デンパ(伝播・電波・伝波)

2015-06-01

5月は、揺れに揺れた月となった。

ネパール、バヌアツ、伊豆沖にマグニチュード7以上の地震。そして口永良部島の噴火。

そして、UFOもちゃんと偵察にすぐ来ていた。(大地震や噴火の時は必ず来ている)

瞬時に、その規模や災害の程度、その土地や地球への影響を判断しているのだろう。

これだけ続くと、大方の人が 「何が起きてもおかしくない」 と観じ始めた。一体地球に何が起きているのだろう? この日本もどうなってしまうんだろう、と。

先日の伊豆沖の地震はマグニチュード8クラスだったが、マントルに届く深度だったため大事には至らなかったそうだけれど、日本中が揺れた。下記の図を見ると600キロの震度であればマグマを刺激するのがわかる。大涌谷や浅間山は、噴火に向かうだろう。

 

mantlemagma.png

Acc0524uk.jpgB0526mexicohyou.jpgCindia-road-melt.jpg

A:5月24日イギリスに現れたクロップサークル。ポイントが13個ある。新たな時間の始まりを示唆?

B:5月26日、メキシコに大量の雹。メキシコは、最近魚やクラゲやロブスターの大量死があり、何か特別なことが起こっている感じがある。

C:50度 の熱波で道路が熔けているインド。2000名以上が死亡。

そして、世界の不穏は続き、大きな戦争に向かって進んでいる感じや、おかしな人がとても増えている。大きく振動数を上げている地球についてこれない人たちの脳が萎縮を始めているかのよう。(外出時には気をつけて。)

 

しかし、覚醒してきている人も増えている。 「美しき緑の星」(下段にリンク)を見た人は一様に「切断」され、意識の中に大きな変化の芽生えがでてきており、世界中に伝播している。

20年以上前の映画であり、上映2日で上映禁止になりずっと潜んでいたものがなぜ今?それは、パソコンの普及とインターネット、SNS、ユーチューブなどの動画のシステム構築がなされ、1990年代に20代以上だった人は40代以上になり、宇宙意識のある人はそれなりに気づきのための経験を多く体験し、知性や感性に大きな進化があるからだ。そして、この地球変化の大きい今ならこの映画を単なるファンタジーとは観ず、たくさんの教訓をそこに見出せる。

アーリオーン達は、芸術家など多くの人を引き付けるアーティストやパフォーマーたちに思念を送り、「覚醒と気づき」のための作品のヒントを与えているが、映画はその最たるもので、ビム・ベンダースの「ベルリン 天使の詩」や宮崎駿の「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」にはしっかりその思念が描かれている。この「美しき緑の星」もおそらくそうだろう。90年代は、一番たくさんのアーリオーン・メッセージが届いていた。 下記のメッセージを読むとそれに納得するだろう。

 

「総て」は総てを包括し、「総て」は総てを拒絶する

 この言葉は、宇宙バランスの真理の一側面を顕している。

 あなた方地球上の人々の頭脳に、宇宙の次元感覚をもたらす。

 「総て」と総てに、たとえば「光」を当てはめてみると良い。

 「光」は光を包含し、「光」は光を拒絶する。

 この言葉について、考えれば、考えるほど言葉を失うだろう。

 また、説明できなくなる事の方が、より真実に近い。

 説明できないが、頭のどこかに理解に近い「響き」といった感覚が起こればそれで良い。「響き」というのはより本能的なもの、言い換えれば、より潜在意識の領域に訴えかける波動なのである。

 

 現代人の問題は、我々が言うまでもなく潜在意識(本能的な能力)の不顕在化だろう。

 超能力と呼ばれる「能力」は、潜在意識の能力顕在化の結果である。潜在意識の能力の質量の差こそあれ、大脳を備えた生物には総て元々、備わっているものである。その活動機関と地球上科学で推定される場所は、間脳中枢及び脳幹であるらしい。我々は、松果体およびその周辺からの脳幹内及び網様体に連結する神経への影響と判断している。

