企業の本質

2009-11-09

先日の中小企業展では、いろいろな話を聞くことが出来た。

その中で印象に残っていたのは、「環境ケアリーナ」を見て、「だめだよ、この値段じゃ。もっと薄めて、容量を小さくして、安くして売らなきゃ。薄めれば、利益は倍だしそれで数が売れれば儲かる。」 と一見親切に、実は企業の本音が吐露された。多分それは、ビジネスであれば正当な意見なんだと思う。でも、某一流企業の元役職者ということだったが、商品説明をしても話をちゃんと聞いてくれてはいなかった。

確かに、その意味はわかる。だって、環境ケアリーナを使えば、洗剤関係はずっと減らせるのだから。原料は同じでも、濃度を変えてちょっと体裁と香料や色をかえれば、○○用と何種類ものクリーナーできてしまう。消費者は、それこそトイレ、バス、キッチン、住居用と何種類も持っているのが普通だし。

多分親切で言ってくれたのだと思うが、なんだか20世紀を感じてしまった。

時代は進み、大手企業が開発するよりも早く、小回りの利く中小企業がどんどんよいものを作ったりしている。今までは大手企業はその後に広報を武器に、一気にシェアを根こそぎ持っていった。テレビ時代の資金力による宣伝の賜物。

でも時代はインターネットとなり、一市民が「これはよい!」と一言発すれば、一気に広まり隠れたヒット商品が続々と出てくる時代となった。

メジャーじゃないぶん「いいもの見つけた感」が強く、それを見つけたことによる優越感も倍増する。だから余計熱心に探し、告知する。実際に一生懸命に取り組んでいる光景は、小さなところのほうが光っていたりする。

ただね、宣伝できない分、広まるのは時間はかかるけど。でも大手企業が手がけたときは、そのブームの「旬」は過ぎていたりもする。

熱心に説明を聞く人は、若い世代のほうが多かった。まだ洗脳されていないことと、想像力の問題かもしれない。

ここに時代を開くヒントを見たような気がした。

本当は年齢ではないのかもしれない。きちんと人の話を聞いて理解し、ちゃんとイメージが広がり、十分なコミュニケーションが出来れば、年齢を重ねればリスクのイメージも本来はできて、もっと有意義な会話が生まれたりするのが本当だと思うのだ。

ところが、年齢を重ねると自分の考えに固執し、相手の真意を聞かず、間違った理解のまま突っ走ってしまう人をずいぶんと観てきた。そういう人は、それが違っていると指摘しても、誰かのせいにして自分の非を認めない傾向もある。

これは個人の資質もあると思うが、当然周囲は辟易し、自分も周囲も磨耗し、それぞれのモチベーションが下がり、しいては企業全体のエネルギーダウンになったりする。

今「不毛地帯」をテレビでやっているが、あの時代リアルタイムにその余波を受けた会社にいたこともあり、あのとき20歳そこそこでまったく訳がわからなかったことがらが、今は裏のからくりを知り「だからか・・」とようやく理解に及ぶことができた。

大きな企業にいることの「安定」とうらはらに、「左遷」や「裏切り」が隣り合わせの派閥争いが身近にあったなあ。

中小企業よりももっと小さい弱小企業には、まったく縁のない世界。力をあわせないとやっていけないから、真力だけが結集する。今大きな企業は、最初はこんなスタートだったはずなのに。

元役職者は、そんな派閥争いの中で「営業成績」優先で生き延びてきたんだろうなあ。そういえば、アタマも「不毛地帯」になっていたっけ。

環境ケアリーナは、いわば原液。薄めることなどしていないから、さまざまな用途に使えるし、効果をしっかり出すことができる。

私はあれこれと分別して出すよりも、消費者の想像力で使いこなして欲しいと思っている。それこそが、本当の「エコ」。 コミュニケーションなしでは想像できないから、たくさんコミュニケーションしていく。 わかりやすい説明書も作る。 

こういう時代には原点に戻り、最初のエネルギーを思い出す。

通ってきた道があれば、原点に戻れば今度は違う方向へもいける。柔軟性や発想力が鍵。

その元役職者のコメントに、あきらかに「時代」の違いを感じた。

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