区長からのメール

2009-04-06

先週区長からメールが届いた。2月に起きた傷害事件に関しての嘆願書の返信だった。

まさか、と半ばあきらめていたのだが、警察や銀行サイドにも提出していた嘆願書だったので、重なりの厚みがでていたのかもしれない。そのメールには、現状と条例と改善策と課題が記されていた。

2週間前に、銀行前に大きな看板が立てられたが、依然駐輪自転車が減るわけでもなく、指示された駐輪場は狭く不便なので使う人は限られてしまうだろう。でも私は看板が出てからは別の場所に自転車を置き銀行を利用することにしている。

あのときの被害者の安否はわからないが、激昂して動いた結果になんらかの「動き」がでてきたことに少し安堵し、同時に多くの人があきらめている「政治」や「社会」に対して自己満足ではない「改善策」をもって行動することの意義を感じた。

アリオンも言っている。まず一人からの意識と行動が大切なのだ、と。一人から始まり、三人、四人と広げることで、「動き」は出てくると・・。政治のような「公」の場面には、多くの「一人」が大切なのだと・・。自分がやらなくても、誰かがやるだろう、ではないのだ。

同時世界不況から経済不安、そして現実に給与の減少となって、多くの人が不平不満を抱くだろうがそれは自分が築いてきたものに対して維持できないことに対する他力本願の姿勢だったりする。

だったら、少しでも会社の状況がよくなるように真剣に「考えて行動する」ということを、社員一人ずつがはじめたら、とてつもないアイデアと力が湧くことを想像できないだろうか?

そういう意味で、今はものすごい「チャンス」なんだと思う。うちのように小さな会社ほど、小回りが利くことを最大限に生かせば、中小企業だって大きなチャンスをつかむ可能性はある。

思いのグリッドをしっかり重ね、束ねていけば強靭な「縄」になる。欧米からいわしの群れのように評されていた日本人の行動は、いつの間にかいわしを忘れて「サメ」になっていなかっただろうか?

小さな国の小さな人々は、実は山椒の小粒のように一個でも「ぴりっ」としていた。その「辛味」は、学校教育ではない社会や生活の「場」で「志」という感覚で培われていた。同志は同じ志を持つもの同士。辛さが集まれば、相当パンチは効くのだ。

昨日は、北朝鮮のミサイルが日本の上空を横切ったが、その直後でもお花見がてらにのんびりと和んで歩いている家族連れがいる。家族を危機から護る意識、それも「辛味」だと思う。「甘味」だけで育つと、辛さはひとしお「辛く(つらく)」感じる。

一時期の経済大国としての日本は、縮小を始めている。なんのことはない、元に戻るだけだ。でも、そこで培われた「感覚」や「技術」「英知」は大きくなっているはずだ。いわしなら、最大限に「脂」ののったいわしであれば、マグロやハマチに匹敵するくらいの「旨味」はあるだろう。体に悪いメタボの脂肪ではなく、人間としての「旨味」をどうやって蓄積するかは個人の意識にかかるだろう。社会は、個人の集団でなりたついわしの群れであることを忘れず、よき力に変えて生きたいものだ。

bkkanban.JPG   bkstreet.jpg 看板が飾りにならないことを願う。

 

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