神々の愛

2011-07-30

★昨日から、太陽フレアがとても活発です。今日はM9クラスの噴出があり、地球に向かって電磁波が飛ばされてきています。8月1日より新しい次元に入るようなので、電子を調えているのでしょう。現象的には地震や火山噴火、異常気象などのリスクは増えていきますが、このメッセージが浸透する人たちには、「希望の光」が心に広がってくると思います。

 

<蟹星のメッセージー2>

スパスシフィカは大洋にありて真珠の光

スパスシフィカは太古よりの言い伝え

スパスシフィカは炎と炎の円環運動

そして大なる十字の下に小なる十字の回転を始めた

スパスシフィカは既存の円鎖を絶ち

全く新しい愛の化身としての円環を起こすだろう

 

「真の愛は心を傷付ける。真の愛は自分を完璧に無防備にする。

真の愛は自分自身をはるかに超えさせる。だから、真の愛は自分を破壊する」

                             ・・・・・・・・ケン・ウイルパー

 

そう、真の愛は境界など持っていては感じることができない

だからこそ自分を破壊する・・・融合する為に

真の愛は一瞬にして総てを統合するだろう

その為に一瞬にして『自分』と呼んでいるものを破壊するだろう

それを恐れていては宇宙との融合、

愛の至福に到達することはできないだろう

 

愛による破壊があってこそ、愛による創造が可能になるだろう

宇宙生命潮流との融合を恐れていては何も始まらない

 

時空を超えた愛が生命を支えていることを、

是非とも多くの人に伝えてほしい

 

今がその時だ

・・・・・・・・・・ARION O∴O  1989.07.30  ARION語録より

 <私の封印>

日本人は、愛を語るのが下手だ。伝えるのも、表現するのも、外国の人たちに比べるとずっと苦手だと思う。

では、思いはないのか?というと、それは結構情熱的で、「源氏物語」とかみてもわかるように、愛のことしか考えてない時代もあった。

だから、「詩」にこめて、言葉を選び、リズムにのせて伝えていた。 → このやり方がAMA族の方法だったようだ。だからARIONはこんな風に詩的メッセージをおろし、AMA族の息吹のかかった場所では同じような習慣が今も残っている。

少ない言葉だからこそテレパシックな能力が不可欠だったし、五感を研ぎ澄ませて、言葉以上の思念を感じ取る感覚を鍛えていた。月を仰ぐ、散歩をする、楽器を演奏する、詩を読む、花を愛でる、香を嗅ぐ・・ そして、声を聞く・・。

 

では、愛とは何か? 男女の恋愛か?

心理学や哲学で「愛」を語ると、結論が出ないほど深いテーマになる。

ヴェーダでも人生の4大目的の一つに <カーマ:愛を得ること>がはいっているが、確かにアーユルヴェーダや東洋医学のなかには健康と幸福、家族計画のための<愛と性>について、綿密に書かれていたりする。

これがヨーガや密教になると、宇宙へつながるための一つの方法として、男女結合(陰陽調和)があり、その方法は秘儀にされている。

 

まだアーユルヴェーダもヨーガも、そんな理屈も何一つ知らなかった頃、たまたま習った瞑想を行っていたらいきなり「クンダリーニを開く」という事態に遭遇した。何もわからなかったから、自分におきた事柄が理解できず、ひたすら畏れと死ぬんじゃないかという恐怖につつまれながらも、強い至福感と光に包まれ、そこに金色に輝く神のビジョンを見た。本当に神がそこにいる!

その当時、私は初めて「愛」というものの感覚に包まれていた。一瞬で宇宙まで飛び(本当に地球を観た)融合して境界線が無くなり、細胞がプチプチいう感覚まで知り、テレパシックな能力とものすごく創造的になっていろいろなモノを作った。それは自分だけでなく、相手にも変化を与え、人生が大きく変る分岐点になった。誰でもいいわけじゃない。周波数や振動数というのを感じたのもこの経験があったからこそ。そういう人はめったにいない。全てがプロセスだった。 

そしてARION の本に出会い、関係者と縁し、そこに書かれていることが自分の疑問を一つ一つ解き明かしてくれることに驚き、そして私の身に何が起こったのかを知った。

まさに、神が介入していた。宇宙ゲートが開いた時、初めて「生まれてきてよかった」という感覚に浸された。この感覚があるからこそ、数度死にかけても生かされた。

人は安易に「幸福」を望み、「愛」を口にするけれど、そのために何をしているのだろう?ひとたび宇宙の至福を知ってしまうとその深い包まれるような大きなエネルギーフィ-ルドは「幸福」という言葉では説明できないことを知る。自分の心と真に向き合わない限り、至福は訪れない。

ヨーガでは、この宇宙とのコンタクトレベルを サマーディ(歓喜鞘:三昧)〜アートマン(真我) という身体精神領域で表現するが、私がもし事前にこの理論を知っていたら決してクンダリーニは開かなかっただろう。 

<クンダリーニ:一番下のボトムチャクラから頭上のトップチャクラまで脊柱を通ってものすごい勢いでエネルギーが吹き抜けること。 頭からしゅーっと音と共に放出した状態になる。>

 afterheadpratinahp.jpg 私の場合、チャクラが全て大きく開いている。だから開きやすかったようだ。

ヴェーダもARION も伝えているが、「愛」とは 最初は恋愛などを通じて自分ではない他者を認めることで育まれていくが、相手を命懸けで愛する、という思いまで達さないと「破壊から創造」へというプロセスが育まれず、お互いを生かすようにならないという。 

今は、ドラマや映画の中だけにしかないような「命懸けで誰かを愛する」行動・・。 

「この人のために私は死ねない。一緒に生きられない」 と思った時、私は離婚を決意した。そしてその後に自分の全てを破壊した結果、「愛」というものへの旅へとつながった。その愛は、強く深く、特にパートナーがいなくてもいつも私を包み、私の中にあり、どんな状況になろうともなくなることがない。それが、カミ(宇宙)と繋がることだと今は知っている。最終的なカーマとはこの境地であり、ここまでくると男女の恋愛だけでなく、共振する相手とは男女問わずテレパシーが通じ真の友になったりする。

<歓喜鞘を通過すると宇宙と直結するので、そのような境地になるという。グルはすごい!ほんとに知っていたんだね、と感激しつつも、オウム真理教のようにそれを逆手に変な利用をしてしまい精神を破綻することも本当に多い。だから気をつけて・・。>

 

多くの人の人生の中には、結婚や出産などがあるだろう。でもその前に、「命懸けで誰かを愛する」という思いを育まないと、人生や思いが中途半端に終わるだろう。そしてこの思いは、悲喜こもごも含まれ自分を成長させるのに一番の材料になる。これからは、もっと自由な生き方がでてくると思うけれど、少なくともAMA族の血をもっている人なら 仕事にも恋愛にも「命懸け」というアツイひと時が組み込まれるだろう。これが自分として生きた証。だから、思い残すことなく、しっかり宇宙に旅立てる。

 

黄金太陽へ向かって Let's Kiss the SUN! 

by Tatsuro Yamashita & Minako Yoshida

(私の嫁入りソングでした。ハワイで高らかに歌い、撃沈したので封印していましたが、これからはどんどん歌います! あの経験があったからこそ、今の私がある! ありがとう。 君も元気でね。写真は捨ててないよ)

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