DARMA(ダルマ)の行方

2010-11-20

アーユルヴェーダの経典 チャラカ・サンヒターに書かれている「人生における4つの目的」

@DARMA (ダルマ)

AARTA (アルタ)

BKARMA (カーマ)

CMOKSA (モークシャ)

の筆頭に出てくるDARMA(ダルマ)は、法と秩序を守ること と教わった。

法は私たちが安全に安心して暮らせるように作られた国民全体のルールであり、対世界であれば世界ルールを作ってきた。このルールを守ることによって、秩序が保たれ、安全と安心の社会ができるはずだった。

ただ、このルールを作るということは、それ以前の無秩序の状態を経験しているから作られるのであり、それに違反すると罰則があるということを前提にしている。

この法を守ること、ということを人生の目的の筆頭にしているということは、これがとてもむずかしいからかもしれない。嘘をつかない人がいないように、人は自己都合でいつでも答弁をひっくり返したり人を裏切ったりするからだ。

社会の最小単位が人なら、それが大きくなると国になり、さらに大きくなると地球になる。

一人のルール違反が、その人が属する環境に波及し、みんなで違反すればこわくないと最大単位まで水の輪のように波及してしまう。 

アーユルヴェーダは神の伝えた英知。だから人生の目的として、このダルマというのを一番最初に伝えたのかもしれない。

私たち人類は、有歴時代はずっと争いの歴史だった。それらを超えて作ったルールも、もはや守られない時代。大国の大統領がその機構として作られた国連のルールを無視して以来、強いもの勝ち、やったもん勝ちなんだ、というムードが作られてしまったようだ。

ダルマの行方はどうなるだろう。ダルマがまもられなければ、モークシャという解脱はとうていありえない。後はお金儲けと勘違いされた<アルタ>と精神を欠いた愛欲としての<カーマ>が残るばかり。

人が人らしく健全で暮らしていくには、これから強い精神力が必要になってくる。その精神力は我ではなく、頑なさではなく、しなやかな中庸さとゆるぎない信念なのだろう。それが<凛>。

頑張れを顔晴れに変えて、一日一日をしっかり生きることでしか、これからは扉が開かないようだ。アルタは心の財、カーマは神へつながる献身の愛、そしてむやみな解脱を臨まず(出家してヒマラヤにこもったりせず)、徳を大切に積む生き方を神は観ている。

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