実はすごかった!

2010-02-26

今日は世界中の人が女子フィギュアスケートに釘付けになっただろう。

ジャンプや内容のレベルの高さがかつてないほど完成され、入賞8位までの間に日本人は4人も入った。つまり、半分が日本人(長洲未来さんは国籍がアメリカだけど両親が日本人)。

かつて、フィギュアはロシアやアメリカのもの、という感じで手足の長いお人形さんのような金髪青眼の人だからもっときれいに見えるんだろうと思っていた。

ところが、今回はアジアの勢力がすごい。いつの間にか日本人も手足が長くなり、顔も小さくなって、さらにセクスイーな「しな」まで得意になっていた。

骨格も筋力も欧米人並み、いえ真央ちゃんなんてあんな細い体でトリプルアクセルという女性初の回転を3回も飛ぶほど強靭になっている。

惜しくもキム・ヨナに金メダルを譲ったが、彼女はたしかに完璧。でも真央ちゃんの演技はアートの域だった。あの菩薩顔を生かして、シルクロードなんていうテーマで滑って欲しいくらいだ。どんなに神々しいだろうか・・。

悔しさに泣きじゃくり嗚咽しながらのインタビューのあと、数時間たってとても大人っぽい表情になっていた。(試練は人間を急成長させる)

19歳って、ホントにもうすごい大人なんだね。キムヨナ選手のボンドガールは、19歳だから爽やかなお色気だったと思う。これが24歳とかなると、おんなっぽすぎてちょっとエロくなっちゃうよね。真央ちゃんはまだ無垢な感じがあって幼い風情だけど、次のオリンピックに爽やかに色っぽくなっているだろう。女性としての完成美のような・・。

それにしても、今までのなかで一番レベルが高くて、それがさらにすごくなっていくなんて、スポーツ選手は本当に大変だと思う。

今回日本はメダルの数は少ないが、どの競技にもそこそこに平均的な位置にいる。人口が少ないのに、これって実はすごいことだ。

飛びぬけた人が出てくる割合は10000人に一人としたならば、日本はこれからどんどん出にくくなってくる。でも残りの9999人のうちの半分はアベレージ以上だとしたら、こっちのほうが強いかも。団体競技ならこれからいけるのかも。

しかしなあ、悔しいなあ。日本人の作曲家にも素晴らしい人いるのになあ。

私の脳内妄想プロデユース: 弥勒菩薩プロジェクト 浅田 真央編(フィギュアスケート)

音楽 坂本龍一 による書き下ろし曲シルクロード(フリースタイル)、SPはX-JAPANのFOREVER LOVE 

振り付け 熊川哲也、 技術指導 プルシェンコ(勝手に引退させる) 衣装 和田エミ

ってのはどうよ。彼女の顔でないと、できない演出。あ〜見て見たい! 

 

神の見せ方

2010-02-20

バンクーバーで行われている冬季オリンピックを見ていて、今回ほど「アジア」のメダリストが多い状況はなかったように思う。

昨年の北京オリンピックもそうだが、一般的にいえば「経済上昇」が選手を輩出する機会が多いということだろうか・・。でも私は東京オリンピックをしっているが、まだそれほど豊かにはなっていなかった時代だったけれど、日本のメダリストは多かった。きっとこれは、戦後の何もなくなった状況から必死で這い上がる「精神力」の勝利だったのかもしれない。

でも今は、まさに「経済力」と感じる。

では日本は・・? 高橋大輔君の銅メダルは、ものすごい価値を持って魅せてくれた。

無難に完璧さを目指して得たアメリカの金メダル、力と技術力で追従を許さなかったロシアの銀メダル、そして挑戦した結果失敗したが見事立ち直り心意気で得た日本の銅メダル・・。

まるで、今の世界の縮図のようだ。

今龍馬伝も面白くその時代背景を含めて見ているが、龍馬が剣術ではとてもクロフネには勝てないと思い、何で剣術をやっているのか悩んでいたシーンがあった。師匠は怒り、勘当する。

剣を単に戦いの道具と捉えていた勘違いを諌めていたのだった。

オリンピックの影でなりを潜めてしまった感のある朝青龍・・。

かつて、ニギハヤヒが日本の天皇になるために授けられた「十種の神宝」には、スサノオがヤマタノオロチを破って切り刻んだところ尻尾から出てきたといわれる草薙の剣が含まれている。 

この剣は、力を誇る象徴ではなくて、いざというときに脅かす存在を諌めるための剣であり、その証拠になるためのものだろう。この場合の力は神通力としての「フォース」。

でも、体の力の強い人に剣をもたせれば、たちまち武器になってしまう。この場合の力は「パワー」。

西洋の神話にも、選ばれし人が携える剣がでてくるが、力任せに振り回す人が携えれば凶器になってしまうことを揶揄している。

パワーは見せることができるが、フォースは見せてはいけない。だから人は、気付かないしパワーに圧倒されてしまう。そして、パワーがあるものが「エライ、スゴイ」と勘違いする。

