MEMORY (回想)

2012-02-04

 2月にはいって、一通の訃報が届きました。

「えっ、まさか!」絶句。 美容学校時代の同級生。交通事故・・。まだ50代半ばでした。

脳裏に蘇るあの懐かしい日々。 私たちは、夜間部の同級生。今はもう美容学校で夜間部はないそうですが、当時は昼間働き、夜学校という人たちが結構いました。年齢もばらばらで、職業もまちまち。色々ワケアリという人たちもいて、皆真剣でした。

 

 私も、当時就職したばかりなのに父が倒れる、という事態になり「手に職をつけたほうが後にいいかも」と思い一大奮起で通うことにしたのです。それも、昼間の仕事を終えてすぐにかけつけても、殆どの学校には20分くらい遅れてしまう状況の中、それでもOKをだしてくれたのがその学校だけだったのです。

 そこで、彼に出会いました。ニックネームでIBと呼びます。夜間部はそれほど人数が多くない為、皆とても仲良しでした。その中でIBは年も上で体格も面倒見もよかったので、すぐにリーダー的な存在になりました。

 私は残業もあったりしたので実技に遅れ、特にワインディング(パーマをかけるときのもの)がへたくそだったので、特訓してもらったこともあります。国家試験のときも、巻きなおそうとしている私に「バカ!さきにすすめ!時間が合ったらあとで巻きなおせ!」と隣でゲキを飛ばしてくれ、無事合格する事が出来ました。

 みんなそれぞれインターンになったとき、当時はお給料が安かったので、IBの家に集まってはご飯を食べさせてもらったりしました。(彼は先に店に入っており、誰よりも早く技術者になっていました)

 クリスマスの時、パーティーしようぜ!とレースのようなお肉のすき焼きをご馳走してくれた事(笑)、休みの日にみんなでIBの実家の鴨川に泳ぎに行き牛小屋の二階で泊まった事(IBの実家が畜産業だった)、なんだかんだ言っては一番きつい時期だったから、よく集まっていました。

 一番出世頭だったので30代になる前に店を持ち、結婚して子供も生まれ、チェーン店を持つほどまでに頑張っていたのに。

 

 仲間達は国家試験が受かると皆それぞれ猛烈に忙しくなり、あちこち移動してとうとう連絡がつく人は今は数人しかいません。あっという間の30年。そして、こんなお別れの時。

 あのときあの仲間達と過ごした2年間はかけがえの無い時間でした。本当に楽しい思い出しかなくて、牛小屋で雑魚寝したのも、朝絞りたてのミルクを飲んだのも初めてだったし、トイレは青空なんて!

 鴨川でのダイビング、うに取り、バーベキュー・・・ 楽しい思い出しかなくて・・。

 きっと忙しく働きすぎたから、心残りはあっても一足先に行ったんだなあ、と思うことにします。

 

 思い出に浸っていて気づいた事。本当に一人一人みんないい人たちだったなあ。面白くて、ユニークで、個性的で。後にも先にも、あのときのような爆笑ばかりの思い出は、ないなあ。人生って、多分どれだけこういう思い出がちりばめられているか、ということが最後に大切になるんだと思います。

 『IBに会えて良かった。みんなに会えて良かった。いろいろ助けてくれて本当にありがとう。』

と回想しながら、ちょっと涙混じりに飲むね。Good Luck!  

 

12月17日 by Crazy Ken Band : こんな私の誕生日な歌があった。そういえばIBは12月19日生まれで間をとって18日に二人の誕生日祝いを皆にしてもらったっけね。I dedicate this song to you!

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