 人々は「響き」という感覚を、もっと大切にするべきである。

「響きあう」ところに愛が発生する。現代人の悩みや孤独感の原因のひとつに我々は「響きあう」ことの少ない日常生活があると見ている。

 もっと「響き合う」ために「響く」ために本能的な、つまり潜在的な能力を活性化しなくてはならないだろう。

 

 では、どうすれば活性化できるのか?という問いに、画一的に答えることは不可能だ。その不可能なことをあえて試みるとすれば、万民にとって有益な「響き」は何であるかの設定をしなくてはならない。

 誰もが欲しがる「響き」とは何か?「暖かさ」?「くつろぎ」?「安心」?「興奮」?「ときめき」?「ウキウキする感じ」?「ワクワクする感じ」?では、その総てを含有するものは?

 それは「愛」でしかないだろう。それも、真実の「愛」、宇宙的な「愛」でしかないだろう。

 

 では、この本当の「愛」を感じる、つまり「響く」ためにはどうすれば良いか?まず、目に見えるものや手で触れることのできるもののみを信じるといった習慣を、少しずつ変えていくことだ。

 「響き」は目にも見えないし、手で触れることもできないからだ。自分は「感じる」ことができても、他人が「感じ」ているかどうかはわからない。ましてや説明することはできない。そういったものは、数限りなく存在している。電波だって機械にかければ数値に表れるが、空間を移動中の電波は、地球の人間には見えないことの方が多い。音波も見えない。しかし可聴範囲内であれば、人間の耳で聞くことができる。見えない、触れる事ができない「もの」が存在しないとは言えないと、総ての人が知っている。

 

 感情も波動である。とくに「愛」の波動の振動数は非常に高く、見ることも聞くことも触れることもできない心と心に「響き合う」ものでしかない。(総て地球上の話であることを断っておく)

 この「心」つまり、神経叢で感じる「響き」の波動は脳幹の網様体に瞬時に波及する。同時に視床下部や大脳皮質へと信号を送るのだ。この一連の動きを「意識」の動きと呼んでいるようだ。

 このように「響き」を感じる事が、現代人にとって苦手なことになってきている。言い換えれば「愛」を感じる事が苦手になってきていると言ってもよいのではないだろうか?「響き合う」ところに「愛」が発生するのだから・・。

 

 芸術的な物事に触れる機会を多く持つことは、「響き」の開発、取り戻しに非常に良い結果をもたらす。

 何故ならば、いわゆる芸術というものの本来の目的は、目に見えないものや手に触れないもの、つまり「響き」を作者の波動を通して表現しようとする試みなのだから。

 芸術作品の中には、我々からの「宇宙愛」の波動が送り込まれ、作者の波動(地上的波動)と融和した素晴らしいエネルギーを持つものもある。

                 <中 略>

 そういう作品を見つけたら、その前で自分を解放できるように努力してみることだ。ちょうど風呂敷を拡げるような感覚で胸を開くわけだ。胸のあたりに風呂敷を本当に持っているように考えながら、その風呂敷を実際に拡げるように、結び目を解くところからやってみると良いだろう。そういうことの繰り返しで、だんだんに「響く」ことの感じをつかんでいくのだ。

 人間が「響き合う」ことを取り戻し、本当の「宇宙愛」の響きをお互いに具現できたら、どれほど素晴らしいかは我々が説明するまでもないだろう。

                                    ARION.O∴O

「光の黙示録」アーリオーン*北川恵子 大陸書房より転載

ススミに加速がつく6月なので、一人でも多くの人の「切断」を願って、リンクを貼ります。

美しき緑の星 → すぐ削除されてしまうようなので、お早めに。そして、地球が彼らが住む星のような住人に溢れ、本来の美しい蒼き星になりますように。→すべては私たち次第。そして浄化は地球次第。

 

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