。

戦争収束のために原爆という手段を欧米に選ばせ、日本は唯一の原爆体験国になった。

(これは表向き。実際は、原爆の威力を試したかったようだ。広島、長崎はそれぞれ違う爆弾が落とされ、戦争がおわって平伏してからアメリカから医師団が来たが、被爆後の調査だけして治療せずすぐ帰ってしまったそうだ。→ そこから広島大学の医学部が中心となって、東洋医学も含めた治療法をあれこれ試し、海草(ヨード)の利用もここから生まれたそうだ。)

 

<原発労働者の手記> 

 http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

今私たちが見せられているのは、東電だけでなく政治も含めた隠されている真実。

テレビで、あるコメンテーターの人が、ヘリコプターも近寄れないほどの危険な場所で作業する人たちへの配慮がまったくなされておらず、疲労を取るシステムもなく、ずっと働かせられている状況に対して、東電がいかにいい加減な会社かということに怒りをぶちまけていた。トップには天下りも多いと聞く。そういえば、自衛隊隊員も、被災者たちの炊き出しや入浴を行っても、自分たちは冷たい食事を食べていたり、入浴しないでいたりする。(まあそんなことができる過酷なところにいくのが、隊員ということもあるだろうけれど・・。でも原発は違う。)

なんか、泣きながら「社員は悪くない!私にみんな責任があります」と泣きじゃくった山一證券の社長が浮かんでしまった。 

 

日月の神は、全てを明らかにする神。全ての問題を、表に出す神。

これから再生していく中で、同じ仕組みを二度と作らなくていいように、魂のきれいな人たちで作り上げて欲しい。

インフラがとまり、停電や電気のない生活を経験してきた避難者の人たちの意識の中には、「電気を大量に使った24時間の営業をする必要のなさ」や、電気のない生活から紡がれた人との距離感の近さの心地よさを発見し、価値観だけでなくライフスタイルも新しいものが生まれようとしている。こういう生活にすれば、無理して原発の電気を使わなくても、天然ガスや太陽光、風力や火力を混ぜたクリーンエネルギーに代替することも可能になってくるだろう。

それを希望にしよう。それを夢にしよう。そうやって、一日や季節や風土を大切にした場所つくりをしよう。そういうところで生活をしよう。そういう生活を支えられる仕事をしよう。そういう仕事で回る会社を作ろう。そういう会社にできる知恵を出そう。そういう知恵をだせる創造力のある人を社長にしよう。決して自分だけよければいい、という人を選ばずに。 政治家も同じ。

 

アリオン・メイト FUMIO さんのブログにも驚いてください。

http://blog.goo.ne.jp/fumioyamashita/e/e90dd8f02db47c4e02fb556832d5c458

アトムの子の受難

2011-03-26

♪空を越えて、ラララ 星のかなた~ いくぞー アトムー ジェットのかぎーり ♪

♪心 優しい~ ラララ 科学の子 10万(100万?)馬力だ 鉄腕アトーム〜 ♪

と、記憶は恐ろしく 今でも歌えるこの歌。

1963年に初めてテレビで見たモノクロの鉄腕アトムは、当時の子供たちに夢と希望を与え、科学の発展を素晴らしいものと思った。時は2000年となり、さすがに飛ばないが歩くロボットも出てきて、本当に鉄腕アトムができるかも・・ と大人になっても誰もが思っていた。

高度成長期と共に歩いたアトムは、経済成長に必要なエネルギーのことだった。原爆を落とされた唯一の国である日本が、今度は核を有用なエネルギーにして国民総出で働きまくり、経済成長をとげ一億総中産階級時代 などともてはやされ、あっけなくバブルの底に沈んだ1990年代。

アトムは原子のことだし、妹はウランだし、御茶ノ水博士は原爆の父アインシュタインをモチーフにして、<原爆 怖くない みんなの味方> というイメージ作戦というのもあったかもしれない。

又は手塚先生が、2011年にくるこの日に密かにメッセージを託していたのかもしれない。

アトムの子世代の1950年代以降に生まれた人は、最先端科学に夢を馳せ、宇宙に向かって大きな希望を持ち続けた。

そして昨年、日本が宇宙に向けて飛ばした無人探査機ハヤブサが、イトカワという小さな星の表面の砂を採取し無事戻ってきた嬉しいニュースがあった。日本の技術はすごいぞ、と思っていたのに、今回の原発事故の際に、無人探査機もなければロボットもいないし、非常にアナログな作業ばかり行い、挙句の果てにあれほどまでに危険な場所で作業するのに、作業の支度さえ満足に与えず被爆者を出した。(ふつう、現場なら誰でも安全靴くらい履くだろうに!)

宇宙のほうがはるかに放射能が多い。宇宙技術と原子は切っても切れないはずなのに、事業仕分けで仕分けられてしまうくらい、日本の頑張りは大切な場所や所に繁栄されずにいる。

ここまでくると、福島原発の作業が難航しているのはもはや人災になると思う。

会社の危機管理や人の徹底、教育のあり方、システムに対しての執拗まで安全確認・・。

テレビで見る限り、偉そうな人は偉そうで、人の命のことなど大して気にせず、自分の責任逃ればかりしているように見える。(大企業は往々にしてそういうことが大有りだった。昨年からの山崎豊子シリーズのテレビや映画公開は、企業の実態を明らかにする前触れだったのかもしれない)

これだけ大きな企業だったら、前述の宇宙技術や最先端ロボットくらいは用意して、いざというときの危険な場所における処理のシュミレーションやバックアップシステムのようなものが必要と思わなかったのだろうか。

まあそれ以前に、原爆を持たず原発を日本が持つこと自体が矛盾になるのだけれど、この原発はロックフェラー関連の事業所から、ということで自民党政権時代のあり方がよくわかる。

そしてとうとう、食べ物も水も海水も汚染が始まった。肉は鳥インフルエンザや口蹄疫などでこれも汚染され、何を食べて飲んだらいいんだろう、と人は途方に暮れ右往左往している。

日本は何もかも安全な国、の神話は見事に崩壊した。

しかし、ここまでくると いくら心配性の人でも飲まず食わず外に出ず風呂にも入らず というわけにもいかず、いい加減開き直るしかないかもしれない。

真実を知れば知るほど怖くなる。でもこれで私たちは、ようやく広島・長崎の人たちの気持ちに近づくことができた。

広島に行くときはいつも立ち寄る原爆記念館。最初に見たときと17年の歳月がたち昨年訪れたときは、ゲームや映画などで生々しい戦闘場面や殺戮場面を見せられているせいか、インパクトが少ない気がしてしまった。リアルなことなのに、当時残された資料等が少ないため、おそらくティーンの人たちは残念ながらあまり衝撃をかんじないかもしれないな、とさえ思ってしまった。

ところが、今回の原発事故は目に見えない恐ろしさを日に日に与え続けられている。

あの3号機の破壊されたたてやを見ていると、原爆ドームにみえてくる。ようやく繋がる接点。

日本人が今回とても団結しているのは、この共有感覚なのかもしれない。日本の原発事故を見て、原発を考え直したり停止させたりしている国がどんどんでてきているのは、<世界の雛形>といわれる日本の立場を反映させている。

もはや技術だけでは追いつかない処理。 闇雲 という言葉さえ浮かぶ。

私たちにできることは、いつもどおり自然にいること。空気も水も野菜も食品も何もかも汚染されていると危惧しまくっていれば、やがて放射能でなくても病気になるだろう。

自分が安心する何かを最低限行い、(たとえば水に炭を入れるとか、野菜をつけ置きするとか)

いつもどおり美味しく味わって食べることができれば、免疫はカラダを快復させようと頑張るだろう。

そして先のことを考えすぎず、今このときを大切にすごす。

 < 無邪気、 素直、 正直、 純粋、 自然への畏怖の念 >

神につながる、心のあり方。 

少なくとも、気持ちがこのようであれば 何が起ころうと静かに受け止められる。

私たちは、最終的には宇宙に帰ってアトムになるだけだ。

★そういえば、青森新幹線も受難。3月5日初日から高齢者が線路に落ちたりダイヤに遅れがでたり、とスムーズでなかった。奇しくも「はやぶさ」号。神が「東北へ今来ちゃダメ!」というサインだったのかもしれない・・。その1週間後に地震だったのだから。

 

日本人はなぜ災害時に秩序を守れるのか?

2011-03-22

災害時おける日本人のマナーや秩序正しさが海外で評判になっている。

地震、津波、原発放射能の3重苦ともいうべき複合被災の中、今はまだ「助かった命」を精一杯生かしているという感覚だろう。

原発におけるハイパーレスキュー隊はじめ、消防や警察、東電の人たちは、危険のなかに飛び込みある意味現代の特攻隊くらいに命懸けの仕事に取り組んでいる。

隊長やあの石原都知事も泣くくらいの士気は、「危険レベル」を知るからこそ出た涙。それくらいなんだ、ってことに私たちは気付かないといけない。

日本は、四方を海に囲まれ、火山も多く、地震大国。火山噴火、台風・津波、地震にはいつも脅かされていて、自然の脅威をいやというほど知っているから、それぞれを神とみて儀式をし、怒らせまいと民は従順に暮らしていた。どこをみても神がいるので、八百万の神々とし、トイレにもいることは最近歌で知られるけれど、実は古代から祀っていたのである。

地震のポイントになる地点も良く知っていたらしく、要石や要岩などを置いて絶対に動かしてはいけない処置もしてあったりする。(よく知られるのは、香取神宮と鹿島神宮の要石)

年齢を重ねた人ほど信心深いので、こういう震災も「神様の怒り」と(祟りは仏教だけ。神道は祟らない)して、さらに丁寧に儀式を執り行う。(今回も、天皇は相当に儀式を宮中で行っているだろう)。パワースポットで自分のお願い事を願うのは、まったくもって神のことも神社の意味も知らない、ということだ。(かえって汚されてしまうのだよ)

神の行為と思えば、起こることもわめくこともできない。

人々の行動が麗しいのは、戦後高度成長期を経て金満国家になり、神仏よりも「カネ!」や「自分と身内だけよければいい」という考え方が蔓延して、虐待や子殺し、親殺し、無差別殺人など平和な分増えてきた社会事件が勃発し、「もうこの国はだめだ」と思わされた時に今回の地震が起き、一斉に皆気持ちが引き締まり、もともとあった大和のDNA(困難があると、ぐっとまとまる意識体。みんなで、よりよくしていこうとする思い)がグワーンと目覚めたからだと思う。

そして、数々の震災が過去にもあり、テレビ等で情報が入るので災害がおきても「救出される」という事例を知っていることも、パニックなどを起こさない要因だと思う。

日本のほぼ1/6近くが壊滅状態になったわけだが、さすがにこれだけ大きいと北も南もなく、一丸になったような気がする。だって同じ船にのっているのと一緒だもの。しかも動いた。

神のやり方は、とても厳しく激しい。特に今回の神は「激烈」という荒ぶる神。

海老蔵さんの事件も、荒神を演じる役者として、「喝!」を与えられたのかもしれない。

「死んで生かす魂と、生きて死ぬ魂とあるぞ」 と日月の神は言う。

この意味はとても深いが、これから長い時間をかけて復興を遂げていく間に、当事者も関わる人も絶望や困難から心を迷わせることもあるだろう。

かたや地球の反対側では、戦争や空爆で破壊活動が行われ、似たような情景になっている。

同じ破壊でも、全然違う中身。戦争による破壊は、人に憎しみや恨みを与え、終わることがないが、天災は神からのメッセージと受け止めれば、さらにいっそう生きることに励むしかない。

だから、ある意味今回の震災は、私たち日本人と日本という国をもう一度見直して、戦後のあり方を反省し、龍馬の作りたかった日本と大和魂に立ち返る機会になるのだと思う。

危険な現場に臨む本当のハイパー男性たちをみながら、どうぞ草食系はせめて農業を手伝ってこの被災のために多少の体力を使ってください、と切に願う。それが少し続き、多少は筋肉がついて少し肉食になれば、少子化もちょっとだけとめられるかもしれない。

経済はがた落ちの日本で、日本人の株があがっているという不思議。なので、どうぞ見返りを期待しないで、日本人に投資をしてください。それこそあなたはエンジェル投資家です!!

ミライに向かって!

2011-03-19

原発が落ち着かず、あの状態で本当に大丈夫なのか・・と誰もが思っている。

でも、ポジティブな言葉も、ネガティブな言葉もどちらも使えず、枝野氏は憔悴しきりながら、菅さんはバレバレな表情で説明するものだから、言わなくてもわかるよ、な気持ち。

首相になる人は、ポーカーフェイスでなければいかん!芝居がちょっとできるくらいがちょうどいいかも。

海外から、被災した人たちの態度が素晴らしい!と日本人の評価が高まっているが、これが東京だったら、皆暴徒と化すよ。スーパーの買いだめみたらわかるでしょ。自分だけよければいい、という気分が蔓延。みんな鬼になる。

東北の、雪国で鍛えられた人たちだから、自然の厳しさをいやというほど知っている人たちだから、黙々と耐えられる。みんな仏顔。

でも、生き残ったおばあさんやおじいさんの言葉や涙、若い人たちの健気な表情は、私たちが失った大切なものを思い出させてくれるのに十分すぎるほど麗しい。

それを見て、被災していない人たちが「自分たちにできること」を必死に考え始めている。

今日も30代の若者と熱血に意見交換をした。

これから私たちにできること、・・30代は30代なりに、50代は50代なりに、やれることはたくさんあるが、個々ではなく協力し合うことでとても発展的なものになるのだ。

私は思った。あの凍えた避難所に、昔のように「ダルマストーブがあったら・・」薪で暖をとれる暖房機が一個あったら。あったまるのに。煮炊きもできるのに。衣類も乾かせるのに・・。

今回のように、電気も水道もガスもインフラが全部ストップしてしまったら、昔の知恵を思い出すことだ。オール電化なんかにしたら、タイヘンなことをみんな気付いた?

いざというときは、本当に着の身、着のままででてこないと、命が助からないことを厳しく知らされて、もう所有したいという欲は消え、もっと合理的で快適な方法にかわっていくだろう。

東京で引きこもっている人たち、やれることがたくさんあるよ。ただし、金儲けしたいんなら、来るな! 

圧倒的に若い労働力が足りなくなった東北に、若い体力と知恵とエネルギーを携えてマンパワーを発揮する。地元のお年寄りの経験豊かな知恵と、忍耐強さ、互いを思いやる力が、彼らをサポートし人間的に大きく成長させるだろう。

中国からの労働研修生たちが、上司の計らいで全員無事で帰国した報道があった。その上司は津波にのまれてしまったようだが、皆嗚咽しながら感謝の言葉を述べていた。「日本人、皆親切で私たちを必死に助けてくれた・・」

駆け引きも、疑心暗鬼的な感情ももたず、ただ人間同士の交流の自然さと暖かさ。人間の中にある暖かいものは、国も宗教も関係ない。ただそこにあるのは自然さだけだ。

この自然さがある限り、私たちは命を輝かせ生きなおすことができる!

自然も同じように、自らの力で新たな景観を生み出していくだろう。そしてもう二度と、汚すまいと誓う。そんなミライをヴィジョンに描いて! 

そして7日後。

2011-03-18

あの地震から1週間たち、宮城沖・茨城地震は東日本大震災という言葉となって、その規模も被害も歴史最大の爪あとを残して、今も揺れ続けている。

その中の最大の問題は、福島原発。予断を許さない状況の中で、6基とも危険な状態であり、次々と予期せぬ展開となり、周辺の人は不安を隠せない。

なぜ、アリオンが2006年までに全ての原発をやめないと、日本が大変なことになると預言したのか、それは原発を停止させても燃料棒が完全に冷えるまで3~4年ほどかかるということを初めてニュースで知った。今回が神計画なら、ぎりぎりのポイントが2006年だった。スイッチを切ったあともずっと管理し続ける必要があり、また廃棄する中のウランの処理はどうするのか(どこかで再抽出しているらしいが)と、多くの人がさらに疑問に思っただろう。

日本がこのような事態となり、中国やイスラエルが原発構築を考え直し、ドイツでは古い原発を停止させるという。日本は、こんなふうに核に対してサンプルみたいになってしまっているかのようだが、少しでも思いとどまる国がでてくるのは道理と思う。

そう思いたくはないが、あの日のHARRPのデータはすごいことになっているし、あそこまでの規模ならCERNも絡んでる? と考えてしまうが、何回も地球内部で核実験を行ったツケがきて、地球内部はミイラ化している、とアリオンは示していた。

また、千葉湾岸周辺埋立地の液状化は、日本が3メートルも動いてしまったのだからこれもまた大変で、ディズニーランドやお台場というプレイスポットは、これも復興するのに時間がかかるだろう。

ずっと続いた経済の低迷もあり、世界中から投資マネーが逃げ出す日本は、これから本当に試練の道を歩いていく。儲けたい人はとっとと海外に逃げ出すだろうし、原発が気になる人は、南へどんどん移動している。(奇しくも世界一の投資家ウオーレン・バフェット氏は、21日に自らが投資する福島の会社の式典に出席するために初来日するといっていたが、絶対にこないだろう)

復興には膨大な時間がかかるかもしれないが、昔のような規模ではなく、今の人口のコンパクトさの中で担える産業や生活環境を整える設計図が必要になる。

福島県には、ぜひ「ニュークリーンエネルギー見本県」になって欲しいと切に願う。

避難所の厳しさを知るたびに、頭が下がる。それでも、いきなり一人ぼっちになってしまった人たちが心あわせ、共に笑い生きられる環境整備ができてくれることを願ってやまない。

 

奇跡の人たち

2011-03-15

東日本大震災における福島の原発は、想定以上の結果をたどっている。

原爆ではない、エネルギー被爆・・。 本当は、日本の技術ならば原発ではない別の方法がいくらでも考えられたのに・・。 全ては戦争に負けたからか・・。 

4日経って、青森、岩手、福島、茨城の知り合いの方たちとようやく連絡が繋がった。それぞれの方が、それぞれに「奇跡的な場面」を感じながら。

また余震も続き、津波の水も完全にはひいていないため、復興の足がかりはまだ先かもしれないが、自分たちができること が少しずつ見えてきた。

<必要とされているもの:テレビなどの情報から>

*毛布などの寝具

*生活用品 (はし、スプーン、スリッパ、洗剤、ロープ、洗濯バサミ、ポリ袋(大・小) 哺乳瓶、タオル、など)

*衛生用品 (消毒液、アルコール、マスク、おむつ、生理用品、など)

*最低食品 (水、粉ミルク → これは大人が飲んでも栄養になる )

*その他 (ホカロン、懐中電灯、携帯充電器、)

*衣類 (下着、着替え用品、靴下)

前に、地震のときに毛布などの寄付を募ったら、近隣の人たちが一斉に寄付をしてかなりの数が即時に集まったことがあった。新たに買わなくても、衣類や毛布、生活用品などは一般の家庭でも少量ずつでもリサイクル品として出すことができれば、かなり集まるだろう。→ 問題はどこにまとめ、どこから配送し、どこへ届けるか の指揮官が必要。同時に運搬経路の確保。

テレビで落合恵子さんが言っていたが、こういう場面になると男性が指揮をとることが多いので、

どうしても「生活」の部分での女性の意見が入らないことが多い、と。確かに。

ではそういう細やかな配慮のある女性政治家がいるかというと。。。う~む。

前代未聞の惨事のなかで、科学が進んだ分だけ恩恵も受けたがこのような事態には収拾に時間がかかり、被害が広がるという矛盾。

阪神淡路、中越のときよりも規模と被害が大きい分、まとめにくいのかもしれないが、連携指令のダメさ加減は、政治ショーの中で暴露済み。本当に頼もしい人が見当たらないもの。

ニホンノタテナオシは、まずここからはじめないと 本当の再生もむずかしい・・。

あとは、避難所にいる人たちの中からリーダー3人ずつだして、さらに補佐を3人ずつ出して、連携チームを作るところから初めて欲しいと願うばかりだ。

★東京でも商品の買占めが勃発。オイルショックのときのトイレットペーパーと米買占めを思い出しますが、「我先、我よし」という感が満ちていますね。

もう一度考えたい 省エネボディ

  「ご飯は2回しっかり食べて、呼吸は深くお腹に溜めて、夜は夢見を楽しもう。」

龍(日本)が泳いだ

2011-03-13

依然揺れはあるものの、ようやく激しい地震が遠ざかり、津波警報もゆるやかなものになった。

あの日本をぐるりと囲んだ警報を見ていると、日本が龍の形をしているってわかるでしょう。

そして、世界の縮図としてもこの形がある。

その龍が東日本大震災(という名前になった)で、2.4メートル動いたそうだ。ひょうたん島のように、どっち方向に動いたのかわからないけれど、車や船だって水の脅威には叶わずあっけなく流され沈んだりしているから、島だって動くわけだ。

もう二度とあの美しい松島や越前高田のリアス式海岸線、そして大好きな金華山も見ることができない。(自然景観が同じものが作られることなはいからね) まあ5回もいったからいいけど、地元の人でもめったにいかないのだから。しかも遭難もどき2回。

金華山頂上から見ると、あまりに美しいコバルト色の海の向こう側に不自然な人口建築物の女川原子力発電所の風景が、異様に思えていた。この美しい海や景色が、原子力がもれて汚染されたら本当にタイヘンなことだ、と毎回思い無事を祈願していた。

金華山神社は、おそらくあのプレートの上に立ち、水の神の弁財天(龍神)を祀ることで地震止めの役割をしていたのだと思う。天柱石は、まさにくさび。もしかしたら、今は倒れているかもしれない。(魔女のお気に入りを見てください)

今回の地震は、この「アーリオーン・メッセージ」を読んでいただくとわかるが、見事に全部あてはまってしまっている。

 http://btl369.blogdehp.ne.jp/article/13194624.html

22年前に出会い、ずっと導かれてきた存在が伝え続けてきたことに現実に遭遇すると、知っていながら何もできなかった自分が情けなくなる。かといって、こうやってブログに書いたり、いろいろな人に訴えたりしたけれど、信じてもらうことはできなかった。

しかし、現実の中で神霊が私たちに気付かせようとしていることも、全体の動きや反応を見ていると見事な仕組みになっていることを知る。かといって、私たちが何もしなくてもいいというわけではまったくないが。

同じく、中矢伸一氏の「日月神示」とあわせて読むと、動きもぴったりあっているのに驚くだろう。

カナメは、残っている人たち(日本人全て)がいかに新しい日本として立て直すか、ということにかかっている。これは政治経済も含めて、まったく新しい日本として、心根から再生させるということ。

3月11日から、私たちの意識はがらっと変わった。価値観や生き方、大切なことの視点も含めて、目からうろこがおっこちたように大きく。

Back to the Future もう一度、一番麗しく楽しかった時代へむかって、和する心を大切にして向かう再生の道。残った人は、一番大変かもしれないけれど、これが課題として与えられた人生の最終レポートとして、花丸をもらえるくらい命を燃やし尽くせたらミロク世にむかえると思う。

 

TSUNAMIはバラードではない!

2011-03-12

昨日の地震に引き続き、長野や千葉も震源地として揺れ始めている。

解説者曰く、宮城沖に合った今までのプレートがこわれ新たなプレートが作り出されているため、いろいろなプレートに乗っかっている日本は、あちこちでそのひずみエネルギーが放出されるのだそうだ。

地震の後、最大の被害は津波だった。あっという間に飲み込まれてしまった陸前高田市。あの美しい風光明媚な景色はもう二度と見られない様になり、町ごと一瞬にして消えた。私たちが初めてみる日本最大の地震の現実。それはまだ続き、新たにまた生み出されようとしている。

TSUNAMI の歌のようなバラードなしのびより方だが、飲み込み方や引き方は「ねこそぎ」でもっと執拗な感じがする。

少なくともこれほど全国いえ、世界に余波まで広がる災害に遭遇して、「助かってよかった、何事もなくよかった!」なんてほっとしている人はいないだろう。いないと信じたい。

しかし、福島の原発がもし融解してしまえば、チェルノブイリどころではなくなる・・。あれほどまでにアリオンが「2006年までに原発をやめよ!」と警告していたのに・・。

破壊された港、塩漬けの田畑、流されなくなった家や車、全て・・。まったくもってゼロ以下のスタートから始めなければならない現実。

潮が引いた後のすごいごみを見ていて、考えた。

私なら、まずこれを資源化する。

@3~4人体制でゴミ袋を持って、燃やすごみ(燃料)、鉄くずなどのごみ、プラスチックなどの再生ごみ、レアメタルなどの取れるごみ を分別して回収する。

Aそれぞれの班を作り、それぞれに再生できる資源を確保。→これは企業などに売って民間収入としてで管理。→ 地域の再興のために使う

B塩漬けの田畑は、環境ケアリーナなどのホタテアルカリ財を散布して中和し、土壌を復活。

C全資産を失ってしまった人たちの労働の場として、農家指導のもと作物を作り、自給自足と加工品製造販売を行って収入の道を作る。

Dみんなで廃材を使って昔のような共同住宅を作り、災害で家族をなくした人や独居の人、高齢者の人などが共に暮らせる長屋を作って協力し合える村を作る

Eエネルギーは、原発ではなく水力や太陽発電などを利用して、災害時に弊害の出ないクリーンなものを使う。(日本の技術の見せ所。)

★これらを総動員して新技術などもどんどん投入して、you-tubeなどに随時流し、日本国再生ドラマを世界中にみてもらうと、丸ごと日本のソフト&ハードが余すところなく伝えられるだろう。

それを、復興の糧になるように、政府の人が上手に営業して(できるやつがいまんとこおらん!)

各国の災害や環境対策に生かしてもらえるようにすると良いのだと思うけれど・・。

何より、東北の人たちの素朴さや真面目さ、人のよさみたいなのが、一番PRされるだろう。

人としての魅力、アジアの優しさ、大和な心根。最大の資源は「人」だ!

原爆や戦後の何もないところからの復興をしてきた経験と、人と自然の調和的な生活をしていた祖先の血と英知が融合して、今度は全体としてまとまりながら再生していくだろう。

世界中の国が、日本への支援に対して最大級のものを、といってくれている。私たち日本人は、それを「恩」としてあたため、立ち直った暁には 今度はお金ではないもっと美しいものを世界に提供できると強く信じている。

宮城・茨城沖大地震

2011-03-11

2:46 地震発生。最初はゆっくり、そしてだんだん大きく深くしかも、なかなかとまらない。

本棚を押さえ込んだあたりで、「これは大変な地震かも・・」の思いが浮かんだ。そのうちに、本や棚のもの、植木、などがひっくりかえり、幸いあまり家具や上置きのものがなかったので、おちるだけおちてなんとかおさまった。

震源地は、金華山沖、と茨城沖。

jishinyoke.JPG 棚類は転倒防止ポールで固定したしたおかげで倒れることはなかった。これは必須。

そのうち、余震や繰り返す揺れが大きくなり、それ以降時折大きなものも含めてずっと揺れている。舟に乗っているよう。

東北宮城や福島、青森の被害が甚大だ。余震のたびに津波が押し寄せ、少しずつ範囲を広げて町は壊滅状態。多くの死者もでている。

実は、魔女のお気に入りに出た星模様の月は、月と星の重なりで新たな太陽となる磁場を形成するシンボル。

そうしたら、オリオン座の一等星ベテルギウスが爆発したというニュースが・・。

http://d.hatena.ne.jp/active_galactic/20100213/1266065518

来週の土曜日には、19年ぶりに月が地球と大接近するという。ものすごい引力が派生するだろう。

宇宙規模の出来事が、地球に与える影響。そして、日本は世界の雛形といわれる。小さな島の中に大きな国の特徴がぎゅっと詰まった形。そのアウトライン全体に津波が押し寄せている。

沈んでしまうかのような錯覚。10時間経過してもいまだに続く余震と津波。

周辺の人たちの不安はどれだけのものだろうか・・。家も車も一瞬にして何もかも流されなくなる

恐怖と絶望・・。

復興には相当な時間がかかるだろう。何より昨今の経済不安からモチベーションをあげるのは

本当に至難の業だ。

でもこれだけの規模は、政府うんぬんよりやれる人たちが率先してやっていくマンパワーなしでは戻せない。

何もかも6(無)にして、新しい3694(ミロク世)を作るための天の大作業、ノアの箱舟と考えたら、必要なものだけを作ればいい。無駄なものはいらない。

まだこれから何がおきるかわからないが、お金ではない「心」と「行動」によってニホンノタテナオシが始まる未来は、光を感じる。

denjicooker.JPG いまだにガスが止まっている。震源地は停電し、食べるものや暖房がなくて本当に大変だ。

こういう災害時には、火がでてしまうためガスを使わない。電気が通っていれば電磁調理器が便利。でも電気も止まったらどうしたらいいんだろう・・?暖かいものは何一つ食べられない。殺菌や衛生面のこともあり、二次災害を防ぐために考えられるのは?

日本で最大の地震に遭遇した日。復興のために何ができるか、何が喜ばれるか、しっかり考えてみたい。そして、神ののぞむ本当の日本再生を目指す!

★しかし、9.11 もあるけど、なんで11日が多いのだろうね? 

記憶に残る人

2011-03-06

今テレビを見てびっくりした。「あ!あの人だ!」

1986年5月、私は人生の最大のイベントのためにハワイにいっていた。しかも、カウアイ島という小さな島へ。そのときに、記念写真をとることと案内もかねて現地にいる日本人の人が同行した。

カウアイ島は、キングコングが住んでいそうなジャングルみたいなところで、目的のシダの洞窟にむかっていく途中(これでイベントがわかるよね)、天然のひよこがたくさんいて、後をくっついてきてとてもかわいかった。天敵の蛇やねずみがいないので、たくさんの鶏があちこちで卵を産んでいるのだった。

「マヌーッ!」と叫び口笛をその案内の人が吹いた。すると黒い尾の長い鳥がひゅーっと飛んできて、近くの枝に止まった。「鳥は、神の使い。マヌーも神の使いでここの番人です」とその人は言った。

島に滞在したのは正味6時間くらいだったけれど、写真を現像して空港までその人は走って持ってきてくれた。ハワイが好きで住み着き、アルバイトとして写真を撮っていると。

「貴方は、ハワイに住めるよ。仕事もある。」となぜか言われた。人生においてたった3時間程度の出会い。でも私はその人を記憶していた。

山下マヌー氏。この、マヌーッ と鳥を呼んだ一瞬が写真のようにインプットされていた。

テレビを見たら、旅行作家という肩書きになっている。40冊以上も本を出版しているのだそう。

人生最大のイベントはやがてフェイドアウトしてしまったが、一生に一度のカウアイ島の麗しさが忘れられなくて、その写真は記念としてちゃんととってある。その写真を撮ってくれたのが、山下マヌー氏だったということが今日わかり、写真も思い出も価値がぐんと上がった。

ヒビキとカタルシス

2011-03-03

太極拳を1年続けて、カラダもだいぶ柔らかくなり気のめぐりも昔よりずっとよくなってきた。

気の出方がかなりマイルドな感じとなり、トリートメントでの姿勢やテクニックも滑らかになっている。太極拳中にお腹のあたりにぐんと突き上げてくる感覚を感じ始めた昨年の10月ごろから、マルマへのアプローチの際に筋肉が和らぐのが早くなっていったのを感じていた。さらにシローダーラーのスイングの回転方向を一部変え、陰陽調和、右脳と左脳のバランシングを深くしていったら、クライアントの方の反応が違ってきた。

そして、トリートメントの効果が一段と早く出るようになった。

そんな中で感じているのは、カタルシス反応(感情融解)も強くなったこと。初めてトリートメントを開始した頃は、アーユルヴェーダを行っているところはほとんどなかったので、カタルシスを起こす人が多かったが、アロマなどのボディワークが浸透しはじめると「リラックス、心地よさ、爽快感」に変わっていった。これには、事前のカウンセリングなども重要な課題となるが、移転して再び一人で行うようになり、自分の心理の状態もとても安定しているので、相乗して昔より良いヒビキになっていると思う。

このヒビキと、テクニックと、音と、静寂と、オモイ のなかで、統一の場を迎える。時にしっかり同調することもあるが、統一の場にあるときの透明感や清澄さは、今の場所でなければ感じられなかったことだ。

時が止まっているようなこの空間の中で、体と魂と心が同時に鎮まり、そしてそれぞれの機能をハーモナイズさせながら覚醒していくとき、新たな感覚を発見する。そして新たな方向や生き方を見つけていく。

カタルシスは、よろいの取れた証拠。頭より、心が体を反応させて、自分の本心に気づかせるためのアクション。多くの人はそんな自分に驚くが、そこから気付いていくことが本当に多い。

私のアーユルヴェーダの到達点。それは原点と同じ。年数という時のスパイラルを経て、その円環は大きく深く柔らかく温かいものになり、宇宙と同じになるように感じ続けていきたい。

希望を感じとる人

2011-02-22

今日はぞろ目続きの日で、このブログをアップするのも22時22分に設定している。

じわじわと、今年という「1年」のありかたが見えてくる出来事が多くなる中で、決定的なものがでてきた。日本国債のレベルが下がるという。

この決定で、この先に何が起こるか予測できる人は、すでにもう動き出しているだろう。

相変わらずテレビや情報番組では、お笑い芸人さんたちのパフォーマンスばかりだけれど、今世界で起きていることを池上氏でなくても、本当に説明できる人がどれほどいるのかは謎だ。

日本を取り巻く状況は、ここへきて見事にはっきりと露呈されてきた。それでも、「何とかなるだろう」とノーテンキに構える人と、予測しつつも「なるようにしかならない」と思う人の安定感は全然違っている。

昨日も開業以来ほとんど毎月いらっしゃってくださっている常連さんがいらして、いろいろな話をした。嬉しいことに、当初悩みの種だった腰痛はまったくでないし、昔のようにくよくよすることもなくなったし、むしろ今のほうがずっとやる気や根気、理解力が増している、とのことだった。 

8年の歳月が、60歳をすぎて老化より成熟のほうに向かっている感じがして元気で、体力や気力は昔以上についていると・・。

そんな中で、もちろん経済的にも環境的にも決して恵まれているわけではないが、なんだかわからないけれど心の中に「希望」を感じられると、話してくださった。

それは、日々一生懸命生きてきて、いいことも悪いこともそれなりにあったけれど、自分がいつも全力で生きてきて必要以上に執着心も欲望ももたずにこれたから、環境が変ろうとも自分自身のあり方に変化があるわけではない、と納得できたからだという。ここまでくるのに、ヨーガの教えに出会ったことも大きいが、その師匠の方がいうには「ヨーガを知らなくても悟る人はちゃんと悟っている」と言われ、出会う人たちの生き方や言葉を一生懸命聞くようになって学ばされることの多さを知ったそうだ。

「もう、いつ死んでもかまわないと思えるから、反対に生きるということは希望を沸かすことだと思える」その笑顔は、すがすがしく暖かく麗しい。

まったく同感。たとえ全てにどん底の状態であっても、自分自身に嘘偽りなく、日々ひたむきに生きていると思える人生であれば、心の中に光は見つかるもの。

アリオン曰く、「希望」をもつ人は宇宙と直結し、宇宙の愛を感じ取れる人たちである。(宇宙は愛そのものだから)人はなぜに「愛」を歌うのかな、と思ったら宇宙と直結しているからその感覚で生かされ、人を愛してその感情を歌う、というのに合点がいった。

これから先、日本が体験するかつてないリアリティの中で、どんな希望を湧かせられるかは心の宇宙が知ることぞのみ。

チョコも薬!

2011-02-18

子供の頃、高級品だったチョコレートが食べたくて、ねてもさめても「ちょこれーと!」と叫んでいたことがある。そのくせ、欲張って三粒も食べるとすぐに鼻血を出して、親に怒られていた。

Give me a chocolate!  戦争中、日本の子供たちが米兵にねだるために覚えた最初の英語。食べ物も満足にない時代に味わったチョコレートは、天国にも昇る様な至福の味だっただろう。アメリカはこれを見逃すわけがなかった。

高級品だったチョコレートが、あれよあれよと庶民の手の届くようなお菓子になって登場し、私は小学校時代まで鼻血、中学~高校時代は大ニキビのチョコの洗礼を受け、短大時代は赤坂TOPSのチョコレートケーキにはまりにはまった。

アーユルヴェーダを学ぶようになって、PMSや偏頭痛の原因にチョコレートが思い当たり、あらためてピッタという熱性を上げる食品であることに納得し、鼻血もニキビも偏頭痛も理解できた。

カカオそのものは 少量食べれば薬品であるし、砂糖やミルクの量でいろいろ体質などの調節できると思い当たった。何よりその味と甘さは、エンドルフィンを出しまくる。さらに、その中に閉じ込める素材にリキュールなどを使えば陶酔感は増し、多幸感にあふれるだろう。

たった一粒でそのような効果を出せるのは、もはやアロマや薬効と同じ。

ということで、今年は魔女のサイエンス&直観&センスで作ってみたが、お蔭様で大好評だった。チョコレートも錬金術だった。(チョコの有名な国を挙げるとわかります。往々にして同様にお酒や陶器、ガラス細工などの有名なところが多い)

アーユルヴェーダを実践する人や学ぶ人には、よく「チョコレートは食べちゃダメ!」ということが多く、ジャンクフードと同様の扱いになっている。確かに食べ過ぎたりすることはよくない。

でも、一粒をしっかりじっくり味わうことができれば、そこにも大きな効果(特に心理)があったりする。そう思って、今回は作り上げた。

最近、リッチなのに、豊かでない人が多いと感じる。芯の豊かさは、味わいや思い、懐の深いこと。ちょうどチョコの味のように・・。

いつも来る宅急便のお兄さんにもふるまったら、後日「いろんなチョコレートや売っているのを食べたことがあるけど、全然違っていた。何か沁みるというか、深いというか・・本当に美味しかったです」とコメントをくれた。豊かな人にあたってよかった!

(魔女のお気に入りに写真を載せています!)

立春 始まりのはじまり

2011-02.04

昨日は節分で、朔の月。今日は立春。中国ではこの日が新年の始まり。

アジアはほとんどが月を基にしたカレンダーを作っていたが、この新年の始まりというのが実にいろいろ。

インドでは新年にあたるのがディワリという10月末から11月にかけての新月がスタート。またその前の満月は特別の満月とされていて、いろいろな言い伝えがある。インドでは満月生まれの人は「チャンドラ(月の意味)」という名前がよくつけられている。

イランでは太陽暦を用い、春分の日がお正月という。7つのSのつくものを祭壇に飾り、金魚を飾るというのもシルクロードっぽい。

時期はずれているが、インドをのぞいて大方「春」を1年の始まり、としているのは万物が芽吹きイノチが再生する季節として「春」がスタートライン、という感覚があるからなのだろう。

インドの場合は北と南では気候や気温がかなり違うため、「春」という感覚に共通性がないから10月なのだと感じる。

日本は一月一日は冬の真っ只中なので春という感覚は遠く、草木もなく、あまり心も浮き立たないが、寒さで身が引き締まる、行動を素早く行わないと日がすぐ暮れる、という勤勉な感覚はあるかもしれない。

(たとえば、桜の咲く季節がお正月だったら、飲みすぎはしゃぎすぎて事故が多くなるだろう)

どこをスタート地点にするかによって食文化も行事も飾りつけも違ってくるが、欧米人より「お正月」を念入りに儀式的に過ごすのがアジアの特徴、と感じる。そうやって見ると、お正月の行事の中に、民族の流れや影響されたもの、融合したものなどが見えて共感することが多くなるだろう。

今は豆まきをする家もなくなったけれど、節分 という区切りを経て 立春となり春への準備が始まる。始まりのはじまり。心地よく春を迎えるためには、寒さでちじこまっていた体をのばし、気持ちを張る! 

今年もあっという間に1月がすぎ、いろいろなところでいろいろなことが起きている。

この始まりが、次へのシフトへ進む区切り。Go Ahead! もうススムのみ!

真実の中の嘘、嘘の中の真実

2011-01-25

龍馬伝が終わって、「江ー女たちの戦国」を見ている。

大河ドラマを見るなんて、人生において数十年ぶりなのだ。ただここのところのテーマは、大いなる意志からの意図的なものを感じるので、大きな視点で観ている。

特にこの戦国時代は、いろいろなものが大きく入っていて、日本の歴史の中でもハイライト中のハイライト。中国「三国志」 VS 日本「戦国時代」みたいな構図。

江という信長の妹「お市の方」が産んだ三人娘の末娘が主人公だけれど、昨日のストーリー展開は事実からてらすと完璧ノンフィクションの部類に入ってしまうだろう。あのとき、江は6歳~7歳だったはず。いくら芦田愛菜ちゃんばりに天才少女でも、あの年であの事件をあんなふうに問いただしたり、一人で信長に会いにいく という設定は無理がありすぎる。

「JIN-仁」みたいに、完全漫画からのノンフィクションでのSFストーリーなら、すんなり納得できるけれど、歴史の中で実際に起こった話をモチーフにしている以上、それをあまり歪曲してしまうと見えるはずのものが見えなくなって、それは「嘘」になってしまったりする。

過去の歴史の中のストーリーは、真実のものは誰にもわからないことが多い。多くは改竄されたり、味方に良いように書き換えられたりしているので、名を残した人たちでも本当の姿は見えないだろう。そこで、こんな風に世にたびたび出されて、脚本家のイメージによって息を吹き込まれ新たな像を見せられ、イメージをつけられて、本質から遠ざかっていったりする。

熱心な役者さんは、歴史モノの実在した人物を演じるとき、実際に自分で調べたり、その地に足を運んだりしながら、その魂が入り込むような感じで演じて行ったりするようだが、御魂たちからすれば自分の本質を知ってもらう大きなチャンスになるので、ぴったりと寄り添うだろう。

演劇をはじめとするアートの意味を知れば知るほど、その奥に神とのつながりがみえてきたりする。インスピレーションで動けるアーティストは、依り代と同じ。

無念でなくなっている御魂の多い戦国ものは、エンターテイメントよりその時代を「意識進化」のために描いて欲しいと、どこの国のストーリーにおいても願ってしまう もうやだ〜(悲しい顔)

天使のささやき

2010-01-18

世界の気象異変や水害、日本の政権の危うさ、のっけから何だか今年もタイヘンそう で幕開けとなった今年もすでに半月が経過。

そんななかで、心がほっこりするNEWS はなんといってもタイガーマスクさん。善意の運動が日本中に伝播しているけれど、なんだか「あふれだした・・」という感がある。

この数年心すさむ事件が多く、金儲けに必死なベンチャーたちであふれかえり、その結果粉飾だの詐欺だの汚職だの自分のことしか考えていない世の中に見えて、多くの人が閉塞感を抱えていたのだと思う。

今までは政治家任せだったけれど、この数十年の間に見せられたあまりの劣悪さに一般の人たちのほうがよっぽどまともな考え方で世の中を見るようになってきて、パチンとはじけるがごとく行動する人たちが出てきたのだ。

特に sengoku38さん の行動によって、ぐっと後押しをされたよう。その年代の人たちは、「自分でできることを、なにかしなければ・・」という思いが強いと思う。昭和30年代から40年代は、テレビがでてきて正義のヒーローをたくさん見せられたものね。鉄腕アトムにはじまり、鉄人28号、エイトマン、マグマ大使・・などなど。そして、高度成長期にのって夢を育むことができた世代。

今45歳以上の人たちは、人生の終盤に差し掛かり 今までの人生や社会の流れを見て「これでよかったのか!」という疑念が、多少なりとも心に点滅しているだろう。

「そうだ!」と何か社会貢献できそうなことが閃めくとき、それは天使のささやき。最初のタイガーマスクさんは、本当に思いつきで行動しただろう。まさかこんなに伝播するとは思わなかっただろう。ただ、ランドセルを届けてあげたい、とそれだけだっただろう。

それは、天使のささやきに従っただけ・・。いろいろ考えて行動したわけではなかったから・・。 だから人は感動する。感じて動く。

今、児童養護施設にいる子供たちの大半が、虐待を受けた子供たちだそうだ。戦後の時代とは状況が大きく異なっている。心のケアがとても重要な子供たち・・。大人を信じられずおびえる子供たち・・。

「人間って、素晴らしいよ。生まれてきて、ほんとによかった・・」こんな感想をもてるのは、普通の人でも今は少ないかもしれない。でも、そう思えるのは一人ではなく誰かと共有する時間や体験、関わりによって育まれるもの。

モノや金銭、寄付などもよいけれど、何も持っていなくても出来ることもあるだろう。一人一人が天使のささやきを受け取って素直に行動できれば、国さえもひっくりかえせるかもしれない。(今、天使のエネルギーがあちこちに満ちています)

ありがとう、って伝えたくて

2011-01-09

早くもあけて10日たとうとしている。

今年も日々が跳ぶように過ぎるのだろう。ウサギ年だからよけいにね。

お正月は、3日から営業したが多くの方からお電話いただき、お断りする方もいて申し訳ありませんでした。 

ありがたい、と本当に思う。何より、新年早々に常連さんたちに来ていただけるのは、本当に嬉しいこと。「ありがとう、って伝えたくて~ あなたに、伝えたくて~♪」ゲゲゲのテーマソングを丸ごとお届けします、という感じです。

昔は、ムング豆でお汁粉作ったり、お年賀を作ったり、いろいろやってみたんだけど全然忙しくなかったんだよね。

時代が明らかに変わり、私たちの意識も生活法も変化し、何よりさまざまな環境が変わっていっている。お正月から、大きなヒントをもらった。

私は今できることを精一杯やるだけだけど、どうやら届ける人がたくさんいるらしい・・。

普段めったに夢を見ない私が、お正月から不思議な夢を見続けている。 アタマを空に、海に漂うごとく 夢空間の謎解きパズル。今年はどうやらアタマをしっかり使え、ということなのかもしれない。 

消えたファミレス

2011ー01-02

皆さん、あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

早々に年賀状やメールをいただき、「ブログ読んでます!」と添えてあって、なんかこっぱずかしいけれど嬉しい言葉でした。こんなですけど、今年も頑張ります。

元旦早々、行動。帰り道、休憩がてらにいつも行っていた国道沿いのファミレスに行こうと思っていたら、あれっデニーズがないっ!ロイヤルホストもないっ!

京葉道路沿いの国道は、一気に様変わりしていた。20代の頃から通っていた千葉に程近いデニーズ。夜中に友人に呼び出されて朝までしゃっべったり、バンドの打ち上げのときもデニーズ。

なんだかんだと時間に関係なく集っていた場所。だから車が必要だった。

高度成長期時代を終え、車が一般向けになっていったターゲットがまさに私たち世代。カローラ、サニー、シビックに代表される大衆車を乗り回し、車で乗り付けるファミレスが出現した。その世代が結婚し家族が増え、やがて子供たちが独立し、集う場所も仲間もなくなっていった。

現在残っているファミレスは、多年代を集約する和食系や回転寿司、焼肉チェーンなど。そして大型のアミューズメント施設が増えてはいるが、こうやってみてみると消費世代の移行による世の中の変遷がみてとれる。

高度成長期やその後の日本経済を支えた消費人口として、今の80代~40代が一番ターゲットになるだろう。三種の神器をはじめ、続々出てくる電化製品、家具、ファッション、車、家などこまごましたものから大型消費まで、買って買って買いまくる という時代を支えた。

ところが今の若い人たちは、全てそろったところからスタートしているために、消費に積極的ではない。車だって欲しがらず、当然ファミレスなんて行かない。デパートも行かない。ひたすらバーチャルにインターネットでお買い物。いくらモノを持っていても、決して幸せにはなれない、と親や周りの大人を見て痛感して育ったのだろう。必要なものを適正価格以下で買う。衝動買いなどは一切しないし、欲しいものもない。

世の中は、経済低迷、景気回復などと願うけれど、根本の「思い」がすっかり変っているので、よっぽどの切り口を変えないと国家経済を支えることなどできないだろう。政治家よりも、一般の人のほうがそれに気付いてしまっている。

肝心の政治家の人たちがそれをわかっているかどうかわからないが、モノを生産し消費させ、経済とする基盤そのものの体勢に無理が生じていることへの気付きがなければ、誰が何をやろうとしてもダメだと思う。

産業革命以後培ってきた資本主義経済が行き詰まり、世界の中で大きな変換を迫られている今、人間が暮らしていくために必要な物、事の前に、存在理由そのものを知りたいという思いが強くなっているように思う。

天地人。是は正確には 天 人 地。天と地の間をつなぐのが人。人としての本来の役割を知る人がどんどん減っていっているのも、時代の変遷なのだろうか・・車(セダン)車(RV)

ANTICIPATION(予感)

2010-12-27

今年もあと4日。この時の過ぎ行く速さは、尋常じゃない。

ついでに気象も、社会も、世界も、何もかもが大きな変化の渦の中に吸い込まれているよう。

じっとしているのにも限界が来た。

静かに、ひたひたと、包み込まれるように訪れたANTICIPATIONの感覚。

待ち合わせの時間つぶしに、ふと手相のコーナーがあり見てもらう。

「あら、あらら、あれ?」の声連発。「こんな手相の人、みたことない。」

相当複雑なのか、極端なのかよくわからないが、ずいぶんとあたっていた。

人にサービスを尽くす職業、会社を興す、超大胆な発想と行動、しかし繊細な神経、人に助けられる、運の強さ・・etc.

