進化は真化であり、劣化は退化だった

2011-10-13

世田谷、神奈川、そして千葉で高い放射線量が報告され、ストロンチウムまで見つかりました。これらは、一般の人が調べ、そして通知した結果わかったもの。

一般の人が動かなければ、ずっと放置され、隠されていたのかもしれません。

先月福島に行き、帰ってきた3日後のどが詰まった感じがあり、咳き込むと黄色い痰がでました。「ヨウ素か・・」。その1週間後には2日間下痢をしましたが、食中毒等ではなく季節性のものなのか今度はセシウムなのかわかりませんが、体が敏感に反応する私はリトマス試験紙のようです。

それにしても7ヶ月たっても、一向に収束を見せない福島原発は、私たちの体も心も土地も空気も海も何もかもダメージを与え、憂いを取り去る事が出来ないでいます。一番は、政府にしても東電にしても誠意が感じられず、対策も遅く、情報を隠し続けている事に対しての憤懣。私たちは今そんな中で生きています。

 

 BTLを作って10年目に入ります。ずっと来続けてくださっているNさんも、最初に訪れてくださった時は50代でした。持病の腰痛や腎臓の弱さがあり、虚弱体質もあっていつも「痛み」とともに来所されていました。

その回復の為に選んだのがヨーガでしたが、体質的に「痛み」は時々襲ってきて歩くのもつらいときもありました。

症状は典型的なヴァータという<風>の悪化だったので、アビヤンガやカティ・バスティというオイルのケアでその場で回復し、以後は老化予防という形で毎月いらっしゃってくださっています。

 ここへ移転してきて、何だかさらにご近所さんみたいな関係になりました。マンツーマンだからたくさん話して、たくさん笑って、時々泣いたり、ご飯も一緒に食べるようになりました。

 あるとき、とても晴れない表情だったので色々聞いてみると、かつて無いストレスの最中にいらっしゃいました。既に60代になられていましたが、落ち込んで、悩んで、欝っぽくなって、また腰の痛みがでていました。面白いのは、予約の電話をしてきた時に 私の声を聞いただけで腰の痛みが消えたんだそうです。

 Nさんのケアをずっとしているので、体の中に波動がしっかり入っているんですね。トリートメントのとき、かつて無いほど1時間以上ぐっすり眠っていらっしゃいました。 アップした時「よしっ!決めた!」という掛け声が。ストレス解決に向けての腹が決まったようです。

 そして昨日、「今まで自分が悩んでいた時、その原因が 穏便にことを済ませよう、見て見ぬふりにしよう、の考えで結論を出していたからすっきりしなかった。そうやって親に育てられた事が大きい事に気付いたけど、私はもっと自分らしくありたい。だから、傷ついてもダメなものに関してはNO!をたくさんいう事にしたの。そして、ダメな自分でも人生最後だからチャレンジしてみようと思う」 と 前向きな考え方になられていました。

「今まで恵まれた人生をおくりすぎていた。だからここで一発奮起しないと、不完全燃焼だしぼけてしまう。もう人から良く観られたい、なんて思わないで行く!」 私は大きく拍手です。

Nさんにはとても冷静なところもあり、客観性もすぐれています。ものの見方が人と違っても、自分を生きる事に気づけた事はとても大きい。そして、優しすぎるくらいの方でしたから、下手に見られてもいました。

でも拳を上げられ、決意された。 ヨーガに関してもアーユルヴェーダに関しても、私と共感する部分も多く、「表面的なことではなく、ちゃんと物事を観る、そして識る」というスタンスも同じ。

そして、すっかり虚弱体質ではなくなり、バイタリティにあふれています。腰は時々痛むけれど、昔のような痛み方ではなく、張る程度で済むようになりました。何より痛みとストレスの関係がわかったので、痛みに負けない。

 普通は、60代にもなると「もうこのまま荒波をたてずにすぎていけばいい」と思いがち。そして自分の老後の安泰を願い自分を見直す事などない人が多い中で、自分の殻を脱ぎ捨てて生きる決意をされた方に会う事はシルバー世代にはめったにないことでした。

 私はNさんのような人といると、ステキなアイデアがバンバン降りてきて、ものすごく実現したくなります。その方向性を今度はNさんの活動にシフトすると、Nさんの立場で生かせるものがどんどん降りてきました。

「すごくいい!やってみる!」。 アーユルヴェーダのトリートメントは、本当にパーソナルなもの。その人のボディを通じて感じるものを、そのまま上に伝え、そして上から降りてきて、戻す みたいな作業。

私というフィルターは極力消し去ります。 私が学んだトリートメントとはそういうことでした。そのために、気功やヨーガ、そして太極拳に出会い、体の動きがさらにスムーズになって送受信しやすくなっています。 

 アリオンが私たちにのぞむ「進化」とは、こういう意識変化。そしてそれは新化であり真化であり、神化として神に近づくことでもあります。そしてその反対は、「事なかれ主義」。それは退化であり、人間としての劣化につながり、「我よし主義」で誰も助ける事は出来ません。

 こんな時代にあって、年齢とか性別とか関係なくまだ光り輝く魂はたくさんいて、それこそが本物なんだなとしみじみと嬉しくなります。 

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