お金もパワーの一つだよね。

高橋大輔君は、お金のかかるフィギュアスケートの家族への負担を考えて、一時断念しようとしたことがあるそうだが、ちゃんとサポートする人がいて、その人への「恩義」を携えて今回の試合に臨んでいた。 これこそが、神仕組み。滑っているとき、フォースを感じた。

そうやって見ると、いろいろなところに気付くところがあるだろう。政治、経済、社会・・。

今「不毛地帯」をはじめ、「沈まぬ太陽」など山崎豊子の作品が再注目されているが、あまりにタイムリーに「トヨタ」の問題がおきている。今見せられれば、えげつないほどの駆け引きで取引される企業戦争の時代だった。

あの時代バリバリ外資系エリートだった方が言っていた。「アメリカで日本が一番になっては決していけない。必ず報復される・・」 そして、あまりに性能がよく使いやすい日本の電化製品が売れに売れて、80年代にジャパンバッシングが起こった。今はその再来・・。

80年代のそれは、見事に回復することができたが、今回はそうもいかないようだ。もう日本が技術でNO.1の時代ではないからだ。

それならば、何を私たちは磨けばいいのだろう・・。大輔君のスケーティングに気付いた人は、もう心に希望の光がともっている。 

そして、アジアの選手がスポーツでも強くなってきたということは、筋肉や骨格でつけた力の時代の終わり、ということでもあるかもね。

聖なるバレンタインデイ

2010-02-14

drbenbirthday.JPG  米寿のときの幡井先生

昨日は吹雪のとても寒い一日だったが、一転して今日は小春日和のような柔らかい日差しがふり注いだ。

そして、このバレンタインデイに幡井先生のお別れ会が催された。

告別式とかではなく、大きな告知をせず先生の思い出と旅立ちに思いを寄せる人たちが集まった会だったが、300名の人が献花をされた。

私はこの一週間あまりの間に3つものお別れ会に参加したが、今日の式に参加してあらためて「逝き方」「見送り方」を見せてもらった気がする。

念入りに弔われる式と、先生は旅立たれて8時間後にはホルマリン漬けにされて解剖まで1年間をすごす対極のあり方・・。

私は母が逝った時、亡くなる前、そして葬儀の後、その「思い」がずっと留まっていることを感じさせられた。そのために、霊能者さんに御魂上げを託し、3ヵ月後にようやく成仏となった。母は「花の香り」で知らせてくれ、その直後にUFOまで見てしまった。

父のときは、本当に父を思う人だけで葬儀をと思い、親類だけで密葬にした。とても簡易な方法ではあったが、思いを土砂降りから晴天にたくし、見事に逝ってくれた。(母に迎えを頼んだ。)

そして、アーユルヴェーダで私をここまで導いてくれた師である幡井先生は、その生き様を通じて見事にアーユルヴェーダを伝えきってくれた。

亡くなる10日前に、辞世の言葉まで残されて・・・

「アーユルヴェーダで癒され、心の安らぎ、平安を得た、得た、獲得した・・」 

先生たちとともに生み出したアーユルヴェーダの小冊子「シャーンティ・マールガ(平安への道)」

を体現されて、昇華された。だからこそ、最後のお顔があれほどまで神々しく安らかだったのだろう。

「あなたは、先生から本当にかわいがられたわね、まるで娘のように・・」 かつて葛藤のあった方から告げられた言葉。本当にその通りだった。実の親の言うこともほとんど聞かない暴れ馬のような娘。師である先生に対しても、その意に沿うことはあまりできなかった。

でも先生は心に留めてくださり、会社を始めたときも、セミナーのときも応援してくださり、昨年のJAAの忘年会のときには、体調が優れないにもかかわらず「絶対に参加する!」とかけつけてくださり、「本当に自分に良くしてくれてありがとう」と言葉をくださった。今思えば、お別れに来てくれたのだと感じる。そして、最後まで気遣ってくださった。

自分の最期を悟り、全てを整理されて、最期は式を行わず誰にも負担を強いずにひっそりと旅立たれた生き方。ラスト・サムライ・・

私の心には悲しみの感情はなく、ただただ感謝と先生の旅立ちへの祝福があるばかり。

先生は決して禁欲的な生活をしていたわけではない。お酒も飲むし、タバコもたしなむし、お肉もお魚も食べるし、女性も大好きだし・・。 でも、人のため、アーユルヴェーダのため、無欲に人生の全てをかけられた。先生には、「駆け引き」なんていやらしいものが微塵もなかった。

でもこれが、神が喜ぶ生き方だった。先生は、神様にちゃんと通じていたのだ。

私が先生から学ばせていただいたアーユルヴェーダは、「イノチのあり方」。人として、人間として一番大切なものを教えていただいた。

そして不思議なことに、リレーのバトンを渡されるように繋がれた新たな縁。この「イノチの宝」をさらにつなげるために、これから私は残りの人生を先生のように無欲に生きられたら、と願うばかり・・。