「もう、思ったことはどんどんやったほうがいい!そうしないと、この手相のよさは生きない!」

背中をどーんと押されたよう。

こんな世の中だから、ダイナミックな発想があってもいいのかもね。

そう考えていると、またしても扉が開いてきた。今までと違うのは、とても冷静になれているということ。年齢の重ねと、体験と、導きと、エネルギーの質量。しかし視界は以前より広くクリア。

目的さえぶれなければ、きっと響くだろう。届くだろう。具現化するだろう。宇宙の理を知って、

神の思いを乗せて、出航できるように頑張ろう。 

101匹目の猿

2010-12-09

101匹目の猿のお話は知っているでしょう?

一匹の猿が芋を洗って食べたら、次々真似する猿がでてきて、101匹目になったら、違うところにいる猿も一斉に芋を洗って食べるようになったという話。

意識の伝播についての考察なんだけれど、インターネットというツールがあれば、あっという間に視覚で広がる。

ここのところ、気になるのは世界中で起きているデモ行進。一般の人が思いを一つに束ねて、集団でアピールする型だが、かつては政府に対する抗議に軍力で鎮圧をかけた歴史もあった。

ここでしっかり捉えなければいけないのは、民衆の「真の思い」が何かということ。この思いが、デモという行動になり、その思いが世界に伝播したのなら、とても大きなムーブメントになる。

今は、世界の状況が大きく変る時であり、今まで培ってきた資本主義経済の仕組みが崩壊しようとしている最中。それぞれの国が問題を山積みに抱え、次なる目標が見えてこない。

日本が抱えている問題は、明治維新後に本当に日本を守るためではなく作られた政府による<ツケ>が100年以上かけて現れているもの。

そして、それらのことに我慢をせず今こそ行動しよう!というエネルギーが注がれているようだ。

そういう時、人はアドレナリンが多く出る。切れやすい人は安易に切れてしまうだろう。そうならないために、意志を通すには冷静な対応でなくてはならない。ここで、試される。

かつての歴史を覆す社会的事件にまでなった行動を省みて、争わず血を流さず効果を出す方法を考える。結果は暗殺されてしまったけれど、龍馬は争わない方向で大政奉還という大事をやってのけた。今考えると、本当に凄いことだと思う。

多分人間の進化ってそういうことなんだろう。過去の実績を見て、二度同じことを繰り返さないように状況を考え、智をめぐらせ、策を練る。上昇のスパイラル。今はグローバル社会になっているから、対世界も考えなければならないから本当にむずかしい。

でもまず足元からだよね。最初の猿になるように、人に役立つ良いものを、良い行動をまず一人からはじめれば、同じように世界に伝播すると信じたいひらめき

DD(Dynamic Death)の時代へ

2010-12-01

過激な事柄満載だった今年もあと一ヶ月をきった。

この1年は、いつの間にか平和ぼけした私たちのぼんやりしたアタマをかなりノックして、だいぶ視界がはっきりと見えるような感じに調えたと思う。

そんななか、先日行われた融合医療研究会の講演で、ホリスティック医学の先駆者帯津先生のダイナミック・デスについてのお話にとても共感できた。

今までは健康長寿、アンチエイジングが人生の最後の目的としてクローズアップされていたが、現実に超高齢社会に突入し後数年で3.5人に一人が60歳以上と言う人口構成を迎えた日本では、年金支給や医療保険等による財政圧迫があり、あの手この手で少しずつ長寿を奨励しないような方向に向かっている。

たしかに、長生きすれば言いというものではなく、自分としてしっかりしている間に人生に「さよなら」ができたら思い残すことも少ないだろう。それよりも、多少人様に迷惑かけたとしても、寅さんのように自分らしくクラッシュした最後だったら、未練なくあの世へ旅立てる。

私は両親の看取りのときにこれらのことを強く感じ、同時に霊的な体験もしたのでこのダイナミック・デスには大いに賛同できる。失敗を恐れ、病気を恐れ、菜食し、マントラを唱え、瞑想にふけっても、その人らしい人生は構築できない。自分を良く見せる方向にばかりとらわれ、嫌なことには手を染めず、自己を正当化しながら生きている人たちは五万といる。

帯津先生は、これまでの人生や患者さんとの関わりの中で、「大切なのはバランス!白も黒もあるのが自然!」と言い切ってくれた。なんだか、ほっとした。

「50歳すぎたら、一日一回死について考えるといい」。確かに。

200年前だったら、とっくに寿命だ。そういうことを考えていくと視野が広がり、元気でまだ体が動けるうちに整理することができる。毎日をカウントダウンと考えて、もっと丁寧に生きようとする。

あのままバブリーな世の中だったら、それこそ体中整形していつまでも死なないような画策をする人たちがあふれただろう。まるで、生きたゾンビがあふれるスリラーだね。

ぴんぴんころり、達者でころり。 人生を生き切る、イノチを燃やし尽くす、完全燃焼。これもどうやら日本が先駆者になりそうだ。

DARMA(ダルマ)の行方

2010-11-20

アーユルヴェーダの経典 チャラカ・サンヒターに書かれている「人生における4つの目的」

@DARMA (ダルマ)

AARTA (アルタ)

BKARMA (カーマ)

CMOKSA (モークシャ)

の筆頭に出てくるDARMA(ダルマ)は、法と秩序を守ること と教わった。

法は私たちが安全に安心して暮らせるように作られた国民全体のルールであり、対世界であれば世界ルールを作ってきた。このルールを守ることによって、秩序が保たれ、安全と安心の社会ができるはずだった。

ただ、このルールを作るということは、それ以前の無秩序の状態を経験しているから作られるのであり、それに違反すると罰則があるということを前提にしている。

この法を守ること、ということを人生の目的の筆頭にしているということは、これがとてもむずかしいからかもしれない。嘘をつかない人がいないように、人は自己都合でいつでも答弁をひっくり返したり人を裏切ったりするからだ。

社会の最小単位が人なら、それが大きくなると国になり、さらに大きくなると地球になる。

一人のルール違反が、その人が属する環境に波及し、みんなで違反すればこわくないと最大単位まで水の輪のように波及してしまう。 

アーユルヴェーダは神の伝えた英知。だから人生の目的として、このダルマというのを一番最初に伝えたのかもしれない。

私たち人類は、有歴時代はずっと争いの歴史だった。それらを超えて作ったルールも、もはや守られない時代。大国の大統領がその機構として作られた国連のルールを無視して以来、強いもの勝ち、やったもん勝ちなんだ、というムードが作られてしまったようだ。

ダルマの行方はどうなるだろう。ダルマがまもられなければ、モークシャという解脱はとうていありえない。後はお金儲けと勘違いされた<アルタ>と精神を欠いた愛欲としての<カーマ>が残るばかり。

人が人らしく健全で暮らしていくには、これから強い精神力が必要になってくる。その精神力は我ではなく、頑なさではなく、しなやかな中庸さとゆるぎない信念なのだろう。それが<凛>。

頑張れを顔晴れに変えて、一日一日をしっかり生きることでしか、これからは扉が開かないようだ。アルタは心の財、カーマは神へつながる献身の愛、そしてむやみな解脱を臨まず(出家してヒマラヤにこもったりせず)、徳を大切に積む生き方を神は観ている。

的を得た客観

2010-11-11

事実というのは、本当にドラマ以上にすごいものがある。

尖閣ビデオ流出事件でとうとう主が名乗り出たけれど、パールハーバーに匹敵するくらいの士気だったと思う。問題はこれから・・。

「彼は大和魂の持ち主だね」と外国の方から言葉が出た。OH ヤマトダマシイ知ってるの?と私のほうがびっくり。もし重い刑事責任がかけられ処罰の方向になっても、誰もそれを擁護したり行動することがないとしたら、本当にこの国はダメなんだと思う。これは、どちらの国がいいとか悪いとかではなく、人としての心根の部分。

それも、日本人ではなく日本在住の外国の方が客観で言っているのだから、この判断はとてもリアルだ。そして、憂う。日本の若者たちがさらに無関心でいるなら、本当にもうだめだと・・。

戦うのではなくて、いいとか悪いとかではなくて、どうしたら歩み寄れるか・・。政治とか経済を抜きにして、まず偏見のない状態で話し合うことができるかどうか。人としてコミュニケートできるかどうか。そのために何をしたらいいか・・。

その前に、自分が偏見に満ちていないかどうか、客観的判断ができるかどうか、を確認するのが先。

神の創造は、あらゆるものをシャッフルして、あらわにして、そしてご破算にして、全てをチャラにしてから始まる。ただ今の段階は、シャッフル状態。

私たち一人一人の心根が試されている。 サイは投げられた。

アーユルヴェーダ学会 at HIROSHIMA

2010-10-28

今年のアーユルヴェーダ学会が広島で行われた。

専門家の医師たちによる発表は、世界の医療の発達も交えて興味深い反面、ここに出席される方たちは 「西洋医学以外の可能性」に対して大きくココロを開いている。

でも、まったくの伝統医学だけではなく、続々と解明される人体の不思議さを知ることで、さらに温故知新になったりする。

今年はアンチエイジングと長寿に関する大きなテーマだったが、従来のように「長生きは美徳」ということではなく、社会や経済、環境面も考慮したQOL&QOD に踏み込んできたのが今年らしい感じがした。

あと10年もすると、日本の人口の35%が60歳以上の高齢者になってしまう現実をふまえ、考えなくてはならない問題が山積している。でもこれは、日本だけでなく世界のあちこちと同じなのだ。

前にも書いたが、福祉と経済は密接にかかわり、経済成長が見込めないと福祉対策は縮小方向に向かっていくだろう。ここまでくると、シルバープランやネオシルバープランなんてものは、どっかにふっとんでしまっている。

サブテーマが「五感について」で、私は「嗅覚」について話させていただいた。そのときに、自分が体験した嗅覚認知が鼻だけでなく、耳や皮膚からも伝わる感覚がありそのことを知ってもらいたいと思った。聞香アロマの「みみことみみたろう」を作った経緯もそこにあった。

そして五感を統合する脳に関して、一番効果的なトリートメント「シローダーラー」のさいに、宇宙創造のプロセスを投影して行っていることを紹介し「五感を超えて第六感へ」とつなぐと、後で大きな反響があった。

この宇宙創造のプロセスは、インドだけでなく、中国、そして日本の縄文時代にも同じ考え方があったのを紹介したからだ。この部分での意識交流が「統一の場(サムヒター)」になる。この統一の場での交流が真にできれば全てが一体になるだろう。そのための、意識浄化としてもシローダーラーは役に立つと感じていた。

今回は恩師のバット先生もいらっしゃり、話を聞いてくださった。あとで、「とても素晴らしい考えだ!」とおっしゃってくださり、初めてバット先生からアーユルヴェーダの実践を学ばせていただいてから18年経過して、なんだか感無量の境地になった。

こうやって実践の中から少しずつでも感じ取りながら、単にテクニックだけでなく深い事柄をみつめていくと、何を一番伝えたらいいかがみえてくる。

アーユルヴェーダは、時に王様の治療法としての贅沢なものしか伝えられていないが、もっと身近なものとして取り入れられるべきだし、手軽でないと浸透していかないだろう。

多分私の役割は、それを伝えることなんだと思う。

これから大きく世の中が変っていく。その変化をふまえて、サムヒターの感覚を大事に伝えていこう。

沁み歌 希望という名の光 

2010-10.21

先日久々に、大好きなTATSUROのコンサートに行ってきた。

なんたって、デビュー当時からの大ファンで、あの伝説の<葉山マリーナ>も行っている。

当時とんがりまくっていた達っさんも、だいぶ角もとれてステキな大人になっていた。あの高い声がいまだにキープできているのは、本当にすごいこと。中年太りもなく、結構頑張っている。

会場は、40代〜50代が圧倒的に多く、同世代の層の厚さを感じる。彼自身が希望の星。

懐かしい曲をたくさん集めていたが、久々に鳥肌ソングがあり、CDをゲット。

「希望という名の光」。あらためて聞くと、これはTATSURO GOSPEL だなと思った。今までだったら、アレンジやコーラスをぎんぎんに効かせるところ、珍しくいたってシンプルに 歌に徹していて、その分歌詞の素晴らしさがよくわかる。(私は達郎の歌詞センスを知っている)

ハートチャクラがぐわーんと開いた。達郎曰く、昔はこんなこっぱずかしいあけすけなココロを歌うことができなかったけれど、年をとった分堂々と歌えるようになったと・・。

めまぐるしい時代に育ち、高度成長期を冷ややかに見つめ、それでも心の中にある大切なものをずっと忘れず、いろんなものと戦って、メジャーになっても崩さず、頑固一徹。でも50代になったら、そんな頑なさはもういいじゃないかと少し力を緩めたら、本来のものが満ちてきた。

奇しくも、チリ地震の救援施設がエスペランサ(希望)。

落盤事故で閉じ込められた人たちに、最初に開けられた穴からの風は、まさに生きるための一筋の光だったと思う。

これから世界中で本当にいろいろなことが起きてくると思うけれど、この光を忘れず内なる灯火として、この曲をココロに沁み込ませた。

TATSU , You are my hero eternally.

 

最先端科学と融合するアーユルヴェーダ

2010-10-10

昨日、日本アーユルヴェーダスクール主宰によるDr.BHAT の特別セミナーが行われた。

バット医師は私が最初にアーユルヴェーダを習った恩師でもあり、おかげさまで初めてインドに訪れて以来、ドクターは定期的に日本に来る機会を得て、今でも学ばせていただいている。

今回のお話は、バット医師がインドの国立デリー大学医学部遺伝子研究室との提携によって、

関節性リウマチ患者における体質と特異遺伝子の発見があるか・・というものだった。

インドのススミが感じられた。ある意味、アーユルヴェーダのお膝元のインドで西洋医学的見地との照合ができれば、一番訴求力がある。

でも世界で日々高速で更新される遺伝子研究は、専門の現代科学者でも追いつくのが大変なほどしのぎが削られている中で、はるか5000年前の神からの伝言であるアーユルヴェーダの解析がどれだけできるか、扉はやっと開かれた という感があった。

3年間の研究により面白い結果がでたと報告があったが、この研究が臨床に役立つまでにはまだまだ多くの実験と解析、時間が必要だろう。

日本でも、代替医療の認可が進みつつあるが、こういうデータがあるかないかで認可率の違いは大きく変わる。

ホメオパシーが相次ぐ事故で、撃沈してしまったあと、代替医療で優位になっているのは中国医学とアーユルヴェーダである。日本は富山の薬売り以来漢方薬をずっと飲んできた国なので、あとは「証」をきちんと見られる教育がなされれば中国医学は取り入れやすいが、アーユルヴェーダの場合はまったく未知のため、少し時間がかかるだろう。

でも、全部の治療まで網羅できなくても、体質を診る というところができれば、比較的治療法はいろいろな選択ができると予想できる。こうやって遺伝子的特長までわかるようになれば、採血するだけで体質やヴィクリティ(症状となっている優位なドーシャ)がわかりやすくなり、現代医学でも十分応用できる可能性がある。

アーユルヴェーダに携わり24年が経過したが、最近若いドクターたちが積極的に「融合医療」を考えていることが頼もしい。

日本には、西洋も東洋も丸ごと入ってくる環境なので、ツールは山のように多くなるが、逆にどれも客観的に捉え整理することができる環境がある。

初めてインドに行き、帰って来る飛行機の中で、「西洋も東洋も近い国が日本。日本は本当の西洋と東洋の融合ができる唯一の場所」と直観した。

そう思い地道に活動してきたが、ようやく次の段階に入ったようで嬉しい限りである。

 

<融合医療研究会> 36歳の入谷医師が発起人の素晴らしい研究会です。

http://www.you-go.jp/

 

 

 

 

ぶどうの種

2010-10-01

うわあ、もう10月なんて信じられない!!今年もあと2ヶ月なんだ。信じられない!!

そんな中、神のシナリオは確実に進んでいる。

「貴方たちの好きな詩を教えてくれませんか?」

初めてイランを訪れたとき「伝統医学視察研究目的」だったが、湾岸戦争直後のため秘密警察がたくさんいて、訪れる先ざきに政府関係者がついてまわっていた。帰国する間際に政府の人たちが食事会を開いてくれたとき、唐突にでたのがこの言葉だった。

えっと、宮沢賢治のアメニモマケズのあとなんだっけ、俳句じゃだめかしら? そうそうたる高学歴の方たちと一緒のツアーだったが、いきなり「詩」を暗誦している人はいなかった。

「短くてもいいですか?」と前置きして、私は高見順の「ぶどうの種」という詩を読んだ。

中学生のとき、この詩が好きで下敷きにずっと挟んでいて覚えていたのだった。

   ぶどうに種があるように、私の胸に悲しみがある・・

       ぶどうがワインになるように、私の胸の悲しみよ 喜びとなれ・・。

イランにはたくさんぶどうがあったから、余計イメージがわくと想った。

そのとき通訳の人がどう訳したかわからなかったが、英訳してくれ といわれつたない英語で訳してみた。

あとで、とても素晴らしい詩だ、と言われたのだが、この国ではその人がどんな言葉を胸に刻んでいるのかで、その人の想いや哲学的な思想などをはかるということを知った。

10年以上前、前大統領のハタミ氏が初めて日本に来日するとき、「禅」を学んでから来た、という記事を読みびっくりしたことがある。どんな民族との対話も、その国の文化や思想、宗教などがどんなものかを知ることにより、共通点や耳を傾けるものが見えてくる、というのだった。

ハタミ前大統領は、日本の大学生に向けて「イスラム神秘主義」の話をしたというのにも驚いた。

スーフィーは、禅に相当すると感じたのだろう。でも通常では決して聴くことの出来ない貴重なお話しだったから、聞けた人はとてもラッキーだったと思う。ハタミ氏は、歩み寄りの名人だった。 

人間同士のコミュニケーションがどんどん希薄になる中で、ましてや言葉の違う国や民族の違うどうしが理解しあうのは、本当にむずかしいことなんだろう。私はいろいろな人に接してきて、日本人が一番理解しずらいと感じている。それは、自分の考えをしっかりもっていない、ということにつきるからかもしれない。でもきっとこれは、諸外国の人たちも一番感じていることなんだろう。

政治的駆け引きの中にあっては、こののらりくらりは時に有効なのかもしれないけれど、確実

に誰かがイラつくのは確か。っていうか、駆け引きにもなってないレベルなのが情けない。

80年代、私たちはアイデンティティについてとても考えさせられた。日本ってなに?日本人って何?歴史の浅い国、日本。海外からのものがごちゃまぜにたどり着いた国、日本、と教えられてきた。そう教えられたのであって、それが真実であったかどうかは、自分で調べるしかない。

私は、若い頃自分が日本人であることがいやでしょうがなかった。子供の頃からどっぷりアメリカに洗脳されていたので、ガイジンになりたいと思っていた節がある。海外に行くと、他の国の人は町で同志をみかけると声をかけあっているのに、日本人は同志とわかると目をそらしていた。

今考えるととても不自然な感覚だった。インドに行って、初めて自分のアイデンティティを見つけられたような気がする。I am Japanese。 マーケットにいけば、日本語、中国語、韓国語、で声をかけられ、彼らにとっては同じ顔に見えるのだろう。言葉を発しなければ、どこが違うのか?

私は逆に、彼らを見つめた。(その当時、インドを多く訪れていたのは日本人。暇もあってお金も良く使うし、文句言わないし、おとなしいし、何でも喜ぶし・・という印象が日本人だった。そして大方の日本人は他者、とりわけ外国人に良く思われたいと思う性質をしている。) そんな日々をすごしながら日本では考えられないはちゃめちゃな体験を数多く経験し、「てめえら、なめてんじゃねえよ!」という本性がでてきてようやくJapanese Identity(多分に江戸っ子)に目覚めた。それは自分の身と精神を護るためと同時に、本音でぶつかる覚悟ができたのだった。

そこから得たものは、計り知れない。でもそこからでないと、見つけられないものがたくさんある。

  ぶどうに種があるように、その種があるからこそ 旨味も甘味も引き出されることを、

     私はようやく気付けるようになった。

 

 

 

ウズ の中へ

2010-09-26

ここのところの日本の状況は、元の小さな国へまっしぐら という行程をたどっているようだ。

地図でみてもわかるように、こんな小さな国が世界大戦で世界を相手にし、短期間の経済成長を遂げてアジアを牽引してきたこと自体が神業みたいなものだったけれど、元のアジアの端っこというポジションにもう一度立ち返れ、ということなのかもしれない。

かつて縄文人が先住していた日本に、弥生人(陣)が入ってきたのは、搾取や占領するのではなく別の明確な理由があり、戦わず融合し、日の本日本を作り上げた。国内では数々の覇権争いもあったが、小さな国だったので治めるのもたやすかった。

お隣中国は、国土も大きくたくさんの民族が集合し、歴史の中では戦いの連続である。戦いが終わると、思想弾圧や政治的制圧も頻繁となり、心休まる時代がなかったことがみてとれる。そのかわり、戦術や戦略の知恵や造詣は無尽蔵に深い。

でも、良く考えてみよう。先に経済発展を遂げて、少しでも多くの利益をあげるために日本は資金力にものをいわせて、人件費や資材が安い中国で物を生産し、売りまくり、大きな利益を得て今日の経済発展をしてきたのだった。これが逆だったら(そういう時代もあったけれど)、人間としての心理を考えてみるといいだろう。

日本は今渦潮のなかにのみこまれようとしているかのようだ。一旦とことん沈み、じっと耐え、再び浮上する機会を待つ。この浮上は、経済ではなく、人間としての進化向上にかかっている。

原爆を体験し、唯一の被爆国なのに、日本人は戦争を恨んでもアメリカや個人を恨みはしなかった。いつまでも過去を引きずらず、ゼロ(限りなくマイナス)からのスタートとして再出発を始めた。

資源のない国だから、モノを作るのに輸入に頼っていれば、国との関係が悪くなればストップされることは一般人でも容易に想像できる。食品も同じ。

でも昔は、何もなかったのだ。 生きるために最低限必要なものを自給自足できるようにするには、皆がどう働き暮らしていくのがいいか、過去の栄光を捨てて一人一人が認識し創意工夫する必要がある。

今こそ、「凛」という内部感覚が求められている。恐れず、あわてず、動じず、筋の通った生き方。大和魂のチップは絶滅寸前だけれど、こういう世の中だからこそわずかでも内部に点滅している感覚があったなら、背筋伸ばして「凛」として考えていこう。進化とは、モノを作り出すことだはないのだから。

9年目の9.11

2010-09-11

もうあれから9年もたつのか・・。

考えたら、その翌年に創業したんだった。当社も9年目に突入したんだ。

あの年、5度目のイラン旅行を計画していた。チラシも刷り上り、いざ一行を集めようとしていた矢先に9.11がおこり、その旅行は治安の問題から即刻中止となった。イスラム圏というだけで、

人々は心を閉ざし、その翌年にアフガニスタン攻撃がはじまり、そして数年後に核兵器疑惑というだけでイラク攻撃が始まった。

この9年の間に暴かれた<9.11テロ事件>の真相は、母国の人たちには目も触れることなしにしっかり封印されている。張本人は、経済も雇用もガタガタにして、後始末だけ残しとっとと雲隠れしてしまった。

湖に大きな石を投げ、その波紋が広がるように、全世界の経済や社会にもその影響を広げ、

その方法を今度はアジアに向けて、投げかけようとしている。

賢人のいる国、仙人のいる国は、その波紋に触れて揺れ始めた。裏で仕掛ける人たちの存在に気付いているかどうかわからないが、戦いの歴史の長い大国は赤子のようだった日本同様にはならないだろう。でもかえってそれもコワイ。

9.11の二つのビルが崩壊したとき、とっさに広島、長崎を想った。事故に遭遇した人たちの嘆き悲しみは理解できるが、彼らは広島・長崎での出来事に共感してくれるだろうか?

歴史の中で起きる大きな節目となる出来事は、波紋がスパイラルとなって時代を超え形を変えて再び顕現する。そのことに気付くのは、真摯に生きた経験者たち。でも彼らたちの声は、新しい世代には届かず、聞こうともせず、その目はふさがれる。

絶望に打ちひしがれそうになって視線を落とすと、小さな若葉が目に入った。若くても、しっかり根を張って、伸びようとしている。地上には小さな葉でしかないが、その根は実に深く広く着実にはりめぐらされ、ちょっとやそっとでは抜けない根。輪廻の古い魂が、集まってきているかのようだ。これから数々の葛藤や苦難があるかもしれないが、踏まれる麦のごとく強くたくましく成長し、

新しい世界へむけて枝をはり、葉を茂らせて新たな結実になることを願ってやまない。

経験者は、その若葉を見つける目を開き、見護り育み慈しむココロを自ら実践することが、若葉たちへの大きな肥料になることを忘れず懼れず、依存せずに生きることがエピローグとなる。

 

傷心を癒す(?)アーユルヴェーダ

2010-09-04

インターネットでは、あまりふだん気にもとめないような情報も入ってくるから、別にみなくてもいいものを「ちょっと見るか」と寄り道することが多くなる。

特に芸能ネタは、どーでもいいんだけど やっぱりドラマとかって役者さんがどういう感性や魂をもっているのかによって表現が違ってきたりするから、心情的な言葉は見てみたい。

でも、ウザイのも多い。S女史の一方的な離婚宣言に続き、言いたい放題の暴言を吐く記事に、逃避行を続けている夫のT氏は無言写真で応戦。どんな心情でいるのかを写真に映し出しているようにみえる。

そんな中で!! どうも場所はスリランカ。 アーユルヴェーダを受けているようだ。

なになに?この処方箋はピッタ体質向け。確かに、彼は典型的なピッタ・ヴァータ体質。だから映像クリエーターも適職だ。ふむふむ。なるほど。

ちゃんと治療を受けているかはわからないが、もし受けるなら「ヴァマナ」という催吐法を受けるといいよ〜。あの治療は、何もかも吐き出す治療。苦しくて、大変だけど、心につかえているものも吐き出せるくらいの威力。ふらふらになり、思考も停止して、モノを考えられなくなる。

でも翌日目覚めたあとの心身の爽快さは、まるで別の世界で、別の自分になったよう。ついでに、バスティとかヴィレーチャナとか徹底的にやっちゃって、すっかり浄化し改心してしまいヒマラヤにでもいっちゃうといいです。曇っていた目が覚めて、自分のバカさ加減に気付いたら、ようやく自分の本心と向き合うことが出来るでしょう。

でも、ここでアーユルヴェーダにたどり着く、ということは 神の助け舟かもしれない。でないと、多分人生ごとあぶなかったかも。 次の写真は何を映し出すのか、傷心が癒されることを祈る!

(かく言う私も人生があぶなかったときに出会ったのがアーユルヴェーダでした。おかげで今も生かされています)

I am Sam

2010-09-01

何だか、真夏のように秋に突入した。

暑すぎる8月は、たくさんの熱中症の人たちをうみ、野菜はひからび、これからも続けば今までの<夏>を払拭させるような新たな生活法が必要になる、と感じられた。

アーユルヴェーダでは、水ではなく白湯をすすめるけれど、この暑さの中ではカラダに熱がこもってとても飲めなかった。冷えたレモン水のおかげで、今年は乗り切れた。冷房の中に一日中いる人には白湯がよくても、室内でクーラーをかけずにすごしている人たちは、発汗を促し体の熱を下げるものが必要になってくる。環境観察がとても大切だ。

そんな中で、ステキな映画を観た。 「I am Sam」

知的障害を抱えた主人公が成り行きで父親となり、彼女は出産直後に逃げ出し、おろおろしながら子育てをするストーリー。トム・ハンクス主演の「フォレスト・ガンプ」 の続き、みたいな感じだが、ここでのテーマは 「親とは、何か」ということ。

職場や裁判所で、たくさんの「知的な人たち」に裁かれ、親権を剥奪されそうになったとき、成り行き上で関わった女性弁護士が、自らの家庭を振り返り大切なことに気付かされる・・。主人公の子供は、心優しい気持ちを育み、父を一生懸命サポートする・・。

日本では、今日も「仕事しろ!」といわれ逆上した21歳の息子に刺殺される母親の事件があった。 

以前知的障害施設の作業所を視察したことがあったが、彼らは嬉々として働き、黙々と単純作業を行っていた。聞けば、「ストップ」をかけなければ、食事も休憩もとらず、ずっと仕事を続けてしまうという。サボることはもちろんなく、お互い労わりあうという。

上司がいなければ仕事をさぼったり手を抜いたり、給料が安いとすぐやめたり、文句をいうのは健常者だけだ。彼らのお給料はとても安いが、「働くこと、社会参加できること」が大きな喜びであり、できれば自立したいと考えている人が多かった。

I am Sam のサムという名前には、some(少し、少ない)の意味もあるよう。私は、ほんの少しのものしか持っていない。でもそのsomeは、他の人が持ち合わせていない貴重なもの。

なんにもないとね、少しでも嬉しいし、少しでもありがたい。 ないということは、実は幸せなことなのだ。そして、たった一つ大事にしたいことが見つかれば、someone となり、それがその人にとってonly one になる。

暑さでヒートアップした脳みそを、適温に下げてくれた ハートフル ムービーでした。(主演のショーン・ペンが上手すぎて、ダスティン・ホフマンのレインマンを思い出してしまいました)

 

月の縮小

2010-08-24

先日月がどんどん縮小している、というニュースを見た。

 http://www.excite.co.jp/News/science/20100820/Nationalgeo_20100820002.html

昨年には、オリオンの一等星ベテルギウスが縮小しているというニュースがあった。

月は地球の衛星であり、かつ重要なパートナー。私たちの人体の臓器にすべて月偏がつくのは、月の影響を受けるため。地球上で人間が生きていくのに、月はホメオスターシスを始め自律神経リズムやホルモン分泌など、大きな相互関係がある。

月が変化をしているということは、地球自体になんらかの変化があるということ。また、今は携帯電話やPCの普及、たくさんの衛星で地球のまわりの電磁波が著しく変化していることも関係しているだろう。

現在の異常気象に伴う洪水や旱魃なども、関係があるかもしれない。

太陽、月、ベテルギウス・・・ 次はシリウスか・・ 

惑星変化は、神の意思の顕れ。 心して受け止める・・ 

魂の旅 Beyond the Border

2010−08−18

それは、山頂から霧が晴れるように訪れた。

あー、そうだったのか。そういうことだったのか・・。

霧の向こうには、はるか5000年かなたが見える。時を超え、時空を飛び、そしてとうとう見渡せる場所に到達した。

この長い長い道のりを、アリオンはずっとサポートしてくれていたんだね。

喜びも、悲しみも、苦しみも、辛さも、全ては今につながるため。

魂のずっと深いところで躍動する核。奇跡は、自らが無意識に求めた結果。

ちゃんと聞き届けられていた。

だからインドに行き、イランに行き、弁財天マニアになり、神社めぐりをしこたましたんだ。

窓を空けると、目の前に月が・・。ルシフェルの血のにじむような愛を、強く感じる。

私の名前に込めた思いが、ようやくわかった。 

私が最後にやるべきことが見つかった。

AMAの思い、一つに・・・

本のチカラ

2010-08-12

昨日一つ取材があり、「思い出に残る本」についてインタビューされた。あらかじめ、ピックアップして欲しいといわれたのだが、最初の3冊はあまりにマニアックなため絶版。

そして次はアマゾンで調べて、在庫のあるものをピックアップした。

考えてみると、この世界に入っていったのは一連の流れもあるが、その要所要所に本との出会いがあった。

何気なくフラーッとはいった古本屋さんで、本がおっこちてきた。「魂と転生の秘密」という本。そういうことに興味を持ち始めたときだったので、迷わずゲットした。するとあれよあれよという間にそちらの方向へぐいーっと引き込まれ、インドに行けたのもクリシュナ先生の最初の著書が売り出された初日に手に取り連絡をしたからだった。その直前に赴いたインド大使館で紹介を受けた医師の家族に7年後に偶然日本で出会い、その医師にも日本で会うことができた。(これにはもう、何かが裏で動いているとしか思えなかった)

イランで出会った伝統医学医師ARAB氏は、数千冊の本の中のなかにある小さなスペースで暮らしていた。本を読まなくても、枕にして眠ると全て頭に入る、と話していた。「ほんとかよ」と思っていたが、帰国するときに私に一冊の本を「たくさん勉強しなさい」と手渡してくれた。新品の薬草の本だった。

ペルシャ語はもちろん読めないけれど、植物名表記のラテン語のおかげでその植物を調べることができる。(今は、ラザニー氏に訳してもらえるから、ちゃんと読むことができる)その本がARAB氏との絆になった。

そして、アリオンの本がなかったら、今私は生きていなかっただろう。それどころか、人生そのものの展開になっている。

編集の方と話しながら、インターネットで手軽に情報の入る時代になり、出版社がたちゆかなくなり、やがて電子メールの時代になっていくが、そうなると私のような体験をもつ人がいなくなるのかもしれない。

活字になった文字は、息吹を与えられ、作者の思いとともにいろいろなものがそこに込められて伝播する。中には、本を手に取った瞬間に暖かいものもあった。本は読み手によっていろいろに解釈されるが、年代や体験などによって解釈はその都度かわってくる。自分でマーカーをしたり、

線を引いたりすると、なおさらその部分に対しての理解の変化を感じ取れる。そして愛読書になりさらに読み込んだりしてようやく血肉になっていく。

また人に貸して読んでもらったり、感想を述べたりするツールになって、コミュニケーションにも役立ったりする。

今図書館のような本棚が居間にあるが、私にとってそこは自分の歴史そのもの。一見ばらばらに見えるジャンルが、実は一つに繋がっている。

「生命の神秘を探る」。11歳のときに初めて読んだ本に出てくる医師の本が、30年後に隣に並んだ。電子書籍にはできないことだろう。

何気なく見慣れた本たちに、あらためてともに歩んでくれたことに感謝する。

反転

2010-08-09

ふーっつ、やっと決算や書類もろもろ、そしてリセットが終了。

立秋までに・・と思い、これからが<本番>という感覚が今年になって天候、気象、地震、そして人間の状況の中にひしひしと感じられる。

昨今の日本の状況、ひどすぎる。むやみな殺人や傷害事件、そして増加する虐待・・。

もちろんこれらは、最近始まったわけではなく、マスコミやITでグローバル化しているためニュースで知る頻度の多さも影響しているけれど。

でも、とうとうくるところまで来た・・と思う。

テレビで、カッコイイ龍馬なんて見てるから、いつから日本人こんなになっちゃったの?ってホントに思うよね。でも実は、その300年位前から仕掛けられていた・・。

モノが豊かになり、便利になり、安全に快適になり、その一方でモラルや礼儀はなくなり、人付き合いもなくなり、心も失っていっている。

というか、きっと潜在的に持っている負の部分が、ひっくり返って表面化しているだけなんだ。

人間の心なんて、自在に変る。特に宗教観のない日本人は、目指す指針がないからいくらでもひっくり返る。現実に、沖縄より暑い北海道、ロシアの猛暑、南極と北極がひっくり返る。

でもそうすると、また光も出てくるんだね。今回の大阪2幼児ネグレクト事件で、マンションの住人たちが連携を取り始めたり、花を手向ける若い人たちもいたり、自分の中のプラスのエネルギーが行動せずにはいられないくらいにあふれてきているようだ。

人も自然。荒れるときには在れるだろう。治まるときには修まるだろう。

善悪や良し悪し、天使と悪魔、陰と陽、表と裏、みんな一体。

そして、今は反転の渦。上昇も下降も同じ質量。そしてバランス となれ台風

大きな節目

2010-07-12

昨日の11日は、セブンイレブンの日といわれる。

いろいろ問題山積み中の大相撲名古屋場所開幕と、参院選選挙と、ワールドカップ決勝戦と、おまけに皆既日食だって。

東京は嵐のような天候で、各地の大雨も続いている。

正直、政治家に誰が入ったとしても、きっと何も劇的には変らないだろう。だって、根本のところは首根っこをぎゅっと抑えられているから変えようにも無理なのだ。

何しろ明治維新以降からずっと続いているのだから。

日本はこんなに借金国で、運営していくのに財源がないから、消費税! と短絡的に考えがちだけど、その一方で数億もの報酬を受け取っているCEOが結構いるじゃないの。びっくりした。

でもこんなに自然災害が続いていると、もっと大きな災害が起きたらどうなるんだろうか、と思う。

1月に大地震のあったハイチでは、家を失った家族が子供を働きにやってこきつかわれ、女の子は性的虐待なんかにあい妊娠すると捨てられたりするのだそうだ。

そんな中で昨日の「龍馬伝」を見ていたら、まさに日本の大きな節目としてたくさんの有志がそれぞれの決意をもとに、進んでいく姿が描かれていた。あの時代、20代の若者たちが本気で「日本の将来のために」とイノチガケで行動している。

そういう若者たちがいなかったら、日本はとっくに植民地になっていただろう。

あれから150年後の今、何かのチカラが世界中を洗濯しているような感じがある。

実直なリーダー不在の日本は、海を漂うくらげみたいな感じだけれど、かえってそれがいいのかもしれない。強力なリーダーがいたら、たちまちアメリカに取り込まれてしまい、かつての変人首相のようにいいなりになってしまうだろう。

アメリカは、誰に文句をつけたらよいのかわからず苛立つが、かつての歴史の有志が必死でこの国を守っているのかもしれない。そういう目で見てみると、ここのところの首相の交代劇も納得の感がある。

そして、相撲のことにしても、政治のことにしても、私たちはニュースを通じてしか情報を知りえないが、それを見ながら「何かがおかしい」と少しでも感じたら、おかしくないまっとうな方法は何だろう、くらい考えると良いのだと思う。

今日は新月。リセットの日。いよいよ佳境に入っていく・・。

急に痛いのが治った!

2010-07-09

おとといの夜、ちょっと変な体勢で動いたためか、ズキンと突然右股関節に痛みが走った。

立ったり座ったり、ターンしたりするたびにズキンとし、その日は仰向けに眠ることができなかったほど・・。(やばい!歳のせいかなあ。太極拳できなくなっちゃうよ〜どーしよー!)

幸い仕事は何とかこなせたが、痛みは相変わらずだった。

そこで! よーしと気合を入れて、レモングラスやカモミール、ラベンダーなどを入れたオイルを作りセルフアビヤンガ!20分ほど丁寧にオイルを全身にすり込み、バスタブの湯気に当たって発汗!もしスジを違えていたら腫れているので、マッサージというよりオイルを入れる感じに。

その日は、お蔭様でぐっすり眠れた。でも朝はまだ痛みが残っていて、「やっぱり筋ちがえだな」

と次なる手段を考えていた。足を上げると痛い。

今日は、JAAの親会社の30周年記念パーティーがあるので、ちょっと心配だったけれど、8センチのウエッジソールのサンダルを履いて歩いてみた。すると、骨盤の位置が左右で違うのがなんかよくわかった。軽くビッコを引きながら、なんとか目的地までたどりついた。

パーティーでは、座っていることが多かったのだけれど、終わって帰るとき「?あれ?痛くないや」

むしろ、久々のサンダルの靴ずれっぽいほうが痛い。

家について、恐る恐る足を上げてみた。やっぱり痛くない。外出する前までは、足を上げられずにいたのに・・。

なんでだ! セルフアビヤンガの効果が今出たのか、あるいはウエッジソールのサンダルをはいたのがよかったのかよくわからないけれど、自分なりの解釈によるとハイヒールはかかととつま先だけに体重がかかり靴がゆがむ感じで歩行するが、ウエッジソールは靴のたわみがない分、脊柱をしっかり伸ばすことができるので、骨盤のズレが戻った・・オイルマッサージをしていたので、筋も柔らかくなり戻りやすかった・・・という結論に達した。

でもそれ以上に、移転のため今までのような階段の昇降を含む仕事運動量が減っていて、筋肉の力が落ちていることを痛感。 歩かなきゃ!を実感。

あーでも治ってよかった!! 神様ありがと!

変化のプロセス

2010-06-24

相撲会がタイヘンなことになっている。

歴史が長くなればなるほど、その原型は型だけになり、内側は自分たちの都合のよいように変えていくのが歴史の常。幕府とか、政治とか、その典型だ。

ずっと震撼していたが、とうとうマグマが吹き出てしまった感がある。新しく変えていくための必然のプロセスは、おそらくいたるところで起きるだろう。

莫大なお金が裏で動く賭博は違法なものだが、私は経済システムそのものが巨大な賭博のように思えてならない。株とか、FXとか、投資とか、って賭けみたいなもんでしょ。

今は世界中が震撼していて、実際に火山もあちこちで噴火して、変化が必要なところにはどんどん展開がでてくるだろう。

あさっての満月は、部分月食だそうだ。 1月1日から半年目。カリユガの時代に入る・・。

布団を洗う!

2010-06-21

夏っぽい日差しがのぞくようになって、梅雨の合間のドピーカンの日に冬のかけ布団を洗ってみた。夏がけならまだしも、冬布団を洗うなんてこと出来なかったけれど、逆に「洗える布団や毛布」にこだわって選び、ウールの軽い物を使っている。

つまりね、衛生上のこともあるけれど、洗える=小さくなる=捨てられる というエコポイント的な発想にもよる。昔は、洗うなんてめっそうもなく、定期的に全部解いて布団を打ち直し、外布は洗い張りっていうのが昭和30年代まではあった。

そして超高級品だった羽布団が庶民の手に届くようになり、綿布団なんてどっかにいってしまった。あの重たい綿の布団をお日様に干して、ふかふかになったものに顔をうずめると、なんとも陽だまりっぽい匂いがしていた・・。

布団を出来るだけ小さくたたみ、ネットにぎゅっと入れると、洗濯槽に一杯になりながらもちゃんと回る。ウールなので、環境ケアリーナとおしゃれ着洗い用の洗剤を入れて手洗い仕様で。

約5時間ほど干したら、すっかり乾いた。そして顔をうずめてみる・・。ん!!全然においません。

まったくのむしゅうだ!とCMコピーのような文句しかでない。

そこで思った。もしかして、昔の布団干しの後の陽だまりの匂いは、汗とか皮脂とかが日光により乾いて酸化したニオイだったのかも・・。陽だまり・・って結構人くささだったりして・・。だからなんとなくいい感じに思ってたりして・・。

天気の日には、必ず布団をほして叩く家がある。住んでいる人の年代が判る気がする。

干して叩くのはいいけど、環境ケアリーナをスプレーしてから干すと匂いませんよ〜 とこっそりつぶやくのであった。

アムラ奮闘記

2010-06-10

おかげさまで、5月20日より販売を始めたアムラ・プレミアムの人気は上々である。なにしろ、前発のアムラ・パウダーは好評だったものの、提携先が輸入を中止してしまったために1年間もの欠品だった。

不思議なもので、だからこそこのアムラ・プレミアムと出会えたのである。それを商品化するまでに、環境ケアリーナを手がけていたのでとても短時間で仕上げることが出来た。

しかし、当社に多い袋詰め商品。これは限りなく内職製造。(でもラベル貼りとか詰め作業ってよっぽど大きな企業で大量生産をしない限り、手作業が多いのも知っている)

私は、こんなときにとても有能な助っ人がいる。「HELP!」の掛け声一つで、アムラのときも駆けつけてくれた。それも好みの「東方神記」のCDをひっさげて。(単純作業だからね)

「これをこうして、ああして、こうして、最後にこうする・・」の一連の流れを説明した後、初めちょろちょろ、するとだんだん彼女の手が早くなってくる。「こうしたほうがいい」「こうするともっといい」「これが一番ベスト!」というように、単純作業をいかに効率よく且つ的確に仕上げるか、ということを工夫し、最後はお互いに「ほんじゃ競争しようよ!」とアツク作業するのであった。

最後の1時間は人間機械と化し迫りくる発送時間とタタカイながら、「じゃラスト作業!」と決めるところでパッキングの機械が壊れ、なよなよ〜。 相棒がいなかったら泣きじゃくるところ。

こんなに有能な彼女なのに現在失業中ということで、本当にもったいない。(まあ本人もあせって探してはいないのだけれど)

この有能さというのは、仕事に工夫できるところ。集中力の高いところ。文句を垂れないところ。無駄口をきかないところ。仕事をミスなくこなす時間が半端なく早い。そして単純作業もとても楽しんでやってくれるところ。

私はこの友に、もう10年以上も助けてもらっている。本当は今度は私が助けたい番だが、なかなか甲斐性がなくて・・。

でもこの関係だからよいのかもしれない。商品は、そうやって愛着が増してくる。それをわかる人が少ないから、モノがよけいに売れない時代なのかもしれない。

(アムラ 以上のアムラ・プレミアムは商品情報をご覧下さい)

小鳩の巣立ち

2010-06-06

6月に入った途端、鳩山首相辞任と日本はまた大きな局面を迎えることとなった。

この半年の一連の流れは、そうならざるを得ないストーリーだったが、これは日本だけでなく世界でも政変や国政が大きく変る出来事が日々起きている。

鳩山元首相は、多分いい人なんだろう。たまたまそういう家系で政界にひっぱりだされたが、この仕事に向いていないということは一目瞭然だった。家柄がよく大切に育てられ、本当のお坊ちゃんお嬢さんはたいてい素直で優しい人が多い。反発心とか、反骨精神とか育つ環境がないのだから、そういう性質になるのだと思う。

でも政治は、したたかな人でないとやっていけない。龍馬伝とか見ているとよくわかるが、古代の昔からトップにたつ人は、一ひねりも二ひねりもないと民や国を束ねることができない。

かといって、小沢さんのような不毛地帯的根回しリーダーは、20世紀の存在だ。

ここのところ、沖縄の密約やマスコミに使われた隠蔽のための機密費問題とか、封印されていた問題がどんどん明らかになってきて、本当に山崎豊子さんの小説のような展開を見せている。

この先も予測できない事態が多々起きるだろう。そのときに、どんな対処が出来るかが政治や国の力だと思う。

鳩山元首相は、人生の中で最大のピンチを迎え、初めて一人でいろいろ考えたようだ。母親からも奥さんからもたっぷりスポイルされて自我を見失っていたが、このピンチでようやく巣立ちができるのかもしれない。(でもどこまで飛んでいけるか・・だな)

NEW環境展

2010-05-29

5月25日〜28日まで、東京ビッグサイトでアジア最大の「NEW環境展」が行われた。

焼成ホタテカルシウムを使った排水管洗浄を考えた(株)ACCURATE 様のご好意で、また「環境ケアリーナ」を展示させていただく。

kankyotenme.JPG 

ホタテ貝とお試しケアリーナを手に、手作りPOPTシャツでPRおばさんに徹する私 (若ければ、コンパニオン?)

