イラン・イランな夜

2010-01-11

昨年から、急に昔の人たちとよく会うという話をしていたが、どうやら本当に過去に遡るタイミングになってきたみたいだ。

6日にイランに初めて一緒に行った仲間の一人だったSさんから電話があり、「今テレビを見ていたらイスファハンのことが出ていて、急にカリナさんに電話したくなったの」と言われた。あれから10年以上もお会いしていないけれど、東京に来たらイランレストランに行こうね、と話をしたら急遽9日に会うことに!

魔女のお気に入りにも書いた正統派イランレストラン「ダルビッシュ」へ向かうと、Sさんも「イランだわ〜」と感激してくれた。

Sさんとは、アーユルヴェーダを通じて初めて知り合い、イランにも一緒にいったが、その後インド、エジプトなどいろいろなところを旅したけれど、でもやっぱりイランが一番好き、と感性が同じだった。それは、景色だったり、空気だったりするけれど、でも一番は人なんだと思う。

話が盛り上がっていたら、あらら 取引先のイラン人社長ラザニー氏が入ってきてまたビックリ。

何だこの吸引力! イランになにかあるのかな。

Sさんもいろいろな代替療法の勉強をし、それなりにこなしてきたけれど、結局のところ私たちにとって一番大切なのは「人間や人生を知ること」であり、アーユルヴェーダもアロマテラピーもそのほかの代替療法も、それを知るための一つのツールである、ということを認識したことだった。

もちろん、とことん一つの学問に没頭する人もいるけれど、学問と体験とはまた別であるし、学問だけで神次元を説くのは不可能に近いこと。

そして、山にも頂上が、人生にも折り返し地点があるように、一区切りしたら反対方向に向かっていくプロセスというか流れがあるのだろう。右回りの次は、左回りのように。

不思議なんだけど、私にとってはイランでであったDr.ARAB に人間としての善良さと、神に使える身としての振る舞いを一番感じさせてもらった。ヴェーダの起源とされるゾロアスター教の経典アヴェスターに何が書いてあるかは知らないが、ダルビッシュのマスターの歌は詩であり唄であり唱ということをとても感じる。と同時に、心の琴線に触れるビブラートを先天的に識っていると感じる。そしてこれが、ヴェーダの本当の起源なんだろうと、音に思う。

Sさんといろいろ話したが、お互いの意識が同じ方向に行っているのに安心した。というより、年齢や経験を重ねたとしても、この方向の話は出来ないことが多く、共感できるということは年々少なくなってくるね、ということも同感。

どんなことも人も、いいところばかり見ていると本当の姿は見えない。表の影に裏があるように、裏から見れば表も裏なんだ、ということに気付かない限り、本質からそれていくことや人をたくさん観てきた。

だからこそ、この日の再会はとても嬉しかった。 今年は、元旦から心もニホンバレ。

今年はとても頑張れそうな気がする。  

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