闇の子供たち を観た

2008-10-06

今日やっと映画「闇の子供たち」を観にいくことができた。これはもう実にヘビーな映画。タイの裏社会で、人身売買される子供たち。売春宿に売られる男の子や女の子、そしてその中から今度は臓器提供のターゲットになる。しかも心臓だから、生きたまま心臓を取り出され、殺されるという・・。

背景は、貧困とそういう世界への慣れと、弱者と強者の力関係。これはタイだけでなく、インドやフィリピンなど、アジアというエリア全体(いえ、世界全体)で行われている実態。お客は、経済発展を遂げて、それらの国に進出している国々の人。日本は、あきれるほど大のお得意さんのようだ。

日本だって、過去には貧しい農村で子供が売られ、「五番町夕霧楼」なんて映画もあったけれど、野麦峠やおしんみたいな世界を経て、今日の経済発展につながっていった。

でも、本当に考えてしまう。今は、親が子供を殴り殺したり、橋から突き落としたりしている。動物以上に知能があるはずなのに、行為は動物以下という人間そのものの闇。

宗教では「善悪」をとう正善論を説くけれど、善だけの人間なんてありえず、だからこそ宗教というククリの中の説法で洗脳しないと、人間はどうしようもなくなるものなのか・・。

人間が始めて誕生したときには、善悪もなく、貧富もなかっただろう。ただ生きるのに、必死だっただろう。恐竜や動物に食べられないように、知恵をわかせて逃げ回っていただろう。そんな中でシンプルに幸せなときもあっただろう。

科学や医学の発展は、人の寿命を延ばしたが、人としての人格を向上させただろうか。いまや地球まで破壊しかねないほどの研究欲で、たくさんの設備や装置を作ったりしているが、それも個人の欲望の果てなのだ。

この映画では、いろいろなことを考えさせられた。地球があぶない、なんてことを言うと「自分が生きている間はこのままでいて欲しい」という人がいる。この映画を観て「日本人でよかった」と思う人も多いだろう。私たちはそんなエゴに囲まれて暮らしている。エゴが作る社会、エゴが作る国、エゴが作る世界。だから「闇」が現れる。でも、映画の中の子供たちは、純真さを忘れていなかったよ。日本の子供たちのほうが、小さいころから「闇」を育ててしまっている気がする。

アリオンやルシフェルは、そんな地球をずっと観ていたんだな。その都度警告を発していたのに、どんどん気付く人が少なくなって、もう手の施しようがないほどになっているようだ。国連があっても、ユニセフがあっても、世界は平和に成らないし、子供たちはドンドン生き辛くなっている。機能自体がおかしいということに、イラク戦争をアメリカが仕掛けたあたりから気付いている人たちは増えているけれど、改善策は見当たらない。

アメリカを救うお金の1000分の一でもあれば救えるだろう「闇のこどもたち」。 ボーナス23億ももらいながら、会社を倒産に追い込み国を破綻寸前にしているCEOの人。タイや中国の投資でぼろ儲けした投資家達。中国、インドという大人口の大国が経済発展をすすめていくと、多分そういう人がもっと増えてしまうだろう。頑張っても報われないこんなおかしなお金至上主義の世界、やっぱりなくなったほうが地球や宇宙のためにもいいのかもしれないもうやだ〜(悲しい顔)  

この記事へのコメント
この記事へのコメントをご記入ください。
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

(ブログ管理者が承認したコメントのみ表示されます)
この記事へのトラックバックURL
http://www.blogdehp.net/tb/13330691
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
(当記事へのリンクを含まないトラックバックは受信されません。)