消えたファミレス

2010-01-02

明けまして、おめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。

昨年は充電期間のような1年だったけれど、今年は新たな発進目指して元旦から行動。

そこで気付いたこと。長年慣れ親しんだ京葉道路沿いの風景ががらっと変っていた。

途中で休憩しようと思い、いつものデニーズを探したら「ないっ!」。ロイヤルホストもないっ!

いわゆるファミレス、というのがめっきり減っている。

千葉に程近いデニーズは、20代の頃からのたまり場所だった。夜中に急に友達に呼び出されて車ですっとんでいき、朝までしゃべる。バンドのあとの反省会もデニーズ。なんでもかんでも、よく集っていた。だから車が不可欠だった。

考えてみると、「車」が大衆化され、その普及に一番貢献したのが私たちの世代だろう。カローラ、サニー、シビックとかに代表され、車マニアがたくさん登場したのも私たち世代。その車で駆けつけるためのファミレス、そして結婚し子供が産まれても通うのがファミレス。その子供世代が独立し、いつの間にか「集う」仲間や機会が喪失し、ファミレスもなくなっていったのだと思う。

今残っているのは、価格の安いガストや、高年齢の人まで網羅できる和風系ファミレス、子供の好きな焼肉と回転寿司くらいだろう。

国道沿いは、総合アミューズメントスポットのような大きな建物ばかりとなり、明らかにその様を変えていた。

消費のために一番多く働いた年代が、今の80代〜50代。働き、消費し、日本経済を活性したといっても過言ではないだろう。(ALWAYS とか見ているとわかると思います)

戦後何もない時代から豊かな時代へ・・。三種の神器をはじめ、次々と新しい家電や家具、ファッション、車、家、こまごましたものまで買って買って買いまくった世代。全てそろい、その後に続く今の若い人たちは、逆に何も欲しがらない。車さえいらない。(それは集う仲間も機会もない、いらないということなのだと思う)。それは、「モノ」を持っていても、欲求はみたされるかもしれないけれど、幸福にはなれないということを親や周りの人を客観して育ったからだと感じる。

こうやって、いろいろな流れの変遷を観ていると、さまざまなことに気付いてくる。いくら経済活性、景気回復を叫んでみたとしても、今までのような消費経済に魅力を感じられない以上、もういくら仕掛けても無駄だろう。そのことに気付かない政府の人たちや企業人は、「カンジンカナメ」という言葉を知らないのだと思う。

国の活性=経済活性=消費=個人の幸福 という方程式が間違いだったということを、産業革命後から500年近くたった今、ようやく一般の人が気付き始めた。

でもね、心や感覚っていうのは年齢を重ねても変らないんだよ。私は、そのことを知っている。つまり「タカラモノ」を持っている。タカラモノを集めると、三種の神器以上のものになることも知っている。日本のミライ。行方はいかに・・。  

 

 

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