この環境展は、昨年は15万人、今年は(多分)13万人くらい人が集まったと思う。特に中国や韓国、インドからの人が多かったと感じた。

会場は、さすがに環境展だけあって、廃棄物処理法、水の浄化、油の浄化、CO2削減、グリーンプラン、リサイクルマシン、エコマシンにあふれていた。

かつて高度成長期に公害を、それ以前には、産業革命後の工場労働で過労死する女工たち(特に繊維工業:野麦峠など)を経験した日本。中国やインドは今その道を同じように行こうとしている。

水や海の汚染を回復させるのには、相当の時間と労力、資金がかかる。そして、公害病などを起こした人たちへの補償など、何十年にもわたってその償いが必要になってくる。

日本のそんな経験は、役に立たないんだろうか?

中国や韓国、インド料理には多量の油がつき物。インフラが整備されればされるほど、排水管のつまりや匂い、廃水処理などの問題が顕著になってくる。

そんな中、思った以上に「環境ケアリーナ」への注目が高かった。説明するほどに感心してくださり、みんな鼻息を荒くして「連絡しますから!」と言ってくださった。

そうしたら、2日目に知り合いのインド人の方とばったり。 え?全然営業ジャンルが違うのに。

中国同様、インドも今水の汚染が深刻になっているのだそうだ。水だけではない、土壌汚染も深刻。そしてインドも、この10年の様変わりは上海並みなんだそうだ。

彼は今日本からインドへの輸出を考えている、という。 かつて、液晶だの携帯だの車だの世界シェアNO1だった日本は、他国からどんどん置いてきぼりにされ、今この環境ビジネスだけがほそぼそと光を灯しているようなのだ。

環境ビジネスは、利益だけ追求したのでは成功しない。自然や生態系、人、空気、水、地球や宇宙という全てのバランス感覚があってこそ、初めて成功するのだと思う。

リサイクル、リユース、リクリエート この流れを実践し続けたのが日本。

考えたら、環境ケアリーナに出会って 廃棄ホタテ貝からの多目的洗浄剤を作る発想が、卵核膜化粧品(卵の殻の内側についている膜:アミノ酸の宝庫)、そして今度は食べるシルクパウダー(生糸をとったくず繭を加工したアミノ酸の宝庫)を出会わせ、リサイクルの素晴らしさに感動している私がいる。

方や、今週は普天間移設問題への決定があり、あの美しい辺野古の海を埋め立てる という日本の(政治家の)環境意識。

人が生きるということに必要なのは、軍なのか金なのか自然なのか・・。

ここに集まった人たちの心はいかに・・。

kankyoten2.JPG  kankyoten3.JPG  たくさんの人が真剣に見ていました。

時の流れに身を任せ・・

2010−05−11

タイトルはテレサ・テンさんの歌だが、今年はテレサ・テンさんがまた大きくクローズアップされるようだ。

「時の流れに身を任せ・・」という歌のように、人生は自分がいくら頑張っていてもどうしようもないことがあって、解決に時間的経過が必要な場合と、ただ流されるままに何も考えずに時間だけが過ぎていく場合の二つがあると思う。

昨年から今年にかけて、昔の人たちと出会う機会が多いのだけれど、10年前とまったく変らない人と、見事にしっかりしてきた人と、本当にいろいろだ。

人生も晩年になればいろいろなことがあるが、昔と同じ苦悩を訴え続けている人は後者なのだろうと思う。 苦悩に立ち向かうべく、考えて挑戦し、うまくいかずまた挑戦し、を行っている人は、立ち止まりうまくいかない原因を根本から考えるだろう。そのうちに、苦悩よりも挑戦のエネルギーが強くなり、精神的にもタフになっていったりする。

ただ残念なのは、流されるままの人は「わら」をもつかむから、周囲を巻き込んだりする。それがいいものであればいいが、たいていはそうではないから爽やかな感じがしない。

立ち向かう人は、問題に気付くことが多くなるから、周囲は逆に気付かされることが多いだろう。

そして、時代は本当に大きく変化しているのである。10年前より、5年前より、3年前より、相当に変化しているのである。それなのに、ずっと同じやり方ではダメだし、同じ考え方では乗り越えていけないのだ。

ってさ、えらそうなことを言ってるけれど、私なんぞももがいたりつかんだり沈んでみたりしながら、「あそうか、流れに反対に泳いでいたら進まないわけだ!」と気がつき、流れの中でなるべくエネルギーのロスが少ない泳ぎ方をしながら、川の水かさや流れ方を観察している、というような感じなのだ。でもいざとなったら、得意の平およぎで早く泳ぐよ。

それでもって、テレサ・テンさんは、台湾と中国の狭間で本当はとても大変な思いをしていたということをつい最近知って、彼女の歌がSOULFULなのを妙に納得したのだった。

農園デビュー

2010-05-01

nouendebut.JPG Yeah! いよいよ農園デビュー!

GWにお世話になっている(株)マギーさんの企画の一つである、貸し農園へお手伝いに行った。

場所は埼玉県春日部市庄和。 朝からドピーカンで畑日和の一日だった。

焼けないように厚塗りメイクし、帽子に長靴に軍手に準備万端。

でも、畑仕事とか農作業はやったことがない。 少しぬかるんだ畑を歩くだけで、というより長靴で歩くだけで、何か太ももがパンパンしそうな気配。

この日は土ならしで、ぬかるんだ土にもみを撒く。

nouenmomimaki.JPG なかなかに大変な作業・・

初めて持つ鍬は、重い上にカラダがまだ作業の状態になっていないため、どこに力を入れたらいいのか、へなちょこへなちょこ。 いてて、腰が、足が、手が・・。とあちこちでひーふー。

農家の人ってすごいな。あんなおばあちゃんも黙々と作業してる・・。

土を耕すのにも一苦労、これから種まき、水遣り、芽が出たら間引き、植え替え、虫取り、収穫、後始末 とこれから数ヶ月のドラマが始まる。

最初が一番タイヘンなんだろう。 大して役にも立たずに終えた一日。でもオテントウさまの下で働くことはとても心地よかった。夕日がトマトみたいな真っ赤でびっくりしたが、火山灰があると夕日が鮮やかに赤くなるのだそう・・ あ〜アイスランド火山。

いつもはいけないけれど、時々お邪魔させていただくことにした。草むしりとか、虫取りとかならできそう。何より、自然の中で働くことをカラダが欲していたみたいだ。もう少し若かったら、どんじゃかいっちゃうんだけど、様子を見つつ、適度に邪魔にならないようにお手伝いさせていただく。

ここでは、無農薬でいくそう。 楽しみだ。

★すごいよ、チェルラーのファンデーションは、全然焼けませんでした。

コンカツ!(魂喝!)

2010-04-25

ここのところ、異常なくらい虐待による子供たちの死のニュースが多い。同時に、子が親を殺す、という事件も・・。

昔から、ままこいじめとか折檻とか、過剰な体罰はどの国でもあるけれど、こんなにわが子を殺す国というのも、人口構成からしてみたら多いのではないだろうか。

母性の喪失、父性の機能不全などといわれるが、文明や科学の発展がもたらした人間力の劣化としたら、怖いものがある。

いつまでも自立できない成人たちは、その昔はパラサイトといわれ、多くは経済的な自分益のためにそうしていたように見られていたが、それが長く続くと依存的、自分勝手、非協力のような状態になる。

自立して生活していく、というのは経済的にも心理的にも非常に負担が大きいものだが、同時に全てを自分の決断によって行う生活は、仕事にも、将来的にも、人生的にも大きな基盤となるものだ。

女性の社会進出によって、晩婚化が進み昨今は「婚活」がブームのようだが、そもそもなんで結婚したいと思うのだろう?純粋に恋愛を育んだこともない人たちが、おそらくそういう行動をするのでは?と思われるが・・。 ってか、純粋な恋愛なんて今あるの? って感じる世の中が怖い。

そういえば、一月くらい前に夜中にイラン映画をやっているのを観ていてのけぞってしまった。

ほんの15年位前はキアロスタミのような優れた監督が、叙情豊かに美しいイランの自然や人々の心、貧しいが健気な子供たちを描いてブームになったことがあったが、この間見たのはアメリカナイズされたオフィスでネクタイ姿のエリート社長が、聡明で美しい医師の妻がいるのに、20歳以上年下の女性に恋をしてそれぞれに不倫に悩む・・という内容だった。

イスラム社会のイランでは、10年前までは男女一緒に並ぶことも話すこともタブーで、「どうやってデートするの?」なんて聞いたほどだった。

それが、今や他の国とも同じになるとは・・。宗教でもくくりきれないのは、人間の欲望のほうが強いからだろう。

で、婚活。恋も失恋も知らないで、愛も愛情も沸かさないで、ただ結婚式に憧れ結婚を安住の場と勘違いしてしまう人たちが多いのではないだろうか?

結婚すれば次は子供、というようにゲームのように家族をやっていると、失敗するとリセットしたくなるのだろう。生命体は、動物でも植物でも人間でも、「鍛える」ということをしないと、進化していかない。動物は雄同志が戦って強いものの子孫を残すが、それは厳しい状況でも生き抜く力を遺伝子として残していく知恵である。雌だって、気に入ったものでないと受け入れない。

で、縁結びのパワースポットめぐり。何か短絡的。結婚って始めて他人と暮らす第一歩でよっぽどの信頼関係やお互いを認めあう状況がないと、もうここで躓くだろう。ましてや子供を育てるのは、至難の業。ペットじゃないんだから、いうことなんて絶対に聞かないし、思い通りなどならないし、そういう想像ができているんだろうか?

子供が生みたい、というのは女性ならわからなくはないが、最近は福祉が発達して母子家庭では昔と比べるとかなりいろいろと保証してもらえるのだそうだ。そうやって制度がかわってくると、きっと「種」は優秀なのをどこかで調達して・・結婚せずに自分で育てる、というのが流行しそうだけど、不況下になって女性が自立して生きていくのが何か大変!という不安から、とりあえず結婚して居場所を作っとこう、という感じがして仕方ないのが、今の婚活ブーム。愛のかけらも見えず、パラサイト先を変えるだけのように見えるんだけど。

なんか、祝福できないなあ。 パワースポットで「エネルギーもらいました〜」なんて言っている人は天から「魂 喝!」って怒られているのかも知れないなあ。

 

人間VS神

2010-04-18

4月半ば過ぎの昨日は、東京でも雪が降った。41年ぶりだそうだが、この4ヶ月に起こった出来事、ハイチ、チリ、インドネシア、中国の大地震、アイスランド火山の噴火 などを見ていると、いくら<DON>な人でも「何かがおかしい」と感じるだろう。

一般の人は、野菜が高いとか、コートがしまえない、という生活での不具合を感じる程度なのだろうが、今年に入っての予感は、どんどん的中している。

この間夜中に見ていたテレビで、びっくりしてしまったことがある。

人間の電気量を利用して、チューニングするような機械をもつだけで、他者との電気交流が可能となり、あたかもテレパシックな言語を使わないコミュニケーションが将来的に可能になるそうだ。(これは裏を返せば、人間をロボット化する、ということだよ)

再生医療では、すでに自分の細胞から自分の臓器を再生できるようになり、さらなる「不死」への可能性に近づき、神の領域といわれる部分にどんどん突入している感がある。

昔、「恋に落ちて」という映画で、待ち合わせの時間に遅れて連絡が付かず離れ離れになりながら、ずっと慕い続ける・・というストーリーがあったが、今だったら携帯一本かければすむことで、

「偶然」とか「奇遇」というマジカルな瞬間はどんどん失せていっている。

テレパスは、特定の周波数を持つもの同志が同調し共鳴する現象であり、特殊な情感の疎通が可能になるが、それが機械で出来てしまうと本当のテレパスかどうかわからなくなるだろう。

アイスランドの噴火は、ヨーロッパに経済的にも政治的にも多大なダメージをもたらし、少しずつ上昇しかけた世界経済も再び沈下する可能性が大だ。

私は、CERNによる実験の結果、地球内部の磁場に異変が起き、それが太陽系に大きな影響を与えているように思う。そのあとすぐに、巨大な土地の陥没があったところもある。

太陽の黒点も消えて久しく、これが気候変動の要因という可能性も示唆されているが、太陽系という連携を組んでいる以上、太陽も月も地球も惑星も大きな影響を受けるだろう。

そして以前にも書いたけれど、大地震が起きるたびに地球の回転速度が速まる、ということはすでに10回近く前のめりになっているわけだ。

注意深くみていたが、HAARPの動きは、この数ヶ月異常な波形を繰り返していた。

地震が人為的なものか自然派生的なものか、今は区別できないほど精巧さを増している。

中国の地震は、その場所がダライ・ラマの生誕地というから、何か意図的なものを感じざるを得ない。

一つは地球内部で、一つは天空の電離層で、人間が強力な磁力を派生させる。小学生でも理科の実験のように磁石を使ってシュミレーションしてみればわかるだろうと思うけれど、天才や高知能の持ち主はどうもわからないらしい。というか、わざとやっている、のかもしれない。 

オバマ大統領は、事業仕分けで「予算計上ストップ」をかけた宇宙事業への大ブーイングにより、再び開発を奨励しはじめたが、奇しくも「オリオン」という名の火星への探査機計画。

オリオンは、それを許さないだろう。人間対神 絶対に争うことはできないこの領域に踏み込んできた存在を、それを誕生させたこの星を痛めつけている人間の傲慢さを・・。 

お試しケアリーナ誕生秘話

2010-04-15

環境ケアリーナのお試しバージョン、お試しケアリーナの全作業がようやく終了。

お蔭様で環境ケアリーナは、使った方からの「びっくり!」「感激!」の報告をたくさんいただいているが、当初サロンを中心に紹介していこうと思っていたのだが、実際暮らしに使ってみると実に有効性の高い箇所がたくさん発見できて、あんまりお掃除が得意じゃない私も楽しく家事をこなせている。

さらに、買う洗剤類が大幅に減ったこと。今までトイレ用、風呂用、床用、ガラス用、キッチン洗剤、消臭スプレー、洗剤3種(液体洗剤、粉洗剤、おしゃれ着用+柔軟剤)、カビ用、強力油落とし用、重曹などを用途に合わせてアレコレ使っていたが、これも三分の一に減り、さらに頻度もぐっと減って、これらの費用も大幅に減らせるようになった。

下町はドラッグストアが多く、あちこちで安売りをしているのでついついつられてアレコレ買っていたことを大いに反省。そして何より、それらのケミカルな感覚を、今は使うたびにとても感じるようになった。 (環境ケアリーナで掃除をすると、空気が澄んで呼吸が楽になる感がある。)

シックハウス症候群とか増えていくアレルギーとかは、食品も含めて私たちを取り巻くいろいろなものによって免疫を弱めさせられているためなのだろうと思える。

そういうことも含めて、多くの皆さんに「環境」への意識と、「健康」のことを考えて取り入れやすいようにひとふりボトル入りで企画したのだった。

しかし、そのボトルを用意するのも100円ショップでの注文のため一苦労も二苦労もあり、製品として完成させる最後の作業は友人が手伝ってくれて本当に助かった。(内職のようなのよ)

でもこうやって、たくさんの工程を経て一つの製品になっていくのに携わっていると、本当に充実感がある。BTLオリジナル商品は、本当に手間がかかるものばかりだなあ、と苦笑いもでるけれど、だからこそ手にしてくださったお客様からの報告もたくさんいただけるのだと思う。

世の中にはモノがあふれているけれど、本当に良いものは「作り手」の誠意や意識がどれだけ入っているか、そして本物を感じる感性があるかどうかによって「本物」が決定するのだろう。

売るためのパッケージや仕組み、宣伝、見せ方は、資金を投入すればいくらでもできる。そうやって、販売経路ができる。でも大きな会社でない限り、これらのものは最小限の方向でしか活用できない。

男性社長は、一気に売って一気に儲ける、ということを好む。それに合う商品ならそれも可能だろう。

でも、アーユルヴェーダだの、ケアリーナだの、みみこだのは、説明しないと売れないものばかり。体感してもらわないと、わからないものばかり。 

だからこつこつやるしかない。 地道に草の根的にやるしかない。

でも、良さをわかってくれる人はたくさんいる。それを信じて、真の環境・ケアリーナを啓蒙していこう。

(ケアリーナとは、当社が推奨するケア・スペシャリストを呼ぶ名称としてBTLが商標登録をしたものです。

 

 

この国のゆがみ

2010-03-29

政治も経済も混線を続けているが、何だか本当にバランスの悪さをあちこちに感じる。

そんな中で、今日こんなニュースを見た。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100326/213634/?P=1

介護職にある男性が、生活し続けることの難しさを感じ、結婚を契機に退社するという話。

確かに、重労働でありながら介護職の人の給与は一般の人に比べると著しく低く、仕事の内容と報酬は明らかに一致していない。

日本の福祉観の問題点が、集約されているような職である。

これを補うために介護保険制度などが導入されたが、介護が必要な高齢者の増加により施設だけでなくサービスの部門でも行き届かない現状がある。

同時に、待機保育児童もたくさんいて、こちらも施設が間に合っていない。

福祉の分野は政治に大きく左右されるが、財源をどこから持ってくるかが明確になっていないとススムに進まない状況になる。

こういう問題を総括して、国づくりを本来考えるのが政治家なんだろうけど、理想的な政策をしていた時代はあったのだろうか?

賄賂だの、使い込みだの、そんなのばかりが目に付き、たるんでゆがんだ顔のおじさん・おばさんばかりのような日本。

 その一方で、認知症の高齢者に7000万も買い物を強制していたという外商の人のニュースもあり、実際に日本の高齢者はしっかり財産をもっていたりする。

前述のニュースと、後述のニュースの違い・・。 この国のゆがみが反映されているかのようだ。

私も介護福祉士の資格をとったが、当時40代でとったため実際に現場で就職活動をすることは不可能であることを知っていた。若い人を安い賃金で、3年くらいのサイクルで稼動させる(カラダを壊すことが多いため、そのくらいでやめてしまう)ことが当たり前だった施設状況。

人の最後の「場面」を有意義に過ごすための場所である表面と、それを補佐する仕事の実情の裏面は相反し、複雑な気持ちにもなった。 

日本では、福祉の歴史が浅いため、まだまだ熟す途中なのかもしれないが、今後労働人口が減っていき、現状でも海外からの介護職を受け入れているのはこの賃金によるものなのだろう。

なんとも虚しいこの実情に、もっと多くの人に気付いてもらいたい感がいっぱいだ。

カラダ力、ココロ力、ニンゲン力

2010-03-20

もうすぐ桜がほころぶ。

でも今年の春の門は、激動だ。今日も嵐のような夜。

寒さに耐えて訪れる春は、花咲き、草萌え、希望の季節・・なのだが、1年で一番自殺率の高いのが3月、そして9月。

それに順ずるように、今月初め知人が自らの命を絶った。しかし、その理由が何も見当たらずに困惑するばかり。かえってそれが心苦しい。

アーユルヴェーダもヨーガもプロフェッショナルだった方・・。どうしてなんだろう。

先日トリートメントを終えて、クライアントが一言。「カラダって侮れないですね。今まで何年も悩んでいたのはなんだったんだろう・・」 心理カウンセリングやいろいろなヒーリングメソッドがあるけれど、こんなにスポーツ感覚を出せるトリートメントはアーユルヴェーダだけだと思う。

ちょうど、2キロくらいジョギングした後みたいな、爽快感とちょっと脱力感、まったりとした適度な疲労感。思考はほとんど停止する。「後はうちかえって寝るだけ!」のような、ほどよいけだるさが「考えすぎ、思いすぎ、こだわりすぎ」のような方には思考変換を促すのにぴったりなのだ。

しかし、多忙を極めるセラピストは自分をケアする時間がほとんどない。一生懸命頑張りすぎればすぎるほど、消耗してしまう。

心理カウンセラーは、消耗して冷静さがなくならないように誰かに話を聞いてもらうスーパーバイジングが適用されているが、セラピストにはそういう習慣はまだ確立されていない。

正直、私もあちこち行きたいところだが、面が割れているだけに同業のところへは行きづらい。

なので、按摩系に行くのだが、やっぱりオイルマッサージの良さを知っているので、満足度は半分なのである。アロマも、大体がホホバオイルを使うため、かえって痒くなったりするので行けない。しかし、直感力を使って「よさげ」なところを見つけると、ためらわず入ったりする。

これには理由がある。 多くのセラピストたちは、「私が一番うまいのよ」 と思っているかもしれないが、自分を人にしっかりゆだねる、ということが出来ない人は、トリートメントにも「力み」が入りされている側も疲れることが多々ある。

だから、自分が疲れているなと思ったら、誰かにしっかりケアしてもらう習慣が、スーパーバイジングの代わりになると感じている。それに何より学びにもなる。

本当は、50代にもなったらトリートメントを毎月受けて、若返るぞ ! なんて思っていたが、まだまだやる側から離れられそうもない。というのは、気付きがどんどん深まり、内容も深くなっていくからだ。これをキャリアと呼ぶのかもしれないが、熟練というかなんというか、ああこれは自分にしか出来ないな、という感覚を使うものが多くなるからだ。

だからこそ、体力と共に健康や精神力のようなものを維持する努力が必要となってくる。

太極拳を始めたのもそのためでもあるけれど、体を動かしてカラダの潜在的な力を知ることの楽しさを識っているからかもしれない。これはまさに瞑想と同じ、と感じている。

年齢を重ねていかなければ見えてこないものがたくさんある、ということを徐々に知り始めてから、人生というのは実に良く出来ていると感じさせてもらっている。でも、50歳すぎたら若返りとか美に執着というのではなく、いかに死ぬかということを考え始める時期と切実に思う。

体がまだしっかり動くうちに、できるだけ余分なものを処分して身軽にしていく方向へむかったほうがいい。自分が最終的に一番生きがいにしたいものに集中していくプロセスな時期。

もう小難しい記憶力を有する勉強など頭に入らないから、体をこまめに動かして「忘れ去らない」ように習慣になっているようなものでないと、何も続かなくなるだろう。

いろいろな旅立ちを見送り、人生最終章のあり方をとても思う。

少なくとも、私にとってのアーユルヴェーダは、イノチを基盤にしたカラダ力、ココロ力、ニンゲン力を培うものでありたいと願い、クライアントにもそう伝えていきたいと強く思う。

異業種コラボレーション賞

2010-03-16

先週の3月13日(土)、経済通産省による企業支援の一環である、起業家支援ネットワークNICeにおける任期終了の卒業式が行われた。

その中で、当社と環境ケアリーナの開発元である(株)アキュレットが、異業種コラボレーション賞をいただいた。

(株)アキュレットは、排水管洗浄機械を扱うメーカーだが、その洗浄に使うホタテ洗浄剤に私は目をつけ、半年間の試験の結果OEMでサロン向けに開発してもらったのが環境ケアリーナだった。

 洗浄機械や洗浄剤というハードに、使用法や使用用途開発などのソフトが組み合わさって、商品の幅が広がっていく。一般に男性はハード面が得意で、女性はソフト面を充実させるのが得意だ。これが、今回の商品化の成功例だったと思う。

実際、毎日のように、環境ケアリーナの使い方においていろいろアイデアがわくので、とうとうHPの説明ページは9ページにもなってしまったくらいだ。それくらい、新しい発見や可能性を引き出してくれる商品である、ということだ。

それだけではなく、当社は美容健康サロンなので実現はできないが、このホタテパウダーは建築材の壁や床、屋根、エントランス、道路、などなど、環境に貢献できる場面がたくさんある。

特に、雪国においては積雪を防ぎ、土壌浄化ができるという画期的なエコ商品になりえるのだ。

中小企業は、こうやって横つながりでいろいろな専門企業と提携していくことで、まとまって営業や拡販が可能になる。

多分今までは、「一気に稼ぐ」という方向での連携が多かったと思う。そこに女性力が入ることで、実用性や使いやすさ、無駄をはぶく、経済性という商品に対しての付加価値の高いものに

まとめていけるだろう。

この環境ケアリーナの製品化にむけて、実にこまごまといろいろなことを行ったが、その経験があるので現在また別の商品を製品化している最中だ。

考えると、モノを作るという企画の考え方は、同時にターゲットや販路まで考えるものであり、それはモノでなくともプロデユースという工程は同じだということに気付いた。

そして、その広がりを持たせる鍵は異業種コラボの中に無尽蔵に眠っているように思う。

大切なのは、一方通行にならないような関係性がもてるかどうかだろう。

これからますます環境ケアリーナが活躍する季節。

一人でも多くの人に、この素晴らしさを理解していただけるよう、またいろいろ考えていこう。

題して、ECOひいきのケアリーナ。 お後がよろしいようで、チャン、チャンカラオケ

 

音の融合

2010-03-11

太極拳を習い始めて、2ヶ月目。

体をゆっくり伸びやかに動かすことの心地よさが、だんだんしみわたってきた。

以前ヨーガもかじったことがあるが、あまりの体のカタサに断念。そのかわり、気功を習いこちらのほうが自分に合っている感じがして、こちらは続いた。ただし、武術気功だったので、動かず一つの動作をじーっと続けるもの。そのうちに、気の流れ方やつぼなどがわかって面白くなった。

仕事がハードで多忙になってきて、通う時間が少しずつ減り、そのうち家で錬功していると心臓がパクパクいいだしてしまったので、あまりに疲労しているときはダメなんだなあと実感。

次にクリニックで、動気功と出会い、気が巡る面白さを体感。同じ気功でもこんなにいろいろあり、効果が違うんだと納得。これも続けてみたかったけれど、中国の先生がニュージーランドに行ってしまったため途中で終わっていた。

運動不足解消と、自分の感覚を磨くために太極拳をずっと習いたかったが、まったく時間がとれずに10年たって、ようやく「いまだ!」という気になった。

こんなに近くにあるなんて思いもしなかったから、灯台下暗しだったのだけれど、2時間ストレッチを交えてゆったりすごす感覚が心地よい。

そのうちに、久々にあの感覚が戻ってきた。指先がピリピリし、動きとともに流れる「気」。

この滑らかな動きをサポートするのが、いつも背景に流れている音楽だということに気付いた。

先生にその音楽の事を聞くと、「島川万里奈」さんという人の曲ということが判明。

ネットで調べて、早速CDを購入した。

多分この音楽とシローダーラーがとてもマッチする!と直感。

驚いたことに、島川さんの曲は単なるヒーリングミュージックではなく、脳科学的にも実証済みの自律神経をバランスさせる効果が高く、多くのクリニックなどで採用されているものだった。

トリートメントのバックにこの音楽を流すと、自分の動きもとても滑らかになり、落ち着いたリズムでのオイルマッサージができた。そしてシローダーラーは見事にマッチし、オイルが額に流れる感覚と音が融合して、宇宙に漂うような浮遊感をもたらしている。(クライアントの寝息でわかる)

終わった後の感想を聞くと、「ふわふわ浮いているようで、すごーい気持ちよかった!」。

島川さんはヨーガ講師もされているせいか、音のとり方がチャクラに相当していたり、極端な音程のアップダウンがないので、全てが静かに元の位置に戻る・・という感覚がある。

そして、最新のみみこ&みみたろうを作るとき、この音を入れた。これは香りを聞くもの。

余分なものを振り払い、自分本来の魂への気付き、軽やかさ、そして躍動・・

少しでも多くの人が、この「体感」を得て、イノチの輝きを増してくださることを願ってやまない。

★ みみこ&みみたろう (聞香アロマ)

日本に欲しい日本の毛はえ薬

2010-03-05

いやあ、びっくらこいた。

ホントにここ数年時間がたつのが早いなあと思っていたら、地球の自転がホントに早まっているそうだ。その引き金は大地震だったりするというのだが、HAARPなどの大出力の電磁波をメインに、携帯とか電子レンジとかPCとか今は世界中で使われているから、全部まとめたらやっぱり大出力になるだろう。

やっぱり、この異常気象は警告だと思う。 

政治も、三流ドラマ以下の呈で笑うことも出来ないありさまだけれど、 自民党から民主党にうつったとしても、根絶できないような裏のまた裏がありそうで、鎖国を解いた後からずっと日本という国がどういう立ち場にあり、どうやって経済成長を遂げられたのかを「不毛地帯」などの現代ドラマで感じさせられている。

そうしたら、今日こんなびっくりするニュースを見つけた。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100305-00000002-maip-pol

戦争に負けるということはこういうことなんだな、と感じる。普天間の移転問題も、結局ごり押しされて日本使われ放題、ということになるのだろうか。

そして、見え見えのトヨタバッシング・・。

経済不況、世界不況、日本が沈没寸前、というとき、日本には今牽引するリーダーが不在だ。

というより、リーダーは出てこれない状況だろう。

みんなが少しずつ意識して、今自分たちはどういう行動にでたらいいか、一人一人が考えてみるといい。

内需拡大で国産車に乗り、国産のものを食べ、海外旅行ではなく国内旅行にする。

そして、徹底的なリサイクルシステムを作り、新しいものはちゃんとリサイクルやリユースが可能な流れを作って開発する。省エネ、エコ、環境に優しいものを配慮にいれ、しかもコンパクトという日本の得意分野を磨く。。

グローバルの視点をとりあえずアジアにフォーカスし、共通にある「高温多湿」の気候にマッチした「生活環境商品」を考察する・・。ほんとだったら、政治家の人に先導して考えてもらいたいけれどね。

子供手当てはあったら嬉しいかもしれないけれど、勉強をしたくもない子供に手当てあげてもしょうがないっての。それなら教育のシステムを見直して、どうやったら勉強をしたくなるのか考え、そういう教え上手な先生を育成していくことのほうが先だと思う。(実際私も、先生によって勉強したりボイコットしたりしてたよ)

今の日本は、良い方向に向かうという芽がみえないひび割れた畑のようだ。

不毛地帯は芽がでるどころか、作物も実らず生きていけないところ。もっぱら、今はヤドリギのように何かに寄生したり依存したりして生きている人が多いけど、大元がなければ寄生してもだめなんだ。

ちょっとした意識があれば、それを継続する意志があれば、やがて大きな力になる。日本を元気に戻すにはまずは自分から、というところから始めて見るのも新しい一歩になる。本当に優しい人は、「優柔不断 : やだといわず、時に優しく柔軟な発想でとらえる」 という新しい解釈で進化していくだろう。

妄想の第一歩

2010-03-01

バンクーバーオリンピックが今日終わった。

日本は金メダルはとれなかったが、前回よりメダルは多いそう。というより、惜しかった順位がたくさんあった。

昨日のフィギュア・エキジビションは、選手がみんなすごかったね。

プルシェンコなんて、フリー以上にすごい演技で雄たけびのようだった。よっぽど悔しかったのだろう。真央ちゃんも、真央ちゃんらしさがでていてとてもよかった。

その一方、金メダリストの二人は「え?フリーと同じ?」みたいなふりつけでおもろくなかった。

どうみてもスケーターらしくみえないライサチェクは、ジェ-ムス・ボンドみたいに見えるので、キムヨナと二人で「007」をペアでやったらいいんじゃないか、と妄想がはじまる。(マトリックスもあったしさ)

プルちゃんは、妄想したように指導をかってでてくれたらしい・・。今回の悔しさを共感できる唯一の同志だしね。すごいなあ。4回転飛べるようになるかもね。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100301-00000041-sph-spo

確かに、今回のオリンピックはスポーツというより、エンターテイメントの域になってきている感じがする。選手たちは、スポンサーがついていないとやっていけないから、どうしても視聴率を稼ぐ役割として担ぎ出される。

冬のフィギュア VS 夏のシンクロ は、一つのショーだもんね。

でもそのために、他の人が出来ないことを成し遂げたことへの評価がきちんとなされないのは、変だ。 

この裏にも政治や経済のもろもろが渦巻いているのだろう。

そのために、自分の時間や楽しみを削り、心身を磨耗させながら練習に励む選手たちが犠牲になってはあまりにしのびない。

ただ、「すごい!かっこいい!上手!」とかの賞賛だけでなく、その人生までもきちんと感じながら見ると、感動の仕方が違う。

鈴木明子選手は、摂食障害を克服しての参加だという。摂食障害は治すのに相当時間がかかるが、「上手に滑る」ことから「楽しみながら滑る」ということに方向を変えてから、きっと立ち直っていったのだろう。ウエストサイドストーリーを演目で決めてから、なんと主役の一人だったジョージ・チャキリスから応援の手紙が届いたのだという。これもすごいことだ。

ネット社会になり、さらにボーダレスに、エイジレスになって、国も世代も超えた共感や応援がなされるようになったから余計に、エンターテイメントの色が濃くなっていくのだろう。

でも、真央ちゃんには別に色っぽくクネクネしなくていいから、飛びまくって「金」を獲得して欲しいデス!

 

実はすごかった!

2010-02-26

今日は世界中の人が女子フィギュアスケートに釘付けになっただろう。

ジャンプや内容のレベルの高さがかつてないほど完成され、入賞8位までの間に日本人は4人も入った。つまり、半分が日本人(長洲未来さんは国籍がアメリカだけど両親が日本人)。

かつて、フィギュアはロシアやアメリカのもの、という感じで手足の長いお人形さんのような金髪青眼の人だからもっときれいに見えるんだろうと思っていた。

ところが、今回はアジアの勢力がすごい。いつの間にか日本人も手足が長くなり、顔も小さくなって、さらにセクスイーな「しな」まで得意になっていた。

骨格も筋力も欧米人並み、いえ真央ちゃんなんてあんな細い体でトリプルアクセルという女性初の回転を3回も飛ぶほど強靭になっている。

惜しくもキム・ヨナに金メダルを譲ったが、彼女はたしかに完璧。でも真央ちゃんの演技はアートの域だった。あの菩薩顔を生かして、シルクロードなんていうテーマで滑って欲しいくらいだ。どんなに神々しいだろうか・・。

悔しさに泣きじゃくり嗚咽しながらのインタビューのあと、数時間たってとても大人っぽい表情になっていた。(試練は人間を急成長させる)

19歳って、ホントにもうすごい大人なんだね。キムヨナ選手のボンドガールは、19歳だから爽やかなお色気だったと思う。これが24歳とかなると、おんなっぽすぎてちょっとエロくなっちゃうよね。真央ちゃんはまだ無垢な感じがあって幼い風情だけど、次のオリンピックに爽やかに色っぽくなっているだろう。女性としての完成美のような・・。

それにしても、今までのなかで一番レベルが高くて、それがさらにすごくなっていくなんて、スポーツ選手は本当に大変だと思う。

今回日本はメダルの数は少ないが、どの競技にもそこそこに平均的な位置にいる。人口が少ないのに、これって実はすごいことだ。

飛びぬけた人が出てくる割合は10000人に一人としたならば、日本はこれからどんどん出にくくなってくる。でも残りの9999人のうちの半分はアベレージ以上だとしたら、こっちのほうが強いかも。団体競技ならこれからいけるのかも。

しかしなあ、悔しいなあ。日本人の作曲家にも素晴らしい人いるのになあ。

私の脳内妄想プロデユース: 弥勒菩薩プロジェクト 浅田 真央編(フィギュアスケート)

音楽 坂本龍一 による書き下ろし曲シルクロード(フリースタイル)、SPはX-JAPANのFOREVER LOVE 

振り付け 熊川哲也、 技術指導 プルシェンコ(勝手に引退させる) 衣装 和田エミ

ってのはどうよ。彼女の顔でないと、できない演出。あ〜見て見たい! 

 

神の見せ方

2010-02-20

バンクーバーで行われている冬季オリンピックを見ていて、今回ほど「アジア」のメダリストが多い状況はなかったように思う。

昨年の北京オリンピックもそうだが、一般的にいえば「経済上昇」が選手を輩出する機会が多いということだろうか・・。でも私は東京オリンピックをしっているが、まだそれほど豊かにはなっていなかった時代だったけれど、日本のメダリストは多かった。きっとこれは、戦後の何もなくなった状況から必死で這い上がる「精神力」の勝利だったのかもしれない。

でも今は、まさに「経済力」と感じる。

では日本は・・? 高橋大輔君の銅メダルは、ものすごい価値を持って魅せてくれた。

無難に完璧さを目指して得たアメリカの金メダル、力と技術力で追従を許さなかったロシアの銀メダル、そして挑戦した結果失敗したが見事立ち直り心意気で得た日本の銅メダル・・。

まるで、今の世界の縮図のようだ。

今龍馬伝も面白くその時代背景を含めて見ているが、龍馬が剣術ではとてもクロフネには勝てないと思い、何で剣術をやっているのか悩んでいたシーンがあった。師匠は怒り、勘当する。

剣を単に戦いの道具と捉えていた勘違いを諌めていたのだった。

オリンピックの影でなりを潜めてしまった感のある朝青龍・・。

かつて、ニギハヤヒが日本の天皇になるために授けられた「十種の神宝」には、スサノオがヤマタノオロチを破って切り刻んだところ尻尾から出てきたといわれる草薙の剣が含まれている。 

この剣は、力を誇る象徴ではなくて、いざというときに脅かす存在を諌めるための剣であり、その証拠になるためのものだろう。この場合の力は神通力としての「フォース」。

でも、体の力の強い人に剣をもたせれば、たちまち武器になってしまう。この場合の力は「パワー」。

西洋の神話にも、選ばれし人が携える剣がでてくるが、力任せに振り回す人が携えれば凶器になってしまうことを揶揄している。

パワーは見せることができるが、フォースは見せてはいけない。だから人は、気付かないしパワーに圧倒されてしまう。そして、パワーがあるものが「エライ、スゴイ」と勘違いする。

お金もパワーの一つだよね。

高橋大輔君は、お金のかかるフィギュアスケートの家族への負担を考えて、一時断念しようとしたことがあるそうだが、ちゃんとサポートする人がいて、その人への「恩義」を携えて今回の試合に臨んでいた。 これこそが、神仕組み。滑っているとき、フォースを感じた。

そうやって見ると、いろいろなところに気付くところがあるだろう。政治、経済、社会・・。

今「不毛地帯」をはじめ、「沈まぬ太陽」など山崎豊子の作品が再注目されているが、あまりにタイムリーに「トヨタ」の問題がおきている。今見せられれば、えげつないほどの駆け引きで取引される企業戦争の時代だった。

あの時代バリバリ外資系エリートだった方が言っていた。「アメリカで日本が一番になっては決していけない。必ず報復される・・」 そして、あまりに性能がよく使いやすい日本の電化製品が売れに売れて、80年代にジャパンバッシングが起こった。今はその再来・・。

80年代のそれは、見事に回復することができたが、今回はそうもいかないようだ。もう日本が技術でNO.1の時代ではないからだ。

それならば、何を私たちは磨けばいいのだろう・・。大輔君のスケーティングに気付いた人は、もう心に希望の光がともっている。 

そして、アジアの選手がスポーツでも強くなってきたということは、筋肉や骨格でつけた力の時代の終わり、ということでもあるかもね。

聖なるバレンタインデイ

2010-02-14

drbenbirthday.JPG  米寿のときの幡井先生

昨日は吹雪のとても寒い一日だったが、一転して今日は小春日和のような柔らかい日差しがふり注いだ。

そして、このバレンタインデイに幡井先生のお別れ会が催された。

告別式とかではなく、大きな告知をせず先生の思い出と旅立ちに思いを寄せる人たちが集まった会だったが、300名の人が献花をされた。

私はこの一週間あまりの間に3つものお別れ会に参加したが、今日の式に参加してあらためて「逝き方」「見送り方」を見せてもらった気がする。

念入りに弔われる式と、先生は旅立たれて8時間後にはホルマリン漬けにされて解剖まで1年間をすごす対極のあり方・・。

私は母が逝った時、亡くなる前、そして葬儀の後、その「思い」がずっと留まっていることを感じさせられた。そのために、霊能者さんに御魂上げを託し、3ヵ月後にようやく成仏となった。母は「花の香り」で知らせてくれ、その直後にUFOまで見てしまった。

父のときは、本当に父を思う人だけで葬儀をと思い、親類だけで密葬にした。とても簡易な方法ではあったが、思いを土砂降りから晴天にたくし、見事に逝ってくれた。(母に迎えを頼んだ。)

そして、アーユルヴェーダで私をここまで導いてくれた師である幡井先生は、その生き様を通じて見事にアーユルヴェーダを伝えきってくれた。

亡くなる10日前に、辞世の言葉まで残されて・・・

「アーユルヴェーダで癒され、心の安らぎ、平安を得た、得た、獲得した・・」 

先生たちとともに生み出したアーユルヴェーダの小冊子「シャーンティ・マールガ(平安への道)」

を体現されて、昇華された。だからこそ、最後のお顔があれほどまで神々しく安らかだったのだろう。

「あなたは、先生から本当にかわいがられたわね、まるで娘のように・・」 かつて葛藤のあった方から告げられた言葉。本当にその通りだった。実の親の言うこともほとんど聞かない暴れ馬のような娘。師である先生に対しても、その意に沿うことはあまりできなかった。

でも先生は心に留めてくださり、会社を始めたときも、セミナーのときも応援してくださり、昨年のJAAの忘年会のときには、体調が優れないにもかかわらず「絶対に参加する!」とかけつけてくださり、「本当に自分に良くしてくれてありがとう」と言葉をくださった。今思えば、お別れに来てくれたのだと感じる。そして、最後まで気遣ってくださった。

自分の最期を悟り、全てを整理されて、最期は式を行わず誰にも負担を強いずにひっそりと旅立たれた生き方。ラスト・サムライ・・

私の心には悲しみの感情はなく、ただただ感謝と先生の旅立ちへの祝福があるばかり。

先生は決して禁欲的な生活をしていたわけではない。お酒も飲むし、タバコもたしなむし、お肉もお魚も食べるし、女性も大好きだし・・。 でも、人のため、アーユルヴェーダのため、無欲に人生の全てをかけられた。先生には、「駆け引き」なんていやらしいものが微塵もなかった。

でもこれが、神が喜ぶ生き方だった。先生は、神様にちゃんと通じていたのだ。

私が先生から学ばせていただいたアーユルヴェーダは、「イノチのあり方」。人として、人間として一番大切なものを教えていただいた。

そして不思議なことに、リレーのバトンを渡されるように繋がれた新たな縁。この「イノチの宝」をさらにつなげるために、これから私は残りの人生を先生のように無欲に生きられたら、と願うばかり・・。

聖なる日、St.バレンタインデイの奇跡。そして今日は新月、中国では新年。

反転が始まる・・・。

アーユルヴェーダの父の旅立ち

2010-02-10

日本にアーユルヴェーダの布石を作られ40年、アーユルヴェーダの父といわれる幡井勉先生が今日旅立たれた。あと2週間で92歳になられるはずだった。

2年前より体調を崩されていたが、昨年の12月まで診療を続けられ患者さん第一の医師で最後まであり続けた。

先生がもたらしてくださったものはあまりに大きく、私が今日アーユルヴェーダをずっと実践し続けられたのも、先生なしではありえなかった。本当にたくさんお世話になった。

でも、人間はいつかは旅立つときが来る。

先生はご自身を献体され、葬儀等をのぞまず、最後まで凛としてあり続けた。

私が一番大切にしたいのは、「イノチの輝き」。ただ長生きすることを願うのではなく、自らがどうありたいのか、どういう最期を迎えたいのかを考えて、生きていくこと。そこに、精神の切磋琢磨があって、自我や欲望をどれほど切り捨てられるか ということが精進することだと感じる。

誰も先生のように凛とし続けることはむずかしいが、その骨になるのが「天職」であろう。あるいは「人のため世のため」と励み続けられる「目的」があるかないかで、輝きは違ってくるだろう。

先生のあまりに穏やかで美しいお顔を見て、哀しみより神々しさを感じてしまい、圧倒され涙はひっこんでしまった。

先生は、律儀にもお知らせにも来てくれた様だ。私がトリートメントをしている最中に、ふととてもよい香りのお線香のにおいが漂い、「何だろう?」と思っていた。その後に電話がなっていた。

今は何だか心にぽっかりと空洞が出来てしまった感じがあるが、奇しくも最後の叔母が同日に亡くなり、なにかしらの縁を感じずにはいられない。

14日のお別れ会、自分に出来る恩返しとして精一杯お手伝いさせていただこうと思っている。

男の中のオトコ

2010-02-03

政財界も相撲界も「責任のなすりあい」みたいなものばかりで、やんなるなあ。

以前のサロンで、実は今回の貴乃花理事の応援団のオヤカタのトリートメントをしたことがある。

もちろんすごい巨体で、汗だくになってガルシャナなどをやったが、大きな体に繊細な神経を持たれるナイスガイだった。(3ヶ月で10キロ痩せていただきました)

相撲は国技である。神に通じる武術である。「アマテラスの岩戸隠れ」のとき、神々の作戦によってアメノウズメノミコトのダンスに大騒ぎをする様子を、岩戸から覗いた隙に アメノタチカラオが岩戸を開いて中にいるアマテラスを外に出した、という神話が有名。

九州の高千穂には、天岩戸神社があるし、その近くに功労者タチカラオを祀る神社には、お相撲さんがお参りにくると聞いた。

手力男(タチカラオ)は、大きな体と強い力の持ち主。神として日本でもたくさんの神社に祀られている。そういう神社には、「力石」があり大きな石を持ち上げて力を競ったり、その力を霊力にかえて、大きなパワーを宿す神なのだ。

だから、横綱は神社に「しこ」を奉納するんだ。厄除けや、鬼払い、邪払いなどを担当する。

そのオヤカタは、「男の中の男」の云う名の力士だった。気は優しくてチカラモチ、そしてイケメン、というまさに男の中の男。今回の行動も、名実ともに麗しかった。

貴乃花理事は、そういう日本の伝統文化に根ざした「相撲道」をもう一度復活させたいと本気で思っている。日本は、武道、華道、茶道、書道など、一つのことを極める「道」すじになっている。

その道に通じる根底は「精神」。だから、道を究めれば精神性がついてまわる。その道の先には神がいる。

昔の子供はいつでも取っ組み合いのけんかを、相撲を真似てやっていた。決して武器などもたず、体当たり。体が大きいのは有利だが、小さくても知恵やスピードで勝つことも出来る。そこには自分向上のヒントがあった。負けたら潔く負けを認め、勝っても決しておごらない。

こんな日本人は、どんどんいなくなっている。 

以前日本に来たインド人の女性アーユルヴェーダ医師が、お相撲を見て「太った裸の人が取っ組み合うヘンなスポーツ!」とびっくりしていたが、貴乃花を見て「彼はブッダ?」といった。

ブッダに似ているんだそうだ。それ以来お相撲が大好きで滞在中楽しそうに見ていた。

そこで私が、お相撲さんはみんな太ってるから「カパ」なのかしら?と聞くと、戦って潔く勝つという精神はピッタがないとダメ、という。でも、この協会の動きを見ると、納得することが多い。

歴史の中でたくさんの「男の中の男」「女の中の女」がいて、再現ドラマに「いいなあ」と思うことがあっても、今の現実にはちっともそんな人がいなかった。

でも、長いものに巻かれない精神を持った男気のある貴乃花親方のような人が出てきて、岩戸があいたんだなあと嬉しくなった。

★そういえば、昔貴乃花親方のお母さんのシャンプーを私担当してましたっけ・・ 縁ありき。

数年ぶりのお客様

2010-01-24

ここのところ、昔馴染みの人の再会に引き続き、数年ぶりのお客様の再来も多くなってきた。

過去にいらっしゃった方からのご紹介とか、4,5年ぶり以来、なんて人も。

30代から40代になって体調が思わしくないという方や、始めの頃のマンションで一人で行ってたときの人もいて、なんだかホントに不思議な気がする。

そして私も初心に戻り、トリートメントをさせていただく。すると、アーユルヴェーダの効果をまた新たに感じていただいたりしている。

今年から、お帰りのときに「火打石」で安全祈願をしてお見送りすることにした。江戸の心意気、

最後の仕上げ。

ここでは、思い切り「和ーユルヴェーダ」を堪能していただこうと、和室でのコンサルテーションや、緑茶とお菓子などの仕上げなどを行っている。

常連さんの中には、もうすっかりくつろいで畳にぺッタリ座る方もいらっしゃり、「遊びに来るかんじ〜」となじんでくださる方も多い。

そして、新たに感じることも多くなり、見えてきたものがある。

時間が取れるようになって再び瞑想を始めているが、自分の中心部がしっかりと確認できるようになった。年輪が出来ているような感覚。これもまた響き・・。

 

 

はかない50年

2010-01-17

JALの再編をめぐって、日々連日いろいろな動きがある。

私たちの世代ならきっと誰もが一度はスチュワーデスやパイロットが最高の職業!と思ったであろう。

初めてテレビをみたとき、初めて海外のことを知り、初めて日本との違いを知り、初めて仕事への憧れという感覚を覚えた。私もスチュワーデスになりたかった!