聖なる日、St.バレンタインデイの奇跡。そして今日は新月、中国では新年。

反転が始まる・・・。

アーユルヴェーダの父の旅立ち

2010-02-10

日本にアーユルヴェーダの布石を作られ40年、アーユルヴェーダの父といわれる幡井勉先生が今日旅立たれた。あと2週間で92歳になられるはずだった。

2年前より体調を崩されていたが、昨年の12月まで診療を続けられ患者さん第一の医師で最後まであり続けた。

先生がもたらしてくださったものはあまりに大きく、私が今日アーユルヴェーダをずっと実践し続けられたのも、先生なしではありえなかった。本当にたくさんお世話になった。

でも、人間はいつかは旅立つときが来る。

先生はご自身を献体され、葬儀等をのぞまず、最後まで凛としてあり続けた。

私が一番大切にしたいのは、「イノチの輝き」。ただ長生きすることを願うのではなく、自らがどうありたいのか、どういう最期を迎えたいのかを考えて、生きていくこと。そこに、精神の切磋琢磨があって、自我や欲望をどれほど切り捨てられるか ということが精進することだと感じる。

誰も先生のように凛とし続けることはむずかしいが、その骨になるのが「天職」であろう。あるいは「人のため世のため」と励み続けられる「目的」があるかないかで、輝きは違ってくるだろう。

先生のあまりに穏やかで美しいお顔を見て、哀しみより神々しさを感じてしまい、圧倒され涙はひっこんでしまった。

先生は、律儀にもお知らせにも来てくれた様だ。私がトリートメントをしている最中に、ふととてもよい香りのお線香のにおいが漂い、「何だろう?」と思っていた。その後に電話がなっていた。

今は何だか心にぽっかりと空洞が出来てしまった感じがあるが、奇しくも最後の叔母が同日に亡くなり、なにかしらの縁を感じずにはいられない。

14日のお別れ会、自分に出来る恩返しとして精一杯お手伝いさせていただこうと思っている。

男の中のオトコ

2010-02-03

政財界も相撲界も「責任のなすりあい」みたいなものばかりで、やんなるなあ。

以前のサロンで、実は今回の貴乃花理事の応援団のオヤカタのトリートメントをしたことがある。

もちろんすごい巨体で、汗だくになってガルシャナなどをやったが、大きな体に繊細な神経を持たれるナイスガイだった。(3ヶ月で10キロ痩せていただきました)

相撲は国技である。神に通じる武術である。「アマテラスの岩戸隠れ」のとき、神々の作戦によってアメノウズメノミコトのダンスに大騒ぎをする様子を、岩戸から覗いた隙に アメノタチカラオが岩戸を開いて中にいるアマテラスを外に出した、という神話が有名。

九州の高千穂には、天岩戸神社があるし、その近くに功労者タチカラオを祀る神社には、お相撲さんがお参りにくると聞いた。

手力男(タチカラオ)は、大きな体と強い力の持ち主。神として日本でもたくさんの神社に祀られている。そういう神社には、「力石」があり大きな石を持ち上げて力を競ったり、その力を霊力にかえて、大きなパワーを宿す神なのだ。

だから、横綱は神社に「しこ」を奉納するんだ。厄除けや、鬼払い、邪払いなどを担当する。

そのオヤカタは、「男の中の男」の云う名の力士だった。気は優しくてチカラモチ、そしてイケメン、というまさに男の中の男。今回の行動も、名実ともに麗しかった。

貴乃花理事は、そういう日本の伝統文化に根ざした「相撲道」をもう一度復活させたいと本気で思っている。日本は、武道、華道、茶道、書道など、一つのことを極める「道」すじになっている。

その道に通じる根底は「精神」。だから、道を究めれば精神性がついてまわる。その道の先には神がいる。

昔の子供はいつでも取っ組み合いのけんかを、相撲を真似てやっていた。決して武器などもたず、体当たり。体が大きいのは有利だが、小さくても知恵やスピードで勝つことも出来る。そこには自分向上のヒントがあった。負けたら潔く負けを認め、勝っても決しておごらない。

こんな日本人は、どんどんいなくなっている。 

以前日本に来たインド人の女性アーユルヴェーダ医師が、お相撲を見て「太った裸の人が取っ組み合うヘンなスポーツ!」とびっくりしていたが、貴乃花を見て「彼はブッダ?」といった。

ブッダに似ているんだそうだ。それ以来お相撲が大好きで滞在中楽しそうに見ていた。

そこで私が、お相撲さんはみんな太ってるから「カパ」なのかしら?と聞くと、戦って潔く勝つという精神はピッタがないとダメ、という。でも、この協会の動きを見ると、納得することが多い。

歴史の中でたくさんの「男の中の男」「女の中の女」がいて、再現ドラマに「いいなあ」と思うことがあっても、今の現実にはちっともそんな人がいなかった。

でも、長いものに巻かれない精神を持った男気のある貴乃花親方のような人が出てきて、岩戸があいたんだなあと嬉しくなった。

★そういえば、昔貴乃花親方のお母さんのシャンプーを私担当してましたっけ・・ 縁ありき。