本のチカラ

2010-08-12

昨日一つ取材があり、「思い出に残る本」についてインタビューされた。あらかじめ、ピックアップして欲しいといわれたのだが、最初の3冊はあまりにマニアックなため絶版。

そして次はアマゾンで調べて、在庫のあるものをピックアップした。

考えてみると、この世界に入っていったのは一連の流れもあるが、その要所要所に本との出会いがあった。

何気なくフラーッとはいった古本屋さんで、本がおっこちてきた。「魂と転生の秘密」という本。そういうことに興味を持ち始めたときだったので、迷わずゲットした。するとあれよあれよという間にそちらの方向へぐいーっと引き込まれ、インドに行けたのもクリシュナ先生の最初の著書が売り出された初日に手に取り連絡をしたからだった。その直前に赴いたインド大使館で紹介を受けた医師の家族に7年後に偶然日本で出会い、その医師にも日本で会うことができた。(これにはもう、何かが裏で動いているとしか思えなかった)

イランで出会った伝統医学医師ARAB氏は、数千冊の本の中のなかにある小さなスペースで暮らしていた。本を読まなくても、枕にして眠ると全て頭に入る、と話していた。「ほんとかよ」と思っていたが、帰国するときに私に一冊の本を「たくさん勉強しなさい」と手渡してくれた。新品の薬草の本だった。

ペルシャ語はもちろん読めないけれど、植物名表記のラテン語のおかげでその植物を調べることができる。(今は、ラザニー氏に訳してもらえるから、ちゃんと読むことができる)その本がARAB氏との絆になった。

そして、アリオンの本がなかったら、今私は生きていなかっただろう。それどころか、人生そのものの展開になっている。

編集の方と話しながら、インターネットで手軽に情報の入る時代になり、出版社がたちゆかなくなり、やがて電子メールの時代になっていくが、そうなると私のような体験をもつ人がいなくなるのかもしれない。

活字になった文字は、息吹を与えられ、作者の思いとともにいろいろなものがそこに込められて伝播する。中には、本を手に取った瞬間に暖かいものもあった。本は読み手によっていろいろに解釈されるが、年代や体験などによって解釈はその都度かわってくる。自分でマーカーをしたり、

線を引いたりすると、なおさらその部分に対しての理解の変化を感じ取れる。そして愛読書になりさらに読み込んだりしてようやく血肉になっていく。

また人に貸して読んでもらったり、感想を述べたりするツールになって、コミュニケーションにも役立ったりする。

今図書館のような本棚が居間にあるが、私にとってそこは自分の歴史そのもの。一見ばらばらに見えるジャンルが、実は一つに繋がっている。

「生命の神秘を探る」。11歳のときに初めて読んだ本に出てくる医師の本が、30年後に隣に並んだ。電子書籍にはできないことだろう。

何気なく見慣れた本たちに、あらためてともに歩んでくれたことに感謝する。

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