あこがれ始めた小学生のときは具体的なことはわからないが、中学や高校にもなると、どうすればスチュワーデスになれるか、ということの情報が入ってくる。当時は、身長160センチ以上、容姿端麗、語学堪能という条件だった。どれもそろっていないのでとっととあきらめたが、代わりにジャーナリストになり世界を駆け巡るぞ、というたいそうな夢になった。

だから、JALが50年後にこんなになるなんて夢にも(当時を知る人は誰も)思わなかっただろう。

エリートばかりが集まった集団、そして日航機墜落事件。逆噴射なんてのもあったね。

そんな中で昨日、派遣村にいる若者に仕事を依頼するクリーニング専門会社の本音を描く番組をみた。宿舎つき、結構な額のお給料を提示しても、10人のうち一人しか残らないという。

その会社を支えるのは、ベトナムやインドネシアなどから来た職業訓練生たち。訓練を終えたら数年で帰国してしまうが、いきいきと楽しそうに仕事をこなしていた。

「全然大変じゃないです。楽しいです。帰国したら小さなクリーニング店をやりたい!」。

なんだか胸がつまった。 かつて、3K(きつい、きたない、きけん)と呼ばれた職業は近隣の国からきた労働者にあてがわれ、日本の国民は 3R(楽、リッチ、リーズナブル)な仕事ばかりを選んできた。その結果、人間力が低下し、仕事がこなせない人が多くなった。

少しでも楽に、自分に有利に、出来るだけ稼ぎたい! ばかやろー ってんだ。

トラバーユなどで転職ブームが起こり、年功序列をいやがり、会社への定着率が悪くなって、

企業の力が弱まってきた。JALはそのハシリなのかもしれない。

高度成長期をグローバル化で一気に支えてきた一流企業は、だまってていてもたんまり稼げたのだろう。そして50年経過。

日本の象徴だった鶴は、力尽きようとしている。

まあアメリカやイタリアなどでもそうだから、結局その時代を担った体制が今崩れようとしているのだと思う。

必要なものと必要でないもの、なければこまるものなくてもいいもの、今まではそんな考え方ではなく、どこでお金が集まるかいくら自分の懐に入るか、で政治が行われていたのだろう。 

でもたった50年、老舗商業なら数百年継続しているものもある。違うのは、老舗商業は丁稚奉公で鍛えられ、人で継承された。

エリート集団は、何で鍛えられるのか? 何で継承していくのか? 逆に、その能力が何に役立つのか? 富裕層って、どんな集団?

これから、少しずつ面白い時代になっていく気がする。

 

イラン・イランな夜

2010-01-11

昨年から、急に昔の人たちとよく会うという話をしていたが、どうやら本当に過去に遡るタイミングになってきたみたいだ。

6日にイランに初めて一緒に行った仲間の一人だったSさんから電話があり、「今テレビを見ていたらイスファハンのことが出ていて、急にカリナさんに電話したくなったの」と言われた。あれから10年以上もお会いしていないけれど、東京に来たらイランレストランに行こうね、と話をしたら急遽9日に会うことに!

魔女のお気に入りにも書いた正統派イランレストラン「ダルビッシュ」へ向かうと、Sさんも「イランだわ〜」と感激してくれた。

Sさんとは、アーユルヴェーダを通じて初めて知り合い、イランにも一緒にいったが、その後インド、エジプトなどいろいろなところを旅したけれど、でもやっぱりイランが一番好き、と感性が同じだった。それは、景色だったり、空気だったりするけれど、でも一番は人なんだと思う。

話が盛り上がっていたら、あらら 取引先のイラン人社長ラザニー氏が入ってきてまたビックリ。

何だこの吸引力! イランになにかあるのかな。

Sさんもいろいろな代替療法の勉強をし、それなりにこなしてきたけれど、結局のところ私たちにとって一番大切なのは「人間や人生を知ること」であり、アーユルヴェーダもアロマテラピーもそのほかの代替療法も、それを知るための一つのツールである、ということを認識したことだった。

もちろん、とことん一つの学問に没頭する人もいるけれど、学問と体験とはまた別であるし、学問だけで神次元を説くのは不可能に近いこと。

そして、山にも頂上が、人生にも折り返し地点があるように、一区切りしたら反対方向に向かっていくプロセスというか流れがあるのだろう。右回りの次は、左回りのように。

不思議なんだけど、私にとってはイランでであったDr.ARAB に人間としての善良さと、神に使える身としての振る舞いを一番感じさせてもらった。ヴェーダの起源とされるゾロアスター教の経典アヴェスターに何が書いてあるかは知らないが、ダルビッシュのマスターの歌は詩であり唄であり唱ということをとても感じる。と同時に、心の琴線に触れるビブラートを先天的に識っていると感じる。そしてこれが、ヴェーダの本当の起源なんだろうと、音に思う。

Sさんといろいろ話したが、お互いの意識が同じ方向に行っているのに安心した。というより、年齢や経験を重ねたとしても、この方向の話は出来ないことが多く、共感できるということは年々少なくなってくるね、ということも同感。

どんなことも人も、いいところばかり見ていると本当の姿は見えない。表の影に裏があるように、裏から見れば表も裏なんだ、ということに気付かない限り、本質からそれていくことや人をたくさん観てきた。

だからこそ、この日の再会はとても嬉しかった。 今年は、元旦から心もニホンバレ。

今年はとても頑張れそうな気がする。  

2010年の一歩

2010-01-03

今日から仕事始め。今年最初のお客様は、一番の常連さんが来てくださった。

それだけでもう、今年はなんだか希望に満ちてくる。

激動の2009年を総括して、私は最後に一つ気持ちの整理をした。

内側から感じてくるエネルギー。 一つシフトアップ。 行動しなければ始まらない。

元旦の初日の出や満月がそれを物語る。(魔女のお気に入りをみてください)

やっと本来の自分に戻れた気分。 

今年は、本当に丁寧に生きていこうと思う。 

トリートメントも一日一人と決めたから、丁寧な仕事もできる。

この静かな部屋でシローダーラーを行っていると、なんだかボディという領域を超えて、お互いが存在しているという感覚をとても感じる。そして、私もとても心地よい。

先日、今日のお客様のお嬢さんを初トリートメントしたが、「娘がなんだかとても優しくなった」と

嬉しそうにおっしゃった。

人は誰でも、何かしらの悩める問題を抱えている。それは比較できるものではなく、苦しんだりもがいたりする中で、何を見つけるかの布石みたいなもの。

そこから抜け出す小さなきっかけとなれたら、本当に嬉しい。

いろいろが大きく変る今年。 昨年までの思考や仕組みを、誰もが突破する機会を持つ。

過去に縛られるか、未来に羽ばたくか。それは思い一つ。 そして行動。

不思議だけど、この二ヶ月ほどで何かがとても変ってきたようだ。久しぶりに会う人の中に、

思いの中に、明らかにそれ以前とは違うニュアンス。 そうか、私自身の変化もあったから、感じるものが違うのだろう。

新しい試みも増えるだろう。 今年は大いに愉しんで、ハタラク をしよう!

消えたファミレス

2010-01-02

明けまして、おめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。

昨年は充電期間のような1年だったけれど、今年は新たな発進目指して元旦から行動。

そこで気付いたこと。長年慣れ親しんだ京葉道路沿いの風景ががらっと変っていた。

途中で休憩しようと思い、いつものデニーズを探したら「ないっ!」。ロイヤルホストもないっ!

いわゆるファミレス、というのがめっきり減っている。

千葉に程近いデニーズは、20代の頃からのたまり場所だった。夜中に急に友達に呼び出されて車ですっとんでいき、朝までしゃべる。バンドのあとの反省会もデニーズ。なんでもかんでも、よく集っていた。だから車が不可欠だった。

考えてみると、「車」が大衆化され、その普及に一番貢献したのが私たちの世代だろう。カローラ、サニー、シビックとかに代表され、車マニアがたくさん登場したのも私たち世代。その車で駆けつけるためのファミレス、そして結婚し子供が産まれても通うのがファミレス。その子供世代が独立し、いつの間にか「集う」仲間や機会が喪失し、ファミレスもなくなっていったのだと思う。

今残っているのは、価格の安いガストや、高年齢の人まで網羅できる和風系ファミレス、子供の好きな焼肉と回転寿司くらいだろう。

国道沿いは、総合アミューズメントスポットのような大きな建物ばかりとなり、明らかにその様を変えていた。

消費のために一番多く働いた年代が、今の80代〜50代。働き、消費し、日本経済を活性したといっても過言ではないだろう。(ALWAYS とか見ているとわかると思います)

戦後何もない時代から豊かな時代へ・・。三種の神器をはじめ、次々と新しい家電や家具、ファッション、車、家、こまごましたものまで買って買って買いまくった世代。全てそろい、その後に続く今の若い人たちは、逆に何も欲しがらない。車さえいらない。(それは集う仲間も機会もない、いらないということなのだと思う)。それは、「モノ」を持っていても、欲求はみたされるかもしれないけれど、幸福にはなれないということを親や周りの人を客観して育ったからだと感じる。

こうやって、いろいろな流れの変遷を観ていると、さまざまなことに気付いてくる。いくら経済活性、景気回復を叫んでみたとしても、今までのような消費経済に魅力を感じられない以上、もういくら仕掛けても無駄だろう。そのことに気付かない政府の人たちや企業人は、「カンジンカナメ」という言葉を知らないのだと思う。

国の活性=経済活性=消費=個人の幸福 という方程式が間違いだったということを、産業革命後から500年近くたった今、ようやく一般の人が気付き始めた。

でもね、心や感覚っていうのは年齢を重ねても変らないんだよ。私は、そのことを知っている。つまり「タカラモノ」を持っている。タカラモノを集めると、三種の神器以上のものになることも知っている。日本のミライ。行方はいかに・・。  

 

 

「仁」な人

2009-12-25 クリスマス

メリークリスマス! とはいえ、今年は浮かれてなどおられぬ、という気分の人が多いかもしれない。政権交代も、「あ〜あ」とため息が漏れてしまうような大人気ない歩み方や暴露のされ方で、本当にこの国始め、世界は大丈夫なのかなあと思う年末。

きっと多くの人が、「人間としての理想」を考えるのではないだろうか?

そんな中で私はドラマの「JIN 仁 」にはまった。ストーリーは、BACK TO THE FUTUREの日本版みたいな感じだったが、この主人公の名前が「仁」ということに意味があるのだと思う。

<仁> wikipedia より。 

主に「他人に対する親愛の情、優しさ」を意味しており、儒教における最重要な「五常の」のひとつ。また仁とを合わせて、「仁義」と呼ぶ。古代から現在に至るまで中国人の倫理規定の最重要項目となってきた。中国の伝統的な社会秩序()を支える精神、心のあり方である。

主人公の仁は、まさにこの意味の通りの人格だし、龍馬は「仁・義」を備えている。 

社会秩序を支える人の心のあり方を 仁・義・礼・智・信 と5つの徳で表現するのが儒教なら、ヒンドウ教は 法・利・愛・悟 の4つの得。 

こうやって思想を見ていると、どれを信じるかによって出来上がる人間像が違ってくる。江戸時代までは、こんな人たちがいたのだろうと思うけれど、明治以降はちょっとあぶない人たちの間だけの中に残り、だんだん仁義なき戦いになっていったのだろう。

人と人とが知り合い、引かれあい、支えあい、信じあうのは、一重にその行動や心象だったのだろうけれど、今はその行動や心象の出所が 得 からになっていることは否めない。

だから、せめてドラマの中だけでは、と このストーリーが受けたのだと感じる。戦国ブームもしかり。戦国も幕末も、何が起こるかわからないような緊張感のある時代は、人々の「イノチ」も濃厚にみえる。一瞬一瞬にかけるエネルギーのまっ直さや勢い。

そうやってパーンして現実を見ると、よどみ、腐敗し、蛇行したエネルギーに満ちている。

昔占い師さんに過去世をみてもらったことがあるが、戦国時代と江戸時代に生まれていたといわれた私。だもん、生きにくいわけだ。    

でも視点を変えると、今はまさに幕末と同じ。だから<龍馬>がブームになっているのだろう。

そうやって武将や武勇伝を持つ人たちを見ると、現代はどうしてそういう人材がいなくなってしまったんだろう、と思う。それは、そういう人材をきちんと育てられる母も父も師もいなくなったということなんだろう。

真剣に純粋にこの国のことを考える人材がいないのだから、爆(暴末) になるのかもね。がく〜(落胆した顔) 

貴方に生かされて・・。

2009-12-08

先日、駆け込み状態でJORENのお客様から予約があった。

移転後初めてなので、その状況からマルマビヤンガを受けていただいた。以前から当社のトリートメントは受けていらっしゃったが、マルマビヤンガは移転後からはじめたので、この感覚は初めてのものである。

途中から深い寝息になり、全て終了し目覚めたあとポカーンとして、「なんだかすごい」とおっしゃった。

シャワーアップして、お茶を飲みながら「自分がすごく疲れていたことに気付かなかった。今ようやくその殻がとれて、さなぎから抜けでたような感じがする」。お顔もツルツルになり、スッピンで帰られた。

帰り際に、「よかった、こんな近くにこの場所があって。本当にありがとう。また来ます」としみじみおっしゃった。その途端、私は逆にお客様に生かされていることを痛感した。そのクライアントの方もセラピストであり、同業ならではの悩みや苦労の話も共感できる。いくら人にセラピーができても、自分のケアはなかなか出来ない。

この場所では、プライベート・セッションになるので、やはりお客様のくつろぎ方が違う。もうそこから始まるのだろう。

マルマビヤンガは、マルマという身体の特殊なゾーンをフィーチャーした全身のオイルマッサージ。今まで二人で行っていたアビヤンガは、筋肉や筋のこわばり、左右のアンバランス、気の流れを整える目的がメインだったが、このマルマビヤンガは、一対一の対話のような感覚で、一人一人の違いをしっかり把握しながらゾーンを使ってより深いレベルに働きかける。

私のアーユルヴェーダ人生23年の経験の中から感じ取る感覚が鋭くなっており、自分の手に感じる「響き」にあわせて、力やストロークを変えていく。そしてぐっすりと眠っていただく。

そして目覚める本当の自分自身。そこから始まる新しい自分。そんな応援団でありたいといつも思っていた。でも、毎回そんな場面に出会わせていただけることが、私を生かす原動力になっていることにズドンと気付き、ありがたさがひとしおしみた。

今日も貴方に生かされている・・。 本当にありがとう。

今年になって・・

2009-12-05

毎年この季節には喪中葉書がよく届くが、今年は親の逝去というより年代の近い人のものが多くなってきた。

昨日も同じ年の知人の葉書が届いた。40代、50代は、圧倒的に「ガン」によるものが多かった。

確かに30代では「まだまだ健康」という意識が高いけれど、40代になるとガクンとそれまでのツケが回ってくるように体力の衰えを感じたりする。

そして、昨年から今年にかけての経済不況は、精神を圧迫しストレスに拍車をかけて、免疫力を落としたりすることも多いだろう。

その知人は、定期的にトリートメントを受け、スピリチュアルな指導も受けていた。でも、仕事や環境面などすぐには変えることができない状況が、体を快復には向かわせなかったのだろう。

多くの人は言う。「まだ若いのに・・」「惜しい・・」と。

でも、精一杯その人なりに生き切ったのなら、たとえ若くても悔いはないはず。でもなんとなくいつもどこかがわだかまり、スッキリしきれない印象がぬぐえなかった。

先日の学会では、「笑い」が細胞内のミトコンドリアを活性させ血糖値を下げる、という報告もあった。実際に、笑いセラピーを取り入れている病院もあるくらいだから、笑いの効力は大きくしかも副作用がない素晴らしいものだ。

10代の頃、本当に毎日おなかが痛くなるくらいよく笑っていた。でも社会に出ると、そんな風に笑える機会はどんどん減っていった。大体そんなに面白いひとは滅多にいないし、面白い場面に遭遇する機会も少なくなる。

でも、お腹が痛くなるくらい笑うということは、お腹にためているものも吐き出す作用がある。アドレナリンが充満するから、くよくよ考えることなどばからしくなってくる。

それでもなあ、笑わせる名人、よく笑う名人だった円楽師匠もガンだったからなあ。

来年はさらに予測の付かない一年になるだろう。それなら、日々一笑して、悔いなく生きて、日々生き切ることにしよう。(これは万人に与えられた、一番の健康法だと感じます)

 

江原さんとアーユルヴェーダ学会

2009-11-30

過去において、とっても地味ーだったアーユルヴェーダ学会がとっても華やかな六本木で行われ盛況のうちに終了した。

一番の目玉というか、人が集まったのはあの「江原さん」登場のシーン。何で江原さん?って当初は思ったけれど、あの一時間の濃縮された時間は凄かった。

多くの人の想念が渦巻いていたせいか、江原さんのパワーなのかわからないけれど、私の頭はものすごい圧力がかかり(特に左脳)、痺れに近いような状態がその間ずっと続いた。

そう、この感覚、過去において3度経験した特有のバイブレーション。

私は霊能者という人にとても多く遭遇している。でも、この感覚を感じたのは3人だけ。風のように吹き抜ける人、圧迫を感じる人、ぐらぐらと深部まで揺さぶられる人。今は、そのエネルギーの正体がわかるが、過去にはわからないだけに悶々としたこともあった。

江原さんはぶっちゃけ下町パワーを発揮し、でもアーユルヴェーダなんて知ったこったい!オーラを発奮の中、どうにか繋げたい青山圭秀先生の「押し」にシラーッとしていたMOODには共感さえできた。

会場は、江原さん見たい!人たちの想念にあふれ、それがエネルギーになっていたような感覚があったが、江原さんを通じてメッセージを伝えたい存在のエネルギーも同じくらい多かったように感じる。

江原さんのバイブレーションは、なんと言ってもその声だった。トーンというか、発声場所というか、そう、同じヒビキ。どこから発声しているか、どこを通じて言波(ことは)を出しているか、はとても重要なファクターだった。ここから共鳴現象が起こることを私は体験的に識っていた。

江原さんがオペラを詠うのは、理に叶っていると感じた。

ただ、彼が担ぎ出されるところは、本当のところを観ない(observe)想念が多いために、うんざり光線も発揮されていたのは否めない。

私たちが知りえるアーユルヴェーダは、儀礼やパターンがちりばめられている。ダヌワンタリ神が伝えたメッセージはどこまで本当に人間に届いたかは、学校教育制度になってしまった今はわからない。過去においては、グル(導師)が弟子を選んで口伝で伝えた知識だったのがアーユルヴェーダだった。そこには文字にも、文章にも出来ないフィールドが存在していただろう。

あえて口に出して言わなくてもわかる領域、それがサムヒター。

江原さんが瞑想は型じゃない、祈りは形じゃない、と言い放ったとき、型や形を重視していた人たちは何を感じただろう。特にとってもベジタリアンでロハスな人たちは、路頭に放り出されたみたいだっただろう。

医療という領域に属するアーユルヴェーダを通じて、そこに集まる人たちが「知りたい」知識が満載な発表の中、ちゃんと「釘」を打つ人もいて、でもそういう方はとてもエンターテナーではなくて、

この十数年参加し続けた学会に「裏進化」を感じた。

普及とはとても繊細な、そして粗雑なヴァータエネルギーが表層化したもの。その表面だけさらえば、瞬時に波及する。でも水に落とした水よりも比重の重い物質がその真髄を現すには、プロセスがある。ゆっくりと、しかも確実に、そして下に沈んだことを確認して初めてその比重を識る。

でも上からは見えにくい。見えやすいものと見えにくいもの。私たちはそれを理解するために、いろいろな試練を通じて感じ取っていくために、肉体をまとった存在。

表面的な心地よさだけを追求したアーユルヴェーダでは、見えないものがたくさんある。ゆっくり浸透するプロセスを、その光景をあらゆるものに感じたときに、YUJ(ヨーガ)が始まる。それが人の生きる意味。生まれ、そして寿命を自然に生きる時空。輪廻を紡ぐ彩、気(機)奥(キオク)。

私にとって今回の学会は、ここで縁した人たちのプロセスを共感する場でもあった。そしてまた10数年ぶりの偶然的再会。ものすごい瞬間的な出合いもちりばめられた。

あの時、私を導いた存在がその先をナビゲートしている。自分リセット。2010年はどうやら3度目の生き直しが始まりそうだ。

 

シゲキテキな一日

2009-11-23

今日は新嘗祭。そして勤労感謝の日。

仕事がようやく一段落して、都会に出てみた。じゃーん。日比谷。公園の木々がほどよく色づいて都会の中でも麗しい光景をかもし出している。

ずっと缶詰で仕事していたので、体なまってる感あり。でも今日はビジネス・セミナーでした。

すごいよね、日比谷公会堂でセミナーなんて。お笑いあり、涙あり、講演あり、でこれはもうエンターテイメントの域でした。集まった人も1600人なんだとか。すげっ!

今年の初めまで、株だの、投資だの、なんて騒がれていたけれど、これらの「金儲け頭脳プレー」はリーマン以降一気にトーンダウンし、今のビジネスセミナーは「心の豊かさ」をいかに獲得するか、が主流になっている。

今日のテーマは「徳を積め!」というもの。今年私にも囁かれた言葉だったので、促されるように行ったのだ。今までのセミナーより、すんなり腑に落ちた。

最後に話された小坂文乃さんという方、日活の創始者梅屋庄吉氏の曾孫さんだそうだが、ずっと内密にされていたこの庄吉氏が成し遂げた孫文への財政援助に関する本を出版し、中国の歴史を塗り替えた革命の背後に、一人の日本人が全資産を投じて(いまだと2兆円くらいなんだとか)応援していたということを知り驚かされた。あの時代、日本と中国は非常に緊迫した状況が続いていたが、このことが公になるということは、歴史が塗り替えられるばかりでなく、日本に対する嫌悪感もずいぶんと違ってくると思う。それは凄いことだなあ。

今歴史ドラマを見ると、私財をなげうって民のため、地域のため、国のため、と働いてきた人たち

の姿が映し出されることがよくある。だが、他国それもあんなに膨大な国を動かすため一人の人が支えていたというスケールの大きさは、想像を超えている。この時代の人たちのエネルギーは、どれほど強かったのだろう。

私たちが知る歴史は、本当に表面的なもの。もしかしたら、嘘も一杯混ざっているかもしれない。

でも、子孫が生き残ると口伝で伝えられ、資料が残り、長い年月がかかっても真実を知る時もくる。これもまた、BACK TO THE FUTURE。 

これから、どんどん真実が顕れてくるのを楽しみにしていよう。

最近の事件に思う

2009-11-19

イチハシ事件や詐欺事件、島根の女子学生事件等々、最近本当に心がきしむような事件が多い。

人の命を簡単にやわにする人たちは淡々と嘯き、自らの正当化ばかりを画策する。

私思うね。イチハシは、医者にならないでよかった。が、万が一なっていたかもしれないと思うと、ぞっとする。問題はここ。医者とか教師とか、警察とか、最近の不祥事はモラルの低下というようなレベルではないくらい、人としてどうよ と感じられることがしばしば。試験に受かれば簡単に免許や資格を与え、特権階級として扱われる人たちの「人間力」はどこで判断されるのか。どこで育まれるのか。

教育を見直すなら、まずここからやって欲しいと思う。「適性」を見抜くのは、教師の役目なのではないのかな。あるいは、第三者的な身近な人かもしれない。

何もかも恵まれ、金もあり、調わされていても、人は夢を実現はできない。夢とは、延長線上のレールにしかれたものではなく、内側から育まれるものだ。むしろ何もかも与えられると、何でも出来ると思って夢はもてなくなるのだろう。

学歴や肩書き、優秀な成績ばかり評価した結果、真に人間力のある人材はどんどん少なくなっている。それを見抜く大人も本当に少ないから、育てられないのだ。

こんなにもうんざりするような事件が毎日起こって、いつの間にか感覚も麻痺してしまうような錯覚さえある。それこそが、本当に怖いことなのだろう。そしてこれも洗脳になる。

 

Back to the Future (過去に出会う)

2009-11-14

移転先は、私の生まれた場所に近く、日々懐かしい通りをチャリで駆け巡っている。そのためか、ここのところ30年前の知り合いとか、先日は産業展で15年前の知り合いと出会い、つい最近はとうとう幼稚園の先輩であり小学5・6年で通っていた英語塾で一緒だった、という人と出会った。

いきなり私の苗字を言うので「どこであったかなあ」とキオクをたどってみたら、その人の苗字がポンと口から出た。思い出すというより、飛び出してきた感じ。

思い出すことなど滅多になかった当時の感覚が、ふひょーとにじみ出てきた。ところでさあ、小学校のときの私と今とは凄い違っていると本人は思い込んでいるのに、化粧の甲斐もないのかすぐわかるっていうのは、ちと複雑な気持ち。なんでも、よく町でみかけていたのだと。

しかし、ここのところの過去に遡るような出会いは、なんだかBack to the Future という気分で、そろそろ終焉なのかな、なんて思ったりもする。

私の好きな達郎の歌に「夏への扉」というのがある。ロバート・ハインラインのSFをテーマにした未来の歌で、

「君は過去から幸せを持ち、未来へと向かい眠るのさ。そしてピート(猫)と永遠の夏への扉開け放とう!」

というフレーズがあるけれど、輪廻が本当はこんな風だとみんなもっと幸せを感じられるんじゃないかな。

幼稚園の入園式のセピア色した写真を眺めていると、この頃からほんとはちっとも変っていない自分を感じ取る。これが下敷きになっている、と感じ入る。

人生ってほんとに、ミルフィーユみたいにいろいろな体験が重なって、そのときの感情が甘・酸・塩・苦・渋・辛味のソースになり、味付けになっていったりするなあ。

普通の人では体験しないような体験をいくつもしてきただけに、私の人生ミルフィーユはこってりだけど、敢えて今この過去への遡りのような時間経過は詮索せずに、さらっと流れに乗っていこう。

企業の本質

2009-11-09

先日の中小企業展では、いろいろな話を聞くことが出来た。

その中で印象に残っていたのは、「環境ケアリーナ」を見て、「だめだよ、この値段じゃ。もっと薄めて、容量を小さくして、安くして売らなきゃ。薄めれば、利益は倍だしそれで数が売れれば儲かる。」 と一見親切に、実は企業の本音が吐露された。多分それは、ビジネスであれば正当な意見なんだと思う。でも、某一流企業の元役職者ということだったが、商品説明をしても話をちゃんと聞いてくれてはいなかった。

確かに、その意味はわかる。だって、環境ケアリーナを使えば、洗剤関係はずっと減らせるのだから。原料は同じでも、濃度を変えてちょっと体裁と香料や色をかえれば、○○用と何種類ものクリーナーできてしまう。消費者は、それこそトイレ、バス、キッチン、住居用と何種類も持っているのが普通だし。

多分親切で言ってくれたのだと思うが、なんだか20世紀を感じてしまった。

時代は進み、大手企業が開発するよりも早く、小回りの利く中小企業がどんどんよいものを作ったりしている。今までは大手企業はその後に広報を武器に、一気にシェアを根こそぎ持っていった。テレビ時代の資金力による宣伝の賜物。

でも時代はインターネットとなり、一市民が「これはよい!」と一言発すれば、一気に広まり隠れたヒット商品が続々と出てくる時代となった。

メジャーじゃないぶん「いいもの見つけた感」が強く、それを見つけたことによる優越感も倍増する。だから余計熱心に探し、告知する。実際に一生懸命に取り組んでいる光景は、小さなところのほうが光っていたりする。

ただね、宣伝できない分、広まるのは時間はかかるけど。でも大手企業が手がけたときは、そのブームの「旬」は過ぎていたりもする。

熱心に説明を聞く人は、若い世代のほうが多かった。まだ洗脳されていないことと、想像力の問題かもしれない。

ここに時代を開くヒントを見たような気がした。

本当は年齢ではないのかもしれない。きちんと人の話を聞いて理解し、ちゃんとイメージが広がり、十分なコミュニケーションが出来れば、年齢を重ねればリスクのイメージも本来はできて、もっと有意義な会話が生まれたりするのが本当だと思うのだ。

ところが、年齢を重ねると自分の考えに固執し、相手の真意を聞かず、間違った理解のまま突っ走ってしまう人をずいぶんと観てきた。そういう人は、それが違っていると指摘しても、誰かのせいにして自分の非を認めない傾向もある。

これは個人の資質もあると思うが、当然周囲は辟易し、自分も周囲も磨耗し、それぞれのモチベーションが下がり、しいては企業全体のエネルギーダウンになったりする。

今「不毛地帯」をテレビでやっているが、あの時代リアルタイムにその余波を受けた会社にいたこともあり、あのとき20歳そこそこでまったく訳がわからなかったことがらが、今は裏のからくりを知り「だからか・・」とようやく理解に及ぶことができた。

大きな企業にいることの「安定」とうらはらに、「左遷」や「裏切り」が隣り合わせの派閥争いが身近にあったなあ。

中小企業よりももっと小さい弱小企業には、まったく縁のない世界。力をあわせないとやっていけないから、真力だけが結集する。今大きな企業は、最初はこんなスタートだったはずなのに。

元役職者は、そんな派閥争いの中で「営業成績」優先で生き延びてきたんだろうなあ。そういえば、アタマも「不毛地帯」になっていたっけ。

環境ケアリーナは、いわば原液。薄めることなどしていないから、さまざまな用途に使えるし、効果をしっかり出すことができる。

私はあれこれと分別して出すよりも、消費者の想像力で使いこなして欲しいと思っている。それこそが、本当の「エコ」。 コミュニケーションなしでは想像できないから、たくさんコミュニケーションしていく。 わかりやすい説明書も作る。 

こういう時代には原点に戻り、最初のエネルギーを思い出す。

通ってきた道があれば、原点に戻れば今度は違う方向へもいける。柔軟性や発想力が鍵。

その元役職者のコメントに、あきらかに「時代」の違いを感じた。

イベント三昧

2009-11-06

4日からビッグサイトで中小企業店が行われ、提携している(株)ACCURATEさんのサポーターとして、環境ケアリーナとともに参加した。環境ケアリーナを広報する機会をいただいて、井伊社長ありがとうございました。

以前健康博やギフトショーなどに参加したが、集まる人たちは全然違う。なかなか面白いマーケティングができた。

隣の会場でやっていた産業博を覗きにいったら、ふらーっと最初に入っていったコーナーに、15年以上前からの知り合いがいて、びっくり。

アーユルヴェーダがらみだったのと、つい最近そのメーカーの商品を別ルートから仕入れていた矢先だったから、なんだか唸ってしまう。そのメーカーさんとは、あっという間に意気投合して、これからいろいろ協力しようという話に展開した。嬉しいことに、私がこれからコラボしてみたい農業の関連もそのメーカーさんは携え、一気にイメージが膨らんだ。

ここのところ、スパイラルみたいに10年前、20年前だのに関わった人たちと再会する機会が多く、不思議な感じだ。

多分、移転し業務内容や私の活動が少し変わって、流れが「今度はこっちだよ」といざなってくれているのだろう。

時代や社会が変化していくのだから、こちらもそれにあわせた変化が必要。そして、そのための環境が必要。これからは、そういう提携・関連という横つながりがとても大切になっていくのだろう。アタマの切り替え、発想の変換・・ 

やっぱり、私はいつでも「ばたばたと忙しい」人生なんだろうな。それが楽しいからね。体が続く限り、アタマが動く限り、頑張るぞ手(グー)

 

★江戸川区イベントに参加 

11月8日(日)11:00〜16:00 葛西 滝野公園 「マザーアース・フェスティバル」入場無料

エコや有機野菜、フリマなど家族で楽しめるイベントもりだくさんのイベントです。

当社はブースを出します。当日 お暇な方はのぞいてくださーい。

2時ごろからヘッドヒーリングを行うかも・・です。

http://www.mother-e-f.com/

 

ミステリアスな動き

2009-10-26

わーっ、モニターが壊れた!

まあ寿命といえばそうなのだけれど、5日前はカ-ナビが突然動かなくなり、その2週間前はキーレスの鍵が突然きかなくなり・・。

先週はオリオン座流星群のピーク。私は、これは絶対!と思って計画していたら、あまりに興奮しすぎていたのかどうかわからないけれど、その週はどうも脳がおかしくて眠れずフラフラし、21日の流星群ピークの日には夜空を見上げたとたん突然めまいがして、それどころではなかった。移転にエネルギーを相当使ったので、疲れがどっとでたということもあるけれど。

流星は一個は見たんだけれど、その日にカーナビが突然動かなくなったので、「何か変な感じ」がぬぐいきれなかった。

そして、モニターの突然のシャットダウン。そうしたら、今日のお客様も土曜日に突然PCが変なことになってパニックになった、とのこと。偶然? 品川では大停電が起きたそうで、あまりマスコミ等では発表されなかったけれど、私は「普天間基地問題の逆襲」感をぬぐえなかった。

宇宙の動きは、地球にも影響を及ぼすけれど、今や人間が宇宙に影響を与える操作ができるほどになってしまった。

気になる人は、チェックしておくといいかも。

http://www.haarp.alaska.edu/haarp/data.html

これからは、日々のすごし方が大切。

5年先、10年先、そして老後なんて気にしていても仕方ない時代になるかも。

つまり、毎日充実してすごすことが人間はとても大切、ということに気付け! という「喝!」な時期に入ったということかもしれない。

熟年自殺

2009-10-19

加藤和彦氏の自殺のニュースが流れて、この年代の人たちが病死も含めて相次いで旅立つのを今年は何度も目にした。

音楽だけでなく、その時代の背景をリアルタイムに知っているだけに、「音楽」の持つ意味の変遷も感じている。

あの年代の人たちは、ある意味武器をもたずに戦ってきた人たち。昔は切り合いだけだった戦いが、形を変えてそれぞれの得意分野をもって、世の中に「流布」すると言う形で顕れたもの。

そこには、強いエネルギーが流れていた。

高度成長期が終わり、世の中が安寧になってくると、もう何かを打破するような強いエネルギーはいらない。団塊の世代の人たちは、数も、パワーも、大きかった。

「世の中を変えられる!」と思えるのは、逆に思考のエネルギーが増すから、パワーもでてくるが、「もう何をしても無駄なんだ」と感じてしまうと、思考は停止しエネルギーは下降する。

年齢が高くなれば、体やあちこちに「老化」を感じ、さらに萎えてしまうだろう。

今の社会状況下では、高齢者や熟年にこれからさらに「うつ」が広がっていく気配がある。

人は、病気がなくて体が健康だけでは、健全ではない。 生きる、という意欲を湧かせるのに自分に何が一番必要か、掘り下げてみる。

「うつ」は若い世代にも増えているが、仕事の重圧ストレスだけでなく、世の中が便利になって、メールや携帯、PCなどの通信機能が発達すればするほど、疎外感や孤独感を感じやすくなるのではないだろうか?

電化製品が発達して生活が快適になり、道路が充実して交通が便利になり、何でも手に入る社会となったが、生き苦しい・・ とどこかで感じないだろうか?

人間が生きながらえていく中で、心身ともに健全で愉しい「理想的な社会」・・ それはどんな社会なんだろうなあ。

移転全て完了、そして新たに・・。

2009-10-15

およそ一ヵ月半かかって、全ての移転業務が今日終了した。

昨日捨てたごみ袋の数は20個。。最後の最後まで、処分に追われた。

あ〜、安堵。 

あっという間の7年間だった。今こうやって振り返ると、なんかお祭りの後みたいな感覚がある。

 

8月に政権交代があり、早速日本がいろいろ変りそうだ。お客様や知り合いの中にも、この8〜9月で「一区切り」をつけ、10月に新たなスタート という人が不思議なことに多かった。

これも大いなる「流れ」になっているのだろう。

旧サロンでは、本当にたくさんの経験と学びがあったが、嬉しかったのは「結果」をだせたこと。

とりわけ、お客様が元気になるだけでなく、難病が改善に向かったり、人生が変ったり、そしてこの間は3年前ブライダル・アーユルヴェーダを行った方から、「おめでた」の報告が。8月には、トリートメントを受けてくださったが、この方も転身組。

BTLベビーは、ハネムーンベビーも加えて、6人誕生した。一人は不妊状況にあった人だが、1年間のトリートメントで、体が見事に回復したのだった。気付きの変化が大きかった。

これからは、一人一人にあったパーソナルなアーユルヴェーダを展開していこう。

そして、もっと身近に感じてもらえるように、セルフケアの方法を伝えていこうと思っている。

今日の終わりと明日の始まり。 自分に乾杯しようバー 

 

洗浄プロに褒められた!

2009-10-03

引っ越してきてからようやくひと月あまりを経過し、まだ整理しきれないものもあるが少しずつ体が部屋になじんできた。

今日は、排水溝の洗浄をしてくれるというので、プロの動きを観察。一年に一度清掃をするということで、マンションの排水溝の様子などをいろいろ聞いてみた。

環境ケアリーナを駆使しているため、うちの洗濯排水溝やバスルームの排水溝はとてもきれいだといわれた。「やったあ!」

わずか一ヶ月あまりの使用でも、効果が十分出たということになる。そういえば、引っ越してすぐ風呂釜の洗浄を環境ケアリーナで行ったところ、白濁した水がどどっと出てきて驚いた。

マンションでは、洗濯排水溝やバスルームなどからニオイが出やすいが、繋がっているため全室での注意が必要になる。それに、窓が少なく風の通りが悪いためカビが生えやすいところが多い。これは、都心の住宅では共通の悩みだろう。

前サロンでも、先日洗濯排水溝のお掃除をしたが、以前とは比べ物にならないくらいきれいだった。周辺容器の黒ずみも環境ケアリーナを入れてつけ置きすると、軽くこすっただけできれいにとれた。 

すごいなあ。嬉しいなあ。

プロに聞くと、排水溝の詰まりのトップは、せっけん洗剤使用による固形物が固まり、排水溝にこびりつくこと。エコで自然で、というとどうしてもせっけん洗剤を思い浮かべるが、思わぬ落とし穴がここにあった。なので、エコ派でどうしてもせっけん洗剤を使いたい、という人は排水溝にフィルターをしっかりつけることが必要になる。

また、洗濯排水溝は、柔軟材を使いすぎるとニオイが残りぬるつきが残る。これに繊維がからみつき、詰まりやくなる。(そういえば、一時ブームになったニオイ系柔軟材で、アレルギーが多発しているそうだ)

最近のマンションなどではキッチンにディスポーザー機能がついており、卵の殻をクラッシュすると軽いため浮遊しこれも詰まりの原因になるそうだ。ディスポーザ機能は一見便利なようで、あまり合理的ではないシステム。落とし穴がいろいろあるのに気づいた。

洗浄プロに環境ケアリーナの話をすると、実際に他の部屋との比較をしているだけに興味深く聞いてくれた。特に高層マンションでは、高圧洗浄のホースが届きにくいからとても便利、と伝えた。 うは、しっかり営業している私。 ようやく会社として再起動を始められたようだ。

変化の中で。

2009-09-28

ようやく片付き、少しずつ営業を始めた。

新しい暮らしの中には気付くことがたくさんあって、特に環境ケアリーナをあちこちでいろいろに使いながら、新しい発見がたくさんある。

引っ越した当初、テレビとDVDとアンテナがうまく接続できず、2週間まったくテレビのない生活をしていた。すると、早く寝るし、早く行動するし、時間の節約はCO2削減に貢献するね。

鳩山首相が掲げたCO2 25%削減目標を国民が達成するには、アーユルヴェーダ的暮らしが最も効果的、と思える。

日の出と共に起き、日の入りとともに一日の終わりに向かっての生活。つまり早寝早起き。

年齢が重なれば食を減らし、一日2食が理想。昼間明るいうちに作業を済ませ、暗くなったら切り上げる、昔の生活。

とはいえ、慣れてしまった生活の中で90年代から増えた電化製品は、電子レンジにパソコン、小さなものではアロマランプとか、美容マシンとか、数えたらきりがないほど。

家庭でのCO2が実は一番多いという実情に、なるほど、と思う。掃除機、洗濯機、冷蔵庫を使わない生活は考えられないし、私たちはもう冷暖房なしではいられない。

これから普及していくだろう電気自動車、ソーラーパネル等々をもって、経済の復興も考えているのだろうが、CO2 削減に貢献するなら、人口が減っていく日本では、緑地を増やすのも手ではないだろうか? 

今エコでロハスが好きな人は、どんどん過去に遡り、木の家に住み、畳の生活をして、箒で掃除し、たらいで洗濯し、保存食など持たずに食べる分だけ作る、という生活はいかが? 昭和の初期は実際そうだった。

そう思っていると、引越し整理中にたまりに溜まった仕事をやっつけていると、あっという間に午前様・・。 この習慣を変えなければ。 まずはここが私の変化第一歩の課題かな。

海のエジプト展

2009-09-25

後もう少しで、全ての移転が完了する。

いやはや、店舗を持つって言うことは、去り際もタイヘンなんだね。

4日前、横浜でヨガフェスタに講師として参加した。引越し後のばたばたのあと、久しぶりの仕事という感じ。昨年よりもたくさん人が入っていてビックリ。用意していった、資料もサンプルも足りずごめんなさい。

でも、皆さん最後まで熱心に聞いてくださって、本当にありがたかったです。

で、偶然にもパシフィコ横浜で9月23日までの期限だった「海のエジプト展」を、もりもりに混んでいたけれど、ラスト1時間で見てきた。海底に沈んだ、アレキサンドリアの遺跡。クレオパトラのふるさと。

会場は、海のニオイがした。2000年という時を、花崗岩に刻まれた彫刻や象徴が忘れさせてくれる。石はこういう形で原型をとどめたりするが、現在のCDとかパソコンに入れたデータなんてものは、大地震や大洪水なんかがあったら、掘り起こすことなんて出来ないだろう。

エジプト、メソポタミア、インダスの流れの後、ギリシャ、ローマの進出という歴史に翻弄されたエジプトという国は、やはりとても興味深い。

それでいて、この国の活動状況が、今は世界の政治経済の基本になっているような感じも受けた。それにしても、あれだけ大きな遺跡を引き上げ、さらに運ぶのは並大抵ではなかっただろう。発見も超最新科学の機器によって、という。

歴史の凄みもあるけれど、この挑戦もなかなか凄いね。

 

新サロン スタート!

2009-09-17

引越し以来、部屋の中全部ダンボールという現実の中、整理して収納してという途方もない活動に明け暮れている。

途中で、めまいがしたり、体が動かなくなったりしつつも、マナテックの糖質栄養素をのみのみ、

頭にヘッドヒーリングをしたり、食事を流動食に変えたりしてなんとかもたせていたが、一番の助けはピヨコのサポートだ。彼女がいなければ、引越しも、オープンも予定通りにはできなかった。

おかげで、何とか移転最初のお客様を迎えることが出来た。まだダンボールは残っていたが、布で隠して「ごめんなさい」しつつ、トリートメントルームにはサウナをおくことも出来るほど、広々として落ち着いた雰囲気になった。

あと数日で落ち着けると思うが、 偶然にも友人から「セカンド・スタートおめでとう!」とお花が届き、サロンに彩りを添えてくれた。

本当は、私が今一番アーユルヴェーダが必要だ!! オイルの効果をこれほどまでに実感したことはない。セルフケアでも、十分に快復の手助けをしてくれた。

全部落ち着いたら、私は一番にピヨコのトリートメントを行う予定だ。そして私もしてもらう。8月からずっと忙しい日々を共に走ってきて、9月はさらなるハードスケジュールにもかかわらず、私を心配して手伝ってくれている。

あるとき、「徳を積め!」という言葉が響いた。「徳を積む、って具体的にどういうことだろうか」と考えていたが、今まさにこうして見せられている。彼女のこの3年間は、この9月で6年分にもなったことだろう。

書棚に入りきれないほどの書物がまだあるが、私が死んだら全部本棚ごとあげるね、と約束した。おまけもつけられるように、私も「徳」を積んでいこう。 

引越し完了

2009-09-11

今年の7周年記念日は、引越し。文字通り、初心に帰る日となった。

連日夜遅くまで準備をしていたが、直前まで荷造りしていた。

引越しやさんが来てビックリ。なんと女性2名と男性一名。 女性たち大丈夫なのかなあ。

心配は無用で、あんなに重たい荷物を三階まであるのに次々運び二トン車に満タンにつめて、そしてまた部屋に入れて、3時間で終了。 あ〜びっくり。

とても入りきれないだろう、という数のダンボールも意外に一部屋におさまり、安心した。

嬉しいのは、常連のお客様がひょっこり見えて、「ここがなくなると思うとなんだか寂しくて、写真を撮りに来た」とのこと。こんなにまで思ってくださるお客様がいて、本当にありがたい。

多分もう二度とこんな構えの店を持つことはないと思うけれど、自分が理想としていたアーユルヴェーダの展開は十分果たされたと思う。 トリートメントと、健康に導く食事とお茶、商品販売にセミナー、トータル・アーユルヴェーダとして特に日本人の心身に有効な方法として研究し、全体をまとめて表現できたことは全人生を賭けた分、後悔はない。

荷物の中で一番多かったのが「本」。30年間かけて集めた書籍は1000冊を超えるだろう。

(給与のほとんどを、書籍やセミナー、海外研修にあてたから、書籍は財産と同じだった)

考えてみれば、今はネットがアタリマエだけれど、昔は本しか知識を得る術がなく、ましてやアーユルヴェーダの本なんて皆無だったのだ。だから、必死で集めて読んで吸収した。

でももういらなくなったものもたくさんある。ピヨコが「全部読みたい!」というので、ダンボールに2箱近く引き取ってもらった。これもとても嬉しいこと。私が知識や体験、感性を積み重ねていったものを、一番のスタッフに継承できること・・ ようやく、そういう人材にめぐり合えたことが私にとっての7年間の軌跡。

中にエドガーケイシーの「瞑想の道標」という本があり、ピヨが「あの瞑想のどうひょうを読みたいです」というので、「みちしるべと読むんだよ」と正す。みちしるべは、道(未知)を知る(識る)部(人、部族、空間)という意味があることも知らないだろう。 言葉、特に日本語の訓読みには実はたくさんの意味が含まれている。それを知っているかどうかで、理解も言葉の使い方も違ってくるし、伝わり方も違う。そういうこともヴェーダなのだ。

20代後半から30代の前半にかけて、精神が目覚めてくる年代。これでさらに、ヴェーダへの理解が深まることを期待しよう。

さてこれから、今度の小さな部屋にどうやって詰め込もうか、頭フル回転が必要だ。脳をさびさせないために、引越しは格好のショック療法になるだろう。(寿命も縮むほどだけれど)

きしむ関節のあちこちに油を差しながら、頑張るぞ!

人生の半分を処分

2009-09-07

8月31日まで目一杯営業し、最後まで常連のお客様がたくさん来てくださった。

一杯で予約を入れられない方もいて、本当にごめんなさい。

これが7年間の歩み。なんと、重みのあることか・・・。

9月1日より、引越し準備開始。 何しろ4階まであって、目一杯「物質」が詰まっていて・・。

考えてみたら買い物魔に加えて、嫁入り道具まで携えてきた。もう、何から何まで処分、処分、処分!

