アーユルヴェーダへの道のり

高橋 佳璃奈高橋 佳璃奈(タカハシ カリナ)

ALWAYS世代:年齢ばれます? 射手座 O型
江戸川区で生まれ、葛飾区で育つ生粋のド下町っ子
日出学園高等部卒
山脇学園短期大学英文科卒
住田美容学校卒 文京社会福祉専門学校卒、東京心理専門学校基礎科卒
介護福祉士、美容家、健康心理カウンセラー、
日本アーユルヴェーダ学会評議員、日本アロマコーディネーター協会主任講師、日本健康心理学会会員、

キリスト教の幼稚園時代、三賢者を導いた星に魅せられ以後星にはまり、宇宙に魅せられる。子供時代から、薬草とか野草、それにたかる虫に異常に興味を持ち、アゲハチョウの孵化観察は数え切れない。子供のころ飼っていたもの(アリ、こおろぎ、鈴虫、蛍、カブトムシ、タップミノー、おたまじゃくし、せみ、その他いろいろ)
ティーンになり、急にませて髪型に異常に興味を示し毎日違う髪形で登校し、男子生徒に賭けられた。
中学校時代は深夜放送にはまり、ディスクジョッキーになると決意。高度成長期真っ只中。
高校時代は笑いの渦の日々、と同時に大きな社会変動の中「人間」や「心」「人生」に関して探求が始まる。
短大時代はバイトにあけくれ、金の卵で入ったのに1年後オイルショックで就職難。このとき初めて「挫折」という意味を知る。
あたってくだけろ面接で自慢の筋肉を披露し、日本ユニバック社(現日本ユニシス社)に入社 営業部に配属され、ぶっとび新人と呼ばれる。超大型コンピューター花形時代&ロッキード事件に遭遇する。
そのころ父が病気となり、「手に職を」と昼間仕事をしながら夜間美容学校に通い、「自分もキレイに、人もキレイにしたい」とメイクアップ・アーティストを目指す。
(株)日本ユニバック退社後、某美容室で美容師修行。大変だった日々の中、救いは「山下達郎」の音楽。以後、達郎マニア。
美容師免許取得後、小林照子先生の「ザ・ベストメーキャップ」という本を読み、メイクアップの奥深さと心理作用に感動し、この先生にあいたくて「小林コーセー」に入社。 コーセーでは自分が敏感肌だったため、化粧品の内容成分や美容剤、どのように作られるかを知り、「本当に肌によいものを作ってみたい」と思うようになった。(ハーブの特性やバイオ技術最先端を知ったのもこのころ)
約9年勤め人生いろいろあって退職後、転機が訪れる。
1988年初めて渡米し、精神世界にどっぷり。おりしもニューエイジブーム。ありとあらゆるセラピーやセミナーに顔を出した。
1989年:念願の化粧品企画会社に入り、アロマテラピーが上陸。直感で「これだ!」と思い、すぐ習いに行く。でも、かぶれた。なぜ?そのとき、インド人の友人が「それはアーユルヴェーダだ」の一言がきっかけで、アーユルヴェーダを探しまくるが当時は本一冊のみ出版されていただけ。それは全然読んでもわからなかった。
1992年:それでは実際に見に行こう、とインドに行きニューデリーのHOLY FAMILY HOSPITAL他で2ヶ月視察・研修する。ビーマ・バット医師はまさに恩師。インドに行く決意をしてから以後、奇跡が頻繁に起こっていることを感じる。
帰国後、日本初のアーユルヴェーダ・クリニック「岡本記念クリニック」の立ち上げから携わり、岡本丈院長、上馬場和夫医師のもと、受付、テクニシャン、医療事務等マルチでこなす。
その間アーユルヴェーダの学びと体験を通じ、持病のメニエール症候群、アトピーを克服し、アーユルヴェーダの素晴らしさを実感。
クリニックで障害をもつ患者さんやケア領域の人たちと関わり、自分が伝えたいアーユルヴェーダが見え、年齢を顧みず専門的な勉強を志し1996年より介護福祉の専門学校に通う。
1998年:介護福祉士の資格がとれた1週間後父が脳梗塞で倒れ、毎日足浴、オイルマッサージ等を行うと、一ヶ月で麻痺も痴呆も残らず退院。ここで決意。アーユルヴェーダを介護予防に役立てたい。
1998年より新小岩のマンションの一室で一人でこそこそアーユルヴェーダを行うが、いいものであってもこれでは広がらない、と自分が伝えたいアーユルヴェーダの方向性を再確認する。
その間インド4回、アロマテラピー発祥地イランに4回訪れ、たくさんのアーユルヴェーダ医師やイラン伝統医学医師たちとの貴重な出会いと経験をし、歴史や民族の流れにアーユルヴェーダのルーツを識るに至る。その伝統をふまえて、日本人に適したアーユルヴェーダの研究と心理研究に没頭する。
2002年さらなるアーユルヴェーダの普及を目指して、無謀にも法人化する。人生最後のチャンス。
2003年 江戸川区優良商店表彰店のひとつに選ばれる。(江戸川区には、インド人が600人も住んでいるそうだ。これも偶然)
会社経営は、まさに修行。この4年間不眠不休の全然アーユルヴェーディックでない日々をすごしているが、いまだ風邪もひかず病院通いは骨折のみ。(あれこれやって、2週間も早くギプスがとれた。これもアーユルヴェーダを知っているからこそ。ギプスが取れた翌日からトリートメント開始。スタッフから怪物といわれる。)
でも自分の好きなことを仕事にできて、しあわせこの上ない日々。奇跡はさらに続き、加速度を増している。