熟年自殺

2009-10-19

加藤和彦氏の自殺のニュースが流れて、この年代の人たちが病死も含めて相次いで旅立つのを今年は何度も目にした。

音楽だけでなく、その時代の背景をリアルタイムに知っているだけに、「音楽」の持つ意味の変遷も感じている。

あの年代の人たちは、ある意味武器をもたずに戦ってきた人たち。昔は切り合いだけだった戦いが、形を変えてそれぞれの得意分野をもって、世の中に「流布」すると言う形で顕れたもの。

そこには、強いエネルギーが流れていた。

高度成長期が終わり、世の中が安寧になってくると、もう何かを打破するような強いエネルギーはいらない。団塊の世代の人たちは、数も、パワーも、大きかった。

「世の中を変えられる!」と思えるのは、逆に思考のエネルギーが増すから、パワーもでてくるが、「もう何をしても無駄なんだ」と感じてしまうと、思考は停止しエネルギーは下降する。

年齢が高くなれば、体やあちこちに「老化」を感じ、さらに萎えてしまうだろう。

今の社会状況下では、高齢者や熟年にこれからさらに「うつ」が広がっていく気配がある。

人は、病気がなくて体が健康だけでは、健全ではない。 生きる、という意欲を湧かせるのに自分に何が一番必要か、掘り下げてみる。

「うつ」は若い世代にも増えているが、仕事の重圧ストレスだけでなく、世の中が便利になって、メールや携帯、PCなどの通信機能が発達すればするほど、疎外感や孤独感を感じやすくなるのではないだろうか?

電化製品が発達して生活が快適になり、道路が充実して交通が便利になり、何でも手に入る社会となったが、生き苦しい・・ とどこかで感じないだろうか?

人間が生きながらえていく中で、心身ともに健全で愉しい「理想的な社会」・・ それはどんな社会なんだろうなあ。

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