私の人生半分をともにすごした荷物たち。ごめんね、もう私には何も要らない。

近くの台湾料理屋さんがたくさんいろいろもらってくれて、とても助かっている。中でもお気に入りだったテーブルとイスが渡り、大事にしてもらえるのが嬉しい。

これからの当社の活動テーマが「エコ&シンプル ビューティーライフ」。できるだけ、シンプルに暮らすことを心がける。

住まいが近くなって、今はまだ仕事が出来る状態ではないので、夜も早めに(といっても遅いけど)眠るようになった。ゆっくりつかるバスタイム。至福のひと時。こんなにのんびりと生活出来ているのは何年ぶりだろう。(普通の人に比べたら、相当に時間的には全てにハイスピードだけれどね。今までが秒単位のようだった)

それにしても、コマコマしたものがなんと多かったか・・。ホントにスッキリするなあ。

今日は3台ある冷蔵庫の一台を引き取ってもらった。何で三台も! カフェフロア用の冷蔵庫がスペースの都合上家庭用のものしか入れられなかったため、分散型として各フロアに置く羽目になっていた・・。 こういうのも、最初にしっかり見ておけばよかったのだけれど、ホント素人だったからなあ。教訓:初めての店は、小さいところからシンプルにスタート! 

それにしても、生まれ育った地元の通りが、お店がしまっているところが多く凄い地味になっていて「時の流れ」を感じます。

もし欲しい方がいらっしゃったら、差し上げます。( ただし引き取りに来てくれる人)

★冷蔵庫1台(2ドア・オレンジ)、籐のドレッサー、チェストたんす、籐のラック、

折りたたみ机とイス 4セット、 扉つき本棚 2台、

実物を見に来てください。9月28日までにご連絡下さい。(メールでお願いします) ayucosme@tj8.so-net.ne.jp

 

 

 

人生の引越しパートU

2009-08-27

急に引っ越すことが決まり、怒涛の一ヶ月をすごして、昨日おととしの人生の引越しパートUのような展開を迎えた。

荷物はかなり整理したので、およそ8時間で全体のパッキングが修了。しかし、これはまだ序章。来月には会社の移転も行う。

それこそ、捨てる物だらけだけれど、電化製品や家財などは幸い近所の人や友人の保母さん、お客様などできるだけ捨てずに回収してもらえるようにした。

もうすぐ7周年記念日だが、新たな場所でまた新たに始まる仕組みは、まるで事前に用意されていたシナリオ通りに動いているような感じがしている。

ありがたいことに、当社のサロンを偲んで下さる方が連日予約を入れてくださり、今までで一番忙しい日々をすごしている。

こういった人生の流れも、実は大きな宇宙の営みの中に組まれていることを感じてならない。

 

オリオン星のベテルギウスが謎の縮小

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=71663876&expand

アーリオーンが人類にメッセージを送り続けてくれた80年〜90年代を経て、そのメッセージの受信者が受信できなくなり、メッセージは途絶える方向になった。

アーリオーンが人類に対して警告を発し続けていたのにもかかわらず、あれから20年たって私たちは 進化したのか豊かになったのか、むしろまるで逆に思えるような感覚を受けることがここにきて本当にたくさんある。

星にも寿命があるように、その瞬き一つが心臓の鼓動一つのようにエネルギーが込められているように感じてならない。ベテルギウスは、オリオン星の一等星だが、その星がつい最近大きなエネルギーを放出し、縮小し始めているという記事を昨日読んでびっくりした。

星の思い、神霊の思い、一つ一つが胸に迫り なんだか万感の思いがこみあげる。

小さな頃から仰ぎ見て、自分の帰る場所と勝手に決め込んでいたが、そのオリオンも変遷するのだろうか。自分の小さな引越しも、今回はまったく違う「動機」からであり、目的もまったく異なる。終わりの始まり、始まりの始まり。始まりの終わり。 人生は、やはり宇宙の一部である。

 ★アーリオーン

オリオンM42を中心とし、ベテルギウスを母胎とする神霊。コードネームはアーリオーン。

コードシンボルは薔薇と鷹を含むヘキサグラム。霊的傾向は「炎」。コードカラーは燃える赤 

「光よりの光、オリオンの神の座より来たりて伝える。」 (株)南雲堂 より抜粋

心の解毒

2009-08-10

いやはや芸能界は凄いことになってる・・というより、どんどん暴かれている。

インターネットの普及で、隠し切れないことがあちこちにさらされ、一瞬のうちに広まったりするから、これはこれで凄いツール。

ドラッグが国家を揺るがすことは、歴史の中でもずっとでてきたこと。その特性を知って、巧みに利用する人たちが、古代からずっといたということ。

でも最近(正確には30年以上前から)の広がり方は、意図的なものを感じる。

私たちは豊かになったように見えて、代償に多くの抱えきれないモノや思いを背負い込んではいないか?

何もない時代であれば、シンプルであった悩みも、フクザツになり、しがらみがこんがらがりになり、にっちもさっちも行かない状態に縛り上げられていくかのようだ。

人間は、苦痛に合うと回避行動を行うが、複雑になればなるほどその回避行動は全てを失うほど大きなものを要求するのだろう。要は、耐性が弱くなっているからだ。

お金や地位、名誉などを手にすると、要求はさらにエスカレートする。

マイケルは、ドラッグではないメディシンで逝ってしまったが、マイケルも一時はアーユルヴェーダを受けていたことがあったという。でも、その心を、身体を真から癒すことはできなかった。抱えているものが尋常じゃなかったせいもあるだろうし、全てを捨てて静寂の中へ、なんて生活はとうていできなかっただろうから。でも本当は、違うんだよ。彼の心を真から理解する人がいただろうか?理解しようと歩み寄る人がいただろうか。傷んだ魂は、快復するのに相応の時間と経過を必要とする。でもドラッグでは決して癒えない。

8月は、戦争中のレポートを多くテレビでやっているが、戦争体験者、特攻隊や人間魚雷の生き残りの人たちの悔恨の言葉を聞くと、胸が締め付けられる。戦争が終わって60年以上をその思いの中で生きてきて、いまだに鮮明に記憶に焼き付けられ、先に逝った友に祈り続ける人たちに「人間」を観る思いがする。

と同時に、戦わずして退廃する若い人たち。何がそうさせるのだろう。この根源を考えないとだめだ。本当に危機的な社会と人間。

でもどこかで、誰かが「全て計画通りうまくいっている」とほくそえむ。兵器や武器を使わずに、人間と国を破滅させる方法・・。今や現実は、ドラマ以上だ。だから、ドラマを見るように事件をみてはだめだ。この現実を認識しなければ、私たちはまんまと計画にのってしまうだろう。

安易に報酬や名声を得ることを選ばず、額に汗して労力を注ぐことを喜びや生きがいにできる感覚が心の解毒につながることを願ってやまない。  

油と灰

2009ー8-03

環境ケアリーナがお蔭様で好評。とても嬉しい。のってくると、ここも、あそこも、といろいろと試していくうちに新たな発見があったりして、お掃除が楽しくなってくる。

環境ケアリーナは、ホタテ貝を高温焼成してセラミック化させた天然アルカリ剤だが、これは貝からの灰である。

インドにいったとき、友達の家で庭の作物や地面に一生懸命灰をまいていたので尋ねてみると、

虫除けと肥料、ということだった。同時に、手を洗うときや食器を洗うときにも灰を使っていた。

クレイと同様に、灰には油分吸着効果があるのと同時に、アルカリ性なので汚れを落とす力があるのだろう。土壌開発にも、アルカリは有効であり作物を美味しくする。

そんなときに、自分の過去世が450年前に油と灰を売る豪商のところに生まれていた、ということを知った。こんなに長い年月をかけて、またまた油に縁し、さらにはそれをとるためにと現代科学の最先端で作られた貝からの灰に魅せられた。

環境ケアリーナを出すときの桁はずれた集中力は、過去からの産物だったのかと思うと、唸ってしまう。

さぼることを「油売って」というが、かつては利益がよかったからなのだろう。その時代、油を体に塗る知識があったかどうかはわからないが、燃料や灯り、料理、美容などに油が貢献していたことは確かだ。そして、その処理に灰を石鹸代わりに活用していただろうことは予測できる。

(古代中東では、灰に油を混ぜて実際に石鹸がつくられていたそうだ)

暖を炭でとり、その燃えカスの灰を今度は石鹸として再利用する。界面活性剤など含まないから、水で洗ったら水は還元される。

凄い環境リサイクルになっていた。時を越えて、再びの縁。昔店頭にたって売りさばいていたかどうかは記憶にないが、今生はどうもその役目らしいと思い、たすきがけにねじり鉢巻気分でこの「妙なる組み合わせ」を宣伝していこう手(グー)

 

トイレとバスルームのカビや汚れ、ニオイに大活躍!

http://www.btl369.com/shop/goods/ecoayu5.html

最年少の常連さんのその後

2009−07−26

買い物に近くのスーパーに行き、レジに並んでいたら前にいる女の子どっかでみたことあるような。落ち着きなくアレコレ見て、踊るようにじっとしていないその顔は、あ、昔とおんなじ。

「Rちゃん」と声をかけたら、きょとんとして私の顔を見た。そばにいたパパは、覚えていてくれていたらしく会釈してくれた。「ほら、あの黄色いタテモノのおばちゃんだよー、覚えてる?」

はにかみながら、Rちゃんは首をふった。

そうだよなあ、初めてうちに来たの2歳だったもんね。スパイスを使ったスープをぺろりとたいらげて、「おかわりー」といったんだよ〜。

それから、毎週のように来ていたんだけれど・・。特性のお子様ランチも作ったんだけど・・。

豆乳ココアをマイカップで飲んでいた君、

カウンターでサダコ状態でキッチンを覗き見していた君、

レジ遊びが大好きで、将来うちにつとめるといっていた君、

興奮のあまりおもらししてしまった君、

ぬいぐるみ相手にオイルマッサージもどきをしていた君、

うちの前を通ると、「ここに入る!」とドアにはりついて、ママに怒られていた君、

ハロウイーンでチビ魔女になった君、

あー、でも覚えていないんだね。でもおばちゃんはしっかり覚えているよ。嬉しかったからさあ。

なんか自分の小さいころを思い出すようで、私もチビギャングだったからね。

9歳になったRちゃんは、背も伸びて、ちょっぴり胸も膨らんで、永久歯もしっかり生えて、でもその表情は昔のまま変らず・・。

パパに聞いてみた。「少し落ち着きましたか?」「全然です」

なぜか安堵。あのダイナミックなギャングぶりは、半端じゃない。あれだけのエネルギーをしまいこまず、将来自分を羽ばたかせるために存分に発揮して欲しい。ここでのこと忘れてもかまわないからさ。

あれだけ通ってくれていたので、ちょっぴり寂しい気もしたけれど、少しお姉ちゃんぽくなったRちゃんに「バイバイ」をして、おばちゃんは黄色い魔女の館に戻るのであった。

お客じゃないの?

2009-07-16

この間千葉の友人の家に、地元で評判だった美味しいカレーをテイクアウトでお土産にしようと思い立ち、その店に20年ぶりに訪れた。(昔住んでいた地域だった)

昔と変らない店内に、ママと思しき人がいて、若いスタッフも多くいた。

オーダーを頼み、店内で待っていようとすると「20分くらいかかります。」「車の中で待っていてください」といわれた。その日は猛暑。店の中には誰もいなかった。

車の中でじっとエアコンをつけながら待つのも暑そうなので、「ここで待っていてもいいですか?」と聞くと、外で待たせたくてしょうがないらしい。

急にピッタが上がった。 え?私客じゃないの? それに、結構頼んだんだよ。いいお客様じゃない? 

うちもカフェをやっていて、テイクアウトを頼まれることが多い。もちろん店内で待ってもらうし、お茶も出すし、あればお菓子も出しちゃう。だって、逆に店内で食べるより洗いものもなく、ありがたいじゃない。

おまけに、キャンセルした品物もカウントされていて、多く払う羽目になりそうだった。

この規模で人がいすぎだよ。だから、一つのことを何人もでやらなきゃいけないんだ。だからロスがでる・・・と勝手にマーケティング。同業者だから、視点がシビアにならざるをえない。

そして待つこと30分。 なんだか、気持ちがしぼんだ。

友人には言わなかったが、その味は昔食べたときより味気なかったように感じたのは、この一連の出来事があったからだろう。(それにカレーに関して舌は十分こえてしまったし)

20年以上その地域で頑張ってきて、名もしれて老舗のようになっていたかもしれないけれど、競合相手がいないと惰性になりやすい。

なんだか最近そういう店が多い気がする。本当の「味」を知らない人が多すぎるのか、接客も味わいの一つだよ。20年ぶりに訪れて、懐かしさはどっかにふきとび、時の粗い流れを感じた。 

お掃除が断然楽しくなるケアリーナ

2009-07-11

環境ケアリーナが発売となって、1週間。会社でいろいろ試しているが、この間休みの日に、自宅で奮闘してみた。断然凄かったのがトイレ。スプレーで室内や床を、パウダーで便器の内部や上部の水が流れるところを磨いてみると、わー!わー!水垢とか、黒ずみとか、カビとかがあっという間にきれいになった。

次はバスルーム。排水溝をはじめ、洗面所やバスタブなど、みるみるきれいになった。すると調子がでてきて、キッチン、床、窓、などなど、磨きまくって、すっきり。

なんてったって、これ一つでいいから簡単なんのって。なんだ、意外にお掃除って楽しいじゃないか・・(いつもは、惰性でやっていたが。) 

そうしたら、先日購入くださったお客様から、今まで取れなかったバスタブの黒ずみがとれた!と喜びのお電話がかかってきた。そうそう、お風呂に精油を入れたりすると、ステンレス以外のバスタブはポリ部分が侵食されて黒くなったりする。

こんなふうに、今まで取れなかった汚れがきれいになるって、すごいヨロコビになるんだ。ストレスをためまくっている人は、ぜひ環境ケアリーナでお掃除を!今まで見えなかった心の垢も取れているかもしれない。

災い転じて、商品となる。

2009−07−04

この会社を立ち上げて2年目に、実は乾燥機から出火した。自力で消火したが、あと3分遅かったら、大惨事になってたかもしれないほど、大変だった。

オイルをけっこう使うから、洗剤だけでは落としきれていなかった。

それから乾燥機はやめて、洗剤を探しまくった。オイルに混ぜると乳化し排水溝に流せるタイプのものを見つけたが、昨今のヤシ油ブームで値段が5倍にはねあがり、継続使用を断念。

おまけに、今出ているエコ洗剤のほとんどは植物性が中心だが、ヤシ油をとるために森林を伐採して油やしを植えているおかげで、地球温暖化、異常気象になっているという情報を得て、これでは「エコ」にならないと実感。そのほか、大豆油や菜種油由来のものもあるが、食物を無理やり洗剤にするのも抵抗を感じてしまっていた。

そんなとき、あるベンチャー企業と出会い「ひらめき」とひらめいた。いろいろ相談し、サロン向けに開発できないかという話になって生まれたのが、「環境ケアリーナ」。

これは、廃棄されている国産ホタテガイを長い年月野ざらしにして塩分を除去し、高温焼成してセラミック化したアルカリ剤なのだ。しかも、超微粒子にしているので水と混ざり、洗濯のほかスプレーにするといろいろな用途に使える。

ここでマニアの私は、半年間いろいろな比較実験や使用法を検討した。類似品もあるだけに、何に優れているか、リトマス試験紙を片手にカフェやトリートメントルーム、バスルーム等々あれやこれやと奮闘。

そうして、オイルのたくさんついたタオルの一番効果的な洗い方や掃除法、はてまたグリストラップの大掃除までこなした。

sentakuki1hp.JPG  この一振りで、洗濯槽もきれいになる!

化学のことは、あまりよくわからないが、実験しているうちにアルカリ水が油を「乳化」や「剥離」しているのが目に見えて、意外だったが重曹は油があまり落ちなかったり。(攪拌していると油がそのまま浮いてきて、確かに剥離しているが洗っている最中にまた洗濯物にくっつく。)

この環境ケアリーナを使うようになって、悩みの種だったタオルに染み付くオイルの酸化臭もにおわなくなり、洗濯物がふんわりするようになった。それまで、柔軟材のニオイでマスキングさせていたが、これがかえってあとで変なにおいになり困っていた。

オイルのついたタオルに柔軟材を入れると、なんか余計にくっつく(引き合う?)みたいな感じがしていたが、洗濯機の排水のところがヌルヌルになって掃除が本当に大変だったのだ。

それもこれも、排水などにまぎれる油にくっつく菌が出す粘液と知って、 なるほどの大納得。

お風呂場でのカビは、そのまま歯ブラシにつけてこするときれいになって、はえにくくなっていた。

ちょうど梅雨時ということもあり、実験は大忙し。部屋干しもにおわず、大成功。

今年の4月、大阪セミナーの3日後に会員のエステサロンから出火したという報告があり、アロマやアーユルヴェーダサロンが増えるほど、このリスクは大きくなる。

そういえば消防士さんから言われたっけ。オイルがついたタオルは、洗濯しても油が残り窓の近くなどに保管しておくとレンズ効果で発火することもある・・って。

おかげさまで、火事の大変さを嫌というほど知ったため、火の元はしっかり気をつけているが、

転んでもただで起きない私。災い転じて、「商品」となった。 

この環境ケアリーナは、いろいろな用途に使えるほか、洗剤や柔軟剤の使用を大幅に減らすことが出来るから河川を汚さず、かえってアルカリとカルシウムが土壌には役立つ。

最近は海の酸性化も危惧されていることから、海の浄化にもつながる。そうすると、また美味しいホタテが食べられて、捨てられた貝は環境洗剤になって・・これが本当のエコシステムリゾート

メカニズムはこちらから。

http://www.btl369.com/shop/goods/ecoayu3.html

涙のシローダーラー

2009-07-02

先日、アーユルヴェーダ・セラピストのかたが、ぜひトリートメントを受けたい!と当社を訪れてくれた。

その日は、スタッフがお休みだったので私一人が行ったのだが、施術後いろいろ話をしているなかで、その方がシローダーラーが特に凄くて・・、という話になり、突然涙になった。私も感応し、なんだか泣きあってしまったが、こんなふうに感じてくださる方がいるということは、本当に嬉しいこと。

そして、私はとても大切なことに気付いてしまった。

技術は、カタチやシステムを教えることは出来るけれど、感受性は個人個人違うため、同じように行っているように見えても、そこに流れる「景色・情感」のようなものはまったく同じに、ということはできない。

そのセラピストの方とは、しっかり架け橋ができたようで、終わった後「すがすがしい風が体の中を通り抜けている・・」と表現してくださった。と同時に、自分の技術の重さ(過剰な思い)に気付き、そうではないんだ、と納得し本当に今日受けてよかった、といってくださった。

人に触れることは、どういう生き方や体験をしてきたかを如実に示すもの、と感じている。自分もだし、相手も、である。さらにその技術をどう解釈するか、も頭脳ではない感受性が語るだろう。

セミナー慣れした人たちは、頭で理解し、技術を順番で覚え、機械のように施術する。だから、なんとも味気ないのだ。そして多くの人は、本当の「愛」に目覚めていないように見える。

そのセラピストさんが、なぜそこまで感じ取ってくれたのか・・。それはすっかりゆだねてくださったからだ。ご本人の素直な感性があったからだ。

アーユルヴェーダに触れて20年以上たったが、この日の経験は新たな視点を私に与えてくれた。

スパイラル・アップ。 もうひとがんばり、する 手(グー)

なんなの?この状況

2009-06-25

今日山手線に乗っていたら、新宿で降りるとき私のバックが通路に立ちふさがっている女性とおしてくる乗客の間にはさまって、降りられなくなっていたら、なんか足に激痛が・・。

え?と見るとその通路に本を読んで立ちふさがっている女性が私の足を思い切り何度も蹴ってるじゃないか。「ちょっと、何で蹴るんだよ!」といいながら、ホームに押し出されてしまったが、

その女性は顔色ひとつかえず、本を持ちコチラを無表情に眺めていた。その凍えたサイボーグのような表情にぞっとした。

内心は、てめえこっちにおりてきやがれ! ぐらいの怒りがこみ上げてきたが、ぐっとこらえてしばらく睨む。

何で蹴られなくちゃいけないわけ? 降りようとしていただけなのに。新宿駅なんて、思い切り人が降りるんだから、ドアのわきに張り付いているほうが失礼でしょうが。 とおばさんは怒るが、こういう常識は多分通じないんだろう。

最近思う。今の若い人は、過保護に育っているせいか自己防衛心が過剰に強い。自分が不利になると思い切り攻撃をしてくる過剰性が垣間見える。節度というものを知らないから、あぶないのだ。

いよいよ、やばい世の中になってきた気がする。 しかし、むかつくぜ!

一家に「みみたろう」

2009-06-22

花粉症の時期、おかげさまで大ヒットになった「みみたろう」が、インフルエンザ時にも役立っている報告が相次いでいる。

特にお子さんが、熱が出て寝苦しそうにしているとき「みみたろう」をしてあげると、ぐっすり眠って翌朝元気になった、という報告を聞くたびに、良かった!と安堵する。

本当は大人の不眠やストレスのための商品だったが、このバイブレーション商品はかえって子供のほうが素直にきいて来るのかも知れない。(微細なエネルギーを伝えるため)

お父さんも大ファンなので、すぐなくなっちゃう! といわれることも嬉しい。

これから寝苦しくなる季節。 頭を冷やすこととともに、みみたろう&みみこ が優しい眠りを誘ってくれることを願っている。

かけ込む人々

2009-06-09

ここのところ、天候の不順さも手伝って、「もうダメ!」状態の人が駆け込んでくるようになった。

それは、疲労のマックスだけではなく、精神的な部分も含めて、極限ではあるがそれでも「何とかして」と行動するわずかな余力を頼りにいらっしゃる方たちと感じる。

不況、リストラ、給与削減、インフルエンザ、そして、ストレス、介護、更年期、家庭不和 etc。

多くの方が眠れず、頭に熱がこもり、頭痛や首・肩のこり、腰痛などに悩まされている。この時代、何の悩みもなく、仕事も家庭も安泰で、夜もぐっすり、という人は世界中でどれだけいるだろうか。

それだけに、ただ疲れを取ればいい、痛みをやわらげればいい、ということではないと感じる。

「本当に危機一髪でした。」とトリートメントが終わった後、つぶやいた方がいらっしゃったが、身近にも重度の「うつ」になり、出社拒否や挙動不審になってしまった人もいる。

トリートメントをすすめていたが、取引先だったりすると遠慮も多く、またその多忙さは理解できるから時間の取れなさ加減もわかる。

ある人は、食事をほとんどとらずに一日中仕事していた。夜遅くまで、そして会社に泊り込むこともあったという。

いやまてよ、私だってそうだよ。でもご飯はちゃんと食べる。それもかなり規則正しく。

心配事も、悲観的になることも時にはあるが、そんなこと言ってらんない!やるっきゃない。

そう思えるのも、ちゃんとご飯をしっかり食べて消化してエネルギーにしているからだと思う。

だから、食事は大切なの。それをおろそかにしていたら、体の力がでてこない。

いろいろなストレスがあるけれど、「気分転換」「短時間でもぐっすり眠る」ということができるのとできないのとでは、発想の転換や気持ちの向かい方が違ってくる。

誰もが閉塞感のある昨今の社会状況。それでも、見方を変えることが出来れば、新しい発想が出来れば、少しずつでも変わっていくだろう。

ちょっとしたうたた寝も出来ないくらいの不眠の方が、シローダーラーで寝息をたてて眠ってくれた。その原因がわかったから、ヘッドヒーリングもフェイスヒーリングも、こちらの力を極力抜いて行った。呼吸も合わせて、ゆっくり深くなるように、流れを作った。

「眠れた!」と、ご自身も驚く。ここにいる間、ほんの30分でも我を忘れて眠れることができるようにと、シローダーラーではいつも願う。

危機一髪を少しでも軽減できたら・・ ここのところ、本当に思うことが多い。私のアーユルヴェーダの原点。自分の危機が救われたからの「恩返し」。思いが届くことを、願うばかりである。 

完成!つぼ草を使ったブレインパワー・ランチ

2009−06−01

brainset_w200.jpg ブレインパワー・ランチ 完成す!

アーユルヴェーダのハーブの中で、神経や脳細胞を活性する ブラーフミーという神様の名前で呼ばれる「つぼ草」を使ったメニューがついに出来た。 これには、つぼ草を生かすだけでなく、アジアの「テイスト」にこだわり、アジアの人が誰でも食べられるようにとの思いもこめた。

さらに、脳を活性するハーブだけに、その補助として脳の血流をよくするもの、脳血管を丈夫にするもの、血液を浄化するもの、抗酸化作用のあるものなどを取り入れ、全体に6味をそろえてすべて「脳」に貢献するように考えてみた。

<ブレインパワー・ランチ>

つぼ草ジュース、つぼ草と大根のサラダ(ゴマまさらドレッシング)、アジアン・レモン焼きそば、

サラダスープ、和ーユル・ハーブ茶<涼>そしてデーツ。

女性が大好きな「酸味」を生かし、全体にさっぱりとした味に仕上げたBTLでは初の「麺」メニュー。夏の食欲不振時にも、さーっと食べられるような食感にもこだわった。

スリランカでは、毎日10枚つぼ草を食べるとよい、といわれているそうだが、ここでは全体で13枚を使用。お昼に食べてもらえば、集中力が増す。

他の美タミン・スープセットや薬膳スープカレーにもあうように、ジュースとサラダはオプション可能。また、アジアン・レモン焼きそばも単品で注文できる。

日本で唯一のアーユルヴェーディック・カフェとして、インド料理ではないメニューを出しているのはうちだけ。それだけに、ココでしか味わえない工夫がたくさん詰まっている。

yogiplus.jpg 5月25日発売 ヨギーニプラス ヨガと食事をもっと楽しむ (エイ出版)

この雑誌で監修したアーユルヴェーダクッキングでは、全編和食で紹介した。(一日で20品作ったよー)

アーユルヴェーダの伝えるのは「その土地のものがその土地のものを癒す」。だから日本人は和食が一番気候風土にあっている。季節や旬を生かし、さらに昨今の環境状況も考えたレシピ。

この半年、カフェでの作業に力を注いだが、おかげさまで和ーユル・ハーブ茶も、和ーユル・ビタまさらもすこぶる好評で、頑張った甲斐があった。

まずは「食」の改善から。 これからの時代は、「本物」を「適量」に「美味しく」味わい、腹八分目を守って「快適な体と生活と経済」を提唱していこう!

★ブレインパワーランチは、10月までの限定食です。この機会にぜひ味わってみてください。

脳(=精神や心も)がとてもくたびれている、と感じている方は、ヘッドヒーリングや極上シローダーラーと合わせて堪能してみてください。

詳しくはコチラからご覧下さい。

http://www.btl369.com/cafemenu/brainpowerlunch.html

アジアを一つに・・(アリオン・メッセージより)

2009-05-27

北朝鮮が核実験のほか、ミサイル発射など、日本を脅かす行動にでている。(後ろの正面だーれ?)

日本は、第二次世界大戦中に起こした行動の結果として、中国や台湾、北朝鮮、韓国などから嫌われているが、もともと「モンゴロイド」として同じ遺伝子を持つ仲間。日本人は相当の雑種なんだとおもうけれど、同じアジアンとしてまとまれない状況が多々ある。

欧米を中心とした経済世界は、次のターゲットとしてアジアの大国を狙っているが、それを見据えて「アジアが一つにまとまること」を10年以上前にアリオンが提言している。

アジアを一つに・・・このことがどうやったらなしえるのか、いろいろな角度から見ていた。 

民族の流れとともに宗教的な流れがあり、思想や考え方、文化などが形成される。

私がたどり着いたアイデアは、「食」に関すること。米を食べ、茶を飲む共通性の中から見える、さまざまな食文化。

以前、一流ホテルの企画をする方に、思い切って提案してみた。ホテルで実現させるには、「一流どころ」をそろえなければならず、なかなかにむずかしいが、庶民レベルで見たら案外スムーズに行く話なのである。

この「思い」はまだあたため中だが、つぼ草料理を考えている途中で、この中にも実現できることを発見。そして、メニューと味が決定した。

この一品の中に、日本、中国、韓国、台湾、インド、ベトナム、タイ、インドネシア、そしてミャンマーやネパール、バングラデッシュ、スリランカという国の「味」が入っている。この全体の中には、さらにイランもはいる。

一つのメニューに込められた思い。「アジアを一つに・・」の第一歩を、このお料理に託そう。

★来週早々にHPにアップします。

つぼ草と格闘す、の巻

2009-05-22

こら、この紋処が目に入らぬか!

tubokusa3hp.jpg  みたいなカタチのつぼ草(ゴツコラ:Hydrocotyle asiatica)

フラーフミーという名前で知られるつぼ草は、脳細胞を活性化する若返りハーブの代表。

もっとも、ブラーフミーにはもう一種類オトメアゼナがあり、両者をそろえて服用すると、たちまち頭がよくなる、わけではないが脳に貢献するハーブとしてアーユルヴェーダは推奨している。

このつぼ草を一生懸命日本の隠岐島で育てているスリランカ青年サミーラ氏より、どっさり送られてきて、6月より当社でカフェメニューとして出すことにした。

名づけて、ブレインパワー・ランチ。

三つ葉とセリを混ぜたような味なので、和食にもあいそうと思っていたら、なんと繊細な。

お料理すると味が抜けちゃう。脳の血流をよくする玉ねぎとか、ニンジンとかと組み合わせ、さらに血液浄化に貢献するスパイス類を選び、この日はスープとピラフを作ってみた。

pirafsouphp.jpg  美味しいけど、つぼ草パワーが今ひとつ。

これはやっぱり、正統派でジュースにしてみよう。

juicehp.jpg  いかにも血がきれいになりそう。美味です。

スリランカ風サラダにしてみる。

saladhps.jpg  ヨーグルトを混ぜたマヨネーズがよくあいます。

だんだん、アイデアが浮かんできたぞ。このつぼ草は、一日10枚食べるとよいそうで、スリランカでは「野菜」と同じように扱われているんだとか。(インド人たちの数学の強さは、このハーブのおかげか、と思ってしまう)

 それにしても貴重なハーブなので、大事に料理することにしよう。素材の味を生かして、健康と美容に貢献するように。

6月3日より、開始します。日本で、この珍しいハーブを食せるなんて、なんと幸せなこと。

ぜひぜひ味見に来てくださいね。(あと10日ばかりお待ち下さい。)

P.S つぼ草と格闘し、20枚ほど葉っぱを食したためか、夜頭が冴えて(興奮とは違う)活性した感じでした。朝に食すべし、に納得 わーい(嬉しい顔)

★当社より、隠岐島産のフレッシュつぼ草入手のナビゲートもただ今準備しております。

セレブなお味

2009-05-13

昨日あるセミナーがあって、晴れがましくアップタウン代表表参道なぞに行ってきた。

昔はもっと庶民的だったぞ。なんせ、生意気にも小学生から通ってたんだい!大人になったら買い物したいと思ってたんだい!

しかし今は、ブランド店の立ち並ぶセレブな町に変わり、下町育ちには居心地悪いったらない。

カフェにはいればさあ、コーヒー一杯にどんだけ時間かけてんの?って風情で(目の前でドリップしているのを見ていれば納得だけど)機械でシューッてでるやつだよ、15分待って飲む時間がなくなったので、キャンセルして出てきた。

セミナーが終わり、めぼしをつけていろいろなお店を視察探検・・・ときめく商品みつからず。(ア、年代というのもあったね、失礼しました。外れてました。)

で、ご飯を食べる。有機野菜を使って、ちょっとうちとかぶるような、しかし場所はセレブなお店。お値段は目お目目がぱっちりしてしまう。

で食べてみました。有機野菜のせいろむし、お魚の西京焼き、十穀米のごはん、野菜たっぷりのお味噌汁(といってもだいこんしかはいってなかったぜ)。 う〜ん。 う〜ん。

で、うちのカフェの5倍のお値段の夕食を終えて、なんか腹立ってきた。

舌が庶民だからかなあ、セレブのお味って、味気なかった。ご飯だって、近くの食堂のほうが美味しいぞ。せっかく有機野菜を使っているんだったら、添えてあったてんぷらがカリッと仕上がってなくて、残念だった。蒸し野菜も、蒸篭にすると香気成分が蒸気で逃げてしまい、味が薄くなる。

一等地で、スタッフも総勢10名以上いたから、一日の売り上げは・・なんたらかんたら思うけれど、そのフロアでの他店の状況は思ったより人が入っていない、という感想。この不況下だから大変だろうな、と思う。

でもなあ、ご飯は美味しいの食べたいよ。本当に美味しかったら、多少高くても「ご褒美」にできるけど・・。ああ、きっとセレブは、味より場所なのね。そこでどんな話をするかが大事なのね。その演出になるような盛り付けだったり、スタイルだったり、お店のセンスだったり・・。

うちのお客さんがよく言ってくれる。「食べているうちに、本当に幸せを感じる・・」。多分これは、目の前でカシャカシャ作る光景なんかも見えているから、余計に感じてくれるのだろう。

かえってきてなんか物足りなくて、ベーグルにチーズのせて、コーヒー入れて二度食い。うまいっ!これってやけ食い?

免疫アップはよい食事から

2009-05-03

牛にはじまり、鳥になって、今度は豚だなんて、お肉屋さんかわいそう。

ただ、今回のインフルエンザは前予告もあっただけに、意図的なものを感じずにはいられない。

一番の予防は、自分の免疫力を高めること。それには、まず未消化物を作らないような食事や規則性が大切だ。

先月から、週に3回以上うちのカフェでご飯を食べてくださるお客様がいて、一ヶ月もたたないうちに3キロ体重が減ったそうだ。最初は「薄味だな」と思ったそうだが、じょじょに慣れてきて他のところで食べると「しょっぱい!」と感じるようになり、油の悪さがすぐわかるようになって胸焼けするようになってしまった、と報告してくださった。

そしてトリートメントも受け、体調は絶好調となり、疲れなくなったばかりか、一ヶ月前に買ったGパンがゆるゆるになってしまったそうだ。

こんなに嬉しいことはない。おかげさまで、29日からメニュー化した「美タミン・スープ」も大好評。

経済不況の中で、自炊派も増えていることから、1月に発売したみみこ同様長年あたためてきたスパイスブレンドも発売を始めた。

「和ーユル・ビタまさら」。  30g  ¥735

 wamasara02_w90.jpg  masalaimage.JPG お湯を注いで飲むことも出来る。

 いろいろスパイスを使って調理をしているが、どうしても味が「インド風」になりすぎて、もっと和食などに使える方法はないかな?とずっと模索していた。

さらに、簡単に美味しくアーマ・パーチャナ(未消化物を消化に導く方法)ができないかな、と思い、

スパイスをブレンドしている最中に閃き、玄米パウダーやめかぶパウダーを入れてみた。美味しく飲める! さらに、ジャガイモを蒸して出汁醤油、ギー、マヨネーズをからめ、そこに混ぜてみると、見事に全部違う味になり、スパイスが主張しすぎることなく全体に深みを与えるブレンドが完成。

さらに、スープに、パスタに、肉じゃがに、炒め物に、オムライスに、とチャレンジすると、旨味になっている!スパイスの薬効に加えて、玄米のビタミン、めかぶのフコイダンと、日本人の食事にあう理想的なマサラになった。

インドでは絶対に作れないブレンド。毎日いろいろなお料理に少量ずつ使ってもらえば、消化力や代謝にも貢献する。これで免疫もアップ。ダイエットにもつながる。

アーユルヴェーダ歴22年。目標の「和ーユルヴェーダ」に、また一つはずみがついた。

多くの人の元気に少しでも貢献できるよう、さらに頑張っていこう!

(当社のカフェで、試飲することができます。お気軽にお申し出下さい)

 

美タミン・スープの完成!

2009-04-26

冬の季節限定の「小松菜クリームシチュー」は、お蔭様で大好評をいただいた。

これから暑くなる季節にむかい、5月から10月までの季節限定として、トマトをベースにしたスープを考えていた。そして、ついに完成!

bitaminsoupall.JPG 美タミン・スープセット  ¥1260 

(トリートメントを受けられた方は¥1000で提供します。10月までの限定メニュー)

スープには、トマトのほか6種類の野菜や穀物、ローズヒップと○○○エキスを配合。これでビタミンCのほか鉄分、カルシウムなどのミネラルもしっかり補給できるようにした。

そして、野菜は 特別な陶器の蒸し器を用い野菜本来の味がしっかりでるような温野菜にして、そのまま食べてもよし、スープにいれてもよし、フォカッチャにはさんでもよし、の多様な食べ方を楽しんでもらえるようにした。ジャガイモだけ、ギーをアツアツの状態でまぜ、岩塩だけ振っている。

そしてディップには、和ーユル・ビタまさら(当社のオリジナルミックス・スパイス 今月末より発売)をまぜたマヨネーズ、ハーブ・ドレッシング、岩塩を用意。これだけでも、本当に野菜が美味しく食べられる。 

そしてそして、当社の手作りフォカッチャに、チーズをのせて焼いたチーズフォカッチャとギーだけのプレーンの2種を添える。

デザートには、チャイゼリーや豆乳ヨーグルト、レーズン入り豆乳かんを週代わりで用意することにした。お茶は、これも5月発売の「和ーユル・ハーブ茶 涼」。ジャスミンの香りが麗しいお茶で、しめくくり。

暑くなって食欲がなくなったとき、ぜひ食べてもらいたい「バテ予防」のレシピ。同時に美肌効果も抜群の仕上がりにできた。

実はすでに数名の方に食べていただいている。「なんか本当にしみじみと幸せを感じる。」「野菜がこんなに甘くて美味しいって、初めて知った!」と感想をいただいた。

ゴールデン・ウイークに、ゆっくり味わっていただきたいと思い、4月29日からオープン・メニューにした。 

今年のゴールデン・ウイークは、長い人は16連休らしいが、ここのところの社会変化を感じ、本当の「休日」と「自分リセット」の一助として、当社のトリートメントとお食事を受けていただけたらと思っている。何よりも体が喜び、充実した一日になることをお約束します! 

看護士2万人過労死予備軍記事

2009-04-24

今日のYAHOO ニュースでショッキングな記事が出ていた。

タイトルのように、看護士2万人過労死予備軍。

当社の常連さんの1割以上が看護士の方で、さまざまな科のナースがいらっしゃるが、夜勤や一日中立ち通し動きっぱなし、で疲労困憊という方がほとんど。肩こり、むくみ、腰痛などのほか、40代以上の方では深刻な病気を持っている方も多い。

特に婦人科疾患にかかっている方が多く、夜勤などで自律神経バランスやホルモンバランスを乱すことが多いことが危惧される。

そこで、看護士さんたちのための特別コースを3月から実施している。

嬉しいことに、月一回通ってくださるナースの方たちの健康度はみるみる上昇し、腰痛の軽減や季節のトラブル、心理面の改善などが1年を経過してよくわかるようだ。

アーユルヴェーダは、西洋医学の見解とは症状の見方において異なるが、人間は全体がつながっておりその一部が病んでいても、影響されるところは全体にわたることを体感を通じて感じてくださっている。

中には、知識があるばかりに西洋医学の処置を一切望まず、苦痛を抱えながら漢方やアロマなどに頼る方もいるが、アーユルヴェーダでも時には患部を外科的な処置で取り除くことを薦めることがあるので、変に偏って考えすぎないほうがいい場合もある。

アーユルヴェーダの目指すのは、「予防」という分野が大きいと思う。病気や不調になる前に自分の体の変化に早く気付き、食事や生活習慣、睡眠や休養、そして場合によっては薬などを用いて早めの処置を施すことで、病気の発症を防ぐ。どんな不調の感覚も素早くキャッチできるように、体の流れを整えて、静かな湖面のような状態にするのが、一連のトリートメントなのだ。

頑張りやさんのナースに多い「燃え尽き症候群」も、燃え尽きる前に火加減を調節できたら、この「仕事」を本当に天職と感じて続けていけるだろう。

私たちは、ナース応援団としてしっかりケアさせていただきたいと思っている。

<医療従事者のためのナース・フルコース>

http://www.btl369.com/treatment/infonursecs.html

医師、看護士、介護士、ヘルパーさんなど、夜勤を含む医療職に携わっている方のための特別コース

ヘッドヒーリング(15分)〜スペシャルアビヤンガ(4面)〜シローダーラー(30分)〜フェイスヒーリング(パックゴマージュ付き)〜入浴   計 130分  特別価格 ¥20000 (カード不可)

★その他のコースは、医療従事者の方は10%引きで受けることが出来ます。

フキ味噌

2009-04-15

3月にテレビでフキ味噌の作り方をやっていて、なんだ意外と簡単かも!と初めて挑戦した。

八百屋さんで売っていたフキノトウは、ゆでたらテレビのように緑にならず、茶色くなってしまった。

庭先かなんかにはえているものを使ったら、きっときれいな黄緑になるのだろうけれど、時間がたってアクがでていることがありあり。ちょっと残念。

細かく刻んでサラダ油でさっと炒め、お味噌とお砂糖を加えて一煉りして、鍋肌から焙煎ゴマ油を少しおとす。ついでにゴマも入れてみた。うはーっ、なんと美味。ごはんにつけるほか、パスタにあわせてみたり、炒め物に加えてみたり、いろいろとあうことを発見。

それから数回作ってみた。お客様にもスープカレーのご飯の上に乗っけて「フキ味噌」というと、初めて食べるーと言う人がほとんど。でも、皆さん「美味しい!」と感激して楽しんでくださった。

直感でギーを塗ったトーストに薄く延ばし、少しこんがり焼いてみた。むははは。これは、なんとおやきではないか。フォカッチャにもよくあって、なんとも言えない美味しさ。

フキノトウの出回るシーズンは3週間くらいでもうおしまいだけれど、保存がきくので一回作ると2週間くらい持つ。後もう少し分だけ残っている。舌にしっかり「春」をキオクさせ、夏みたいな日差しのこのごろを、「春」の感覚に戻しこのなんともいえない「苦味・渋味」を堪能しよう。

(苦いものは油と好相性。そして、苦味をひきたたせかつまろやかにするのに甘味と塩味が好相性。 → これって本当にアーユルヴェーダの理にかなっている。ヴァータを増やさないようにする調理法と味) じゃがいもモチとか、おもちとかにのせても美味しかったです!

区長からのメール

2009-04-06

先週区長からメールが届いた。2月に起きた傷害事件に関しての嘆願書の返信だった。

まさか、と半ばあきらめていたのだが、警察や銀行サイドにも提出していた嘆願書だったので、重なりの厚みがでていたのかもしれない。そのメールには、現状と条例と改善策と課題が記されていた。

2週間前に、銀行前に大きな看板が立てられたが、依然駐輪自転車が減るわけでもなく、指示された駐輪場は狭く不便なので使う人は限られてしまうだろう。でも私は看板が出てからは別の場所に自転車を置き銀行を利用することにしている。

あのときの被害者の安否はわからないが、激昂して動いた結果になんらかの「動き」がでてきたことに少し安堵し、同時に多くの人があきらめている「政治」や「社会」に対して自己満足ではない「改善策」をもって行動することの意義を感じた。

アリオンも言っている。まず一人からの意識と行動が大切なのだ、と。一人から始まり、三人、四人と広げることで、「動き」は出てくると・・。政治のような「公」の場面には、多くの「一人」が大切なのだと・・。自分がやらなくても、誰かがやるだろう、ではないのだ。

同時世界不況から経済不安、そして現実に給与の減少となって、多くの人が不平不満を抱くだろうがそれは自分が築いてきたものに対して維持できないことに対する他力本願の姿勢だったりする。

だったら、少しでも会社の状況がよくなるように真剣に「考えて行動する」ということを、社員一人ずつがはじめたら、とてつもないアイデアと力が湧くことを想像できないだろうか?

そういう意味で、今はものすごい「チャンス」なんだと思う。うちのように小さな会社ほど、小回りが利くことを最大限に生かせば、中小企業だって大きなチャンスをつかむ可能性はある。

思いのグリッドをしっかり重ね、束ねていけば強靭な「縄」になる。欧米からいわしの群れのように評されていた日本人の行動は、いつの間にかいわしを忘れて「サメ」になっていなかっただろうか?

小さな国の小さな人々は、実は山椒の小粒のように一個でも「ぴりっ」としていた。その「辛味」は、学校教育ではない社会や生活の「場」で「志」という感覚で培われていた。同志は同じ志を持つもの同士。辛さが集まれば、相当パンチは効くのだ。

昨日は、北朝鮮のミサイルが日本の上空を横切ったが、その直後でもお花見がてらにのんびりと和んで歩いている家族連れがいる。家族を危機から護る意識、それも「辛味」だと思う。「甘味」だけで育つと、辛さはひとしお「辛く(つらく)」感じる。

一時期の経済大国としての日本は、縮小を始めている。なんのことはない、元に戻るだけだ。でも、そこで培われた「感覚」や「技術」「英知」は大きくなっているはずだ。いわしなら、最大限に「脂」ののったいわしであれば、マグロやハマチに匹敵するくらいの「旨味」はあるだろう。体に悪いメタボの脂肪ではなく、人間としての「旨味」をどうやって蓄積するかは個人の意識にかかるだろう。社会は、個人の集団でなりたついわしの群れであることを忘れず、よき力に変えて生きたいものだ。

bkkanban.JPG   bkstreet.jpg 看板が飾りにならないことを願う。

 

エキゾチック JAPAN!

2009-03-30

サロンの山桜が、大島桜とともに満開になった。

arabiansakura.JPG  yamazakura.JPG  yamazakluraup.JPG

アラビアン・ライトと共に配置したら、ライトの灯りが落ちた花びらみたいになってステキにコラボレーション。和洋印ペルシャ折衷スタイルの一角。でもなじんでるー。

山桜が、この3日間でズドーンと開花。まるで唸るみたいに花を開いた。不思議なんだけど、一見白っぽい花が、写真に撮るとピンクに染まっている。☆さんが、桜のオーラはピンク色、といっていたけどほんとだね。にょにょーっとでてくる聖霊は見られなかったけれど、おとといの晩開いた桜の下で瞑想しかけたら、手がジンジンしてきて痺れる感じがしたので、目を開けてじーっと眺めていた。

自然の息吹。花は語る。この二つの桜は、日を追うごとにピンクに染まっていっている。とても女性性を感じる。

不思議なんだけど、この花にまったく関心を示さない人と写真まで取る人と、お客様もいろいろ。

この3日間くらいが見ごろだろう。トリートメントのお土産に、愛でていただければとオモイマス。

桜咲くカフェ、サクラほころぶサロン

2009-03-26

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 先週、お友達から珍しい「大島サクラ」と「山桜」の枝をたくさんもらった。

花瓶に入れたとたんに、葉が膨らみカフェは暖房が効いているせいか、今日大島サクラは「満開」になりました。東京でもソメイヨシノの開花宣言がだされたけれど、その後の気温の低下でまだ花は開ききっていない。

きれいな若草色の葉とともに、おおぶりの「白い花弁」をつけた大島桜。ソメイヨシノのあでやかさとは違い、清楚な美しさが特徴。真ん中は、自宅に活けたものだが、その中に一つだけ「へんてこ」を見つけた。花びらが内側にもう一枚のび、花びらの先端が5枚のうち2枚だけ3つにぎざぎざになっている。たくさん付いた花の中に、こういう「異端児」がいるとなんだかよけい「生命」を感じる。

トリートメントルームには山桜を中心に活け、気のせいか背丈が伸びているようだ。大島桜の開花に刺激されたか、花は膨らみ始め多分来週には第一号が咲くだろう。それまで大島桜がもってくれるとよいけれど、白とピンクの美しいハーモニーを眺めることを楽しみに、毎日声をかけよう。

サロンの中でこんなに大きな枝モノを活けられるなんて本当に贅沢なことだけれど、そこに桜が存在するだけで「JAPAN!」を感じる。花屋さんに並ぶ可憐な花もよいけれど、大木の一枝の持つ生命力は桁外れであることを実感した。

トリートメントルームの山桜が開花したら、またアップします。

珍しい可憐な大島桜をぜひ見に来てください! ☆さん、ありがとねー。

下町の達人

2009-03-23

今住んでいる深川には、下町っぽいお店が結構ある。

そんななかでも、江戸っ子なら絶対「そば!」という心意気がある店を見つけた。ずっと気になっていたんだけれど、夜は早くにしまるらしく昼しかいけないからなかなか入れずにいた。

そして今日入りました。「麻そば」という言葉に惹かれ、「麻の実のパウダーでも入ってるんだろうか?」とワクワクしながら。

そこには常連さんがいて、私がうろうろしているといろいろ説明してくれたり、オーダーを待っている間にマスターと話をしたり・・。おそばが本当に美味しかった。聞けば、手打ちで毎日作っているので、数が作れず昼3時半には締めてしまうとのこと。どうりで、入れずにいたわけだ。

おそばは、固さものどごしもちょうどよく、時間がたっても歯ごたえが変わらない絶品。おつゆも美味しくて、店主の「こだわり」が隅々にも感じる。そしてお値段は凄くリーズナブルだった。

神田あたりの有名店よりも、私は好きだな。人のぬくもりがある感じで。こういう達人の作る一品にめぐり合えるのを本当に「贅沢」というのかもしれない。麻の実のパウダーをいれているかどうか聞くのを、おそばを夢中になって食べていたのですっかり忘れた!

