真実の中の嘘、嘘の中の真実

2011-01-25

龍馬伝が終わって、「江ー女たちの戦国」を見ている。

大河ドラマを見るなんて、人生において数十年ぶりなのだ。ただここのところのテーマは、大いなる意志からの意図的なものを感じるので、大きな視点で観ている。

特にこの戦国時代は、いろいろなものが大きく入っていて、日本の歴史の中でもハイライト中のハイライト。中国「三国志」 VS 日本「戦国時代」みたいな構図。

江という信長の妹「お市の方」が産んだ三人娘の末娘が主人公だけれど、昨日のストーリー展開は事実からてらすと完璧ノンフィクションの部類に入ってしまうだろう。あのとき、江は6歳~7歳だったはず。いくら芦田愛菜ちゃんばりに天才少女でも、あの年であの事件をあんなふうに問いただしたり、一人で信長に会いにいく という設定は無理がありすぎる。

「JIN-仁」みたいに、完全漫画からのノンフィクションでのSFストーリーなら、すんなり納得できるけれど、歴史の中で実際に起こった話をモチーフにしている以上、それをあまり歪曲してしまうと見えるはずのものが見えなくなって、それは「嘘」になってしまったりする。

過去の歴史の中のストーリーは、真実のものは誰にもわからないことが多い。多くは改竄されたり、味方に良いように書き換えられたりしているので、名を残した人たちでも本当の姿は見えないだろう。そこで、こんな風に世にたびたび出されて、脚本家のイメージによって息を吹き込まれ新たな像を見せられ、イメージをつけられて、本質から遠ざかっていったりする。

熱心な役者さんは、歴史モノの実在した人物を演じるとき、実際に自分で調べたり、その地に足を運んだりしながら、その魂が入り込むような感じで演じて行ったりするようだが、御魂たちからすれば自分の本質を知ってもらう大きなチャンスになるので、ぴったりと寄り添うだろう。

演劇をはじめとするアートの意味を知れば知るほど、その奥に神とのつながりがみえてきたりする。インスピレーションで動けるアーティストは、依り代と同じ。

無念でなくなっている御魂の多い戦国ものは、エンターテイメントよりその時代を「意識進化」のために描いて欲しいと、どこの国のストーリーにおいても願ってしまう もうやだ〜(悲しい顔)

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