DD(Dynamic Death)の時代へ

2010-12-01

過激な事柄満載だった今年もあと一ヶ月をきった。

この1年は、いつの間にか平和ぼけした私たちのぼんやりしたアタマをかなりノックして、だいぶ視界がはっきりと見えるような感じに調えたと思う。

そんななか、先日行われた融合医療研究会の講演で、ホリスティック医学の先駆者帯津先生のダイナミック・デスについてのお話にとても共感できた。

今までは健康長寿、アンチエイジングが人生の最後の目的としてクローズアップされていたが、現実に超高齢社会に突入し後数年で3.5人に一人が60歳以上と言う人口構成を迎えた日本では、年金支給や医療保険等による財政圧迫があり、あの手この手で少しずつ長寿を奨励しないような方向に向かっている。

たしかに、長生きすれば言いというものではなく、自分としてしっかりしている間に人生に「さよなら」ができたら思い残すことも少ないだろう。それよりも、多少人様に迷惑かけたとしても、寅さんのように自分らしくクラッシュした最後だったら、未練なくあの世へ旅立てる。

私は両親の看取りのときにこれらのことを強く感じ、同時に霊的な体験もしたのでこのダイナミック・デスには大いに賛同できる。失敗を恐れ、病気を恐れ、菜食し、マントラを唱え、瞑想にふけっても、その人らしい人生は構築できない。自分を良く見せる方向にばかりとらわれ、嫌なことには手を染めず、自己を正当化しながら生きている人たちは五万といる。

帯津先生は、これまでの人生や患者さんとの関わりの中で、「大切なのはバランス!白も黒もあるのが自然!」と言い切ってくれた。なんだか、ほっとした。

「50歳すぎたら、一日一回死について考えるといい」。確かに。

200年前だったら、とっくに寿命だ。そういうことを考えていくと視野が広がり、元気でまだ体が動けるうちに整理することができる。毎日をカウントダウンと考えて、もっと丁寧に生きようとする。

あのままバブリーな世の中だったら、それこそ体中整形していつまでも死なないような画策をする人たちがあふれただろう。まるで、生きたゾンビがあふれるスリラーだね。

ぴんぴんころり、達者でころり。 人生を生き切る、イノチを燃やし尽くす、完全燃焼。これもどうやら日本が先駆者になりそうだ。

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