母の青春

2009-03-18

今日は本当に春めいて、あちこちの桜が膨らんでいる。心もほころぶ。

先月末だったか、ふとテレビをつけたら老齢の女性がでていて、戦時中の話をしていた。前橋女子高校出身者だという。母の出身校だったので、そのまま見入っていると、あの当時学校では勉強ではなく毎日「風船爆弾」を作っていた、というのだ。

風船爆弾は、風船のなかに爆弾を仕掛けて、はるかアメリカまで風に乗せて飛ばすという兵器。その帆や錘にする袋などを当時の高校生が一生懸命作っていた。「何で前女?」と思ったが、多分ばれにくい地域であることと、生糸の生産があり縫製者が多かったことなどがあるのだろう。彼女たちは、学問を究めたくてせっかく入学したのに、時勢の波にもまれ志を阻まれた。

その爆弾は失敗に終わった、とされていたが、アメリカに到着しちゃんと爆発したものがあるのだそうだ。アメリカは、日本の作戦の成功を知らせまいと隠蔽した。

当時を覚えているアメリカ人が、「最初はなんだか、どこからきたのかも全然わからなかった」とコメントしていた。ただ、粗末な帆の材料なのに、きちんと縫われ、接着剤にこんにゃくが使われていて成分がまったくわからなかったそうだ。(こんにゃくも群馬の名産)。その中に何十個もつけられた小さな錘はきちんと裁縫され、全て同じ形で同じ量であり、作品のように美しかったという。

あとで、その爆弾が日本からやってきたことを知り、日本人の緻密さや手先の器用さ、作戦の大胆さに驚かされ、日本人を脅威に感じたそうだ。

アメリカにはすでにコンピューターがあり、コンピューターは爆弾がきちんと目的地に到着し無事爆発するように制御する計算を行うために作られたというのを、初めて就職したコンピューター会社で教わってびっくりしたのを覚えている。(当時、コンサイスにもそのコンピューターの名称が載っていた)

日本は、手計算で風の流れを読み、距離を測り、錘を調節しながらアメリカ全土に到着するように風船爆弾を作って飛ばしていたのだった。

前女の高校生たちは、「お国のため」と一番多感なティーンの時代を、歌うことも笑うことも許されずもくもくと爆弾を作ってすごした、とその女性は語っていた。年齢から見ると、母とほぼ同年代。

風船爆弾のことを話を母から聞いたことはなかったが、自分がすごした時代とは天地の差であり、その後に迎えた空襲や戦後の状況を考えると、女性として一番華々しい時代は過酷の時代だったと今は想像できる。

母は洋裁を行い、私は手作りの服を着せてもらっていたのに、洋品店で売っているものにあこがれた。人と同じものが着たい、と思っていた。今は、申し訳ない気持ちで一杯になるが、流行のものを着たかった、という感覚だった。

母とは何かと葛藤が多かったが、「顔も個性もそっくりな自分」を知り愕然とした時代を経て、ようやく理解できた気がする。

戦争は、原爆で終幕を迎えたけれど、アメリカは今でもこんな小さな国の「風船爆弾」のような日本人を、どこかでまだ恐れているように思えてならない。だから強引に今度は経済で支配しようとしていたけれど、「いいもの」をどんどん作る日本人を巧みに利用しつつ、出過ぎれば潰し、お金ばかり出させようとする魂胆が今は丸見えである。政治的な絡みも、バレバレである。

風船爆弾は、成功した。何のことはない。日本人の真面目さとこまめさと努力する気持ちと、「和」する心が、何も資源のないのにあるものを最大活用して作られたのがこの爆弾だった。この事実から、私たちはこの「知」を使って武器ではないもっと創造的な「何か」を作れるのではないか? 

そういう「芽吹き」や「息吹」を、あらゆる年代の人から感じたいものだ。

ノロで花粉症が改善?

2009-03-12

先日のお客様、胃の調子が悪くて・・というコメントから、いろいろ聞いていくとどうも1月にノロウイルスにかかった形跡がありそれから消化力がダウン、ということだった。

病院に行ったが検査もしてくれず、「ノロウイルスかも」と自己申告しても、「違うでしょう」と相手にしてくれなかったそうだ。

ノロウイルスにかかった人はわかるが、突然吐き気と下痢に見舞われ、水を飲んだだけでも嘔吐してしまい、3日くらいは何も受け付けられなくなるほどぐったりする。私は過去に2回かかったことがあり(通常の原因とは違い最初のときはサラダ、次は菜食料理でかかった)、そのときに「リンゴ」だけが食べられて何とか快復した。ティートリーも飲んだけれど、通常の食中毒よりも手ごわいことを実感。ぐったりしたあと、少しずつ食事を流動食から普通食に戻していくが、体がスッキリした感があった。(あの嘔吐って、なぜか鼻水も涙もごっちゃにでてきて、中心の通路がすっきりする)

そのお客様は花粉症の持ち主だが、なぜか今年はちっとも出ないという。花粉シーズン前にかかったノロウイルスのおかげか、通路が「浄化」されたからかもしれない。

レギュラーでいらっしゃるお客様は、風邪も花粉症もかからない、という方が多い。体の中がスムーズになり、食事も気をつけるようになっているからだと思う。

アーユルヴェーダでは、春に「ヴァマナ」という催吐法の治療が行われるが、喘息や気管支炎、鼻炎などの症状の多い人が対象となる。結構きつい治療法だが、文字通り「嘔吐」させて、胸部や器官のつまりを正す方法だ。

また、ヴィレーチャナという緩下法という治療もあり、下痢をさせて消化器官の浄化を行う。

私たちには、体内に異常が起きたり異物が入ってきたら、さまざまな器官から排泄へ向けて一斉に動き出す仕組みがあるが、アーユルヴェーダの治療法は、その仕組みがうまく作動していない人に向けられて人為的に行う方法だと考える。

だから、先日のお客様はこのヴァマナとヴィレーチャナを同時に行ったようなわけだから、胃腸の負担がきつかった、という説明ができるのだ。

ヴァマナとヴィレーチャナは、どちらも治療後には3日間の断食期間が設けられ、豆のスープの上澄みだけが与えられたりするが、胃腸を徹底的に休ませて回復させるためだ。ノロウイルスにかかって、何も食べられないのは体の仕組みからかもしれない。

かといって、積極的に花粉症の人に「かかるといいよ」なんていえないが、一般的にはアレルギーといわれている花粉症も、こういう改善例があることを知ってもらえると、その原因についても視野がひろがってくるだろう。

要は、消化力の無視による暴飲暴食も、大いに関係ありと知ってもらいたい。

★急に花粉症の方の来店者が増えてびっくりですが、おかげさまで「みみたろう」が好評です! 

春なハルさん

2009-03-05

 私が時々行くごはんやさんで働いているハルさんは、小さな体で実にきびきびと動く人である。それだけでなく、オーダーを取るときもご飯を持ってきてくれるときも、とても爽やかにそしてにこやかに「お味噌汁多目に入れといたからね」とか、「ごはんちょっと山盛りにしといた」とかささやいてくれる。

このごはんやさんは、いろいろなおかずを好きに選べる仕組みで、私は魚を食べたいときに行く。頼むものは大体決まってしまうが、雑穀ご飯が美味しくて、お味噌汁とオクラのゆでたのやオカラと豆のサラダとかをよく付け合せでたのみ、これまた健康によさそうなウコンハイをオーダー(ドコモポイント

ハルさんは、「ご飯は後で持ってくるね」「飲み終わったら声かけて」と言ってくれるが、遠くから私の飲み具合をちゃんとみてて、「ご飯お願いします」と頼もうとするとちゃんと目が合って、きびきびーっとご飯とお味噌汁をもってきてくれるのだ。

心地のよい人の心地のよい接客は、ご飯が余計美味しくなっちゃう。心までご馳走様!

ハルさんは多分60代前半。150センチないかもしれない華奢な体だが、その動きは「働き者」の動き。レストランなんかで、一見若くてかわいいウエイトレスさんの、ぞんざいな接客や愛のない笑顔をみると、ご飯はまずい。どんどん足が遠のく。

ハルさんは、他のスタッフの面倒も良くみる人らしく、一緒に働いている人たちの表情はなんかウレシそうで、ハルさんがいない日はなんかみんなつまんない顔になっている。私も「なんか今日損した」というような気分になってしまう。

人のあたたかさは、動きをみているとよくわかるね。本物の人は、たくさんの人を同時に見ているけれど、偽者の人は対象者しか見てない。って、こんなふうにヒューマン・ウオッチングを行うのもマーケティングの一環。

この間の寒い日、ハルさんのもてなしで、ご飯も美味しかったけど心が膨らんだ。こんな風に年を重ねていけたら、本当に幸せ。

 ★そんなシモジモの暮らしをよそに、政界の人たちの顔見てるただけでご飯がまずいよ。

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/bd8b2a5f92ba0e686265aba81267e492

雪のひな祭りにHP大改装

2009-03-03

今日はひな祭りというのに、雪だよ。東京は3月に雪が降ることがおおいけれど、ひな祭りにというのは初めて。これはこれで、ホワイトひな祭りという感じで、思い出深くなるだろう。

2月の初めからHPの大改装を連日徹夜で作業し、80%くらい完成してようやくアップした。今までショッピングのページなど使いづらいことが多かったが、よしっ!と気合を入れてへたくそながらも何とかまとめた。

HPはある意味、本を書くのと同じ。人任せでは、違ったものになってしまうことを痛感した。思えば、4年前も通販ページを作るのに、毎日徹夜して1ケ月で一から作ったっけ。すっかり目が悪くなり、頭も肩もバリバリになったけど、それがあったからこそ「ヘッドヒーリングオイル」と「ヘッドヒーリング」が生まれたんだ。だから、IT作業の人たちの体の辛さは、理解できる。

今は、インターネットがなければ何もコトが進まない世の中になってしまったけれど、眼が悪くなる人たちが急増しているよね。そこで私はまた考えるのだ。目の疲れを徹底的にとる方法を。

そしてマリン・アイヒーリング<目元のケアとして、クマとシワ(リンクル)のケアを兼ね合わせたギーとローズウオーターとアムラ、コラーゲンなどを活用したケア>が生まれた。お蔭様で、このケアとヘッドヒーリングのコンビネーションは大好評である。

花粉症の目のかゆみにもとても役立つので、これを取り入れた「花粉ストレスケア」も、作った。

世の中の激変で、みんないろいろと大変だったり辛かったりすることが多いと思うけれど、そこにはヒントもたくさんあるというわけ。私の座右の銘は、「ピンチはチャンス」だけれど、冷静に周りを見回すことや行動を見直すことの意味は、ピンチが大きいほど意義がある。

この時期本来は晴れていることが多いのに雨や曇りが最近多くて、晴れると一気に花粉がとぶのだそうだ。

つらい方は、花粉ストレスケアをぜひ受けてみてください。頭も目も鼻も肩も大スッキリします。

それに、瞬時に鼻がとおる「みみたろう」が最近俄然人気が出てきた。これも、私の経験から生み出したもの。ある意味自分人生の歴史的商品かもしれない。

そんなこんなで、今日もまた徹夜でHPに取り組む。終わったら、ピヨコにしっかりケアしてもらうのを楽しみにして・・。

リニューアルHP: http://www.BTL369.com

最終完成予定 3月末。(がらっと変わりますよ)

 

 

What's Beauty Life? ビューティーライフへの思い

2009-02-22

このままいくと、2030年には年金が破綻して、国家も危うくなるというニュースが先週流れた。今年に入り、今までの最高の死亡率(高齢者が増加しているためと少子化で、出生率と死亡率の逆転がではじめたため)という報道もあった。

マスコミの数字や情報は、全て正確というわけではないが、おそらく2030年をまたずとも2015年頃にはとっとと年金は破綻するだろう。

父が亡くなった3年前、年金解除へ役所に赴いたとき、係りの人から「貴方の時代にはもらえないから、貯金しときなさい」なんてリアルに言われたっけ。もらえるほど長生きしないから大丈夫、なんて思ってるけど、もっと若い世代は次なる「老後のための施策」を練る必要がある。

20歳のとき、「ハタチ」という節目を感じたくて一人旅を決行した。今みたいに情報があるわけではなく、もともと無鉄砲な性格なので地図をみて「ココ!」と直観で決めた。

「聖山」という美しい名前に惹かれて、とっとことっとこ一人旅。電車もガラガラ、バスも乗客一人というロンリーな旅でたどり着いた宿でも私一人のお客。当時は若い女性の一人旅というと「自殺しにきた」と思われることが常で、つとめて明るく元気にしていたっけ。

散歩に赴くと、「聖山」の由来が書いてあった。かつての姥捨て山だったのだ。「ひえーっ!」と仰天し、急にオソロシクなって宿にすぐ戻った。幸い、後一組女性の二人連れが宿を訪れ、フロントから「女性のほかのお客様も到着されたのでお食事を一緒にどうぞ」と気を使われ、息統合して夜中までいろんな話をして楽しく過ごせた。

翌日、安曇野へ向かって電車に乗ると隣のおじさんに話しかけられ、なんと地元のおじさんでびっくりするやら、世の中の狭さを感じるやらで、これまた楽しく過ごせた。

介護福祉を学ぶにいたってようやく「姥捨て山」のことを知るにいたる。「楢山節考」というシュールな映画を見せられ、あっ!と思い出された。日本人は、口減らしとして子沢山で子が多すぎるとコケシ(子消し)し、老人で長生きしすぎると山に入り自ら死を選びながら、先祖をつなげてきた。先月なくなった緒方拳が主人公のこの映画は、重い内容ながらも「凛」とした日本人の姿を写していた。

生きる覚悟、死ぬ覚悟、どちらも持ち合わせ、究極の選択をしながら必死で生き延びてきた過去があり、現在の私たちがあることを今は誰も知る由もない。

国家や世界の経済基盤が崩壊寸前の今、「生きる」ということを思索するとき年代や過去の体験によってその思いは異なる。一部の「富豪」と呼ばれる人たちはあの手この手で必死に生き延びる術を仕掛けているが、その腐った魂にはやがてうるさい蝿がたかるだろう。

What's Beauty Life? 私は「ビューティーライフ」の意味を「麗しい人生」と考えている。お金や名声がなくても、「凛」とし続けられる信念を持ち、誰からも後ろ指を指されることなく生ききる事が出来る人生。それこそが麗しさではないだろうか。それは意識さえしていれば、誰もが実践できること。年齢を重ねるほど、その信念を問われるだろう。そして日々行動の中に映していけば、いつ果てるとも後悔はしないはず。真の寿命とはイノチを生ききる事、と政治を含めてさまざまな情勢から、ようやく人々が感じられる世になりつつある。

血のオコリ

2009-02-15

昨日はバレンタインデイ。お客様からそれにふさわしいストーリーを聞かせていただき、「この国にまだそんなにアツイ人がいるんだ!」と感動をもらった。

利益のために流されず、人の命と自分の使命を大切にできる人。たとえ自分や家族が窮地に陥っても、「それだけは絶対にできねえ!」と腹をくくり、それを必死で支えた家族。いまとなっては伝説のような物語が、ごくごく身近にあった喜びと出会い。静かに、しみじみとそれを味わう。

先週の出来事から得た思いを、少しずつあちこちに表現しているが、公的な人々からはするりと交わされ逃げられたりしていた。その歯がゆさの中から、不思議なことに昔を思い出した。そうだった。私は昔ジャーナリストを目指していたんだ。深夜放送族だったことから、マスコミを目指したけれど、放送学部のある大学へすすむには膨大な費用が必要で私は断念した。初めての挫折。

多分その思いは、昔祖父が共同通信社に勤めていて、戦後の動乱期に戦犯と呼ばれる人たちの妻たちに、自活できるよう農業や養鶏などの技術を教え、生き延びることを助けたと父や叔母たちからよく聞かされたことにも端を発していたと思う。その祖父の血を一番強く受け継いだのが私なのだろう。幼い頃から「男だったらよかったのに」と何度も嘆かれ、医者か学者にしてほしいと両親に伝えた期待を反発から見事裏切って、全然違う道を歩いていったのに、方向は同じところに向かっていた。

不思議な縁に導かれ、アーユルヴェーダにたどり着いて恩師幡井先生と出会うが、幡井先生がミャンマーで軍医をしていたとき、祖父の長男(父の兄)は衛生班としてミャンマーで戦死していたという偶然に、祖父の意思を感じた。出来のよい長男に、祖父は「医師を目指せ」と奨励していたという。

その思いが私をこの道にたどり着かせたのか、自分の魂が感じ取ったのか定かではないが、自分を精一杯発揮できることのこの仕事を本当に天職と感じている。と同時に、もうひとつの方向「真理の探求」が別の視点ではたらいている。

祖父の代の明治時代は、歴史上稀に見る混沌とした時代であり、その後に起きる大きな二つの戦争や戦後の動乱など、戦後に生まれた世代では想像もできないほど過酷な日常だっただろう。そこを生き延びてきた人たちは、単なる「キレイゴト」ではすまされないイノチの選択を余技なくされたことと想う。

祖父は30年以上前に亡くなったが、少し大人になってから聞いてみたいこと、話したいことが山のようにでてきて、話を聞けなかったことが悔やまれる。老年時代は、若い頃の行動とは意を反して牙を抜かれた虎のような環境だった。大人になってからその事情を聞かされ納得したが、悔しさや無念の思いを汲み取れる今、その分血のオコリとして自分の中に生かしていこう。

祖父が生きた唯一の証として、日比谷公園にある平和の鐘に祖父の筆跡が刻まれている。それを眺めるとき、自分の中に流れる血を大切に、祖父の思いとともに真の行動をしていきたいと強く思う。

出来事の裏に見えるもの

2009-02-11

あっという間に1月もすぎて、2月に入りその速さを世界や日本の動きの中からも感じる。

うちは、スタッフが一生懸命システムの見直しと改善を行ってくれて、埋もれていた大事な物事を探し出してくれた。ここから、またシステムを再構築し、もっとサービスの質の向上を目指していく。

そんな矢先、私は駅前の銀行の前である事件に遭遇した。目の前で起きた傷害事件。私は激昂し大声で騒いだので加害者を逃すことなく警察にはつかまったが、被害者の安否はわからない。翌日、目撃情報を警察に提出したが、それだけではなくその事件を誘発する環境要因も見て、銀行にも提出した。さらに、市民の安全を確保してくれるように江戸川区長、葛飾区長にもメールをだした。(その領域改善には、二つの区の協力が必要)

ただ歩いているだけで、誰もがそんな事件に巻き込まれてしまうようになってしまった世の中。この不況と不安でみんな苛立っている。そしてあっけなく失われる命。ある意味戦場と同じ。

しばらくアドレナリン放出状態が続いたが、ようやく落ち着き、私は何をしたいのかを考えた。そしてできることを考えた。

情報提供で環境要因が改善されるかどうかわからないが、それが遅れれば遅れるほど同じような事件は起きるだろう。同時に、「イノチ」を関係者がどう捉えているかも見えるだろう。

久々の激昂で脳がフラッシュし、ちょっとリセットがかかったようだ。肝をすえて、「イノチの重み」を感じながら日々奮闘していく手(グー) 

bankfront.JPG   bankstreet2.JPG 

この狭い通りで事件は起きた。銀行前の植木。自転車は遠くから来る人もいるので、「置くな」というのは無理。ここを通るたびに誰かにぶつかり、ため息が出る。 

二つの部屋

2009-01-30

世の中が本当にタイヘンなことになってきた。って、自分だってなかなかタイヘンだけれど、私は今二つの部屋を同時に見ているような感覚がある。

Aという部屋には派遣村に集まる人たちのように苦悩に満ちた人が寄り添い、Bという部屋には前向きにしっかり考えてエネルギッシュに活動する人たちが集まっている。ここでの会話を想像で聞いてみると、Aにはため息が充満し誰かを(会社を)恨み、プラスのベクトルが少ない。Bという部屋は成功談があふれ、活気がありプラスのベクトルが加速している。

しかし、これはどちらがよくて悪いということではない。このAという部屋にBの部屋の数人を招きいれ集まった人たちと話し合っていくと、その中には顔を上げて頬を紅潮させ目を輝かせる人もでてくるだろう。真のリーダーとは、人をやる気にさせるだけでなく具体的にイメージさせる力をもてる人だ。そしてAの中のその人たちは、語ったBの人の話を真剣に聞き、敬い、感謝という感情をもってそのBのリーダーとしっかりした信頼関係を築いていくだろう。

ではBの部屋ではどうかというと、やがて「誰が一番すごいか」という自慢話になり、お互い張り合って利害関係でしか関係性が成立しない、という風潮が生まれてくる。そこにやがてマイナスのベクトルが派生し、争いが生まれAの部屋とBの部屋は逆転していく・・・。

そんな光景が身近にもあり、あちこちに、そして世界の中にも見えるのだ。勝者と負者に見えるだろうが、一時的な結果を見てラベリングする浅はかさを、そろそろ卒業する時期なのだろう。本当の力に変えていくシステムが再構築される時期なのだ。

これにはマスコミや、情報の中で踊らされずに、人間の洞察をしっかり行い、人間の力、それぞれの持つ力を自分自身でどれだけ気付き磨き生かすか、ということが「鍵」になる。

今自分がAという部屋にいると感じているならば、人の優しさや思いやりということを目一杯磨き、協力しあうということを心がければ、やがて大きな力になるだろう。Bという部屋にいると感じているならば、驕りや傲慢さを捨て冷静に物事を観る感覚を養い「包容力」という形に変換していけば、大きな組織になっていくだろう。

誰もが気付いているように、この国には真のリーダーはいない。サムライはいない。

マツリゴトの狂気に狂わされないためにも、まず近くの者から寄り添っていくことが大事だ、と感じるのだ。

今日がほんとの2009年スタート!

2009-01-26

今日は旧暦の1月1日で、しかも新月、しかも月曜日。トリプルで、全部新しく! という揃いにそろった日。なんかとても「美しい」と感じる。縦横斜め、どこから見てもパーフェクトなキレイな立体。

空気も心なしかきめ細かいような感じがするし、時間の流れもとても滑らか。

そう、今日から始まる。何もかも新しくなるスターティング・ポジション。 今までは、これでもかこれでもか、と世界の、社会の、個人の、問題点がどんどんでてきて、ずいぶんと知らされなかったことを知らされた感じがあった。そして、今は経済の激震が続き、崩壊するものと残るものと分けられるだろう。

でも私たちは、まだまだ知らされないことがたくさんある。それを知るのと知らないのとでは、おそらく生き方や考え方もずいぶんと違ってくるだろう。

なぜかはわからないけれど、私はいろいろと知らされる。その先を紡げば紡ぐほど見えてくるさなぎのようなもの。中に入っているのは蝶か蛾かわからないけれど、何かがうごめいているのは見えるよ。

「人はよりよく生き、よりよく死ぬことを考えなさい」 とアリオンは言う。誰もが、今生自分を思い切り生きたなら、たとえ80歳まで生きなくとも「やり遂げた!」と悔いなく果てるだろう。この言葉の意味は深い。この言葉を表面的にしか受け取れない人は何か地位や名誉や権力を持とうと考えるだろう。そうではなく、日々悔いなく生きたとき、初めて見えるものがある。毎日そう生きられれば、見えてくるものは日々新しい。

そして今日、また私は新しい思いを得た。柔らかく、まろやかな、この思いを込めて、今日の新月に新しいみみことみみたろう作り、今日の神月にささげよう。

 

 

人間の進化と絶滅の危機

2009-01-24

夜中のテレビで、「男と女」についての違いをさまざまな視点から解析する番組を見た。

なぜ恋愛するのだろう、からはじまり性差の違いが脳を中心にさまざまな臓器においてまで違っていること、そして遺伝子の違いなどなど、非常に興味深く見ていた。

一番気になったのは、男性を決定付けるY染色体がどんどん小さくなり、将来的に消えてしまうだろうという見解をだしていたことだった。

体や心は、実は女性のほうが数段強い。これも遺伝子レベルのなせる業だが、昨今「イケメン」と呼ばれるきれいで女性的な男性が増えたのは、この染色体の弱小化によるものなのだろうか、と思わされるほど・・。

さーて、現代科学はどう対処するか・・。試験管の中で、「理想の強いY染色体」をつくりに作って、望む女性に提供していき種族保存をはたして人類の滅亡を防いでいくか・・。一方アメリカでは、遺伝子技術がすすみ、理想の子供を作るオーダーメードの(性別、髪や目の色、肌の色、能力など)人工受精などもあるという。やれやれ。

人類が誕生してから数万年ともいわれているが、今の私たちは進化ではなく退化にむかっているのではないだろうか? 

 そして、21世紀を迎えた頃から世界中の男性の精子数の減少が顕著であり、自然妊娠がしにくい状況が作られているという。人口抑制の一環なのかもしれないけれど、環境破壊や食品添加物、忙しすぎる日々、電磁波の被害などなど、ありとあらゆるものが懸念される昨今。

こうやって科学の解析が進めばススムほど、神の領域に入り込んでいく。でもなあ、それを知りたくて科学が発展していったのだから、最終的にはリンクするところもでてくるのだろう。

でもなあ、でもなあ・・・。 ため息・・・。

 

 

ゆっくり確実なススミ

2009-1-17

年も明けて、2週間以上が経過。寒さがひときわしみる経済状況の中で、誰もが「危機感」を相当に感じている。

100年に一度の恐慌といわれるが、100歳以上の人なんてそうざらにいないから、誰もが「初めての・・」という感覚である。

岡本天明に降りたお筆先で知られる日月神示を読んだ人なら、「今がそのときだ!」と感じる人も多いかもしれないが、世界同時恐慌のシナリオを作ったのは、実は宇宙であり同時に地球である。

このおかしすぎた世の中を変えるには、一朝一夕ではできないこと。長い年月を経て作られたものは、壊されるにも相応な時間がかかる。

日本は経済発展を遂げたものの、諸外国にとっては「金のなる木」でしかなく、実際日本にやってくる外国人の多くは「お金を稼げる」という目的が多く、日本人はもとより日本文化なんて「どうだっていいや」と思っていることが多いだろう。

もともとお人よし島国気質の日本人は、頼まれれば「NO!」といえず、主張もせず、ただただ諸外国にたくさんお金を送り、いつの間にか金はだしても口出すな!というような立場になってしまっている。

でもここで、今一度振り返り本当の「国づくり」に目覚め、国民を護り導いてくれるリーダーがでてきてくれれば、ニッポンという本来の役目を持つ国や国民が目覚めていくだろう。

人としての本当の姿とは、今こそ私たちは自分の心を本当に試されている。  

 

mimiαco(みみこ)とmimiαtaro(みみたろう)誕生!

2009-1-11

 mimicotaro.jpg      長年あたためてきた企画商品が、今日誕生した。

その名もmimiαco(みみこ)とmimiαtaro(みみたろう)。耳で聞く「聞香アロマ」。

普通は鼻から嗅ぐ香りを耳から聞くと言う発想は、自分の実体験から生まれたアイデア。「聞香アロマ」というコンセプトで選んだ香りはアーユルヴェーディック・アロマテラピー見地から選定し、さらにホメオパシックなバイブレーションと、プラチナ水を加えて電子の力も加味して、「ヒビキ」を大切にした。いわば私の人生の集大成。

実は、この数ヶ月間密かにトリートメントで使用しており、特に初回のシローダーラー時のお客様のリラックス度が以前よりもさらに深いレベルになっていることを実感している。同時に、「こんなに深い睡眠を得たことがなかった」といわれるくらい、脳がしっかり休んでくれていることを感じる。

この「みみこ と みみたろう」は、専用のmimiコットンに1〜2滴含ませて、耳にそっといれ目を閉じて深い呼吸をしていただくと、およそ10分〜15分程度で瞑想的なリラクセーションが訪れる。

敏感な方なら、鼻の奥のほうで香りをキャッチすることができるだろう。

イライラしやすい人や、ストレスが強い人、眠れない人などにぜひ使っていただきたい。

みみこは女性用としてのパステルトーン、みみたろうは男性用としてのビビッドトーンに仕上げているが、風邪のときなどには男女問わずみみたろうをしていただくと、鼻がすっきりしてきたりする相乗効果もある。

さらに、旅行などの長い道中で、ぐっすり眠っていただけるようにも考えた。

花粉症などのはやるこれからの季節、とても役立てる商品だと思う。そして、この辛く厳しい今だからこそ、この商品が多くの人に「癒し」をもたらすことを信じてやまない。

★このmimiαco(みみこ)とmimiαtaro(みみたろう)は、ツキヨミノミコトに奉納します。

(今日の満月のパワーをしっかり注入しました)

詳しい説明は商品ページをご覧下さい。

 

アタラシキ活動

2009-01-03

あけましておめでとうございます。

このあけましてには、あけ(明け、開け)の字を当てたいと思います。

昨年の激動の一年を経て、今年は更なる絞込みが予想されます。誰もが、今一度いろいろなことを考え直させられる年になるでしょう。

私は、今年の新年は、今までのルーティンをすっかり変えた始まりとなりました。初詣、新年のご挨拶等々ががらっとかわって、自分の時間を楽しみ、親しい人と会い、書を読み、という短い日々にもてんこ盛りは変わりませんが、内容がかなりの変化。

今年最初に宣言します。今年は、あまり神社に行かないでしょう。観光で、ということはあっても、今までのようにニギハヤヒを追いかけて、は修了しました。その理由は、ニギハヤヒの存在がストンと胸に落ちたから。 神は、すでに内の中に。

なので、今日は今まで参ったところのお札を、産土神社でお焚き上げしてもらいました。その数はおよそ50枚ほど。霊系が同じなので、神様同士のケンカにはならないでしょうけれど、丁重にお礼を申し上げました。ここまで導いてくださったことに、本当に感謝です。

経済も社会も、大きな変化を余儀なくされる一年。そんな中、日々不安ですごしますか?それとも、小さな幸せを大切にすごしますか?

私たちが培ってきた概念をもう一度取り払って、新しく構築していくことが、これからの世の中になります。年齢を重ねている人は、「よき経験、体験」はしっかり後世に伝えて、「自慢や驕り」は早く振り落としてください。

さて、明日から当社は始まります。アーユルヴェーダの本当の効果を知るものとして、多くの人に「神につながる心身」への調整を、今年はもっと頑張ってやっていきたいと思っています。

本年もよろしくお願いいたします。 

★年始は4日・5日は18時までの営業となります。(アーユルヴェーダトリートメントのご予約の方7名様に特性福袋を進呈します)

若いホームレスの憂い

2008-12-28

年の瀬になって、相次ぐ企業決算の下方修正と同時に、派遣切り、リストラの嵐が吹き荒れている。テレビでは、仕事を失い寮を追い出された若者が、炊き出しを頼りに寝間を転々とする様子を報告している。

「家に帰ればいいのに・・」と、誰もが思うだろう。でも、昨今の社会背景では離婚や別居など家庭崩壊も多く、帰りたくても帰れない、帰るところがない、という若い人も多いだろう。また、むやみに帰って心配をかけたくない、というガッツ派もいるだろう。

社会の変化は、こんなところにもあらわれているのだ。一昔前なら、東京に出てきても「故郷に帰る」というパターンもあったが、今はそれさえも失われていたら本当に早い時期から自立していくしかない。でも人間的にはそのほうが成長が早いだろう。

厳しい時代は、これからが本番。世界の経済に一時的にお金を出して「日本」の顔をたてても、国民に対して救済の措置のないやり方は、本当の政治といえるだろうか。

国民が安心して暮らすための政治、というスローガンのなんとむなしいこと。だから私たちも、ちゃんと自立せねば。こういうときこそ、袖刷りあうも多少の縁、と「一致協力」を惜しみなく実行し、分け合ったり、まとめたりという小さな単位からの出発が大切になるだろう。若さと健康な体があれば、エネルギーをも共有できる。

テレビでは、所持金200円しかない若者が、公園でひげをそり顔を洗って身なりを整えて、という日々を送っている様子を映していた。「これがなくなったら、本当に自尊心も自立心も萎えてしまうから・・。絶対にあきらめたくないんです。」彼に光があたるのは、間近だろう。こういう若者を採用できない会社の人事部はあきめくらであり、会社としても伸びる要素は少ないだろう遊園地 

サイレント・ナイト

2008-12-24

皆さん クリスマス、おめでとうクリスマス

あ〜しかし、気分はちっとも盛り上がらず、景気も盛り上がらず、時だけが過ぎ行く今宵 ♪

今までのクリスマスの中で一番サイレントなナイトになりそうだ。でもいいじゃない。本来は静かに今宵の喜びをかみしめる日だもの。いつの間にか本来の主旨を忘れて、クリスチャンでもないのに「勝手に盛り上がる日」になってたもの。そうして、イベント化され、世界中の人たちがこの日に特別なことをする。パーティーでしょ、食事でしょ、おしゃれするでしょ、プレゼントするでしょ、って、消費活動になってたもんね。プレゼントはいいよ。お歳暮みたいなのもあるし、年末だから「お世話になりました」って意味もこめてなら。

でもさあ、今年は特に思うね。キリストが生まれてからこの2000年、世界が平安に包まれている時代ってあっただろうか・・。救世主って世を救うって意味。救われたかなあ。どうだろう。

私は幼稚園のときこの教えに触れたけど、「なんかいつもと違って、ご馳走食べられて、プレゼントもらえる嬉しい日」という超現実的な思い出しかない。煙突もないのにサンタはどうくるのか?ホントにくるのか?と思いつつ、枕元にプレゼントがなくて泣いたときもあったっけ。すごいのは、興奮して眠れなくて、いつも夜なべで洋裁をしていた母がなんか手袋で何か作ってるのを見てしまい、袋に入れてかさこそと寝た振りしていた私の枕元に置いたことを覚えている。そのとき悟った。「サンタはやっぱりいない」と。袋をあけると手袋で作られた指人形のなかにキャンディが入ったのがでてきた。このときに、「説明できないフクザツな気持ち」というのが湧いたのだった。この年になってよく考えてみると、キリストが生まれたこととサンタがくるのはぜんぜん別のことだった。キリスト誕生のときに、星に導かれて馬小屋までやってきた三人の聖者が持ってきたプレゼントは、やがてキリストにふりかかる試練を見越して授けたものだったろう。でも、この「乳香」「没薬」「金」はいつどうやって使ったのか、わからない。これには錬金術にかかわる謎が込められている。

そして、今年はマリアに「受胎告知」をしたガブリエル、ミカエルという天使たちの別の意味を知った。全てがもうすぐつながる。宇宙も神々も歴史も人々も・・・。私の感覚も目覚める。静かに目を閉じて、そのエネルギーを観じる。今宵は SILENT NIGHT, AND HOLY NIGHT 3694270夜 

いまどきの若者たち

2008-12-13

昨日渋谷のカフェでお茶してたら、隣の若者カップルの話が耳に飛び込んできた。

「いまどきさー、この仕事やだとかこんなのやりたくない、とか、自分のやりたかったことじゃないなんて言ってんの遅れてるよねー」「そんなのすぐリストラだよ」「大体、最初からやりたいことやらせてくれるとこなんてあるわけねーだろ・・」

ちら見すると28歳くらいだろうか。アムロちゃん風の女子とロックバンド風の男子は、なかなか的を得たことを言っていた。

社会の変化には若い人たちのほうが柔軟に対応できる。ほんの一昔前は、「自己実現」とか「自分発見」とか、好きなことはやるけど嫌なことはやらない、みたいなわがまま風な仕事人が多かった。

経済不況が叫ばれて、大手企業の大量のリストラや不採用が増え始めると、真っ先にターゲットにされるのは、窓際族かわがまま仕事人だろう。

仕事に好き、嫌いなんてあるもんか。上手下手、得意不得意はあっても、好き嫌い言う前に「向き不向き」を知ることのほうが大事でしょうが。本当に仕事ができる人は、全体を見ることが出来る。全てに流れがあり、それぞれに必要な管理があり、もっとできる人はそのコントロールができる人。

今まで見てきた中で思うのは、仕事ができない人ほど文句が多い。つまり改善するアイデアがわかないので、文句となる。当然、結果が出せない。

会社は、今までのようなわけにはいかないだろう。特に輸出に頼る企業においては、ここのところの円高は命取りになる。だから会社は生き残るためにアラタなアイデアを出せる人材を必要とする。

私たちは今もう消費の奴隷にはなりたくないと思い始めている。モノはたくさんあるし、新しいものを買ってもすぐまた新しいものが出て、そんなのの繰り返しはうんざりだと思っている。ごみが増えるだけだし。

それに今度はCO2削減だって。やがて、あらゆる商店は6時には店を閉め、人々は7時に帰宅して家でご飯を食べ10時には眠り、朝5時に起床するようになるだろう。なんだかとってもアーユルヴェーディック!そして、メタボは減り人々が健康的になってようやく日本の企業が活性しだす・・。家庭円満で離婚も減って子供が増える、っていうシナリオなら万歳!

子供の頃は、アメリカのモダンさを見せ付けられて「アメリカすごい!」なんて目くらましさせられていたけれど、今年齢を重ねてアメリカの実情を見ると「自分だけよければ他どうでもいいー」CEOがゴロゴロいる社会なんていいわけない、とちゃんと思える。

だから、こんな今いけてない日本でもステキな若者たちがちゃんと育っていることを垣間見て、なんかこれからよくなるんじゃないか、って期待がもてる。足をひっぱらないように、おばさんおじさんもちゃんとしっかり生きていきましょう。

15年ぶりの再会

2008-12-11

先日お越しくださったお客様は、私が岡本記念クリニックにいたときに初めてアーユルヴェーダのパンチャカルマをうけられた方だった。

名前は正直思い出せなかったのだけれど、実際にトリートメントに入ったとき「あーっ!」と思い出した。そう、体の特徴で。あれから15年たち共に年齢は重ねたけれど、あのときのパンチャカルマでとても体が快調になったため、それからずっとアーユルヴェーダのトリートメントを受け続けていたそうなのだ。

私のところへは、コスメクッキング・ブックを読んで初めて当社の存在を知り来たのだという。パンチャカルマという正式な浄化法はできないけれど、その前段階でのオイルを使ったトリートメントでは当社ほどメニューがたくさんあるところはないだろう。

基本のコースにフェイシャルや目のケアや耳のケアまで入った究極のビューティ*フルコースを受けてくださり、仕上がりにとても満足していただけた。

15年は、本当に「あっ!」という間だった。それでも、アーユルヴェーダという「糸」は切れずに「縁」となって、また大きな結びとなる嬉しい出来事だった。やり続けること・・継続にはこんな長いスパンも含まれていることを改めて知る。

これからいつまでできるかわからないが、ここのところ本当に数年ぶりのリピーターも増えてきて、とても不思議だけれどありがたいことだと思う。

来年はどうやら激動の1年の気配。少なくとも、ここにきてくださったときだけでも「イノチの洗濯」をしていただけるように、当社もいろいろな改善中である手(チョキ)

師走の便り

2008-12-06

毎年この季節になると、年賀状辞退の喪中葉書が届く。年齢を重ねると増えるのは、父母や祖父母の逝去が多くなるからだ。

今年はその中に一枚、「あっ!」というものが在った。以前生徒だった方の家族からだった。ご本人が、10月に亡くなっていた。44歳の若さで。

10年以上前から知っている人だったが、数回カウンセリングとトリートメントも担当した。いつも何かに「憂う」ことをしていた。主に家族のことだったが、「八方塞」と自身は言うけれど、それを突破するか否かは自分自身にかかっている。多少のリスクはあったとしても、それだからこそ「必死」になったり現状突破のエネルギーが沸いてきたりする。でもリスクを回避して、時を待てばなんとかなるというようにはこの世は作られていない。ついには耐え切れず、自分自身が壊れる方向へ行ってしまうことはよく見られること。だからこそ、アーユルヴェーダで「イノチ」「人生」のあり方を説いてきたのだけれど、タイミングも大切だった。

彼女を偲ぶと、苦痛に満ちた人生では在ったけれど、ようやく開放されたという安堵感のようなものが伝わってきた。ただ、残した子供のことなどで後ろ髪を引かれてはいるけれど、もう戻りたくないという確固たる意志のようなものも感じる。

それでいい。もう進みなさい、と静かに告げる。生きて行くにおいて、誰とも関わらない人生などない。人それぞれいろいろな環境があり、相応の悩みもあるけれど、それをいかに打破していくかが実は輪廻の仕組みなんだと思う。苦悩を、我慢したり無視したり、あるいはそれにどっぷりつかってしまうと、乗り越える知恵はわいてこない。実はここに、個人進化の鍵があるのだけれど、悩んでいても何も解決しないことを知らない人は実に多く、いつでも「悶々」としている。考えるのと、悩むのでは天と地どころの差ではない。そのうちに、あちこち体の不調がおこり、行動が起こせなくなるパターンが多いのだ。

40代は、20代・30代のツケが現れる。50代は40代のツケ。その都度、その都度のポイントで、自分の体力や能力を考えた上で行動や生活をリセットしないと、マイナスに転じている体やエネルギーは枯渇してしまうのだ。若い頃以上にしゃかりきに、としている人は、天国?への階段が近づいていると考えると良いだろう。でもこれも、「生活のため」や「家族のため」でなく、「自分のため」でないと昇れない。どんどんシンプルになっていかないと、贅肉だの欲望だので重さが増していく。思いは重くなり、執着・固執というように粘着質になっていく。これもメンタルアーマとして、すがすがしさに通じる心の通路をふさいでいく。そうすると、ドロドロしてしまうのだ、ナニモカモ。

44歳は明らかに早い。でもその人は、もっと年長に見えた。1年を2倍にして生きてきたのだろう。

決心して旅立ったことを祈るばかりである。

 

BTLのメルマガ「ぷちハピ」発行!

2008-12-01

あーもう12月。なんてなんて、早いの!

そうやって、毎年唱えていたけれど、当初からメルマガを発行しようしようと考えてはいたものの、仕事が追いつかず、皆様には多大なご迷惑をかけていた。

WEB担当の聖子さんが入り、ようやく念願のメルマガ発行までこぎつけた。

やり始めると、当社はいろいろなコンテンツがあるだけに、なんだかこのマガジン分厚くなってきた。でも読んで「うふっ!」となってもらえるよう、考えたデス。

先日いらっしゃったお客様。私の本は全て持っていて、「すごい文章力!何回も読み直したくなる。ずっと手元に置いておきたい本!」と絶賛くださった。(くすぐったい)。特に、9月に発行された「アーユルヴェーダ式コスメ&クッキングブック」を読んで、もういてもたってもいられないという気持ちになり、当社を訪れてくださったのだ。

「他の本とは全然違う。言葉が生きている」。 そんな風に感じてくださる方もいるんだ。ぶっちゃけいうと、確かにコスメクッキングブックは、決算時のこ忙しい中一ヶ月で書き上げた。PCの前に座ると勝手に指が動くみたいな、脳に言葉がドンドン浮かんできて、「特に伝えたい部分」がボーンと浮かび、そこにたどり着くストーリーを前後に紡ぐ感じで書いたのだった。

これがもう最後の本かもしれないな・・。アーユルヴェーダのことについて書くなど、本来おこがましい感じだけれど、実践をする中でどうしても伝えたいコトがあり、多分それは私しか書けないものだったので、後に続く人たちの少しでも役に立てればという思いでつづった。なんだかんだで、発行まで1年を要してしまったが、これも良いタイミングだったのかもしれない。

このお客様の一言で、私はまた書くことに決めた。とても大切なこと。アーユルヴェーダの直接的な話ではなくても、伝えたいことがまだある。それを、魔女KARINA の人生のエッセンス として、メルマガだけにつづることに決めた。時代はちょうど節目。これからますます厳しくなるであろう世事の中、いつでもどこでもどんなときでも「ぷちハピ」な出来事はたくさんあって、それが人生の潤滑油のごとく、スムーズにいかないまでもぎこちなくても歩くことはできるエッセンス。

スタッフにも奮闘記を書いてもらうことにした。ちょっと分厚いですが、BTLの時空空間にしばし浸って見てください。

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心の成長

2008-11-25

なんだか本当にいろいろな流れが変わってきた。世界や社会の変化もすごいけれど、会社としてもとてもスムーズという感覚がある。

これはひとえにスタッフの成長と連携の賜物とみるけれど、それだけではない「新しい流れ」が確実にやってきていると感じられる。もちろん、まだまだ四苦八苦しているけれど、それ以上に落ち着いていられる不思議。新製品や新企画のものがあるということだけでなく、私が目指していたものにもうすぐ到達しそうというワクワクした感じ、とでも言おうか。

先週、私は出張に、スタッフは忌引きの帰郷でお互い九州にいた。彼女は「イノチ」や「人生」を感じてかえってくるだろうと予感した。この2年間で確実に技術力をあげただけでなく、年齢以上の鋭い感性を発揮し、クライアントの心を感じることをしてきている。二人体制になって、それはさらに増してきた。若いといっても、もうお母さんでいてもおかしくない年齢。そして、一番いろいろなことを多面的に吸収できる年代。下積みをきちんとこなしているから、工夫も改善も的を得ている。多分、多くの人が集まる席においても、気配りや管理などもちゃんとできるだろう。

帰って来て、親戚の人に「よく気がつく、顔がしまった、って言われました!」との報告があり、サービス業の経験はこういう場でも役に立つことを実感している。それだけでなく、イベントやセミナーなどのマネジメントも経験しているので、いろいろ行き届くことはできるだろう。

一流企業でないちっちゃな会社だが、だからこそオールマイティにこなさなければならない大変さを大きな人間力に変えて、やがてリーダーとして人を導く立場に立っていく素質が日々育まれている。

だから私はワクワクしていられるのだ。今まで味わえなかった感覚。ようやく本来の仕事ができるヨロコビ。7年もかかってしまったが、それは私の修行だったのだろう。

今日は、私の4冊目の著書「アーユルヴェーダ式コスメ&クッキング」を読んで、来社してくださった方がいた。奇しくも彼女も、スタッフとおない歳。アーユルヴェーダが好きで勉強したいが、将来は「アーユルヴェーディック・カフェ」を開くのが夢、という。それが、私の本を読んでどんぴしゃで、やってきてくれた。

トリートメントを受け、薬膳スープカレーを食べ、とても元気になられた。そこで私は言った。

「アーユルヴェーダの勉強をする前に、まず本当にカフェをやりたいなら厨房に入る仕事に就きなさい!」と。飲食業には飲食業のルールやスタンスがある。どんなに小さなお店でも、家庭とは違う管理や動きが要求される。それ以上に、立ち仕事に慣れる必要がある。これも体力勝負だもの。

知識を先につけてしまうと、そういう職場に入ったときに「私はこんなことやりたくない!」みたいな下積み拒否の頭でっかちになってしまうことが技術系の職場には多々ある。何でも、どんな仕事にも意味があることを知るには、無になって没頭することが大事。そこから見えることは、将来宝となって多くの知恵をわかせてくれることを、インスタントなセミナーでは学ばせてはもらえない。

「はい! 今度面接なんです!」と顔を輝かせていた。その瞬間、白い帽子をかぶりコックのユニフォームを着た彼女が見えた。和ーユルヴェーダ・クッキングを継承してくれる人がでてきたんだ。彼女は農家も手伝っているという。作物を作り、販売し、調理し、メニューを作り、もてなす一連をこれから、少しずつつなげていくだろう。20年かけて、家庭も持ちながら、少しずつ確実に背伸びせずに歩いていって欲しい。

26歳、麗しい年齢。心の成長の芽吹くとき。私もその年齢のとき、読みあさっていたのが渡辺一枝さん(椎名誠夫人)の本。温かく、柔らかく、人として、女性として麗しいと初めて感じた人。精神世界のようなものでなく、地に足が着いたスタンスで、「センス(感覚)」を大切にすることを学んだ気がする。その年齢で、人生を賭けるものをみつけられたらそれは必ず達成できる。儲けることはできずとも、人生の中で自信と喜びとイノチの輝きという素晴らしい時間と共に歩くのだからぴかぴか(新しい)

しあわせの味

2008-11-22

寒くなってきました! 寒いとき一番よく食べたくなるものって、シチューとかグラタンとか、舌が火傷しそうなクリーミーなもの、ってことない?

