涙のシローダーラー

2009-07-02

先日、アーユルヴェーダ・セラピストのかたが、ぜひトリートメントを受けたい!と当社を訪れてくれた。

その日は、スタッフがお休みだったので私一人が行ったのだが、施術後いろいろ話をしているなかで、その方がシローダーラーが特に凄くて・・、という話になり、突然涙になった。私も感応し、なんだか泣きあってしまったが、こんなふうに感じてくださる方がいるということは、本当に嬉しいこと。

そして、私はとても大切なことに気付いてしまった。

技術は、カタチやシステムを教えることは出来るけれど、感受性は個人個人違うため、同じように行っているように見えても、そこに流れる「景色・情感」のようなものはまったく同じに、ということはできない。

そのセラピストの方とは、しっかり架け橋ができたようで、終わった後「すがすがしい風が体の中を通り抜けている・・」と表現してくださった。と同時に、自分の技術の重さ(過剰な思い)に気付き、そうではないんだ、と納得し本当に今日受けてよかった、といってくださった。

人に触れることは、どういう生き方や体験をしてきたかを如実に示すもの、と感じている。自分もだし、相手も、である。さらにその技術をどう解釈するか、も頭脳ではない感受性が語るだろう。

セミナー慣れした人たちは、頭で理解し、技術を順番で覚え、機械のように施術する。だから、なんとも味気ないのだ。そして多くの人は、本当の「愛」に目覚めていないように見える。

そのセラピストさんが、なぜそこまで感じ取ってくれたのか・・。それはすっかりゆだねてくださったからだ。ご本人の素直な感性があったからだ。

アーユルヴェーダに触れて20年以上たったが、この日の経験は新たな視点を私に与えてくれた。

スパイラル・アップ。 もうひとがんばり、する 手(グー)

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