カリーナの林檎 チェルノブイリの悲劇

2011-11-19

 『カリーナの木は強く、花は美しく、実は美味しく身体によい素晴らしい木』

おばあちゃんがお前はカリーナの木のよう、と私を呼ぶので私は自分の名前をカリーナにした。この木のようになりたいから・・。

 

 この映画の主人公は、本名よりカリーナという名前を好み、本名を呼ばれても応えずカリーナと呼ばれると返事をする一途な少女です。舞台はチェルノブイリの隣村に住むおばあちゃんの家が原点・・。

(自分と同じ名前だったのでカリーナの由来がすごく嬉しかったのと、私もこの名前が急に降りてきて23年前から使っているのです。そのときから海外に出向く事が多くなり、世界中にカリーナという名前があるらしく、どの国の人にもすぐに覚えてもらえることがラッキーでした。ロシア圏なら最強でしょうか?)

 舞台はベラルーシですが、日本人である今関監督の自主映画として2004年に完成するも、当時は上映する機会もなく埋もれてしまうところでしたが、奇しくも3・11の震災がおき原発事故でチェルノブイリ以上といわれる災害があり、この映画の上映が現実になったのだそうです。

 

 福島やチェルノブイリの原発のドキュメントはいろいろありますが、この映画を見て、とても大事なことを感じ取りました。

 誰もが福島の子供達の事を真っ先に心配します。(それはそうです。子供のほうが被曝に対して敏感に発症しやすいからです)。毒を未だに出し続けているチェルノブイリの廃炉。でもこの映画で感じ取ったのは、放射能の毒より、人間の出す毒のほうが心を傷付けて、免疫を落とす・・。

 この映画は、「物語」だけれど、現実にこのカリーナのような子はたくさん出てくると思います。親だって病気になるし、震災では親をなくした孤児もたくさんいます。

 カリーナはずっと孤独でした。だから、「一人で何でもできる!」ようになり、お手伝いも積極的に行い、行動力もあり、自分の意志というものがはっきりあった。つまり、短い人生でも自分の意志でしっかり生きたのです。ある意味、ママが亡くなり、パパは遠くに働きに行っているし、大好きなおばあちゃんだって長生きしなければ、もっともっと辛い人生になっていた・・。そう考えると、人生って長さではなく、自己完結できるかどうか、ということが大切なんじゃないかって思えるのです。

 そして、人は年代を追って役割がかわっていく。おばあちゃんなら、おばあちゃんでないと。孫を猫かわいがりするのではなく、いいところをちゃんと褒めて、質問にはちゃんと答えて、励ましたり、一緒に歌を歌ったり、お祈りを教えたり、何よりおおらかにうけとめてくれる安心できる存在。

 福島にも、カリーナと同じ子供達はたくさんいることでしょう・・。大人たちは、「かわいそう」と思うかもしれない。カリーナは孤独で寂しさを感じているけれど、心の純粋さや人を思いやる優しさは失われていない。

それは同様の大人達がそばにいて、本当の愛情と思いやりを与えてくれていたから。

 私たちは、ただ原発に反対するだけでなく、事故が起きてしまった今現実にこれからやるべきことがたくさんあるだけでなく、子供達にどんなことがあってもしっかりと「今を生きる姿勢」や「人としての心」を見せていくことも大事なのだということを痛感しました。(当事者である東電の人や政治家の人たちの振る舞いや態度は、人としても人間としても最低のものばかり見せ付けています。) 

  

上映機関が短いようなので、早めにごらんになることをおすすめします。主人公の女の子が可愛くって健気で、涙です。

★ カリーナの林檎 チェルノブイリの悲劇 (シネマート六本木で上映中)

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