私はグラタンとか大好きなんだけど、昔むかーしALWAYSなころはじめてデパートの食堂で食べたグラタンの味をいまだに忘れられない。しかし、なぜかあの味だけは再現できない不思議。それは「感激!初体験味」という未知との遭遇感と、昔は特別御褒美みたいなので連れて行ってもらったから二重にも三重にもヨロコビが増した味だったからだろう。

でもクリーミーなものは、女性は好きだよね。そこで、またアイデアが・・。私の地元江戸川区は、小松菜が名産。小松川地区というのがあるけれど、小松菜の発祥の地だそうだ。江戸川区では、小松菜を使ったメニューを扱っているところは、クローズアップしてくれるという。

そこで、「小松菜クリームシチュー」を考案。薬膳スープカレーが大ヒットし、作り方を応用して、またまた野菜だけでとっても美味しいシチューが出来上がった。今日は、仕上げに豆乳を使うか、牛乳を使うかでディスカッション。結果は、牛乳の勝ち~。なんともいえない甘さが加わり、ギーでいためた小松菜とシメジがアクセントになり、「しあわせの味~」ができあがり。

さらに、豆乳で作ったヨーグルトも添える。これにも、何種も豆乳を買ってきて、味比べをした。そしたら、見事レアチーズみたいな仕上がりになったものがあり、そこにレーズンとしょうがジャムをちょこっと添えて、完成! 「うまーーーーーーい!」。(日本人は、乳製品に対する消化酵素が少ないため、牛乳ヨーグルトは少し重い部類になるけど、豆乳ならもっと消化し易く日本人の消化器に優しいため)

さらにさらに、ここに手作りドライフルーツ入りパン(といってもホームベーカリーを使うが)も、隠し味にあの手この手を加えて、たっぷりギーを塗って、「おおおおいいいいししししいいいい!」もプラス。我ながら、とてもいいものが出来上がった、とほくほく。

このごろ厨房に入る機会が増えて、俄然お料理のアイデアがわいている。やっぱり、毎日やることが大事ね。トリートメントを受けて浄化された体に、体が喜ぶいいものを提供できるのは、その設備がないとできないこと。でもお料理だけは、作る人によって微妙に味が違ってきてしまうので、それを統一した状態に持っていくための<作り方>を考えるのがカフェの役割。私の役割。

私の未来の夢。小さなカウンターだけのお店で、昼はアーユルヴェーディック・ランチ、夜は妖しくカバラ・バーをやってみたい。カバラ・バーのカバラ・ババーになるのだ。なんてたって、魔女だからね。薬草カクテルなんか作ったり・・。カバラと体質チェックとプラスαを使って、人生アドバイザーなんてのも入れて。

美味しいご飯を食べるのは、瞬時に幸せになれること。でも、本当によいものは、心が喜ぶ。これはオージャスという純粋な活力素があふれること。それには、素材や調理もあるけれど、作る人の「思い」っていうのも大事なんよ。

世の中不景気になり、「食」を切り詰める人が多いけれど、贅沢せずとも自分への御褒美や、本当に体が喜ぶものは、体がちゃんと答えを出してくれる。そうやって、わざわざ電車にのって、ご飯を食べに来てくれるお客様もいてくれる。食べるアーユルヴェーダ!これができるのは、当社だけ!

☆小松菜クリームシチューセット(手作りパン、豆乳ヨーグルト、ミニチャイ付き) ¥1260 

 08win_stewset0.jpg12月1日より、金・土・日・月のみの限定でスタートします!! 

ぜひ食べにきてください! (事前にご予約いただけるとお待たせせずに召し上がれます)

新しいスタイル

2008-11ー11

ぞろ目の今日は、宇宙のエネルギーが増強する日。のばしにのばしたお墓参りに行ってきた。田園の中を抜けて、山々は色づき、ちょっとしたドライブ。 するとそこに、くの字に腰の曲がったおばあさんが手押し車を押しながら歩いていた。ちょっと痛々しく思う。

昔は、農家の人はその作業の姿勢の長さから、こぞって腰がまがったりしてしまっていたが、日本の今のハイテク技術を使ったらもっとラクに農業ができるロボットだの機械だのを作り出すだろう。

でもそれがものすごいコストで、農家を継ぐ人も少なくなり、食物自給率はドンドン低下している。

ふと思った。昔、士農工商の階級を作ってた頃は、農業の地位は高かった。でもそんなふうに上下関係をつけて階級にしていたのが、今までの世界。だから、「支配」なんてされちゃうんだよ。

でもこれを横並びにしたらどうだろう。たとえばものづくりに関して、士(統括、マネージメント、法の整備、コントローラー)、農(現場、作業場、工場)、工(制作、仕上げ、商品化、企画)、商(広報、流通、販促、販売) そして、利益は平等分配する。そうすると、適性でどこかの場所を担当 するような形になるだろう。格差がなくなるようにすれば、それぞれの場所がもっと活性するんじゃないかなあ。そしてそれぞれを体験実習すると、それぞれのいいところ、大変なところなどが客観的に見えて、工夫できるものが見つかるんじゃないかなあ。

世界恐慌、経済破綻が騒がれている中、新しい仕組みを見つけていく以外、新しい社会など作れないと思う。本来は政治家がリーダーシップをとるのだろうけれど、汚染された頭で考えても無理なのでもうおしまいにして、気付いた人たちが率先して作り出していくことのほうが、本当にいいものが作れると思う。

特に食物は生きていく中の基本中の基本。一番初めにやってもらいたいところ。最近はインターネットなどを通じて販路が多岐にわたり、若い人たちもドンドン参入しているが、素晴らしいことだと思う。去年みたいに、取れすぎて捨ててしまう作物がないよう、二次加工、三次加工などをもっと考えられれば、無駄も損もなくなるだろう。横に繋がるということは、広がるという意味でもある。手遅れになる前に、いろいろ考えたい世ね。

 

以心伝心

2008-11-09

今日、いつも当社を愛用してくださる常連のお客様がいらっしゃった。来週はその方のバースデイ。

トリートメントが終わり、私はスタッフに特別にチャイを作ることを指示しようとしたら、「チャイ作りました〜」って、スゴイテレパシー。

今二人でメインでトリートメントに入っているせいか、それと左右シンメトリーに行う技術のためか、相手のリズムを捕らえることや意気をあわせることがとても大切。そうすると、相手が何を望んでいるか、次に何をしたほうがいいのか、という「勘」がついてくる。

PIYOKOは、特別に勘がよく働くほうなので、それがさらにテレパシックな感覚に発展してきている。でもまさに今日はどんぴしゃ。

お客様も、とても喜んでくださった。たいしたことはできないけれど、「心を尽くす」ことはできる。そういう思いが通じたとても充実した時間になった。

そして、そのお客様も6月にいらっしゃって以来とても開花されて、霊的な感性がドンドン開いていっている。嬉しいのは、ヘッドヒーリングオイルでマッサージをしながらお風呂に入ると、どんどんメッセージが届くようになった、とのことで「このオイル、ただ育毛とか頭痛にいいとか以上に、感覚が開かれるすごいオイル!」と絶賛してくれた。

うわー、そんなことおっしゃっていただくのは初めて。オイルの素晴らしさは、いろいろに皆様評価してくださるけれど、霊的にまでとはすごい!!

アーユルヴェーダの薬草オイルは、本来星の配置の良い人が、月や太陽の動きをみて、マントラを唱えながら薬草を摘み取り、また良い日を選んで煎じ液や薬草をオイルに溶かし込む作業を、神に祈りながら作られるもの。その精妙さがわかる、ってことは、オイルがもつ全ての作用を自らに働きかけるもの。そのオイルを使って、ヘッドヒーリングする私たちの手技は、マントラと同じハタラキとなる。そのことを大切に思いながら、今日も明日もヘッドヒーリングゥするぞ手(グー)

怒涛のインディアン・ウイーク

2008-11-03

先週宝塚ホテルで学会があり、ブースに、演者に、てんこもりですごした3日間のあと、間髪をあけずに「婦人科セミナー」が2日あり、怒涛のインディアン・ウイークが終了した。

昨日のセミナーには、グジャラートで40年以上の臨床を持つDR.DAVEの「不妊症」における講演と、青森でできるだけ自然妊娠をとはたらきかける池田レディースクリニックの池田医師とノコラボレーションセミナー。本格的な医療セミナーだったので、普段聞けない貴重な話をたくさん聞くことができた。

アーユルヴェーダは5000年以上前から継承される伝承医学で、神から伝えられた医学。インドでは、結婚して5年以上子宝に恵まれない人を「不妊」というが、西洋医学では「2年」だという。

それは、インドにおける平均結婚年齢が18歳〜22歳とするのに対し、高学歴晩婚化のススム日本では24歳から26歳であり、さらに池田医師のところへかけこむ「不妊」に関する患者さんは、30代後半が最も多い、という社会背景の差があった。

同時に、原因もインドでは体の不調やホルモン、代謝の異常に対し、日本ではそういった体調を崩す原因の一環に「添加物の多い食事」や「高齢化する出産に伴うリスク」としている。妊娠時期の見解や治療法には、共通するものも多く見られとても面白かった。

Dr.DAVEは、アーユルヴェーダの不妊治療における成功率の高さを何度も強調していたが、そこにいたる患者さんへの深い洞察は、アーユルヴェーダならではと感じる。

結論からいえば、「良い土壌に良い種子がまかれれば、良い作物となる」という原理。つまり、男性も女性も「良いからだ」になっていなければいけないのだ。そこからみえるものは、結婚観や夫婦間の相性や努力の違い。「子供」を優先させるのではなく、「愛し合うから自然にできる」という過程。いつの間にか、日本人は愛の本質を忘れてしまったらしい。

うちにくる、婦人科につとめるナースも以前言っていた。人工授精でできる赤ちゃんと、夫婦の仲がよく盛り上がってできた赤ちゃんとは、エネルギーの強さがダントツ違うのだそうだ。たしかに、そりゃそうだろう。天然だしとインスタントだし、は全然うまみ違う。。って例が違いすぎるかもしれないけれど、大して惚れてもいないのに一緒になって自然にできちゃったとか、付き合い始めてすぐできちゃった婚は、あとで「こんなはずじゃなかった」感を生み出しやすく、子供に対する愛情度も絶対違ってくるだろう。子供にはいい迷惑なわけで、昨今の子供への虐待の多さにはこんな感情が見え隠れしている。そういうことも含めて、貴重な機会となった。

これから子供を作ろう、という皆さん。単に、自分たちの幸せのためだけでなく、生まれてきた子供たちが本当に幸せになれる環境をしっかり作れるかどうかも、両目をあけてしっかり見てください。そして、少しでもその一助となれるような行動を、どうか自分の子供だけでなく世界の子供たちへも同じ心で見つめながら、とっていってくださいねモバQ

本当にあった怖い話

2008-10-28

10月25日〜26日、兵庫県宝塚市でアーユルヴェーダ学会が行われた。その中で聞いた怖い話。

昨今、食品のなかに混ぜ込まれているさまざまな有害物質。伊藤ハムのウインナなんて、食べちゃってました!!

農薬はなんとなく野菜などに付着して、と想像できるけどなぜゆえに防虫剤? あまり情報が入らない国では、さまざまな加工品の加工段階で、干したり熟成させたりと時間が経過するものに対し群がってくる虫を何とかよけようと防虫剤を噴霧したりするのだそうだ。特に乾燥ものは、何度も干したりするから、防虫剤の濃度が濃くなる、って怖すぎる。これは、想像力の欠如からくるものだけれど、では「無農薬、殺虫剤はいかん!」って使わなければ、今度はその食品から虫がでてきたりして、これはこれでまたもめる。

輸出大国中国では、特に日本への農作物は「キレイで虫食いのないもの」しか売れないから、今まで使っていなかった農薬をたくさん使うようになって、それでも「見た目重視」のものしか売れないから、農家の人が「日本への輸出物はうんざり」「国内での需要が伸びてきたから日本へはもう売らない!」といきまいているテレビ番組もあった。

これは、日本でも大いにある話。殺虫剤成分は、そうした現状からみるともっとずっと前から使われていただろう。乾物は、保存食としても優れた食品。天日干しが一番効果的だけれど、虫がたからずに干せる方法、を考える人はエライ!薬を使わずに、効果を出せるものを考える人はすごい!

中国のドライフルーツから検出される農薬は相当の量だという。そもそも、乾物は「ほっといたら自然にそうなっちゃった」か、「どうにかしてこの先も食べられるように保存したい」のどちらかによってでできたものだろう。イランに行って、湿度10%以下外気温45度を経験した私は、なんでもすぐに乾物になってしまうのを目の当たりにして、「あ〜、干しブドウや干し杏なんかは、熟れて落っこちたものがすぐ乾燥してドライフルーツになったんだなあ」と納得できた。だから、うちはイラン産のドライフルーツしか扱っていないんだけれど。

「安全・安心」は、まさに知恵の使いどころ、という時代になってきた。そのためのツールがそろえられることも大事だ。ということは、これもまた日本人がよく考えるようになるだろう。

アメリカがフラフラしている今、日本は食品自給率を高める大きなチャンス!政府は、国民みんなから「食品への安心・安全を作るためのアイデア」を募ったらどうだろう。そして、農家や漁業の人たちと協力して試作し、還元できるようなシステムを作る。

世界が大きく変わろうとしている今、こんな足元から改善することが大事なんじゃないかと思うのだ。結構、頑張っている人たちが水面下にはたくさんいる。頑張れ、ニッポン!チャチャチャ!

サブリミナルな夜明け

2008-10-21

世界同時金融恐慌が示唆された先週から一転して、今週は和やかなムードである。多くの人は、「あー良かった!日本は大丈夫ね〜」などとノーテンキに安心しているだろう。テレビでのキャスターやコメンテーターは、薄ら笑いでニュースを読んでいる。

ここから見えるもの・・たくさんある。あえて述べることはしないが、マスコミや視覚を通じた情報はいくらでも操作することができる、ということを知っていよう。そうでなくても、私たちはたくさんの物に洗脳され、信じ込まされ、活動してきた。特に女性は、もはや「消費」「性」「家事」の道具として洗脳されてきたように感じるのは私だけだろうか。

今日は、小学6年の男児がパンを喉に詰まらせて窒息死、というニュースがでていた。これでたたかれるのは、パン製造メーカーだろうか。学校だろうか。「食育」という教育法が提唱されているが、単にこれは「食べ方へのしつけ」の問題だと思う。

男女とも高学歴となり、一流大学卒なのに「躾」のできない母親、一流大学卒なのに「家庭を護る」ことができない父親があふれすぎていないか。そうすると、「教育」ってなんだろう。?て思えてくる。

モンスターペアレンツなる新たな怪物が、教育現場で牙をむく現代。変態と化した教師、欲の化け物となった政治家・・うんざりな世の中だ。

こんにゃくゼリーで幼児が死亡し、メーカーは製造中止に追い込まれている。これも変な話だ。それよりも、事故米を販売したほうがよっぽどあくどい。

何かあると、他者ばかり攻めて自己を正当化することがなんだか多すぎる。相撲業界でも大波乱。これは昨年から強く現れている相撲の始祖「タチカラオ」が怒っているに違いない。男の中の男であった力比べは、神の意思を強く受け継ぐ神技でもあったはずなのに、いまやたくさんのメタボとっくみあい大会のようだ。

でもこれらのことによって、私たちの「脳」がもはや手遅れに近い状態になってきているのがわかる。さまざまなサブリミナルが張り巡らされ、群れる羊になって、右向け右、のようになっている。

目覚めよ!真の知性。そうでないと、夜明けの晩に鶴と亀がすべるぞよ。

ブライダル・アーユルヴェーダ

2008-10-19

今年になって、ブライダルを手がけたのは4組目。いずれも、常連のお客様でアラサーが多く、ストーリーも重厚だ。ずっと当社に通ってきてくれて、人生一番のハレの舞台をサポートできることは、こちらにとっても幸福のおすそ分けをいただいたようで、とてもハッピーになる。先日はアトピーのお客様だったけれど、痒みがおさまってだいぶ肌も落ち着き、その方もコチラも安心した。

過去には、3組ハネムーンベイビーが授かったりした。ちょっと予定外でした、といわれたけれどその人たちはアラフォー直前だったので、「でも、よかった!」と言って貰えた。

インドでは、裕福な家庭では挙式前にアーユルヴェーダ・トリートメントを受ける習慣がある。日本ではエステ感覚なのかもしれないが、結婚前に心身を浄化しハネムーン・ベイビーを最良の状態で授かるための儀式みたいな感がある。同時に感じたのは、インドでは15年前はまだ婚前交渉などはご法度の時代だったので、「触れられること」へのトレーニングみたいなものもあるようだ。

初めてインドを訪れたときに、学び先のHOLY FAMILY HOSPITALで偶然に婚前アーユルヴェーダを受けに来た患者と遭遇した。色の白い飛び切りの美人だったけど、くすぐったがって大変だった、とテクニシャンの女性が話していた。美しいパンジャビスーツに身を包んだ若い彼女は、輝くばかりの美しさと初々しさにあふれ、とても幸せそうだった。

ドクターに「結婚前にアーユルヴェーダを受けるのは習慣なんですか?」と聞くと、「良い子が授かるようにだよ」と教えてくれたのだった。当時はまだほとんど親が決める結婚が多く、星占いで相性をみたりするのだ。同時に、体質も見えたりするので自分に少ないドーシャの相手を選ぶと、子供がバランスよく生まれる、みたいなさすが数学に強い国(?)のような回答だった。

インドも経済発展し、欧米と肩を並べるようになってきて、多分女性たちはどんどん変化していくだろう。昨年そのドクターが来日時に家族をつれて当社を訪れてくれたのだが、当時3歳だった娘さんは大学生になり、「ミニスカートをはいてみたい!」なんて驚きの成長ぶりだった。

さて、そのアーユルヴェーダのブライダルコース。美容歴30年アーユルヴェーダ歴21年のワタクシが、全技術を投入してメニューを作った。背中のあいたドレスにもはえるように、背中にもゴマージュを施し、ビューティフルコースで使用するローズやネロリなどの入ったブレンドオイルをふんだんに使い、お顔にはプラチナ・フェイシャルを取り入れる。そして、目のケアと耳のケアもいれ、もちろん、シローダーラーもパーフェクトに。

挙式前は忙しいことが多く、以外にも睡眠不足の花嫁さんが多い。また、いろいろ考えて眠れていないこと感じ、ここではぐっすり眠っていただき、当日には落ち着いて挙式できるように、調えるのだ。挙式3日前に来ていただくのが理想だが、1週間前でも十分効果があるようだ。

写真を見せてもらった限り、本当に皆さん飛びきりの笑顔で写っていた。変な直観のある私は、挙式のときの二人の写真を見ると「あ〜、だめかも。」と過去に数人思ったことがあり、いずれも離婚に至っている。でも、当社でブライダルをした方たちを見た限りは、「絶対に大丈夫だ」とこれもまた確信を感じさせてもらっている。

BTLのブライダル・アーユルヴェーダが、幸せへのプロローグになれるよう、私もPIYOKOも天使の気持ちで腕と魂を磨いていこう!黒ハート

<ビューティーライフ研究所発 ブライダル・アーユルヴェーダ> 世界でここでしか受けられません

ヘッド・ヒーリング(15分)→ ガルシャナ(乾マッサージ2面)→背中ゴマージュ→スペシャル・アビヤンガ(4面) → プラチナ・フェイシャル(ゴマージュ→アロママッサージ→マルマタッチ)→アイケア&耳のケア→シローダーラー→パック→フェイス・リフティング→入浴

180分  ¥36000 (ハーブティー付き) 

★ブライダルでなくても、最高の若返りトリートメントとして受けていただくこともできます。

想像力全開!

2008-10-11

さあて、週明けの株価とかレートはどんなになるだろう?

アメリカって、ほとほとずるがしこいなあ。しかし、この金融不安のために「何でもやる!」と答えたブッシュ大統領のコメントには、ちょっとずずっと鳥肌が立った。「何でもやる=何だってやってやる!」。この人は、任期中にすでに二つの国を破壊した。破壊活動なんて「へ」のかっぱなんだろう。世界的な食糧危機も作った。結果、環境破壊も促進させた。

面白いことに、彼らの企てで作られた世界経済が、彼らの企てで作られたネット社会やコンピューターのおかげで、彼ら以上のスピードで数字が駆け巡っていて、人間の頭では追いつくことができない様を呈している。だから、対策などうてない状況になっているのだ。

怖いのは、そういう表のことだけでなく、「やけ」になってしまって地球ごと破壊活動に貶めることをやらないか、ということ。HAARPを全開にし、CERNのボタンを押し、ケムトレイルを撒き散らし、その防衛のためにロシアも中国も何かのボタンを押したりしたら・・・。もう、そういうものを持ってしまっている国同士のけん制のしあいっこになってるんだ。

ノーベル賞というのも、なんだかな。小柴教授の受賞により、「ニュートリノ」が認められ、それがCERNというおぞましいものをシュツゲンさせてしまった。日本人がせっせと考え、生涯をかけて研究してきたものは、やがてまた経済や武器などに化けてしまうだろう。あるいは裏取引なのかもしれない。CERNの実験は、今は失敗しているらしく停止しているけれど、彼らの知恵を借りればすぐ開始できるのだろう。。とシロウトでも予測できる。

みんな、目を見開いて、今の世界の実情をしっかり見ていよう。この1年の状況が「なんか変だ」と動物的感覚で感じているなら、調べてみよう。ニュースもマスコミも、ネットだって、信用できないものがたくさんある。私たちが慣らされたこれらのもので、脳力も落とされているのだ。まるでヒトゴトのように感じている人は、閉じこもっていたらいい。でももう食べるものもないからね。

この1週間が山場。できるだけ肉食をやめて、なるべく空腹に近い状態にして、神経をとぎすまそう。大地から、空から、「なにか」が感じられたら、本能に従って冷静に行動できるように、備えあれば憂いなし!

嵐の前の静けさ

2008-10-09

世界金融不安が加速する中で、予測できうる最悪の事態を想像してみよう。これは、経験差が大きいと思うけれど、「生きていく」ことに「お金をできるだけ使わず」「あるもので凌ぐ」知恵がどれくらいあるかによって、不安度の指数も変わってくる。

最近、とても感じること。便利で豊かになってしまったためなのか、日本人はほんとに「バカ」になってしまったなあ、と。ちょっと冷静に考えればわかることでも、冷静さが身についていないためか、すぐパニックになる人が多すぎるような気がする。情報が多すぎて、詰め込むだけ詰め込むが、消化不良で自分の脳が停止している=きちんと考える、ということがどうも行われていないのではないかとこの10年ぐらいは特に感じられるのだ。(ちょうどパソコンが普及し始めた頃と一致)

これは、教育や環境にも起因するが、もしかして最大のものは「食べ物」なのではないか? と感じるに至った。栄養価的にみれば、たんぱく質も油脂類もビタミンも、ぐんと取れているはずである。でも昔を見て減っているもの・・ 昆布やひじき、ワカメなどの海藻類、アサリやハマグリなどの貝類・・そうか! ミネラルだ!

日本人は、かつて「貝塚」を作っていたほど四方を海に囲まれているため、手軽に得られる「貝」や「海草」をたくさん食べてたんぱく質やビタミンを取っていた。そして、四季があるため一年中同じモノを食べないで、「旬」にとれるものを四季折々にとっていた・・つまり、脳がその季節によって、「味」や「風景の違い」をいつもインプットされるためリフレッシュな状態にあった。貝や海草も、常食ではなく一番よく取れる頃に多食していただろう。

私たちの体は、そんな状況に適応するように腸だの、胃だのが発達した。ミネラルといえば鉱物を思い出すが、石に含まれる意志をしっかり得て、非常にスピリチュアルな感性を得ていたのでは?感じるのだ。 それは、自分が物部のルーツだったことに気付き、物部氏が石の言葉を読む人たちということを知り、日本の神社のほとんどのご神体がイワクラであることに通じる。血には鉄分という立派な地球ミネラルがとても大事であることも同じ。アサリなんか食べるとじゃりじゃりと砂も一緒に食べちゃうもんね。動物のほうが、天変地異を感じやすいのは「土ごと」食べちゃうからかもしれない。(おうちで、かわいがられているペットは、人間に近くなっているので「にぶっ!」となってます)

そこへきて、この「世界恐慌」を感じさせる昨今。そこで私は乾物を仕入れ、これらのものをしっかり食すことにした。昨日はひじきとサラダワカメを使った和風パスタ。ゴマもたっぷりいれて、冷蔵庫の残り野菜で豆乳味噌スープも作り、OH!美味! 今日は、葉の立派な大根を買ってきて、大根葉と大根としょうがと昆布を使って、浅漬けも作った。昆布のねばーっ、がうまみ。ここにアムラというインドハーブを使うのが、マイ・コスメクッキング。 酸味と渋味が、浅漬けの味を引き締めるのと同時に、ビタミンCのクエン酸が防腐効果に役立つ。それに若返りのインドハーブだもん。

9月に入り新体制になって、創業以来久々にキッチンに入ることも多くなった。私は後片付けはあまり好きじゃないけど、料理を作るのは好き。ちょっと実験風にいろいろ作る。冷蔵庫の中にあるものでいろいろ作れるアイデアは、なんだ加速してるじゃん。PIYOKOにも料理をしっかり伝授する必要もある。だんだんに、食材のラサ(素材の持つ最初の味)がわかるようになってきた。後は味と栄養と消化と解毒の組み合わせ。私は現場にいればいるほど、感覚が鋭くなる。

この間なんて、オカラと豆腐と里芋とゴボウでハンバーグを作ったら物凄くハラモチがよく、間食せずにすごせた。しかも超エコノミック!ここでまた、大胆なアイデアが! 世界恐慌、どんとこい、ってんだ。こっちとら、知恵があるんだぞ!だてに年くってないやい! と世界の中心で大きく叫びたい心境であります演劇

闇の子供たち を観た

2008-10-06

今日やっと映画「闇の子供たち」を観にいくことができた。これはもう実にヘビーな映画。タイの裏社会で、人身売買される子供たち。売春宿に売られる男の子や女の子、そしてその中から今度は臓器提供のターゲットになる。しかも心臓だから、生きたまま心臓を取り出され、殺されるという・・。

背景は、貧困とそういう世界への慣れと、弱者と強者の力関係。これはタイだけでなく、インドやフィリピンなど、アジアというエリア全体(いえ、世界全体)で行われている実態。お客は、経済発展を遂げて、それらの国に進出している国々の人。日本は、あきれるほど大のお得意さんのようだ。

日本だって、過去には貧しい農村で子供が売られ、「五番町夕霧楼」なんて映画もあったけれど、野麦峠やおしんみたいな世界を経て、今日の経済発展につながっていった。

でも、本当に考えてしまう。今は、親が子供を殴り殺したり、橋から突き落としたりしている。動物以上に知能があるはずなのに、行為は動物以下という人間そのものの闇。

宗教では「善悪」をとう正善論を説くけれど、善だけの人間なんてありえず、だからこそ宗教というククリの中の説法で洗脳しないと、人間はどうしようもなくなるものなのか・・。

人間が始めて誕生したときには、善悪もなく、貧富もなかっただろう。ただ生きるのに、必死だっただろう。恐竜や動物に食べられないように、知恵をわかせて逃げ回っていただろう。そんな中でシンプルに幸せなときもあっただろう。

科学や医学の発展は、人の寿命を延ばしたが、人としての人格を向上させただろうか。いまや地球まで破壊しかねないほどの研究欲で、たくさんの設備や装置を作ったりしているが、それも個人の欲望の果てなのだ。

この映画では、いろいろなことを考えさせられた。地球があぶない、なんてことを言うと「自分が生きている間はこのままでいて欲しい」という人がいる。この映画を観て「日本人でよかった」と思う人も多いだろう。私たちはそんなエゴに囲まれて暮らしている。エゴが作る社会、エゴが作る国、エゴが作る世界。だから「闇」が現れる。でも、映画の中の子供たちは、純真さを忘れていなかったよ。日本の子供たちのほうが、小さいころから「闇」を育ててしまっている気がする。

アリオンやルシフェルは、そんな地球をずっと観ていたんだな。その都度警告を発していたのに、どんどん気付く人が少なくなって、もう手の施しようがないほどになっているようだ。国連があっても、ユニセフがあっても、世界は平和に成らないし、子供たちはドンドン生き辛くなっている。機能自体がおかしいということに、イラク戦争をアメリカが仕掛けたあたりから気付いている人たちは増えているけれど、改善策は見当たらない。

アメリカを救うお金の1000分の一でもあれば救えるだろう「闇のこどもたち」。 ボーナス23億ももらいながら、会社を倒産に追い込み国を破綻寸前にしているCEOの人。タイや中国の投資でぼろ儲けした投資家達。中国、インドという大人口の大国が経済発展をすすめていくと、多分そういう人がもっと増えてしまうだろう。頑張っても報われないこんなおかしなお金至上主義の世界、やっぱりなくなったほうが地球や宇宙のためにもいいのかもしれないもうやだ〜(悲しい顔)  

経営者って何だろう?

2008-10-03

アメリカ経済がガタガタしているけれど、倒産したリーマンのCEOはボーナス23億だって?一億社員がざらだって? それで経営破たん? ざけんじゃねえよ! って私も言うけど世界中で言ってると思う。野村證券がその尻拭いをさせられなければいいけれど・・。 世の中狂ってる、ってどんどん暴露されてきている。

私も経営者になる覚悟を持って法人化したんだけれど、予想以上の「大変さ」でずーっとやってきけれど、是だけは譲れない、というところは一貫している。

経営者って、会社で行っているモノゴトの全てに責任を持つ立場。そしてその末端はお客様。大きかろうが、小さかろうが、それは同じはず・・。だと思っていた。でも、生み出した商品を「お金」でしか換算できない経営者もいるんだね。エンドユーザーのことなどおかまいなしに、取引が成立すれば終わり、って何だよそれ!という出来事に遭遇し、鼻血がでそうなほどピッタ上がりまくった。

その逆に、「それほどまでに」という経営者にも会わされ、そんじゃ頑張っていっぱい売ろう!ってこっちも元気になれた。 嬉しいことに、本当に会社のことを真剣に考えてくれるスタッフに恵まれ、一丸となって頑張る という感覚も経験させてもらえている。これはもう、涙。 あの山一證券の社長みたいに、何があっても護ろうと思える。それが、会社のエネルギー源だと思うのだ。その一方のエネルギー減。さらにそういう仕組みは巧妙になってきている。

経営者って、何だろう。 社員のことや、お客様のことを一番に考え、みんなが良くなるように考え行動できるノウハウを持っている、ということじゃないのかな。謝ることが素直にできない経営者、変わり者の経営者、天狗になっている経営者、いろいろ見てきた。実のところ、人間として「あたりまえ」をやれる人って、意外に少ないかも・・って思えてきた。経営者が「あたりまえ」のことをきちんとできる会社の社員は、みんな素晴らしい。こんな世の中だから、真偽がみえやすくなっている。こういう時こそ、人としての器が見えてくる。うーっ、神様ありがとうちっ(怒った顔)

試される私たち

2008-09-30

全ての変化の始まりだった9月は、末日の今日「ドル大暴落」「ユーロ大暴落」という世界経済を揺るがす事態を引き起こして、10月を迎えようとしている。

今年の初めは、あれほど「投資!」「株!」「FX!」なんて、ミラクルマネーを仰ぐような風潮が続き、それに踊っちゃった人たちもきっとわんさかいるだろう。私もセミナーなんて行っちゃったもんね。でもこれは、そういう風潮にある人たちや仕組みの観察という実はマーケティングだった。

おかげで、世界経済のことをわんさか学び、この仕組みについて知るにいたった。でも、実際その崩壊が始まる様を見ていると、それも仕組みの一つであることにも気づいている。この数ヶ月のオイルショックが、たった一人の投資家のマネーゲームみたいなので引き起こされる経済なんて基盤に、「イノチや人生」を賭けたくないもんね。一般の人たちには及ばない綿密なストーリーが世界グリッドとして駆け巡っている。でもそれを上回る宇宙グリッドの存在を知っている私は、それがやがて重なるであろうことを予測する。

これからいよいよ企業倒産による大量失業時代や、食料の奪い合いみたいなのが始まるのだろう。でも冷静に見てみると、「ぬくぬく」していた人たちが一番パニックになり、「そこそこ」だった人たちにとってはあまり変化はないのだ。それを見分けるには、「文句の多い不安になりやすい人」がぬくぬく組。

ある意味、こんなに世界の動きが濃厚な日々は今までなかった。(知らされなかった)自分自身の進化もあるが、「信じて思い続けること」がやがて「芯」になり、冷静にみてみると少し前にいろいろなことの「前触れ」が必ず起きている。それは「ほころび」みたいなものだろう。でも、「気付く人」への「予告編」として投影されているのだと思う。(すごいね、宇宙)

どんなことがあっても、思い方一つ。濃厚な日々ならば、これは日々の全てが濃いのである。「濃い」は「くどい」のと違うよ。たとえば食べ物の組み合わせ。濃厚な主菜に、濃厚なデザートだったらくどいでしょう。こういうときは、あっさりがベストコンビネーション。そう、心は淡々と。淡々、もくもく、が大切。これから、脳がやられてしまう人たちが増えてくると思うけれど、それは見事にはまってしまった人。淡々・もくもくであれば、素通りする伝播。心に芯を。でもかたくなさや頑固さではない。

どうせ変わるなら、みんながすごしやすい世を。そのイメージは一人一人にかかっている。どれだけ自分の「我欲」を滅せられるかが鍵だけれど、グリッドはくもの糸みたいになってるから、餌食にならないことを祈るね。人影

つながる心

2008-09-28

先週は、ヨガフェスタ2008でパシフィコ横浜で頑張っていた。

あっという間の1週間。イベントはお蔭様で予想以上の効果があったが、私はステキな出会いを体験した。

ちょうど2日目、もりもり働いたので隣の万葉会館で骨休め。すると面白そうなボディワークがあり、

研究もかねて体験してみることにした。中国式のアロマ? みたいなものが面白そうだったので、

頭と背中を体験。担当してくれた日本語が堪能な中国人の女性といろんな話をした。

さすが、鍼灸・スイナの国、つぼばっちり入ってまっせ! ううーーーっつふらふら

彼女に聞く。「どうしてこういうお仕事選んだの?」 「人に役立つ仕事がしたかった。人が元気になる仕事は素晴らしいから」と。でも日本と中国のいろいろな違いがあり、日本に来て日本人のことや女性の感覚があまりに違うのでびっくりしたらしい。中国は女性が強いのが有名だけれど、日本女性は、料理や家事もするし(?)男性にも従順でとても優しい(?)という印象らしい。

ほんまかいな。でも、その違いを見て、どちらが正しいではなく、そういうのいいな、って思ったところが彼女がすごいと思ったゆえん。ちゃんと見るところを見る。よしあしではなくて、自分の感性で「よい感じ」を感じられる。是には国境もなく、言葉の違いなど関係ない。

そう、私たちセラピストは、言葉を超えたコミュニケーションツールをもっているということ。それはとても素晴らしいことだと、本当に感じている。どんな国であっても、どんな文化であっても、同じ人間である以上、「快・不快」は共通に感じるもの。心を開くのに、これほど早いものはないのでは、ってずっと感じてきた。

彼女とのおしゃべりも、文化の違いを聞くのも楽しくて、トリートメントももちろんよかったけれど、ステキな出会いになった。なんと1時間の施術を30分以上もオーバーして修了。

自分のことはあかさなかったけれど、とてもいろいろ勉強にもなりました。来年もまた行こう。

彼女がいるかどうかはわからないけれど、彼女のような心意気を国を超えて感じてみたいから。

★国連会議とか、国際会議とかの前に瞑想をしていることもあるが、私はヘッドヒーリングをしたらいいんじゃないの? ってちょっとたくらんでいる。

コスメクッキング ブック発売!

2008-09-24

待ちに待った4冊目の著書が発行された。原題は、アーユルヴェーダ式 コスメ&クッキングブック。入稿が1年前だったので、1年待っての発行だった。

でも、是が実にタイミングがよかった。当社の7周年という記念日であり、品切れしていたインドハーブが再入庫した日であり。また、世の中がガクンとシフトダウンしている最中であり・・。

子供の頃から、やたらに美容術というものに興味があり、ティーンのときのニキビ対策には、きゅうりはもちろん、小麦粉、スイカ、卵、ミルクなど、自然派パック(実は食事準備の残りだったり)をせっせとしていた。あの当時はあまり効果は感じられなかったけど、日焼け後のミルクパックはとても効果があって、大発見した気分だった。

肌が弱かったから、化粧品がつけられなくなることもしばしばで、そうすると再登場する野菜パック。これがこの本の原点。幸い、会社を作った矢先にインド商品輸入会社と提携できて、アーユルヴェーダ商品もプロデユースすることができた。それからが、腕のフルイどころ。インドでも知られていない、イサゴールのパックゴマージュなど、せっせと作っていた。

そして、食事にもこれらを取り入れ、「薬膳スープカレー」を開発し、体の外から、中から、と元気できれいになるアイテムを作っていった。

それをまとめたのが、この本。 でも一番書きたかったのはそれだけではない。アーユルヴェーダを通じ、自分自身が体験して変化してきた一番大きいものは「生き方」であり、「自分を生かして生ききる」ということだった。自分を知るのは、簡単そうで実は一番むずかしい。それも心の奥底の、魂レベルでのバイブレーションをキャッチするのは、本当に真剣に求めていればこそ。幸いにも、私はそれに触れることができた。

だからこそ、伝えたいことがあった。わかりやすく、理解しやすく、想像しやすい形で。私の集大成。

ピヨコのお友達、るみちゃんのイラストも本当にステキで、それぞれにたくさんの思いを重ねてもらえた一冊となった。

多分、一番アーユルヴェーダの体質を伝えられていると思う。 どうか皆さん、自分を知り、相手を理解するヒントとして、読んでみてください。単なる美容本にはなっていないのがわかるでしょう。

cosmeccbksethp.JPG 不思議だね。9月に入ったとたん、エネルギーがとても変わったよ。

アーユルヴェーダ式 コスメ&クッキングブック 高橋 佳璃奈著 BAB出版  ¥1680

気持ちアラタに、7周年

2008-09-10

あ〜っという間に、7周年の今日を迎えた。なんと早い、なんと変化にとむ、なんと一途な日々だったろう。創業150年なんて歴史のある企業などは、本当にすごいストーリーがてんこ盛りなんだろうなあ。

毎年、この日を迎えるたびに私は一つずつ気持ちをアラタにしてきた。今年は、HPも今度入ったWEBプロの聖子さんに、がむしゃらに頑張ってもらって今日アップできた。すごい変わりようを見てください! 脱帽です。

ついでに、携帯HPもアップして、皆さんに少しでもお役に立てる状況を作って行けることも会社としてはとても大切なことだと感じている。

のことはわからないが、今日という日を境に当社はいろいろな意味で、全てにアラタを発信していくだろう。奇しくも、1年前に入稿した原稿が明日4冊目の著書として発行される。ずっと品切れを起こしていたインドハーブのアムラもようやく明日入庫するし、なんだかとても「そろった」記念日になった。

明日は、あの9.11.今では、アメリカの陰謀であることが議会でも論議されるほどになって、私たちの意識も大きく変わろうとしている。世界経済や、国家の状況もひきこもごも。

本当に、心から、自分たちがこの肉体をもってこの世に生まれてきたことを知る意味を、望む人には与えられていくだろう。 神が、宇宙が、どんどん近くなっているのだ。

今年の初めと、今と、異常気象や異常天候、地震などの状況を含め、北京オリンピック開催までの出来事など、多くの人が「なんかおかしい。。」と感じ始めているのではないだろうか。それを種として、その原因を追究してみてほしい。そうすると、多くの人がもっとしっかり「本当に大切なこと」に気付いていくだろう。

アーユルヴェーダを21年追求してきて、そして実践してきて、私は思う。「これからは、単に健康とか癒しとか、ということだけでなく、いかにイノチを生かしていくか、をしっかり感じてもらえるような活動をしていきたい。」「 トリートメントだけでなく、食や、生活、生き方等にも、こちら側のイノチがしっかり伝わるような活動をしていきたい。」

心根が、ようやく落ち着いてきたのだ。どこまでできるかわからないけれど、日々スタッフとともに充実した一日が過ごせるように、当社のアラタとサプライズはこれから加速していく ぴかぴか(新しい)

08910moon.JPG  膨らみかけた月  ぜひ新しいサイトを見てください。

Thanks for RYOKO & SEIKO !

http://www.BTL369.com   携帯用 http://www.ayurveda369.mobi

マイルーツ・ツアー

2008-08-21

昨年に引き続き、今年はいきあたりばったりじゃなくて、ちょっと計画を練った旅に出た。自分のルーツを探す旅。しかも神社めぐり。じゃーん!

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和歌山県岩橋市にある「高橋神社」 祭神はニギハヤヒ! (やはり石が置かれていました)

風土記の丘近くにひっそりたたずむ高橋神社は、柔らかい波動に満ち、静かに受け継がれているのを感じながら、父の命日に先祖ともどもの流れに感謝をし、お参りしました。 

自分のルーツなんて、家系図もなければ、別に取り立てた家柄じゃないかぎり、見つけられないと思っていた。でも、先月の「ち」の月が示すように、血のモノリスをたどると、見えてきたりする。

高橋なんて、日本に6番目に多い姓。ココから探し出す鍵は家紋だった。私の家の家紋は渡邊星というお皿にお団子三つ。高橋なのに渡邊星で、実はこの家紋の家に嫁にいき、親に「出戻ってもこの紋付は着られるからいいね」と不吉な言葉どおりに出戻り、そのうちに弁天めぐりを始めるとこの三ツ星がついてまわり、これはオリオンの勝ち星といわれるもので、そしてアリオンからニギハヤヒ探しに明け暮れ、とうとうこの神社にたどり着いた。

高橋は、高い橋という意味を持ち天の神との橋渡しをする宮司が多いのと、豊受けの流れを汲み

神事の食べ物を用意する役目を司ったとされている。この豊受けも実はニギハヤヒのハタラキを示唆するもの。稲をもって、日本人に米を主食とする「食文化」をもって「大和」を統治したのがニギハヤヒなのだ。だから今でも11月22日は新嘗祭という神事が宮内庁でも行われている。父であるスサノオから十種の神宝を預かり、初代天皇として日本の本土を治めるために九州から「頭がよく、気の優しいイケメン部隊」を引き連れて、先住民の中に入ってきた・・・。なるほどなあ、と唸ってしまう。先住民の娘たちが、「きゃあステキ!」と従えば、戦わずとも自然融合して和気アイアイとなるだろう。ニギハヤヒ自らも、先住民の長である長脛彦の妹ミカシギヤ媛と一緒になり、ウマシマジノミコトが生まれそれをひきつぐ物部氏が誕生した。その流れの中に渡邊氏があり、高橋氏もあったということだ。そういえば、祖父は新潟の実家の裏山に小さな神社を作ったりしてた。

物部氏は、仏教を擁護する蘇我氏に滅ぼされ・・という教科書ストーリーや日本の誕生物語を封印されてしまった日本神話があるけれど、このモノリス(物理素)だけは封印できない。

自分のDNAチップと、魂のキオクが一つの元へ向かうとき、こうやって今まで感じ取ってきたことが融合し、全てのパズルが解かれるように広がり、次の課題へとむかっていく。

今回の旅は、ニギハヤヒが三輪山から登る太陽を見て、この国を「ヒノモト」と名づけ、この神が祀られた三輪山を登ることが一つのメインイベントとなった。誰もそんなことを知らないだろう。そして私はその封印を探し解くことを始めた。 → 魔女のお気に入りへGO!

ハハハな日

2008ー05-18

昨日、スタッフがやおらケーキとお茶を用意してくれて、「どうしたの?」と聞くと、私の誕生日にも何もしていなかったから母の日もかねて、と花束とケーキとロバータ・フラック(自筆サイン入り)のCDをプレゼントしてくれた。

「えーーーーーっ!」そのサプライズにも驚いたが、母の日なんて・・。以前ハハハな気持ちにも書いたけれど、私には一生訪れることのない日だと思っていたのに、なんてくすぐったい! そうだよね。スタッフのご両親とさほど年齢はかわらないのだ。落ち着いたところのない私には、母っぽいところもないけれど、ウルトラの母ならなれるかもしれない。でも、なんてありがたいことだろう。

それにこの、ロバータ・フラックったら、なんて懐かしい!30年前にタイムスリップ。鏡を見るのをやめて、ディスコ三昧の日々を思い出そう。いろいろしんどいことも多い人生だったけれど、こんなふうに人生の花束をもらえるようにもなってきたんだなあ、と今日はしみじみと感じ入った。

mothersday.jpg  piyokoとmarilyn ありがとう! 記念に写真に残しとくわーい(嬉しい顔)

報われる、ってどういうことだろう

2008-04-18

今月に入ってほとんどの人が何も知らないまま後期医療制度がはじまり、受診した費用が年金からひかれるという不測の事態に、多くの高齢者が青ざめている。実際、その人たちの年代は間違いなくどこかしらに病気を抱えていたり、介護を受けていたりするから、医療費やケアに当てる費用はかなりの負担になる。
そうかといえば、扶養にしていても控除枠が狭まり、介護する家族にも税金増加というカタチでのしかかっている、って知ってた?
すごい世の中になりました。高齢者はどんどん増加するものの、介護施設は5〜6年待ちはあたりまえ。入院していると3ヶ月で出されてしまうし、家族介護というのは「共倒れ」前提で覚悟しなくちゃ、というものなのだ。ここに大きな落とし穴があること、政治家の人たちってほとんど討議していないよね。
前にも書いたけれど、福祉というのは経済に左右される歯がゆい制度。でもここのところの経済や社会情勢、人口構成の変動は、福祉制度が出来た次代には想像すらできない次元だったのだ。
大きな目で見ると、その経済だって「企み」の中にあり、私たちはまんまと消費の奴隷になり、そんな風に世界が出来上がっているなんて誰も感じていないだろう。実はここに、大きな問題が潜んでいる。
年金制度、医療保険制度、社会保険制度、どれもこれから10年先は雲隠れしてしまいそうな気配。頑張りが報われるように、と社会保険制度は作られたはずなのに・・・。
「アナタって、一番頑張ったのに報われてないわよね・・」昨年、久々に再会した知人から発せられた言葉。岡本記念クリニック時代の私を知っていて、アーユルヴェーダ普及にがむしゃらになっていた時代。今年のベンチャーフェアでも、その時代を知っている人と偶然再会し、「一番苦労したよな。でもよくやめないで続けたね。だからもう絶対大丈夫」とねぎらってくれた。
報われる・・ってどういうことだろう。報われていない・・と言われて、「はー、そう見えるんだ」。つまり、ステータスや知名度、ということか。コロモの部分、ってことね。
そこを目標にしていたなら、そう思われても仕方ないだろう。でも、おかげさまで本は3冊出せたし(今度4冊目が出ます。アーユルヴェーダを訳本でなく自分のセオリーで書いている人はあまりいない)、お客様も素晴らしい人ばかり。今はスタッフにも恵まれている。経営も上昇してきた。
私にとって、自分の仕事が報われるときは、クライアントがどんどん元気でシアワセになっていくこと。反対は、いくらトリートメントをしてもアドバイスをしても、一向によくなっていかないこと。これが報われない、ということ。
ムクワレル ということを、単にステータスやお金に換算してしまうと、報われない思いがいっぱいになってしまう。今はまさにその坩堝になってきている。その人の仕事なり、個性なり、頑張っているなあと思えたら、感謝やねぎらいの言葉をかけてみようよ。そういう視点を持つことが、世の中を本当によくしていくことなんじゃないかなあ。報とはたよりや報告、というコミュニケーションの文字でしょう。そう考えると、「報い」という意味を知らないで使っている人たちが、本当は報われない人たちなんだと思いますちっ(怒った顔)

頭上のカミ

2008-04-15

先日、ちょっとチャクラ・リーディングをしてもらった。それも遠隔なので、対面や機械ではない。
そうしたら、私の頭上には宇宙のカミがいて、背後に大きな男性神がついているという。あらー、そうなの?なんてノー天気に構える気もないが、頭上のカミはアリオンだし、背後は昨年感じていたもの。ココのところのミラクル&シンクロは今まで以上だし、「何かが意図している」と感じずにはいられない。
そのせいだろうか、ちょっとやそっとのことじゃびくともしないぞ、みたいな妙な安定感が心の中にあって、判断力や集中力も冴えている。
引越しして、生活が落ち着いたせいもあると思う。一定の規則正しさがある。食事は気をつけていて、体調もすこぶるよし。 
でも一番感じるのは、「日々ビビッドに生きているカンカク」。今日は久々のお休みで、朝からせっせと自宅の整理整頓などにはげんだ、不思議なんだけど、頭の中がすっからかんだった。だからだろうか、体がどんどん動いた。探し物も見つかり、So Smooth!
仕事は、てんこもりにある。一個ずつ片付ける。今日のノルマは終わる。
不思議に、疲れはない。夜中に読書していると、突然のインスパイアはしょっちゅう。おかげですごいことを発見してしまった。
昨年までの私は何だったんだろう?明らかに変化している。いえ、進化している。頭上のカミがずっと私にエネルギーを送っている。今まで、あきらめていたことをする気になった。素直に、そして冷静に。新たなシーンが生まれている。オリオンとプレアデスの反転、静かに私の中で始まっている夜 

Dr.BENの卒寿を祝う

2008-02-26

drbenbirthday.JPG 90歳現役ドクターの幡井勉先生

昨日は、恩師ハタイ先生の90歳の卆寿を祝った。東邦大学医学部教授時代、アーユルヴェーダにのめりこみ、西洋医学一辺倒のなか白い目で見られながら、大阪大学医学部の故丸山先生らとともに日本にアーユルヴェーダの道を40年前から作られてきた。
今日本にいる私たちがこうやって、手軽にアーユルヴェーダを学べたり体験したり出来たりするのは、先生が人生を賭けて開拓してくださったからである。
90歳になっても変わらずお元気で、診察もするし、お料理はプロ並み。トレードマークのベレー帽は、かつて絵描を志した名残。そしてそれもプロ並。
時に「暴走ベンちゃん」の名残をあちこち残しつつ、今でも海外へ奔走する行動力。すごいっ!
今の一番の楽しみは、今年の年末ミャンマーから中国へ抜ける裏シルクロードツアーだそうで、「治安大丈夫ですか?」という声を耳ともせず、どんどん企画を進めている最中だとか。
先生とは、20年近くのお付き合いになるが、昔先生がミャンマー(旧ビルマ)で軍医をしていたとき、私の父の兄が衛生班としてミャンマーで戦死していたというつながりがあり、ご先祖様があわせてくださったのだろうと感じている。本当にたくさんのことを学ばせていただき、いろいろ助けていただいた。
2月5日、世界にアーユルヴェーダとTM瞑想を発信し、ビートルズに多大な影響を与えたマハリシ・マヘーシュヨーギが91歳で逝去されたが、インド以外でアーユルヴェーダ研究に長い歴史を持つ国として、日本も評価されていくだろう。
先生がこれからも元気で活躍してくださることを、心から願ってやまない。

<ハタイクリニック> 東京・祐天寺
TEL 03−3719−8598

アタラシイ国づくり

2008-01-24

今年に入って、一番のサプライズはなんといっても経済の動向だろう。予測はしていたものの、アメリカ経済の急降下は、世界の状況を一変させている。
去年から今年の流れをみながら、「国益」ってなんだろう、って考えていた。
そもそも国交や国連て、過去を見てお互いの国を侵略したり争いを仕掛けたりする歴史をやめて、もう少しスマートにつきあおうよ、というものだったのでは?と思うけど、産業革命と貨幣ができたあたりから、競争原理が芽生え、お金があっちいったりこっちいったりというなんともゲームみたいな国づくりになっている、ってどうして誰も思わないんだろうか?
それ以上に、地球の資源って、誰のもの?って考えるけど・・。でも、インターネットの普及で、9.11のことも、天皇制のことも、あらゆることが明らかになってきて、びっくりしながらも冷静に考える人が世界中に増えてきたことは喜ばしいことだと思う。
2008年は、もっと宇宙意識に目覚める人たちが増えてくるだろう。そうでなくては、地球は護れない。でもそれさえも、「神(宇宙意識)」の手の内。私たちは、みんな見事に動かされていることを知るとき、本当の和平が生まれるんだろう。
22日〜23日、岡山へ行って来た。これは仕事なんだけど、神様が介入している。おかげさまで、またたくさんの縁が結ばれ、神縁が深まった。
残念ながら23日の満月は拝めなかったけれど、心はフルムーン。
決して楽な日々ではないけれど、私の心の中に差し込んでいるまっすぐな光に向かって、ただ歩いていけばいいという確信がある。50年も生きていると、迷ったり悩んだりという余分なエネルギーは、使えない。
それよりも、新しい道に向かってススムだけ。それも一人ではなく、たくさんの仲間と共に。どんなことがあっても、恐れない、迷わないでススムだけ。それならば、鼻歌を歌ったり、笑ったりしていよう。愉しむ事は創造力さえあれば無尽蔵にある。情報や、物質に振り回されている人は、悲嘆や苦しみだけがクローズアップされるだろう。
私の使命は、人を元気にすることだけ。それしかできないから、ここに生まれてきた。ツラクナッタラ、ココヘオイデヨ・・。というキャッチコピーは、今年きっと最大限に活用されるだろう手(チョキ)

イランな夕餉

2008-01-10

早いもので今年ももう10日もたった。新年会たけなわという趣で、取引先のイラン人社長ラザニー氏とメスリ氏と新年会。
その日いこうと思っていた浅草橋のお店が、なんと閉店なってしまい、急遽近隣をうろうろしていたら、あらこんなところにペルシャレストラン! で、メスリ氏のリクエストもあり、そこに決定。
イラン人のご主人と岩手県出身の奥様が二人でこじんまりと経営しているこの珍しいペルシャレストランには水タバコもあり、偶然だがラザニー氏はその日お昼にココを見つけてランチをしていたのだった。
イランに行ったことのある人ならわかると思うが、イランはどこへ行ってもレストランで出される食事はシークカバブという肉の串焼きとサフランライス、サブジというハーブの盛り合わせばかりで、何でも食べる日本人はすぐあきてしまう。
このレストランには、珍しいホーレーシュという煮込み料理があり、ハーブのものと、胡桃とザクロソースのチキンのものを食べた。それにドウークという、珍しいヨーグルトドリンクもあった!!(ヨーグルトに岩塩の入った暑い日の飲み物。イランでもなかなか飲めない)
「あー、なつかしい!」。そうそう、この味。カバブにかける、ゆかりみたいな酸っぱ渋い「粉」もあって、お二人はご満悦だった。
日本の野菜は味が薄いので、多分イラン料理そのものの味わいは出しにくいかもしれないけれど、意外に日本人の口にあう「優しいテイスト」なので、食してみる価値はあると思う。(野菜がたっぷりでヘルシーです)
イランは、野菜も果物も本当に美味しくて、今日本人が食べているキュウリやほうれん草などの野菜や、桃やスイカ、ブドウといった果物の原種があり、思わず白目になってしまうほど、味が濃厚で美味しい。
お二人と語り合っているうちに、ラザニー氏はどうも前世が日本人らしい感覚があり、今の日本人より多分「頑固だが情にもろい隣の親父(失礼!)」風をかもし出していて、懐かしい気分になるのだ。
イラン人と日本人(オルウェイズ世代)は、多分すごく似ている。だから、「おしん」がとてもはやったのだろう。でも、残念なことに今のイランは、経済が発展しみんなが「お金儲け」に奔走する、インドと同じような状況を呈しているらしい。
そうでなくても、アメリカのちょっかいが危なっかしい状況にあるが、この「お金至上主義」がもたらす文化や心の崩壊は、おそらく日本がその全てを物語るトップだろう。
そんな中にあって、遠く離れた国からこの日本で出会い縁をもてたことに、やはり神の計らいを感じずにはいられない。
お蔭様で、当社ではメスリ氏の作ったザ・シャンプーとザ・ローションはすごい売れ行きで、@コスメでも評判になっている。やっぱり、わかる人はわかるんだ。
(私は年末に、皮のコートを水洗いしこのザ・シャンプーで洗ってみた。すごい冒険だったけど、仕上がりはツヤツヤで皮のしなやかさは失われていなかった。大成功!)アトピーの人にも安心して使ってもらえる商品を世に出してもらえて、本当に感謝。
お二人とは長い付き合いになりそうだ。いつかイランにも一緒に行きたいと思っている。

左はメスリ氏、右ラザニー氏
razaniandmesri.JPG  iranfood.JPG
サフランライスとホーレーシュ&カバブとサラダ

★ペルシャレストラン アパダナ (JR浅草橋東口下車、銀杏八幡神社 脇)
住所:台東区浅草橋1‐31‐4 大原第3ビル・2F
 TEL:03‐5820‐8182
 営業時間:月〜土曜日 17:30〜22:00
      日曜日   11:30〜15:00

2008年HAPPY NEW YEAR!

2008-01-03

皆様、あけましておめでとうございます。三が日お天気がホントに抜群で、いい日和でした。
今年は、初参りは神明宮と水天宮。新しいジモティーとしてご挨拶にはせ参じました。水天宮でおみくじNOが36番、中吉。ミロクなスタートでございます。
新居にもだいぶなれ、ようやく瞑想が再開できるようになりました。部屋で月をみながらの、瞑想ができるんです。朝は、窓際に下げているサンキャッチャーから、たくさんの虹のプリズムが部屋にこぼれ、年末セッティングしたクリスタルボールからも、クリスタルプリズムが放射されて、朝からやおら元気いっぱい。アー、うれし。ご近所をうろついて、お店でいろいろ話をすると、やっぱ下町。ツーといえばカー。皆さん親切です。
昨年は、竜巻のような1年でしたが、今年はぜひきんと雲のようでありたい。いろいろ厳しい情勢が見えてきますが、頑張っていきたいと思います。

BTLは今年も皆様に新しいサプライズをたくさん届けていきます。アンチエイジングにも力を注いでいきます。
体だけでなく、心も生き方も若々しく麗しいオージャス
(純粋な活力素)があふれる人たちがたくさんBTLで誕生しますように。
本年もよろしくお願いいたします
手(パー)

初詣 江ノ島の夕日と富士山 黄金色でした。
enoshima0102.JPG    enoshimakame.JPG 江ノ島神社奥津宮の八方睨みの亀。世界が変わりますように。 

美国ジャパンの憂い

2007-11-23

 魔女のお気に入りにも書いたけど、10月から11月にかけて仙台、滋賀、京都、岡山、香川、愛媛と旅続き。(引越し準備に大幅支障あり)
日本の景観の中で一番美しい紅葉の季節に、これだけ旅に恵まれたのは、神様からのギフトの何者でもないと感じている。
 特に初めて訪れた四国は、本州と景観が少し違い、木々のみずみずしさや山々の麗しさに触れた。山がね、優しい感じなのですよ。まるまるしていたり、ピラミッドのようだったり。讃岐うどんのコシの謎に触れたような感じ。(讃岐うどん食べたのに、写真取るのを忘れた。お腹減ってたんだー。麺紀行になっとらん)
 日本の紅葉は本当に美しい。それと、初めて通った瀬戸内海は、絵のように、物語のように、美しく麗しかった。日本の景観美って、神様が作ったといわれるけど、ホントにそう思う。にもかかわらず、湊からは煙がもくもく出る煙突だとか、景観にそぐわない工場だとかが垣間見える。
 このまま地球資源を取り続けると、地球の寿命があと100年しかもたないという見解が示され、愕然とする。今100年ということは、経済成長を続ける大国次第では3割近く早まるだろう。
 地球という星が、そこに誕生した人間のために存続を危ぶまれるなんて、SFの世界のようだけれど、新幹線で東京駅についたとき立ち並ぶ摩天楼のビルを見上げると、ロボットしか住めないんじゃないかと感じられるほど、冷たく無機質でただ外見が華美なだけ、というバベルの塔さながらに見えた。
 高層マンションなんて、人間の巣のようだ。朝になると働き蜂ならぬハタラキ人がしゅーっとでてきて、さ。
旅して感じたのは、意外にも都心よりも地方のほうが「自然保護」や「環境対策」に対して積極的だということ。そして、店作りや住まい作りが、モダンだということ。もちろん地価やかかる費用に地域差があるから、ということもあるけれど、「暮らし」や「生活」をしっかりやっているのは、地方のほうが圧倒的だと思う。
 地方出身の若い世代の子が言っていた。東京は暮らすのにお金がかかり、お金がないと何も面白くない町。だから、スミカには最低限の費用しかかけず、風呂なしでもOK.その代わり、スポーツジムに入って風呂代わりにするのだと。???一見合理的に見えるが、そこに感じられるのは「暮らし」がないということ。寝泊りするだけ、雨風凌ぐだけの住宅事情。たしかにね、東京はスミカが限りなく狭いし高い。少し広いところに住みたいと思ったら、家賃は高くなるから、夜もハタラクはめになったりする。するともっと暮らしがなくなる、という悪循環。はーっとため息。地域コミュニケーションなんて生まれるはずもなく、サツバツとするわけだ。それが昂じて、地球というふるさともないがしろ。
 お金持ちの人は、地球脱出計画をたてているらしい。すでに宇宙ステーションなんて作ったりしているし。なんてこった!
 冬ははんてんとコタツにみかん。夏は縁側で花火とスイカ。春には花見、秋には月見。あの麗しい時代は、いずこへ?日本人の感性はいずこへ?坊ちゃんでおなじみのレトロな道後温泉につかりながら、思いを馳せた。
(と同時に、今回これだけの距離を暴走したにもかかわらず、返却時のガソリン消費が30リットルというヴィッツのハシリに、感動。世界のトヨタ!すごすぎる)

宇宙の近さ

2007-11ー14

今年も残すところ、一ヵ月半。昨年同様、なんと早く過ぎ去ることか・・。と同時に、なんと多くのことを知らされてきたか・・。
インターネットの普及は、あっという間に「秘されていたこと」が明らかになるためにあったのだろう、と思わされるほか、どうやったらこのサイトに繋がるんだろうか、というのがまるで筋道みたいに縦横斜めと絡まってくる、魔方陣さながら。
こんな中で、真実 というものを見極めるのは、自分の深い部分からの共感や体感意外にないかもしれない。それは、現世だけでなく過去世からの古のDNAおよびバイブレーション(DNAという物質化以前のキオク)をどれほど感じ取れるかという感性の部分。そして、モノゴトを判断なしに見極める冷静な洞察力。
引越し準備のため、昔のものを整理していたら、本棚から子供の頃読んだ本がごそごそでてきた。「宇宙の神秘」幼稚園の頃、コレを読んでタコのような火星人ばかり書いていた。とても出会って話をしてみたかった。「生命の神秘」小学校6年のとき、人間というものの起源を漠然と知りたくなった。これがルーツ、むしろ最初に思い出したキオクなのだろう。
そして今、星に思う。なぜ人間はこうも争ったり、幸福にならい環境を作り出したりするんだろう。
頑張っても報われない世の中、真面目な人が損をする世の中、ちょっと頭がよければ労せず億万長者になれる世の中。神はこんな世の中をのぞんだんだろうか。それ以前に人間とはなんだろう・・。
それを知りたくてアーユルヴェーダを学んだのだけれど、私の理解はとうとうヴェーダを超えてしまった。ヴェーダが一番、と思っている人には申し訳ないけれど、そこで止まってしまうのは真に理解していないことだと思う。(むしろこれこそがヴェーダの本当の意味)宇宙が近い。
政治や経済のドラマは、ハリウッド映画以上。すごいよね。事実は小説より奇なり。それより、今ココにいて、この時間の経過を体をもって味わえていることのすごさ、これが進化のミナモトでなくてなんだろう。
古い殻から抜け出るように、次々と整理をしていったら、なんだか顔つきが変わってきた。妙に似ていたチチハハの陰影から、自分の顔ができつつあるみたい。そうか、古いスミカにいるということは、その霊波を受けることにもなるんだ。と同時に、今度こそ自分の足で歩くということ。本来の自立。本当の自己実現。
「生命の神秘」を引っ越したらもう一度ゆっくり眺めてみよう。あのとき、どんな気持ちでこの本を読んだのか。12歳の私、そのカンカクを思い出すために。それはきっと、はるか宇宙の星を思い出す旅にもなるだろう。そして、自分が今生で一番果たしたかったことをこれから実現するためにも、必要な「時」と「場所」を神様は与えてくださったのだから。夜
(今度のスミカは、東と南にぐるりと窓がある、明るい麗しい場所なのです=たくさん探したのに、ここしかスムーズに決まらなかったしね。なんだか、ちゃんと暮らしを整えたいとしみじみ思いました。神謝。で、ホームベーカリーやスチームオーブンなどを買ってしまいました。料理しまくるぞ!)

新たなキオク

2007-11-06

引越しに向けて、準備を始めている。何しろ家1件分それも父母のものも含めて3人分の整理をしているのだから、そりゃあもう大変。
全て捨てる・・と意気込んでみたものの、まずは整理しなくては始まらない。両親は古い世代の人たちだったので、ありとあらゆるものを後生大事にとっていたから、残された者(物)は大変である。
でもそこで、いろいろなことを感じるに至った。昭和のよき時代から高度成長期時代へ、写真はモノクロからカラーへ、初々しい10代の自分の写真も色褪せて・・。
戦後の時代の人たちは、とにかく働きづめで、「アメリカに追いつけ、追い越せ」をスローガンに、頑張り続けてきた。働いてわずかずつの貯金をし、念願のマイホームを手にし、子供の手がはなれてようやく自分の時間がもててきたころはもう60代。楽しむことも少ないまま、命をとじる。
日本はアメリカに追いつき、追い越すと「エコノミック・アニマル」とかやじられて、日本製品不買運動などやられて、知らないうちに日本からのお金がどっとアメリカに行ってしまっていた。
そして今は、国ごとアメリカになってしまいそうな裏事情。戦争に負けたからなのか、それとも日本がそれほど魅力的なのか・・。ここには神のみぞ知る秘密が・・。
まだ機械化されていなかった古い時代には、人の手による手仕事がたくさんあった。時間も今より全然ゆったりすぎていっただろう。それでも、成長期だったから変化が激しかったけれど。そんなことが垣間見られた。
物の処分をしながら、思い出に浸りそうになると、いかんいかんと作業をすすめていく。ここでの時間は超高速でなくちゃ。
しかし、若かった父の写真を見ると、私の記憶に残っていなかったことに唖然とする。母も同様。友達なら、覚えているのに。記憶とは、一番新しいものを残すようになっているのかもしれない。そうやって、今日初めて見た写真が、私の新たな記憶となった。


 

雨の中の月

2007-10-27

昨日から仙台入りし、今日帰ってきた。なんと台風を引き連れて、初めての雨の仙台。
朝から雨模様だったのと、今ひとつ気持ちがのらないので今年は金華山入りを見送った。その代わり、他のところを回ろうと思っていたのだが、あまりの雨に中止。
宮城から新たな発信を仕掛けるM氏と会い、いろいろお話を聞かせていただいた。すごいお話でした。とにかく、世の中が大きく変わろうとしている節目。いろいろな役目を持った人がリーダーとして、その節目から新たな世界作りを始めている。
でも私は思う。個人レベルから始めないと間に合わない。何もたいそうなことをしなくても、本当の感謝や本当の愛情に目覚め、優しさを身につけることで神様とつながりやすくなる。感じていくことが「感謝」や「感動」「感無量」などの思いのバイブレーションを知っていくのだろう。日々、無心にハタラクことのなかで感じていくことが、普通の人たちの気づき方だと思う。まずそこから・・。
禊のような雨の中にあって、ふと雨が小降りになった。26日は満月。月が見える気がした。ふと見上げると、そこだけ明るくなった場所に、ベールをかぶってうっすらと月がのぞいた。
ホテルには小さな露天風呂がついていて、小さな幸せをかみ締めていると、雨と一緒にずっと月がそこにあった。幸せ、倍増。そして夜中に、仙台で地震 WAO!何かがとても繋がっている感じがする。
翌日大盛り上がりでJAAのセミナーを終え、岐路につく。新小岩の駅につき、見上げるとまた雨の中から月が顔を出してくれた。幸せ3倍増。こういうのを貯福といおう。でもなんという不思議な空。
牛タンも食べたし、サンマのお刺身も食べたし、仙台はうまかった。そして、私の次のスミカも見つかった。神様本当にありがとう。
さあ、また明日から、頑張ってハタラクぞ手(グー)

凍える時代の前に

2007-10-20

ここのところ立て続けに、同じテーマでいろいろなことが知らされてきた。シンクロはもう日常茶飯事だけど、今はもっとその内容(神様の意図)を熟考するときに来ていると思う。
ひとつが経済問題だ。先日のベンジャミン・フルフォードさんの意見も、その片鱗。
誰もがまさかと思っていたけれど、私たちの頭も冷静になり9.11が演出されたものだと知らされるとき、うすうす気づいていた人たちも増えていたのだ。
古代の昔から、支配する人とされる人がいて、王様と奴隷がいて、それをちゃんと後世に残るように石や磐に刻んだりして、その意識が続くようになっていた。
私も10代の頃から人間て何だ?とか、社会って何だ?とか熱く思っていたのだけれど、世界に赴くようになり、歴史を学んでいくとさらに突きつけられる壁。
昨年から「ニギハヤヒ」について強く知らされ、調べたりするうちに、日本の神々のルーツをたどると、ついには星ぼしのエネルギーになった。
ニギハヤヒは、稲を携え先住民族のなかにはいっていったが、これはみんなで一斉に働いて米を生産し、主食にして、平和的な国家を作ろうという作戦だった。そのリーダーとして、本来は祀られるところだったのだが、治める人ということが一番上の権力者(トップ)ということとして天王(天皇)という形となり、他の人に摩り替わってしまった。
米も、みんなの所有物として蓄積し、平等に分配されていたのに、いつしか年貢として「ただ作る人」のように支配されてしまった。
こういう意識変化(多分一人の人からの)はどうしておこるだろう、と考えていたら、その受容体である人間の振動数(センサー)がどの次元やどの星からのものをチューニングするかによって違ってくることがわかった。だてに星座占いがあるわけではなかった。でも、古代の人たちで脳力がある人はとっくに気づいていたわけ。
そういえば、人類の祖先とされるネアンデルタール人は死者に花をたむけたり、障害のある人と暮らしたりその遺跡から心優しい人たちが推測されるが、その後のクロマニヨン人に全滅させられている。クロマニヨン人は前頭葉が発達し、攻撃性が強かったと推測されている。人間の起源説には諸説あるが、その差別意識や優位意識はずっと継続されていて、ここへきてエスカレートしているように思う。
9.11のあと、「テロ撲滅」をスローガンに、アフガニスタン、イラクという国を破壊したアメリカ。なぜ?と思われる方は日本人が知らない真実を調べてほしい。
イランに4度訪れて、掘り起こした「錬金術」とヴェーダをもととする宇宙意識のありかを自分なりにリサーチしていた。そこで知ったことは、人間の欲望は果てしなく深く大きく際限がないということ。そもそも人類ってなんのために発生したのか? 今はそこを見つめている。人間は神の思いを具現化するために肉体を持っている、と自適さんは実体験から語ってくれた。
その思いとは? 自適さんはコチラに出てきている間にまた旅の生活を神様から与えられてしまったようだ。これから寒くなる。私は、労せず神様のメッセージをいただくのは忍びなくて、皆さんにも日本の現状を知るためにもサポートを呼びかけたいと思う。
このページにアクセスしてくださった方は、皆さん縁者。これから壮大な神のプログラムを果たしていくために、ぜひ応援の手を手(パー)

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鹿児島銀行安房支店 店番 621 口座番号 279770
口座名義 礒邉自適 (イソベジテキ)

SAMURAI スピリッツ

2007-10-15

昨日ベンジャミン・フルフォードさんの出席するセミナーに参加してきた。ベンジャミンさんは流暢な日本語でユーモアたっぷりに大事なことをさらっと伝えてくれた。
140名ほど集まっていたが、どれほどの人が彼のいう「秘密結社」のことを知っているだろうか?私たちの政治も経済も生活も、全て彼らの管理下にあるということを・・。
ベンさんは、「秘密」を体と命をはって取材し、公表している人。それにより、あの9.11のことも、アメリカやヨーロッパの真実が少しずつ明らかにされてきている。
「これはおかしいぞ」という疑問からスタートし、人間の命があまりに粗末に扱われていることに愕然とし、そしてその計画に慄然とし、さらに「日本」こそが世界をリードしていく国である、と言ってのける。そこには、「誰か」というより、私たち日本人がかつて持っていた「和」の力(統合力、総合力)が鍵になる。
日月神示では、「悪を抱き参らせる」という言葉を使っているけれど、これはテクノロジーやそれを生み出す知恵のことを指しているだろう。相手を唸らせるほどの技術推進力、戦後の日本人が欧米を模範にしながらそれに優る商品を次々生み出し、世界初の製品は数知れない。それを妬まれてバッシングを受け、横槍を入れられながら、日本は成長を続けてきた。
公害を教訓に、環境保護や水質改善など、原爆と戦争で何もなくなった地から立ち上がってきた国。ベンさんはそこをしっかり見据えてくれていた。そして、日本から立ち上がってほしいと願っている。(こんなことを訴えてくれる政治家がこの国にはいますか?)
サムライ・スピリットはいまや、海外から感じられる時代なのかもしれないネット

金華山弁財天発動!

2007-10-11

昨年の金華山サバイバルからもうすぐ1年。今月末にまた仙台出張があるので、6回目にトライするかなと考えていた。9月の満月ショーでなんだか弁財天のような月を見せてもらい、今年一年のお礼も込めての参拝。
そうしたら、先日「全ては金華山から始まります。」というメッセージを携えた人と出会った。これも神さまからの約束ということで、すぐさま自適さんにもつなげたのだが、その日私のブログを見て金華山に行った、という人からメッセージが同時に来ていた。うはー!すごっ。
金華山では例年になく「蛭」が大量発生していて登山しているとあちこち吸いつかれるそう。それを聞いて、「あ!」と思った。もののけ姫にでてくるでしょう。邪の力の象徴。(アーユルヴェーダでは、血気盛んな血のにごった人には蛭に悪い血を吸わせるラクタ・モクシャナという浄化療法もあります)
昨年金華山では11月11日にものすごい雷雨となり、天柱石に雷が直撃したそうで、私はその2日後に行ってその破片を拾ってきていた。(今でも宝物)
神様の発動のための禊浄化のあと、人間を立ち入らせたくないために「蛭」の大量発生になったのだろうと感じる。やはり霊山なのだ。
金華山は金山比古神と市杵島媛を祀っているが、金山比古はニギハヤヒ命のこと。サラスバティ(弁財天)は龍神で、ニギハヤヒのパワーをサポートする。11月の落雷、2月の顕現、そして7月の岩戸開き、さあいよいよ発動。ここへきて、本当に「思ったこと」が実現することの早さを感じる。
イランを何とかアメリカの攻撃から阻止したいと思っていたら、国際ジャーナリストのベンジャミン・フルフォードさんが、イラン国営放送の日本代表になった。(フルフォードさんは日本に帰化している)奇しくも「フル」というニギハヤヒの別名を有し、ふる(振る、降る、布る)というシェイクの意味を持っている。今度会うことになる。イランもまた、アリオンの聖域。忍者部隊月光の「月影の魔女」は、龍神をしょって一世一代のステージに繰り出すのだ雷

幸福の行方

2007-10-08

ドリカムの美和ちゃんのご主人が、33歳の若さでなくなってしまったというニュースを見て、奇しくも同じ姓の吉田美奈子さんのことを思ってしまう。
もう20年くらい前かもしれない。MINAKOの新しい曲を聴いて、真に迫った寂寥感と歌の豊かさを感じて、どうしたのだろうと思っていたら、最愛のご主人を亡くした後というストーリーを聞いた。
美奈子さん、女性としてもいろいろな人生であって、はたから見たら「波乱万丈」なのだけれど、それらが全て歌に深さを与えていた。女性として、かわいらしさ、したたかさ、ナイーブさ、そして芯の強さ。30代は情念を、40代は愛を、50代は宇宙を謳いあげる。きちんと年齢を重ねている。それは体験をしっかり積み上げたから、というより歌うことを選んだ彼女への神様からのギフトなのかもしれない。体験した人でないと出来ない表現、表情、だから心を打たれる。
美和ちゃんもたぐいまれなシンガー兼ソングライター。
彼女の独自の表現は、時代や年代を超えて愛される質を持っている。だからこそ、謳いあげてほしい、伝えてほしい世界がある。
神様は時に一番大切なものをとりあげる。それは、その人が今生果たす道を歩くための作戦のように。最愛の人が突然消える辛さや悲しみ、傷みは、深く心に刻まれ、逆転して永遠の記憶になる。傷みを知る人は、みな本当の優しさを身につける。優柔不断なものではない、強く厳しさのある優しさ。時間が永遠でないことを知るから、今を大事に、この瞬間のシアワセを大切に生きる。
そこから生まれ、紡がれる歌。
「出会えてよかった」と美和ちゃんが立ち直るとき、そこに輝くような愛の歌が生まれるだろう。そのとき、私たちは、震えるような感動を覚えるだろう。これが、神さまのバイブレーション。泣くだけないて、沈むだけ沈んで、あとは歩くしかない。
SOULの歌姫の声が再び聞けることを、いつまでも待っていよう人影

ナマステ神様

2007-10-03

ヨガフェスタが終わり、4日後にナマステ・インディアというインド大イベントが代々木公園で行われ、うちもアンビカ・トレーディングテント内でエイギョーした。昨年は6万人の参加者があり、とても盛況ということだったが、今年はあいにくの雨で参加者も昨年の半分以下だったろう。晴れていれば、カレー以外にもインドの珍しいスナックみたいなのもたくさんあったので、公園やベンチでビール片手に楽しめただろうに残念だった。
でも、多くの方が「アーユルヴェーダ」を認知しているのを感じ、お客様が「あ、あの江戸川区の」「HPで見た!」と言ってくださる有りがたさが身にしみて、寒さも雨も吹っ飛んだ2日間だった。手(パー)

その翌日、東京へ出てきている屋久島の自適さんを、タモさんに会わせようと秩父へ向かうと、さすが神ろぎパワーでカーナビが誤作動し同じところをぐるぐる回ったり、私の記憶もふっとんだりでようやくタモさんのアーリーハウスに到着。さて二人のご対面は・・これは詳細は書かないが、自適さんの体が振動をはじめたため頓挫することに。次に神社マニアには知られるところの、八大龍王を祀る「今宮神社」へ。ここは、5月に行った大阪の宝来寺の「役の行者」が飛び込んできたところで、宮内庁と同じ神を祀っている。
宮司さんと神官の方と話しているところに、自適さんの体に神の信号がでて、こめかみと左手に反応が強く出た → リンク自適さんの神霊の思頼(みたまのふゆ)へGO!
私もビリビリを感じ、ここに神様のエネルギーが強く現れる場所であることを実感。
071001imamiyajinja.JPG 今宮神社の御神木のけやき。ここは天橋立という渡板がはってあり、籠神社のミニチュア版になっていた。ということは、ニギハヤヒさま!!
自適さんは、とても気さくで若々しく、やはり神様に愛されるお人柄の方でした。神様のプログラムが無事進むことを祈ります。タチカラオが出てきているので、岩戸開きは寸前。今日熊本で地震があり、今年の3月に自適さんが旗揚げした幣立神社の九大龍王がいよいよお出ましのようですよ。
ナマステ 神様!(ナマステとはこんにちはという意味ですが、正式には年長者や師匠にはSIRと同じ意味の謙譲語を用いて、ナマスカジーとなります。ナマスカジー神様! )

ヨガ・フェスタ無事終了

2007-09-24

パシフィコ横浜で行われた3日間のヨガ・フェスタが無事終了した。イベントも4回目となり、自社出展2回目なので、だいぶ要領がつかめてきた。
いらっしゃってくださったお客様に、心からの感謝をいたします。ありがとうございました。
今回感じたのは、過去2回から比べると参加者の層が絞られてきたように思う。20代後半から30代にかけての女性たちが圧倒的に多かった。ヨガに目覚める年代、と同時に自分探しに取り組む年代、という感じだろうか。
30代を超えると、俄然精神世界に目覚めてくる。環境にもよるだろうが、20代は若さで突っ走れるが、30代になると体力も落ちてきて、「それはちょっと違うぞ」というスタンスが見えてくるからだろう。
私がアーユルヴェーダにはまり込んだのも、そんな精神世界に目覚めたからだった。性格上、気になることは掘り下げたいタイプだったので、いまだに探求している。
そうなると、ほんとはちょっと大変なんだ。だって、5000年の歴史、それだけじゃなく神様の英知ということで、「どうしてそうなるの?」とおいそれとは聞けない学問なので、言葉を超えた感覚で捕らえてていかないと本質をつかめないからだ。
ヨガなんて、もっと深いところを扱うから、ホントはねーすごいむずかしいんだよ。
私は、子供の頃から体がカタイのと、ついやりすぎてしまい、次の日筋肉痛以上の「身の危険」を感じてヨガは実は断念した。その代わり武術気功にはまり、軟気功、硬気功の違いを感じ、「気・プラーナ」を感じられるようになった。なので、ちょっと「ヨガ」すると「いてて」となり、シャバアーサナではすぐ寝てしまうというなさけなさなのだけれど、瞑想だけはずっと続けている。瞑想は大好き、というより自分にとって精神の栄養剤のような感じがする。その瞑想を効果的にするために、ヨガのさまざまなポーズや呼吸法があるのだけれど、今日セミナーでコラボレーションした綿本彰先生が、ピッタを冷ます方法として教えてくれた方法にびっくり。私は何も知らないままに、勝手に自分で毎日空に向かって、宇宙に向かって、特別の伸びをしていたのだが、そのまんまだった。あー、理知鞘(自分を正しく生かす潜在能力)がちゃんと機能してるのね、と感動。瞑想していると自分に必要なこと、自然にやるんだなあとこの仕組みにただ頷くばかりだ犬

神社で夏休み

2007-08-22

つかの間の夏休み。いろいろやることはたくさんあるものの、えいやっと思い立ち、戸隠神社に赴いた。我がイケメンアレックス君は抜群のハシリを見せ、山道にも快適なことを確認。しかし、思い立ちツアーだったので、着の身着のままででてきてしまい、中社についたときはもう夕方になっていた。ここまで来たら、全部回る!と宿を探し、温泉も見つけ、ついでにステキなカフェも見つけ、ラッキーな予感!
今回の旅はとても意味のあるものになった。中社では、宮司さんにとても親切にしていただき、火事で喪失してしまった幻の龍の天井絵の復元のヒミツを教えていただく。拍手を打つと、不思議なヒビキが出現する。偶然にそうなったそうで、私は2つと9つと打たせていただいた。
カフェでは、昔懐かしいアレンジコーヒーがたくさん。ちと大人気分で、オレンジリキュールの入ったアンデスコーヒーを注文。そこで目にした一冊の本に釘付けになり、手に取ると先日お亡くなりになった河合準雄先生の本だった。「神話と心理」。私もひそかに論文のテーマにしていた題材。しかもサイン入りで、マスターに伺うと、毎年いらっしゃっていたとのこと。この本は昨年のものだった。「戸隠は、本当に気のよいところです」とお気に入りだったそうだ。ユング研究の第一人者だっただけに、とても残念だ。
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翌日、河合先生もお気に入りだったという奥社に赴く。戸隠神社は、天岩戸伝説で活躍した知恵の神「ヤゴロモオモイノカネ」、岩戸をあけた「タチカラオ」、場をもりあげた「アメノウズメノミコト」を奉った神社群である。実はこの場所は、ちょっとアリオンに関係のあるところで、以前から行きたいとおもっていたのだった。奥社につき、祝詞あげを行い、アマテラスを謡う。空は澄み渡り、隣の九頭龍神社も大いに意味あり。神気を満喫し、駐車場に戻ると隣にはブルーのアリオンが停まっていた。ぐぐっ。大当たり。

togakushiokushamonhp.JPG  togakushiokusha.jpg togakushimori.jpg
 
そこから、火の御子社(アメノウズメノミコト)、宝光社(アメノウワハルノミコト=ヤゴロモオモイノカネの子供だそうだ)へ参り、鏡池、ついでに善光寺も立ち寄り、東京にまたすっ飛んで帰ってきた。それぞれの神社でおみくじをひいたが、全て「吉」とでた。ここのおみくじは年齢を聞かれて、宮司さんがおもむろに奥に入っていき祝詞を唱え、出してくださるありがたきもの。内容が共通していたので、重ね重ねのご神託と拝受した。
たった2日間だったが、とても内容の濃い休日となった。アマテラスの岩戸隠れの本当の意味を知ったように思う。この説明はじょじょに明らかにしていこう。

togakushisoba.JPG  やっぱね、戸隠行ったらそばでしょう。食べました。う〜ん。美味しいけど、個性のない美人みたいな感じ。そばって、深いね。今のところ、マイベスト3は、@山わさびそば(北海道)、Aへぎそば(新潟)、B秩父のくるみそば。いずれも個性派です。

Back to the Future

2007-08-08

ようやく夏らしくなって、体がついていかなくても、やっぱり夏は暑いほうがそれっぽくてよいと思う。気のせいか、夏が遅くやってきた分、せみが蜂のようにたくさん飛んでいるんだけれど・・。
この間、ちょっと調べ物をしていて、たくさんある専門書の中からインドを初めて訪れたときに持参した植物と神様の由来の本をひっぱりだした。
調べたい植物のページを開けたとたん、あらーっわたしったら押し花していました。もう15年以上前の押し花。ただページにはさんであっただけなので、ちょっとさわったらポロポロこぼれてしまいそうなしろものだけど、このページが今回ウチで見つけたザ・シャンプー、ザ・ローションで使われているアラビア・ゴムの紹介の場所。なんだか、鳥肌がさーっとたった。
あのころは、もちろんただ本に載っている植物を見つけた嬉しさで、と思いきや他のページには押し花していないのである。ポピュラーなニームでさえ、はさんでいなかった。そこだけだった・・。
ここのところのシンクロの比ではない、これは。15年以上前から出会うことが約束された植物、と感じる。でも、人もそう。まさに今だからと、出会うべきして出会わされる人が本当に多い。
過去の螺旋は未来に通じ、過去がしっかり生きられていれば、その螺旋は大きく広がりながら回転していく。
まさにBack to the Future.
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宇宙タイミングのヒントがつかめた気がする。未来のために今があり、今のために過去があり、そしてそれは定められていること。意識が早くたどり着けば、早く開いていく。それだけなのだ。
これは神様からのご褒美。「頑張りなさい」と言ってもらえているようだ。「顔晴らせていただきます!」と月を仰いだ三日月
 

アーユルヴェーディック・アロマテラピー

2007-07-27

私がずっと研究を続けてきた、アーユルヴェーダとアロマセラピーの融合、しいていえば体質を中心に展開するホリスティックケア法であるアーユルヴェーディック・アロマテラピー。特にその中で化粧品を作りたいとかねてから思っていて、アロエジェルのなかにいろいろ混ぜ込んで、エッセンスだのクリームだのを手作りで作っていた。ヴァータ(風・秋)の季節にはごま油をまぜたり、ピッタ(火・夏)の季節にはサンダルウッドを混ぜたり、と四季や年代やトラブルなどに応じて、いろいろなものを作り出した。
ナチュラルなものばかりなので、最終的には防腐剤がはいらないためしょっちゅう作ることになり、何かいいのないかなあと思っていたら、先日まったく同じコンセプトで作られた素晴らしい商品に出会った。
それも、イラン、インド、日本のコラボレーション商品。イランのものはまだ誰も知らないだろう。しかし、精油の発祥の地はイランであり、世界で一番はじめに「植物の分類辞典」が作られたのもメソポタミア起源なのである。
使ってみて、その商品の素晴らしさと可能性に感激した。イランの最高級のローズウオーターをメインに、インドハーブと日本の最新テクノロジーの融合。これぞ、イメージに描いたとおり。まさにアーユルヴェーディック・アロマテラピーなのである。
実際インドやイランに行かれた方ならわかると思うが、いくら良い素材であっても使い心地や容器の不具合、匂い、官能面等は今ひとつ日本人の肌や生活にフィットしないものが多かった。それは、私たちの国は化粧品の部門でも世界有数の最先端国だからだ。各メーカーが保有する世界特許の技術は欧米のものを越えるものがたくさんある。その最先端テクノロジーをもって、伝統ハーブの特性を生かし、さらに環境にも優しいというスグレモノ。
私の直観アンテナは、ビビッと光りまくった。
この商品の開発者は、東京大学大学院でバイオテクノロジーを研鑽し、アーユルヴェーダの研究者でもあるイラン出身のShahram Mesri氏。特に植物の成分抽出において化学薬品や食品添加剤を使わない世界最高レベルの抽出が氏によって可能となった。
私はイランの伝統医学の中に「錬金術」の処方の顔をずっと見ていた。アーユルヴェーダのなかにも水銀や砒素を無毒化したり、金を灰にして薬とする「錬金術」処方がある。
 先日実際にお会いして、とても真摯に研究に取り組まれている姿勢を感じた。

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これは、ローションのテストで、ローズウオーターとアロエエキス中心の化粧水を水と混ぜてコットンに含ませ、その上に種を置くと発芽するが、他社のベビーローションで同様のことをすると種が死んでしまい、土に植えかえても発芽しない。種は、植物の生命エネルギーの源。それが死んでしまうということは、細胞への影響も考えられるわけだ。
すごい商品を見つけてしまった! シャンプーは顔も洗えて、しっとりつるつるになる。これはスペシャルアラビアゴムの力。
この使い心地に、スタッフもほれまくって、本当に喜んでいる。

7月28日・29日の「癒しフェア」に、メインで紹介するつもり。お時間ある方はぜひ見に来てくださいね。 SD-43 のブースで、BTLの美女(?)ケアリーナが、皆さんにお披露目しますハートたち(複数ハート)

アリオン・メッセージ

2007-07-17

 昨日再び新潟で地震があった。何を隠そう、柏崎市刈羽町は父の生まれた場所である。中越地震が起きたばかりで、新潟は受難続きであるが、柏崎には原子力発電所があり、おじさんはそこに勤めていて肝臓ガンで亡くなった。蛍もでるほど自然豊かな田舎町で、ほとんどの人が農家なのにガンの人が多く、なぜだろうと思っていたが、農薬や原子力等による土壌や水の汚染が心配されていた。
 昨年アリオンにたちかえり、アリオン・メッセージを読み返そうと一番先に開いたページが、「2006年までに原子力発電所を全て閉鎖しないと、日本が大変なことになる」というメッセージだった。
まるで、知らされるように全てが猛スピードで私の中に押し寄せてきたが、その後に女川や、日本中いたるところの原発での事故や報告モレ等があきらかになった。
 アリオンは、地震だけでなく経済社会の変動も含めてこれから起きるであろうさまざまなメッセージを10年前にすでに届けてくれていた。昨年に再び目覚めさせてもらい、私は自由の身になりそのことを考える時間的余裕ももらえるようになって、さらに深く感じ入ることができるようになった。
 そして、2月にニギハヤヒが降り(ニギハヤヒのエネルギーのミナモトもアリオンを中心とするシリウス系のエネルギー)、日月神示の神としても、日本を大いに奮い立たせている。
 そのアリオン・メッセージに書かれている「鍵」となる「黄金太陽」と「スパスフィシカ(炎の十字の回転)」を知らせるメッセージが5月に私の元に届けられた。
 始めはなんだろうと思っていたけれど、その真意が日に日に感じられてくる。ススミが本当にすごくて、私の体も変化が大きい。扉はあけられたのだ。(不思議だけど、14日に10キロもする裏戸が外れて、大変だった。)
 アリオンは伝える。全ては私たちにかかっていると・・。アセンションより前に、私たちが気づかなければならないこと。
 新潟の人たちは本当に受難続きで大変だが、中越地震でも感じたけれど、お互い助け合い労わりあう過酷な雪国で生き抜いてきた芯の強さと優しさを感じさせてもらえている。思わず、「頑張ってください!」とテレビごしに声をかけてしまうほど、高齢ながらも文句ひとつ言わずに、黙々と働き続ける人たちがたくさんいる。
 ケアリーナとして、何か手助けできる手立ては無いかと考えるが、ライフラインや道路が封鎖されているため、いくことが出来ないもどかしさ。ホントにつらい。
 私に出来ること、早く一人でも多くのケアリーナを育てること。地域に何かあれば、少しでも何かの役に立てることを願って、ファミリーケア・スペシャリストの養成を始めようと思っていた矢先だった。何でも出来るよ。そこにある素材でご飯も作れるし、眠るための助けも出来るし、痛みを和らげることも、話を聞くことも、その人が必要としていることを感じることができる。
 今年の輪島の地震のとき、スタッフが「今すぐかけつけたいくらい」と言っていた。ただの思いだけなら、足手まといになってしまう。実際何をしたらいいか、現場で何ができるか、具体的に考えてみよう。
 少しでもアリオンがくれたメッセージをくむことが出来るように,テレパスが一人でも多く出てくれることを祈りつつ、私はあなたにアイを送り続けるよ。
 新潟のみなさんは、明るい未来を作る一番先に選ばれた人たちだと思います。くじけずに、生き抜いてください。